133 posts categorized "CINEMA"

01 July 2009

寂しさのつれづれに、その2

またまた最近観た映画のつづき。

Mr.ブルックス ~完璧なる殺人鬼~ (特別編) [DVD]
「Mr.ブルックス ~完璧なる殺人鬼~」。ケヴィン・コスナーが地位も名誉もありながら殺人依存症となって次々と殺人を犯して行く。主人公のダークサイドとしての人格にウィリアム・ハートが扮する。FBI捜査官にデミ・ムーア。これだけの俳優陣にしては小品という感を否めない。筋運びも少々冗長。三日経ったら忘れる典型的ハリウッド映画。2008年120分。

狗神 廉価(期間限定) [DVD]
「狗神」。坂東眞砂子原作を原田眞人が監督。四国の狗神筋の家系、坊之宮家を軸に、その血を受け継ぐ染織家と赴任してきた小学校教師が関係を持つ。そこから表面的には平穏だった村に亀裂が入り、最後には思いも掛けない地獄絵図に。狗神を祀る祖母の存在にどんでん返しも。この映画は心理学者にして四国の拝み屋である中村雅彦先生のサイトで、かなり忠実に狗神筋の雰囲気を再現していると評されていたので観たのだが、良くあるCGを使った展開にならないのが良い。それにしても四国の風景が美しい。個人的には天海祐希はあまり好きではないが、染織家として自立した女性のこの役にはただ綺麗な女優というだけではおそらく収まらない。ただ天海は余りにも都会的、合理的な感じで浮いてしまった。難しい配役だ。2001年105分。

memo [DVD]
「memo」。異色俳優、佐藤二朗の初監督・脚本作品。主演は「誰も知らない」の韓英恵。あれから随分成長したものだ。佐藤は「幼獣マメシバ」などで最近活躍の巾を広げているが、その自閉症的しゃべり方からどうでも良い細部にこだわった脚本などもう佐藤が全編溢れているといった感じ。韓の母親役に高岡早紀。佐藤をWikipediaで検索したら、その人物評に「中年ニート」という記述があってなるほど上手い表現だと思ったが、作品は自身の強迫神経症を題材にしたという。2008年106分。

悪夢探偵2 [DVD]
「悪夢探偵2」。塚本晋也監督、松田龍平主演。前作はhitomiを主役としたサイコサスペンスといった趣だったが今回はホラーに近い。塚本の最も得意とする自主制作風味の特撮というよりこれは正統的ホラーだ。その設定自体かなり小生の好みなのだが、久々にホラー映画で気に入った作品だった。ここでも虐められる高校生役に韓英恵が出演。二作目の今回は悪夢探偵の出自をテーマとしているが、その少年時代の夢魔の描写は悪夢かくありといった感じでツボにはまる。子供のころに良く感じた襖の向こうの暗い部屋のそこはかとない恐怖を思い出した。そうだ、こういう感覚がたしかにあった。2008年102分。

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21 June 2009

寂しさのつれづれに

最近休みのうち、半日は昼寝で潰してしまうようになった。昨日は庭に異常繁茂したドクダミの草むしりをしたが、抜いても抜いても一向に減らずへとへとに。干して乾燥させドクダミ茶にでもしようと思ったが、そもそも飲んだことないし何に効くのかも知らず面倒くさいのでそのまま燃えるゴミに。結局大袋で3つにもなってちょっと腰が痛い。

ちなみに草むしりは京都にいた頃に当地では草引きと言うと知ったが、草抜きなどという地方もあるようだ。どうも草むしりと言わないとしっくりこない。

で、最近観た映画のまとめ第一弾。

ラーメンガール [DVD]
西田敏行ハリウッド進出初作品の「ラーメンガール」。日本に来て彼氏に振られた傷心のアビーはふとしたことで食べたラーメンに魅せられ、西田の店に無理矢理弟子入りするというラーメン版カラテ・キッド。息抜きにはマル。主演のブリタニー・マーフィーは「17歳のカルテ」で精神病の少女役で出ていたらしい。全然記憶に残っていなかったが。西田敏行が頑固なラーメンマスター。そのおかみさんに余貴美子、ほか石橋蓮司、山崎努など。しかしアビーと恋に落ちる日本人役になんで韓国人俳優なのかが意味不明。2008年102分。

サンダーハート [DVD]
「サンダーハート」。テレビ放映を録画。ヴァル・キルマーがインディアンを父に持つFBI捜査官に扮する。スー族の居留地で起こる殺人事件。しかしこれはウラン鉱を巡る陰謀だったという話。スー族の虐殺事件であるウーンデッド・ニーの史実を絡め、なかなか面白かった。ハリウッドの描くインディアン映画を続けて観たくなった。ダンス・ウィズ・ウルヴズは良かったが。1992年119分。

硫黄島からの手紙 期間限定版 [DVD]
「硫黄島からの手紙」。戦記物を観たくなってTSUTAYAの戦争棚に粛々と移動。これは米国版と日本版がある異色作。観たのは日本版。日本人自身がテレビや映画で描く日本軍は悪、戦前は暗黒時代などというようなステレオタイプな左翼リベラル視点というか小国民視点というかの偏向した描写にはかねてから辟易していたが、その辺は日本向ということで監督のクリント・イーストウッドはかなり気を遣ったと思しき筋書き。栗林中将に渡辺謙。パン屋から召集された西郷二等兵に二宮和也、特高崩れの清水に加瀬亮、カラ威張りで最後は情け無い伊藤中尉に中村獅童。しかし渡辺謙の演技はちょっと観ていて疲れる。あの眼ヂカラが小生の弱い心臓にはきつい(笑)。二宮はなかなか上手いと思う。2006年141分。

つづきはまた。

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31 May 2009

Quay Brothers 『The Piano Tuner of Earthquakes』

ピアノチューナー・オブ・アースクエイク [DVD]

以前エントリしたブラザーズ・クェイの「ピアノチューナー・オブ・アースクエイク」がDVD化されたみたい。TSUTAYAでも出てますね。(昨日行ったら全て貸し出し中 T-T)

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23 May 2009

『美代子阿佐ヶ谷気分』映画化

アベシンこと安部愼一の漫画、「美代子阿佐ヶ谷気分」が実写映画化されたらしい。
http://www.cinemacafe.net/news/cgi/present/2009/05/5996/

公式サイトは下記。
http://www.miyoko-asagaya.com/
シアター・イメージフォーラムにて2009年6月に公開と。美代子役に劇団毛皮族の町田マリー。ほか三上寛、林静一、しまおまほなど。制作は原作を出版するワイズ出版。

あの有名な岡林信康のシャウトシーン「あんたにゃわかるめー」はどうなっているのだろうか。

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10 May 2009

小百合&光夫 / 『泥だらけの純情』

泥だらけの純情 [DVD]

いま阿佐ヶ谷のラピュタで中平康特集を上映しているが、先日吉永小百合、浜田光夫主演の「泥だらけの純情」を観た。
アルジェリア大使外交官の娘である真美(小百合)はチンピラに因縁を付けられているところを駆け出しのやくざ、次郎(光夫)に救われる。これがきっかけとなって始まる境遇を超えた純愛とその結末。撮影当時、吉永小百合17才、浜田光夫は20才と若いが、フィルモグラフィをみると吉永はこの作品までに既に40本もの作品に出演している。吉永のイノセント過ぎる表情に当時の人気を思わせるものがあるが、浜田光夫の可愛らしさもポイントだ。
逃避行の一夜を当座に借りたアパートの部屋であくまで清く過ごす幼い二人、だが翌日には雪山で睡眠薬を飲んで心中してしまう。この作品は昭和30年代らしい純愛もののはしりだろう。その後、山口百恵、三浦友和でリメークされ、また韓国には換骨奪胎されることになる。そのアパートに追手が来たと思えば、単なる新聞の勧誘員だったという落ちも。その勧誘員に野呂圭介と懐かしいが、新聞購読の見返りに差し出されたチケットは村田英雄のコンサートなのだった。お嬢様の真美は村田を知らない。そこで次郎は「王将」を歌って聴かせる。この辺りの演出はいかにも時代を感じさせる。次郎が偶々駅で会うチンドン屋のおばさんに武智豊子。なにかと次郎に目を掛けるやくざの兄分に小池朝雄。親分の娘にまだ16才の和泉雅子他。(1963、91分、日活)

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03 May 2009

Stop motion、マヤ・デレン、再びブラッケージ

先日の朝の番組で、YOU TUBEで再生回数100万回を超えるコマ撮りアニメーション作品を作家とともに紹介していた。竹内泰人の「オオカミとブタ。」という作品なのだが、スチル写真をコマ撮りしてゆくというもので、なかなか斬新なのはそのスチルの内容をそれらが置かれる部屋の中と上手くリンクさせているところだろう。
http://www.youtube.com/user/dokugyunyu
それよりも、同じ作家の作品「公衆電話でぐるぐるしたかった」(上記URL)はやはりスチルをstop motionで繋いだもので独特の浮遊感覚が心地よい作品だ。

この作品を観て、伊藤高志の「Spacy」を連想した。体育館のなかで連続するstop motionの疾走感はその体育館を撮影したスチルが置かれることによってイメージが重層し二次元から三次元へと視点が目まぐるしく往復するという計算し尽くされた作品だ。伊藤高志の作品は四谷のイメージフォーラムから出ているが、10年以上前にビデオで出たものでまだ現時点でDVD化はされていないようだ。

そのまま、YOU TUBEを逍遙していたら、ブラッケージ(Stan Brakhage)やマヤ・デレン(Maya Deren)の作品が上がっていて感動した。ブラッケージの名作、「Dog Star Man」(1962)やデレンの「午後の網目」(Meshes of the Afternoon, 1943)などがその一部でも観られるとは。

In the Mirror of Maya Deren (Full) [DVD] [Import]
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=Maya+Deren&aq=f

Brakhage (Full) [DVD] [Import]
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=stan+brackage&aq=f

■関連エントリ
- 月球儀通信 : ウィトキン、伊藤高志、ブラッケージ
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/04/post_809d.html

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13 January 2009

ゴスロリとシャマラン「ハプニング」

この間、夕方頃に有楽町の東京国際フォーラムの中庭を歩いていたら、コンサート待ちだろうか、かなりの数の若い女性が開演を待っていたが、よく見ると皆ゴスロリ風の出で立ちで、一体アーティストは誰だろうと思いながらタコ部屋と小生がひそかに呼んでいる薄暗いデスクに帰った。ちなみにこのタコ部屋は時折タコ壺とか、神保町マリンパークとか呼ばれたりもする(嘘)のだが、そのなかにいる小生も、もしかしたら水槽に浮かぶ深海魚の一種なのかも知れないと錯覚する夜もあったりする。仕事に取り掛かるでもなく同僚に先程の話をしたのだけれど、皆「ところでゴスロリって何。」と意味が分からず、「つまりゴシックロリータの略でね、」などと説明するほどに、何だか小生が変態のような雰囲気まで醸されてきてしまい、「違うんですよ、そういうファッションの一ジャンルなのっ。」と要らぬ釈明までする始末。あぁ、これだからジジイは嫌だ。そもそもこんな得体の知れない深海魚どもにゴスロリなんて言うんじゃなかったと反省。やだやだ。(そういうお前がヤだ。)

昨日、シャマラン監督のハプニングを借りて観たが、シャマランってここまでスプラッタだったっけ、と思うほどに映像としてトラウマになるようなシーンも。
どんでん返しも何故かなく、ヒッチコックみたいに自分も出演せず、後味すっきりしない感あり。しかし映像的レトリックとしては流石にかなりの巧者でぐいぐいと。

写真は三省堂でもらった白川静「字解」の豆本、ではなくメモ帳。平凡社の販促品です。まだ残りがあるかも。

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12 January 2009

『写真屋・寺山修司』

写真屋・寺山修司―摩訶不思議なファインダー

寺山自身による寺山映画のスチール写真集。
寺山修司没後25周年、フイルムアート社創立40周年記念刊行だそう。

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10 January 2009

いましろたかし / 『デメキング』映画化

デメキング 完結版

自称「いましろ原理主義者」の小生でも少々驚いたのだが、「デメキング」が映画化されるらしい。
しかも原作だけでなく脚本もいましろが手掛けているようだ。
主演の蜂屋役に芸人のなだぎ武、姉役に本上まなみ、ほかガッツ石松など。監督は寺内康太郎、2009年3月の封切りと。しかし、いましろ作品が映画化されるなんて自分のなかではかなりのニュースだが、あの独特の間が映画でどう生かされているのだろうか。DVD化されたら借りてみようかと。

■関連サイト
- デメキング DEMEKING OFFICIAL SITE
http://www.demeking-movie.com/


■関連エントリ
- 月球儀通信 : いましろたかし / 『デメキング 完結版』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/07/post_cbfe.html
- 月球儀通信 : 『いましろたかし』 / いつまでも不発な日常
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/01/___a86a.html
- 月球儀通信 : いましろたかし / 『盆堀さん』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/10/post_a019.html


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03 January 2009

銭ゲバとゲバゲバ90分

ココログのサイドバーにある人気記事ランキングでここ数日、以前書いた銭ゲバの記事の順位が上がってきたのに気付き、一体何故なのだろうと思ったが、どうもこの一月からテレビドラマとして放映されるらしいことを知った。銭ゲバ 上 (1) (幻冬舎文庫 し 20-4)日本テレビ系でオンエアされるらしいが、主演の蒲郡風太郎のキャスティングに松山ケンイチだそうだ。70年の映画版では唐十郎が主演だったが、松山は原作の風貌とかなり違うイメージだ。
この70年の映画はまだDVD化されておらず、ビデオもなかなか見つからない(少なくとも新宿TSUTAYAには無かった。)テレビ放映は正直どうでも良いが、これをきっかけとして唐主演のDVD化がされれば有り難い。

これに関連してYahoo知恵袋に「銭ゲバってどういう意味ですか」という質問を発見した。この知恵袋にはある意図を以てなされた自作自演的な質問があったりしてなかなか面白いのだけれど、その回答に、「(ゲバという語は)ジョージ秋山の同名の漫画以来,用いられるようになった」という書き込みがあった。しかしこれは全くの間違いで、既にゲバ、つまりゲバルト(Gewalt)の用語は学生運動で普通に使われていて、一般用語としても人口に膾炙されていた。それが社会背景的に作品の題名に使用されただけの話なのだ。そもそも銭ゲバは70年の作品だから、ここからゲバルトの語が使われ始めた訳がない。学生運動の初期からその思想的意味付けとして使用されていたし、60年代中頃には総括と称した内ゲバ、つまり内部闘争が頻発し、。処女ゲバゲバ [DVD]72年のあさま山荘事件でその内ゲバ、内部分裂は極に達してその後極左運動は次第に衰退して行ったわけだが、この題名にはそういう時代背景があったということに過ぎない。ちなみに若松孝二の「処女ゲバゲバ」は69年の制作だ。

話は変わるが、69年から放映された「巨泉、前武のゲバゲバ90分」は当時斬新すぎる番組だったが、巨泉は当時を時めく大橋巨泉、前武は前田武彦で、オヒョイこと藤村俊二や常田富士男、小松方正、松岡きっこ、吉田日出子らがナンセンス極まりないショートコントを脈絡なく続けるというもので、そのコントの間にアカンベをしながら「ゲバゲバ・ピー」という音が入るアニメーションが区切りとして挟まれるという構成だった。このゲバゲバはまさしくテレビ界を挑発するかのごときコントのゲバルトという意味なのか、おそらくそういう意図で名付けられたものと個人的には思うが、最後のピーと言う音は警官の吹く警笛を揶揄していたのではなかったかと今になって思う。これも単に思いつきだけれど。しかしこの番組は大人向けで当時小生のような子供にはあまり良く分からなかった。

しかし、60年、70年辺りの作品が最近よくリメイクされたり、漫画が原作のドラマばかり放映されるというのはどうも優れたシナリオ作家の枯渇を意味しているのではないかと思わないでもないが、ジョージ秋山作品がテレビドラマになるのは渡哲也主演の「浮浪雲」以来ではないだろうか。

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21 December 2008

滝田洋二郎 / 『おくりびと』

ここ1ヶ月ほどヨーロッパのとある街で過ごしていたので大分エントリが滞ってしまったが、なかなか朝の明けず、昼を過ぎてしばらくするとすぐに陽の沈んでしまう冬のヨーロッパ、ことに冬至近くの今頃は最も陽の短い時分で、今回もクリスマスで皆が休暇に入る時期に帰ってきた次第。この暗く冷たい大地の、最も暗い今という時期にクリスマスというイベントを設けて祝いたくなる気持ちがよく分かる。

しかし、刺身とか寿司とかが今や世界のスタンダードになっている感があって、中世から続く古い小さな町のレストランのメニューにまでsashimiなどという前菜が載っていたりすると複雑な気分になる。実は小生は海外では刺身や寿司などは極力食べないようにしているのだが、それは何故かと言えば、日本のように生魚を食べる歴史と習慣がある国ではその収穫から市場、そしてレストランまでの流通過程の全てにおいて生食を前提とした取り扱いをしているから安心して食べられるのであって、もともとそんな習慣がない国で、このレストランに運ばれるまでにどんな扱いをしているのか分からないものはどうも信用ならないという思いこみがあるからだ。流行っているからといってなんでも生で出せばよいと言うものではない。しかし、マルセイユやその他漁港等で食べた生牡蠣は美味しかったが。なんでも先の刺身や寿司がポピュラーになるにつけ、世界的に需要が高まりマグロが日本人の口に入りにくくなっているという。そもそも自分が食べられなくなるまでに他人に刺身の旨さを教える必要などないじゃないかと思う。良く昼飯にゆく銀座三州屋の大好きな海鮮丼が食べられなくなったらどうしてくれるんだ、などと思ったりする。

* * *

帰国の機内で観た映画、滝田洋二郎監督、本木雅弘主演の「おくりびと」は、以前から観に行きたいと思っていた作品だった。本木演ずる納棺師という特殊な職業から覗く家族の姿、人間の死、別れなどを描く佳作。映画のオフィシャルサイトでは納棺師となっているが、原作の青木新門の著作には納棺夫という言葉が使われている(「納棺夫日記」)。映画を観る前にふとしたことからこの著作を読んでいたので、原作との違いを比較しながら観た。
映画での主人公はオーケストラのチェリストでリストラされて故郷に戻り、この職業にたどり着くこととなるが、原作者は小説家を目指していた。原作者の青木新門はこの職業を通じて夥しい人の死を見続け、根強く残る職業的差別を受け止めながら真宗の深い理解と信仰にたどり着くのだが、この映画ではチェロの演奏がそれに対する暗喩なのかも知れない。幼い頃に生き別れた父親との邂逅は少々予定調和的筋運びとは分かっているものの胸に迫るものがある。ほか妻役に広末涼子、納棺社の社長に山崎努、その社員に余貴美子、風呂屋を営む幼なじみの母親役に吉行和子、その常連客で火葬場職員に笹野高史など。

山崎努はひと頃、また山崎努か、と思ってしまうほど邦画に露出して少々食傷気味ではあったが、この役はおそらく余人を以て代え難いのではないかと思うほど。広末涼子はなかなかキャスティングが難しい女優といつも思うのだが、この主題では少々浮いている感が否めず残念。夫の職業を知った時のとまどいや嫌悪感、そしてそれを受け止めるまでの心の襞を演じ分ける必要がある難しい役どころだが、もう少し内省的で陰翳がある女優ならば。笹野高史は最近脇役として光っていると思う。2008年、130分、松竹。


納棺夫日記 (文春文庫)

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06 October 2008

『森山大道 「サンパウロ、路上にて」』

森山大道「サンパウロ、路上にて」

渋谷のアップリンクで森山大道を取材したドキュメンタリー作品、「サンパウロ、路上にて」が上映される。サイトに拠れば、10月26日から計4回、上映及びトークショーが開催されるらしい。トークショーのゲストは現時点で未定とのこと。内容はアップリンクのサイトに詳しいが、2007年にブラジルのサンパウロを訪れた森山の撮影から暗室におけるプリント作業までを取材、ロングインタビューを付したものとのことだが、特に暗室作業については非常に興味を惹かれる。独特の黒の滲みは引き伸ばしレンズの前に紗を掛けているものと勝手に想像しているのだが、これを是非確かめてみたい。そんなシーンが出てくるかどうかは分からないが、随分以前、まだケミカルをやっていた時に真似をして油を塗ったフィルタだのストッキングだのをいろいろと試してみたことがあるが上手く行かず、結局やはりセンスの問題とよく理解できたのだけれど、当時学生だった小生は月光の4号を押し気味にしてフィルタを掛けるというのが森山調と勝手に解釈していたりした。小生のことはこの際どうでも良い訳だが。

調べてみると作品はほぼ同時にDVDで発売される。amazonでも既に予約を開始している模様。しかも予約時点で二割以上の値引きとなっている。発売は11月7日。渡辺聡監督、2008年、60分。アップリンク。

森山大道「サンパウロ、路上にて」
森山大道「サンパウロ、路上にて」

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14 September 2008

高橋洋子と横山リエ / 『旅の重さ』と『遠雷』

旅の重さ一カ月ほど前に観た作品ではあるが、まずは高橋洋子のデビュー作である「旅の重さ」から。原作は当時話題となった素九鬼子。これは以前エントリした「大地の子守歌」(1976年、増村保造)の作者でもある。この素のデビューについての逸話もなかなか興味深いのだが、映画的にはテーマソングの吉田拓郎「今日までそして明日から」が高校生らしい純粋さとあどけなさの高橋の演技と妙に合う。母親役の岸田今日子も若い。
しかし、話はかなり驚く展開で、青春の多感さから家出し行き倒れた少女を助け介抱した行商の魚屋と疑似結婚してしまうというもの。魚屋役に高橋悦史。しかし同じエツシでも例えば豊川悦司ならまだ分かるがなんで高橋悦史と結婚したくなんねんという感じがしないでもないが(笑)、そんな疑問も吉田拓郎の歌声に掻き消されてしまうかのようだった。まだデビュー前の秋吉久美子が自殺する文学少女役で出ているのも見どころか。旅の一座の三國連太郎 や砂塚秀夫 ら演技巧者が程良く脇を支えている。しかしその後文壇デビューしてひと頃メディアによく出ていた高橋も最近はどうしているのか。斎藤耕一らしい青春のロードムービー。1972年、90分、松竹。

遠雷一方、立松和平原作、根岸吉太郎監督の「遠雷」は、「旅の重さ」でも旅の一座の女優役で出演している横山リエがここでも登場する。横山リエは「女囚701号 さそり」(1972年、東映)とか以前阿佐ヶ谷ラピュタのダイニチ映配特集で観た「秘録長崎おんな牢」(1971年、ダイニチ映配)とか何故か女囚人とか女郎とかの役ばかりなのだが、大島渚の「新宿泥棒日記」(1969年、ATG)では偽紀伊國屋書店員の「鈴木ウメ子と呼ばれる女」というヒロインとして横尾忠則と共演している。これがデビュー作だが、その後若松孝二「天使の恍惚」(1972年)でもその存在感を際立たせている。幸せ薄そうで捨て鉢なまさに60年代な感じが結構好きな女優だ。この作品でも農村の若者を誘惑するスナックのママが役どころにぴったりだが、実際にも新宿三丁目でバーを経営されているらしい。ここはいつも通る道だが全然知らなかった。一度お邪魔してみたい。

都市化の波に晒される宇都宮のトマト農家。この映画は何もない農村のやり場のない青春の鬱屈を風景として描いた作品とも言える。永島と結婚するあや子役の石田えりがあっけらかんとした明るさでなかなか良いが、通奏低音のように一貫して画面に潜む触れれば崩れ去ってしまうような危うさは永島敏行の持ち味に支えられているようだ。しかし永島やジョニー大倉の演じる農村の若者像のこのリアリティは一体どうしたことだろう。ラストの結婚式のシーンで不器用に歌われる桜田淳子の「私の青い鳥」が痛々しくも懐かしい。1981年、135分、ATG。

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06 September 2008

Brothers Quay / 『Piano Tuner of Earthquakes』がようやく上映

Phantom Museums: Short Films of the Quay Brothers

四谷のイメージフォーラムシアターでBrothers Quayの実写映画作品「Piano Tuner of Earthquakes」(2006年)がようやく日本で上映されるようだ。10月18日より。
人形によるパペットアニメーションとは別に実写作品としては「ベンヤメンタ学院(INSTITUTE BENJAMENTA)」(1995年)に次いで2作目に当たる。制作はテリー・ギリアム。公開時には是非四谷まで足を運びたい。
(写真は「Phantom Museums: Short Films of the Quay Brothers」)

■関連サイト
- 『ピアノチューナー・オブ・アースクエイク』公式サイト
http://www.quay-piano.jp/

■関連エントリ
- 月球儀通信 : ヤン・シュヴァンクマイエルとブラザーズ・クェイ
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2005/10/post_7293.html

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29 July 2008

古写真、松本俊夫、聖橋

しかし暑い日々。昨日の人身事故に引き続いて今日も東京駅のポイント故障で中央線がストップし、早く帰宅しようとすると決まってこんな状況に。これはマーフィーの法則なのか、法則以前に単に毎日トラブルが発生しているだけなのか。一昨日、タコシェでいつものようにフリペコーナーを物色していたら早稲田の映画研究会が発行する小冊子、「FILM STUDIES 映画学」の2007年21号がフリーで置いてあり持ち帰る。巻頭の松本俊夫のインタビューに得した気分。待ち合わせの新宿へ向かおうと店を出しなにカウボーイハットの眼光ただならぬ人とすれ違ったが、よく見ると、あの映画「エメラルド・カウボーイ」の主人公、早田英志だった。そういえばタコシェの一日店長をやるというのは今日だったのかと思い出して、そうであれば確か特殊漫画家の根本敬も来る筈と周りを見回したがおられず、時間もないのでそそくさと新宿へ。(「エメラルド・カウボーイ」についてはこちらのエントリへ。)

* * *

ネットで古写真を検索していたら、長崎大学の幕末・明治期日本古写真データベースに明治20年頃に撮影されたお茶の水の写真を見つけた。丁度お茶の水橋から聖橋を眺める構図のその写真はまだ中央線の影も形もなく、聖橋も今の石造りの重厚な雰囲気とは趣を異にして木造の華奢な作りで感慨深い。ちなみにこの聖橋の名の由来は湯島聖堂から来ているのかと思っていたが、その聖とは実はニコライ堂のことらしい。

A.ファサリ「お茶の水と聖橋」(長崎大学 幕末・明治期日本古写真データベース)
http://oldphoto.lb.nagasaki-u.ac.jp/jp/target.php?id=4196


そんな写真をみつけながらネットを逍遙するうちに、「幕末古写真ジェネレーター 」というサイトを発見した。
urlはhttp://labs.wanokoto.jp/olds
普通の写真もいかにも幕末に湿式乾板で撮影したような感じに変換できるというもので、試しにやってみたのがこれ。

上が元の写真で、変換したのが下の写真だが、いかにもな感じに仕上がって感心した。(写真はDusseldorfのケーニッヒアレーでみたサンドイッチマン。広告の筒を被って練り歩いています。)

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27 May 2008

藤田容介 / 『全然大丈夫』

劇団大人計画の荒川良々初主演作品。古本屋の一人息子で植木職人の遠山(荒川)と幼なじみの岡田義徳扮する小森、極度に不器用でトラブル多発のあかり(木村佳乃)を巡るほのぼの系三角関係コメディ。妙な存在感のある荒川は「真夜中の弥次さん喜多さん」(2005)では「魂」というなんだか訳の分からない役での出演がまさしくこの「妙」さを体現していると思ったが、井口昇監督「卍」(2006)では、明らかに変な関西弁を話すこれまた胡散臭さ満開の役どころが強烈だった。

映画はなんと言うことのない小品なのだけれど、全編に漂う脱力感が不思議と心地よい作品で、それほど引き込まれないのに何故か最後まで観てしまうような作品と言ったらよいか、明らかにそんな見方を想定している作品作りなのは最近の邦画の傾向かもしれない。2008年、110分。

■関連サイト
- 映画「全然大丈夫」 オフィシャルサイト
http://zenzenok.jp/indexp.html


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18 April 2008

やくざ坊主と錆朱色

4月とは思えないほどの長雨にうんざりするこの頃、晴れない気分で乗る通勤電車内は只でさえ満員でストレス度が高まっているところへ咳、くしゃみなどを憚りもなくまき散らす非常識な輩、もちろん出物腫れ物とはいうが、口に手も当てず車内を自分の部屋のごとくに勘違いするうつけ者には紋次郎に頼んで錆朱色の長脇差(ながどす)でみぞ落ちの辺りをさっと払ってもらいたいものでござんす。

というのも最近電車の中で笹川佐保原作、光文社文庫版の木枯し紋次郎シリーズを読むのが日課となっていて、こんな雨の日は手に持つ傘も長脇差に見立てたりして。

しかし大菩薩峠とか徳川家康とかを車内で読むオヤジにだけはなりたくなかった訳だが(面白いんだけど)、剣客商売とか紋次郎を熟読する小生はもう立派な・・・いや、最近車内で驚いたのは、二十代半ばと覚しきうら若き女性が官能小説をカバーも付けずに読んでいたのを目撃したことなんだけれど、満員の車内ではかなりのインパクトがあった。これには友人との間で諸説あって、あれは新人編集者でこれから原稿を取りに行く前に一応作家先生の作品を読んでおく必要があったからとか、大学院でセクシャリティを研究する院生なのだ、修論のタイトルは「官能小説の社会学的認知と性差」で熟読するフリをしながら実は我々の反応を観察しているのだとかのどうでも良い話を荻窪の喫茶、邪宗門だったかで推理したりしたが、単純にああいうジャンルは少なからず女性の需要もあるのかも知れないと思った。しかしなんでカバーをしないのか??ものすごいタイトルと表紙デザインなんですけれど。

いそいそと借りに行った93年の映画「帰ってきた木枯し紋次郎」がなんと貸出中で茫然自失し脱魂状態のまま、代りに勝新太郎の「やくざ坊主」(1967)「続やくざ坊主」(1968、共に大映)を借りて観る。来週こそはリベンジ。

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20 March 2008

ジョージ秋山『銭ゲバ』再読

いま仕事の関係も多少あって日本の戦後写真史をまとめているのだけれど、これは自分のための整理という意味合いもあり、その過程で小さな発見も少なからずあってなかなかに楽しい作業だ。そんななか、気晴らしに古瀬戸で一向に進む気配のない城戸真亜子の壁画を眺めながらお茶をして、その後三省堂へふらりと寄ったが、そこでジョージ秋山の「銭ゲバ」が文庫で出ているのを発見して懐かしくなり、思わず上下巻を買った。

銭ゲバ 上 (1) (幻冬舎文庫 し 20-4)ジョージ秋山といえばビッグコミックオリジナルの「浮浪雲」だけれど、小生にとっては「デロリンマン」であり「銭ゲバ」であって、特に銭ゲバは小学生にとってはなおさらのことトラウマになるような強烈なインパクトがあった。もちろん筋書きは覚えていなかったが、冒頭、病身の母親と醜い一人息子の蒲郡風太郎、通称銭ゲバを気遣う近所の青年を恩を仇で返すようにシャベルで撲殺して埋めるシーンの衝撃は、いま再読して忘れていた記憶が引きずり出されるような、当時の自分の心の動きをそのまま体験したような気がした。

それも子供には良くないと思ったのだろうと思うが読んでいる途中で親から当時掲載されていた少年サンデーを取り上げられた記憶まであって、いや、その記憶も73年頃に入院中だった時のような気もするがしかしそれでは年代が合わないのでかなり怪しいものではあるのだけれど。・・・そんな話ばかりで申し訳ありません、なにせこのサイトの副題が「記憶の現像行為」なもので・・・。

その後、それこそ銭のために何人もの人を殺しつつ自身の破滅に向かって突き進んでゆく筋書きはなかなか読ませるものがある。最後のシーンはドラマチックで衝撃的だ。これは実写でドラマ化したら面白いのではないかとも思ったが、果たして作品の発表年と同じ1970年に映画化されていた。

蒲郡風太郎に唐十郎、その少年時代を雷門ケン坊が演じているのは懐かしい。父親を殺され復讐のために敢えて銭ゲバの子を宿す兄丸三枝子に緑魔子、正体に気付き早々に殺され埋められる新星を名優岸田森が演じているのもなかなか。DVDは残念ながら出ていないが、今度ビデオを捜してみよう。

同じ幻冬舎文庫で「アシュラ」も出ていてこれも買ってしまいそうだ。

■関連エントリ
-月球儀通信 : 銭ゲバとゲバゲバ90分 
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2009/01/90-c496.html
松山ケンイチが銭ゲバを演じるそうです。
さよなら(初回限定盤)(DVD付)

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04 March 2008

『AERA MOVIE ニッポンの映画監督』

AERA MOVIE ニッポンの映画監督 (AERA Mook AERA MOVIE)

AREAのムック本。映画監督を軸に邦画の現在を俯瞰した一冊。
観損ねていた作品や、普段レンタル店で目に入りながらも気に留めていなかった作品でこの本から観たくなったものがいくつかあった。青山真治、黒沢清、三池崇史へのインタビューと西川美和、山下敦弘の対談を掲載。
但し、例えば若松孝二などの名はない。比較的若い世代の監督を中心にした編集なのだが、60,70年代の邦画ファンとしてはこのコンセプトで戦後辺りから纏めたものが欲しくなった。

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25 February 2008

癒しの踏み絵 / 荻上直子 『めがね』

めがね(3枚組)めがね、の検索語でamazonのDVDを検索すると何故かアダルト作品ばかりがヒットするのだけれど、そもそも眼鏡がそんな言葉だったかどうかは別として、この間、第58回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門でマンフレート・ザルツゲーバー賞というタイトルを獲得した荻上直子の作品「めがね」を欧州に向かう機内で観た。荻上といえば同様に小林聡美ともたいまさこを配役した「かもめ食堂」(2005年)だが、本作はその続編かと思ったもののテイストはより「癒し」の方向へシフトしたものとなったようだ。

教職にあるらしき小林聡美演じるタエコはおそらく日常の喧噪を離れる目的で海岸のホテルに行く。そこで出会う一風変わった人々、光石研、もたいまさこなどに当初はいらだちを感じながらも次第にそのゆったりとしたリズムを受け入れて行く。もたいも光石も、そしてそこに入り浸る生物教師役の市川実日子も、なぜそこにいるのかが明かされないまま物語は何事もなく淡々と過ぎて行く。

荻上は前作でも一つのモチーフとして和食を据えたように、本作でもそれこそ機内のまずい(エコノミーだからか)食事を摂りながらではなおさらのこと溜め息の出るような美味しそうな料理が出てくるが、これも今後「荻上らしさ」のキーワードになってゆくのだろう。

しかし、この癒しは少々とって付けたような感がなきにしもあらずだ。とって付けたというよりそこはかとなく押しつけがましさを感じてしまうのは小生がひねくれているからだろうか。この映画のキーワードである「たそがれる」ことをじわじわと要求されているかのごとき主人公と、実はそれを観る映画の観客にもこの映画を「分かる」ことが要求されている居心地の悪さ、と言っても良いかも知れないが、これは一種の踏み絵のような感じがしないでもない。本当の癒しが分かるアナタはこの映画にも共感する筈ですよ、さぁ、どうですか?というような。

そういう意味では、主人公が一旦そのいたたまれなさに宿を飛び出してゆくときに、やはり同じように飛び出してしかし再び戻らない人物を設定したならばよりその秘密結社風テイストが際立つと思うが、その後急転直下、登場人物ら全員でテロを犯してしまったりするというような不埒な物語の想像をしてしまう小生は余程疲れているのだろうか。あぶない。早くめがねのホテルへ行って一生懸命癒されなければ。

とはいうものの、前作同様、間(マ)の使い方はやはり秀逸だ。2007年、106分。

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24 January 2008

甲斐田祐輔 / 『砂の影』

先般エントリした映画、御法川修監督「世界は時々美しい」は全編8mmフィルムで撮影された作品だが、2008年2月2日より渋谷のユーロスペースで封切りされる映画「砂の影」もやはりその全編を8mmフィルムで撮影した作品だ。キャストは江口のりこ、ARATA、米村亮太朗、光石研、山口美也子ほか。2007年、76分。

撮影にはBEAULIEU 6008SとNIKON R10と共にスーパー8の2台が使用され、フィルムはポジではなく暗所での撮影に有利なようにラチチュードの広いネガからテレシネしているらしい。

サイトでトレイラーを見たが、やっぱり8mmの映像はいいですね。
どこかの奇特なメーカが安価なカメラを発売しないものだろうか。

■関連サイト
- 甲斐田祐輔監督作品『砂の影』公式HP
http://sunanokage.com/
- 砂の影 (撮影ブログ:はてなダイアリー)
http://d.hatena.ne.jp/sabaku_m/
8mmに興味を持ち出した小生にはこのブログは刺激的すぎる。

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17 January 2008

新藤兼人 / 『讃歌』

随分前にどこだったかで100円で買った新藤兼人監督「讃歌」を棚の隅に見つけて久しぶりに観た。
この作品は谷崎の春琴抄をモチーフにしたATG作品で、新藤本人が本人という役で出るという演出のATGらしい作品。盲目の春琴に仕える佐助、この強権と服従という愛の形はついには佐助自ら眼を潰すという形でカタルシスを迎える。鵙屋春琴に渡辺督子、温井佐助に河原崎次郎。この作品はDVDが出ていないのが残念。大きめのショップにはビデオがあるかも知れない。1972年、112分、ATG。

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14 January 2008

8mmフィルムの自家現像 - YOU TUBE

映画「世界はときどき美しい」のエントリでも触れた8mmフィルムの自家現像を行うワークショップの動画がYOU TUBEにアップされているのを発見した。解説によると2004年に多摩市で行われたものの記録映像らしい。講師は映像作家の末岡一郎氏。内式リバーサルフィルムをTETENALのE-6カラー反転現像液キットで現像するというものだ。撮影から現像・上映までを1日で行う様子が記録されていて非常に興味を惹かれる。
なるべく専門的な設備や道具を使用しないというスタンスで行われていることで簡単に出来そうな雰囲気もあってちょっとやってみたい気にさせる。スプールなどは使わず、現像タンクにフイルムをそれこそまるのまま入れるのは少々驚くが、ムラを防止するために水で前浴を行うというようなテクニックもあって、これは小生も35mmのスチールで現像するときは行っているが(というか最近全然やっていない)、結果としてそれでも出来てしまうのがいい。2004年といささか前の記録ではあるが結構参加者がいて8mmを継続してやっているひとがまだまだいるのは心強い。TETENALの代理店である近代インターナショナルのサイトをみると1Lで9000円ほどで、3分のフィルムを5本ほど現像するとして単価は2000円弱。自家現像するにしても現像所に出すコストと余り変わらないが、現像サービスが終了してからもやればなんとか出来るということは大きいのではないだろうか。

小生が高校の時の文化祭などでは、必ず誰かが家から8mmカメラを借りてきて映画を作っていたし、学校では教師が職員室で学校のイベントなどのフィルムをエディタで編集している風景がみられたが、今ではそれもビデオカメラに取って変わっているのだろうか。

このタイミングで8mmをやってみたくなっているのだけれど、いまからでは少々敷居が高いとは思う。
ビデオで撮影した素材をAfter Effectでフィルムシミュレートをするなどで妥協するしかないかも知れないが、どちらにしてもコストがかかるのが頭の痛いところだ。

■関連サイト
- YOU TUBE 「じかげん」
http://jp.youtube.com/results?search_query=%E3%81%98%E3%81%8B%E3%81%92%E3%82%93&search=%E6%A4%9C%E7%B4%A2
- 8mmフィルムを「自家現像」する(末岡一郎) - 8ミリ映画制作マニュアルWIKI内のコンテンツ
http://muddy8mm.howto.cx/pukiwiki/index.php?8mm%A5%D5%A5%A3%A5%EB%A5%E0%A4%F2%A1%D6%BC%AB%B2%C8%B8%BD%C1%FC%A1%D7%A4%B9%A4%EB%A1%CA%CB%F6%B2%AC%B0%EC%CF%BA%A1%CB

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13 January 2008

御法川修 / 『世界はときどき美しい』

世界はときどき美しい [DVD] 日常へのさりげない慈しみを映像スケッチ風に纏めた5つの小話からなるオムニバス。何事も起こるわけではない日常、しかしそのなかでふと迎える小さな転回点。この誰にでもあるささやかな営為に優しい眼差しを向けることの意味を詩的映像で表現した佳作だ。

キャストは松田美由紀、市川実日子、松田龍平、柄本明、浅見れいな、あがた森魚など。日頃どちらかというとアクの強い作品ばかり観ているだけに、偶にこういう作品に出会うと心が癒される思い。映像詩と謳われる作品はその殆どが独りよがりなものが多く、大抵は意味不明な気分だけの作品と相場が決まっているが、この作品は脚本がしっかりしており映像の美しさを損なっていない。

この作品は全編8mmフィルムで撮影されブローアップされている。この8mmのもつノスタルジーは独特のガンマの低い色調や拡大された銀塩粒子、コマ数の低さから来る画面の動きで作品の内容に上手く沿ったものとなった。折しも以前から8mmフィルムの動向に注目していたが、やはり衰退の一途を辿っておりもはや風前の灯だ。しかしこの8mmの持つ感覚は他では代え難いものでもある。富士フイルムは今年シングルエイトの撤退を予定していたが、ユーザの強い要望で販売と現像の終了を延長することになったらしい。

個人メディアとしての8mmは既にビデオに置き換わって久しく、記録手段という意味では当然の趨勢としても、表現手段のバリエーションの一つとしては是非残して貰いたいメディアだと思う。2007年、70分。

■関連サイト
- 世界はときどき美しい 公式サイト
http://www.sekaihatokidoki.com/

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12 January 2008

山田勇男 / 『蒸発旅日記』

蒸発旅日記

つげ義春のエッセイ「貧困旅行記」をベースに山田勇男独自の美意識で制作した耽美ファンタジー。
主人公の漫画家、津部は結婚を約束したまだ見ぬファン、静子の元へと夜汽車で向かう。これから先はつげの作品を引用しつつ展開する。主演の津部に銀座吟八。女性に荒木経惟のモデルから女優となった秋桜子。美術は木村威夫。

作品がどうというよりDVDに収録された特典映像のメイキングに登場するつげ義春本人をみられるのが貴重だ。2003年、85分、ワイズ出版。

秋桜子
ちなみにこれが秋桜子をモデルにした荒木の写真集「秋桜子」。

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08 January 2008

市川準 / 『トニー滝谷』

トニー滝谷 プレミアム・エディション正直なところ市川準の作品はいままで余り好きではなかった。好きではないと言うよりも、可もなく取り立てて不可もなくというのが印象だったが、とはいってもそれほど作品を観ている訳ではなく食わず嫌いと言っても良いかも知れなかったが。

村上春樹の原作になるこの作品は、全編を西島秀俊による語りで話を進める形式となっているが、その語りを俳優がセリフで引き継ぐという一風変わった演出となっている。しかし文芸作品、とりわけ村上春樹のような作家の小説を、その話を軸として映像化してもおそらく作品を読んだ人には失望させるだけだったろう。以前にも書いたが、総じて文芸作品を映画化したものは上手く行かないようだ。結局俳優のキャスティングにだけ寄りかかったような作品にとどまることが多い。この映画はそんな映像化は端から上手く行かないだろうことを知った上で、映画で「小説を読む」という演出を採ったのではないかと思うし、それはどうも成功しているようだった。

宮沢りえは可憐でこの作品には適役。13歳という歳の差の伴侶を亡くして初めて孤独というものを知る中年のデザイナーに演技巧者のイッセー尾形。音楽は坂本龍一。1995年、75分。

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05 January 2008

大駱駝艦・麿赤兒 / 『裸の夏 THE NAKED SUMMER』

土方巽に師事し、その後唐十郎と状況劇場を立ち上げた俳優、麿赤兒が主宰する舞踏集団、大駱駝艦の合宿風景を撮ったドキュメンタリー映画。いわゆる暗黒舞踏だが、大駱駝艦では舞踏と言わず「天賦典式」と呼ぶ。
長野県白馬村で毎年行われる舞踏の合宿は大駱駝艦の団員と共に一般の希望者を募って行われるらしい。
そんな人々を追ったドキュメンタリー映画。監督は岡部憲治。2008年1月19日よりシアター・イメージフォーラムにて上映。2007年98分。

■関連サイト
- 裸の夏 THE NAKED SUMMER
http://www.hadakanonatsu.com/

■関連エントリ
- 月球儀通信 : 『美貌の青空』『土方巽 夏の嵐 』 / 土方巽 
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2004/03/__6.html
- 月球儀通信 : 大野一雄 / 生誕100年
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/10/post_2.html
- 月球儀通信 : ウイリアム・クライン、大野一雄、土方巽
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/10/post_437e.html

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03 January 2008

平山秀幸 / 『しゃべれども しゃべれども』

しゃべれども しゃべれども 特別版 (初回限定生産2枚組) 「ロビンソンの庭」 (1987年)、「マリアの胃袋」(1990年)の平山秀幸の最新作。TOKIOの国分太一、「恋空」 (2007年) 「輪廻」 (2005年)の香里奈主演の落語を題材にほのかな恋情を描く佳作。国分は二つ目の噺家でその師匠は伊東四朗、祖母に八千草薫、口下手な野球解説者に松重豊。

以前のエントリでも触れたけれど、この映画の出来不出来は別として、脇役ながら松重の存在感がとりわけ際立つ作品で嬉しくなってしまった。国分のセリフ回しは今ひとつ本当の落語家という感じになりきれずに、ぶっきらぼうな調子に留意しつつ演じましたという感じが出てしまっているし、大御所噺家役の筈の伊東も噺が余り上手くないのが惜しい。勿論本物ではないのだから仕方がないとしても、それらが返って八千草や松重の力量を際立たせることになったのは怪我の功名かもしれない。

松重はその風貌からチンピラやアンダーグラウンドの役柄が多かったが、「血と骨」(2004年)辺りから小生のなかではその存在感が増してきて、主役というよりこんな性格設定の役柄も含め脇役としてその幅を広げて行くことを期待。

香里奈もそういえば「海猿」(2004年)、「輪廻」にも出ていて考えてみると結構出演作を観ていたものの影が薄いというのかあまり印象に残っていなかったが、本作では自己表現と対人関係の不得手な女性像をなかなか良く演じていて悪くない。

これを観ながら、しばらく行っていない末廣亭や鈴本辺りへ行きたくなってしまった。ほか配役に「バッシング」 (2005年)の占部房子など。2007年、103分。

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02 January 2008

2007年度 極私的邦画ベスト

何年前だか知らないが、おせちもいいけどカレーもね、というCMの惹句がふと頭に浮かんで無性に食べたくなり、ある筈のレトルトカレーを捜したがついに見つからず、代わりにカップ麺のカレーうどんを食べた。思えばカップ麺ばかり食べているような気がするが、ものの本によるとカップのような樹脂にはいわゆる環境ホルモンが含まれていて継続して摂るのは余り良くないらしい。食べるならドンブリに移してお湯だけを入れ麺がほぐれたら一旦お湯をこぼし再び湯を張ってスープを入れるのが良いと。この茹でこぼしは麺に含まれるリン酸塩を抜くというとらしい。鍋で茹でるインスタント麺も然り、茹でこぼして湯切りをするのが良いらしいが、しかしこれまで何食のカップ麺を食べたことか。そのせいか近頃心なしか胸が膨らんできたような気がする(嘘)。

インスタント麺もよく見るとフライ麺とノンフライ麺ではカロリーが全然違うことに気付いてから出来るだけノンフライを選んでいるが、同様に近頃の食の不安から産地も気にするようになった。お茶なども国産ではあっても無農薬ではないものは一煎目は捨てるとか、野菜も皮を厚く剥き、茹でこぼすなどという自衛策を取るに越したことはない、などとこのエントリも含めた素性の知れない噂の類に右往左往する時代なのが悲しい、などと思いながら食べるカレーうどんは結構美味しかった。

と枕が(しかも全然関係ない話)長くなったが、2007年度の邦画ベストを。古い映画ばかり観ているので2007年の新作が全然入っていないのがご愛敬。

■1位 松井良彦 「追悼のざわめき」(1988年、2007年、150分、16mmモノクロ)
年末にみたこの作品が滑り込みの1位獲得。内容は昨日のエントリをご参照ください。
- http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2008/01/2007_398e.html

■2位 中村高寛 「ヨコハマメリー」(2005年、92分)
良質なドキュメンタリー映画にはなかなか出会えないが、これは数少ないものの内の一つ。その後、テレビ神奈川でオンエアしたのをビデオで録画したが、アイロン掛け中になんとブレーカが落ちて残りの30分が飛んだ。貧乏ここに極まれり。でもまた観たくなったら借りればいいか。
- http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/03/post_6099.html

■3位 山下敦弘 「松ヶ根乱射事件」(2006年、112分)
この才気を感じさせる間が秀逸。今後の山下監督に期待大。
- http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/10/post_2884.html

■4位 大森立嗣 「ゲルマニウムの夜」(2005年、117分)
3位とならんでまたまた新井浩文が。文芸小説を原作とした映画は殆ど駄作となる定説を覆した一作。
- http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/01/post_7074.html

■5位 山下耕作 「女渡世人 おたの申します」(1971年、103分)
ラピュタ阿佐ヶ谷で観たこの作品から2007年は「緋牡丹博徒シリーズ」で明け暮れる一年に。
- http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/08/post_915a.html

■番外編
- 増村保造 「新・兵隊やくざ 火線」 兵隊やくざシリーズをやっとコンプリートした感慨深い一作だったが、その期待のハズレ方も尋常ではなかった。さすが勝新、何事もダイナミック過ぎです。


昨年は余り映画を観られなかった一年だった。ひと頃、年間180本ほども観ている年もあったが、時間的余裕がないとなかなか難しい。仕事帰りのレイトショーなど映画といえども体力も必要で(笑)、最近はなかなか続かないのが残念。

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01 January 2008

松井良彦 / 『追悼のざわめき』

初回限定生産 追悼のざわめき デジタルリマスター版 スペシャル・エディション(3枚組)この作品は伝説のカルトムービーと形容されることが多いがそれは多分当たっていない。インモラルや衝撃を描くのは簡単だ。ただケレン味を並べればいいだけのことでそんな映画は掃いて捨てるほど存在するし、既に描き尽くされた凡庸な主題には見る側が慣れてしまっている。しかしこの映画は全くの別格だ。この吐き気を催すような主題には必然というものがある。実は映画の必然性というのは非常に大事で、それがシリアスなものであれ、コメディであれ、そこに描かれるものに止むに止まれぬ必然が無ければならない。その表現への欲望に取り憑かれた松井がその内容から映画の撮影を何度も中断し、配役や配給が降りても石にしがみつく思いで完成させたというこの作品は、聖性と背反の美しいファンタジーにまで昇華したものとなった。

物語は並行しそれぞれが擦過する。大阪のドヤ街、炎天下の釜が崎を舞台に、マネキンと愛の生活を送る男、石川(佐野和宏)、女の股に見立てた木の切り株を引きずり石川がマネキンに仕込んだガラスで陰部を負傷する浮浪者(大須賀勇)、こんな体で男を知らないでいるのは不憫との母の遺言から年に一度仏壇の前で妹を抱く小人症の兄妹、石川に襲われ復讐を遂げる盲目の傷痍軍人、妹を抱きその破瓜の夥しい血に息絶える妹をついには食べてしまう美しい兄、そこで語られるのは暴力と差別、近親相姦、ピグマリオニズム、カニバリズム等など魂の暗部をえぐられるかのような主題ばかりだ。しかしこれらを突き詰めたところに不意に立ち現れるのは聖性と救済なのだった。これは一体何だろうか。

驚くべきは、その撮影手法にも及ぶ。ドヤ街のビル屋上でマネキンの腹から小人症の妹(仲井まみ子)が胎児を取り出し、憎悪を以てそれを握りつぶしてついには火を付けるシーン、屋上は濛々たる煙が立ち上り警察や消防隊が駆けつける。彼らは演技ではなく実は本物の警察や消防隊で、それらが実際に来るであろうことを台本に予定して撮影されたものだ。
おそらく仲井が胎児を手に学校の校庭をうろつき、それを見て生徒が逃げまどうシーンもこうしたハプニング的手法を取っていると思う。

以前からこの作品を観たいと思っていたが結局観られずにいた。
昨年、当時の映像に「ワダツミの木」の上田現の音楽などを加えたデジタルリマスター版がイメージフォーラムで上映されたもののこれにも行けなかったが、先日DVD化され漸く観ることが出来た。間違いなく2007年度の極私的ベスト1になるものと思う。

YOU TUBEにトレイラーがアップされているのを発見したので、しばらく貼っておきます。1988年、2007年、150分、16mm。

Continue reading "松井良彦 / 『追悼のざわめき』"

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明けましておめでとうございます

という題名のエントリでブログ界は埋め尽くされていると思うのだけれど、取りあえず新年のご挨拶を。

今年も写真集、写真の周辺と日本映画を中心にエントリしていきたいと思ってはいるが、そうはいっても結局のところおもいつきに終始しそうな予感もあって、これはこれで良いかと思っている。
いっそのことブログ名を思いつきに掛けて月球儀の月の連想で「想い月」などと変えてみようかとおもったりしたのだが、検索してみるとこの名前のサイトが結構あって、皆考えることは同じと思った次第。

元旦の今朝、早朝に普段しもしない散歩をしてみたのだが、道に人の髪の毛がごっそり落ちているのをみてギョっとした。新年早々かなりホラー的出だしだが、よく見るとエクステだった。多分、年末の飲み会かなにかで酔って落としたんだろうと思うが、そういえば昨年みた園子温監督、栗山千明主演の映画「エクステ」ではこの髪の束がエライことになるホラー映画だった。この映画、主演は栗山千明だが実は大杉漣が主演と言っても良いホラー&コメディ。なんと言っても髪の毛を偏愛する大杉が「ヘアー、ヘアー、マイヘアーヘアーっ」などとテーマソングまで歌ってしまうという園テイスト満載な映画で、人によっては馬鹿馬鹿しくて映画館を退場してしまうかも知れない勢いだったが、特撮のプアさ(手作り感ともいう)と相俟ってぴあフイルムフェスティバル的ないわばアマチュア精神の出た感じがなかなか良かった。コピーも「恐怖爆髪」ですから。

栗山千明といえば、昨年末の三連休中に再放送されたNHKドラマ「ハゲタカ」全6話は秀逸だった。
ファンド、銀行などのTOBやM&Aを現実世界さながらにその罪と罰を描くドラマ。栗山は銀行の貸し渋りから父親を失ったテレビキャスターの役柄。思わず引き込まれる硬派なドラマで、既にDVDが出ているのでこの正月休みにご興味のある方には是非おすすめ。

硬派といえばフジテレビ系で放送中の「SP(エスピー)」は毎回見ているが、なかでも真木よう子の演ずる女性SPがなかなかクールでいい。それで彼女の主演映画「ベロニカは死ぬことにした」を借りてみたが、近頃これほどの凡作は無いというのが失礼ではあるが正直な感想。映画館では確実に睡眠もしくは途中退席していたと思う。おそらく演出と脚本が原因とは思うが劇団の新人発表会のようで残念。

それでは本年もどうかよろしくお願い申し上げます。

エクステ ハゲタカ DVD-BOX ベロニカは死ぬことにした

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08 October 2007

藤井謙二郎 / 『甲野善紀身体操作術』

甲野善紀身体操作術 (アップリンクDVD選書)

ついこの間、東京駅の中央線ホームで武術家の甲野善紀氏をお見かけした。袴姿に日本刀と思しき袋を手に小生のすぐ横にすっと立っておられて新宿で降りられるまでをご一緒したのだが、小生、失礼ながらつい気になってちらちらと見てしまいご迷惑をお掛け致しました。決してあやしいものでも曲者でもありませんので。

で、お見かけしたからというわけでもないが、甲野を追ったドキュメンタリー映画、藤井謙二郎監督「甲野善紀身体操作術」をamazonで購入した。

甲野は古武術家であるがその理論の応用範囲は広く、野球、ラグビーなどのスポーツを始めとして音楽、介護の現場などにも活用されている。小生は、随分前に光文社カッパブックス「古武術の発見」を読んで文字通り目から鱗が落ちる思いをして以来注目していたが、体のネジリや溜めといういわば西欧的教育によって身につけた身体的価値観を否定するという理論は驚くべきものだった。手と足を交互に出して歩くという当たり前で無意識に行っている動作も実はその流れで行っていることを気づかせてくれる。手と足を同時に前に出し体を捻らずに歩くナンバ歩きや井桁理論などが有名であり、それらもたゆまぬ精進で日々深化しているという学究的な姿勢が素晴らしい。

映画では、甲野の術にあっけに取られる様々な分野の人々の姿が印象的で少々滑稽でさえある。
しかし、その技、理論を説明する甲野の言葉はわかりにくい。多分どう説明してもロゴスとしての言葉は身体言語とは相容れないものなのだろうと思う。これは体験しなければ伺い知れない世界だろう。

YOU TUBEではかなりの数の動画がアップされていて見るほどに驚きを禁じ得ないが、この映画の予告編を見るだけでも凄い。ブックレットに本編と同じ程の時間の特典映像つき。2006年90分、アップリンク。


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06 October 2007

山下敦弘 / 『松ヶ根乱射事件』

松ヶ根乱射事件

山下敦弘監督「松ヶ根乱射事件」は「ゲルマニウムの夜」(2005年)、「血と骨」(2004年)の新井浩文が主演。彼の鬱屈した青年像は映画界では貴重な存在であり今後の活躍が期待させるが、本作品でもその持ち味を遺憾なく発揮している。

松ヶ根という小さな街で女性の死体が発見される。この引き込まれるようなシチュエーションから始まる物語は意外な方向へ展開してゆく。この女性に最近あまりメディアにでていなかった川越美和。彼女と共に逃亡中とおぼしき訳ありの粗暴で間の抜けた男に木村祐一。木村に恐喝される新井の双子の兄に山中宗。

山中宗は情け無い役柄をよくこなしているし、ほか脇役の宇田鉄平もいい味を出している。
コミカルな展開とセンスの良い「間」、そしてこの非日常の合間のリアル過ぎる日常の描写がこの映画の持ち味で、最近観た邦画のなかではベストに挙げられる作品だと思う。

題名の乱射事件のハズし方も非凡。監督の山下敦弘は「どんてん生活」(1999年)、つげ義春の漫画を題材にした「リアリズムの宿」(2003年)等で注目する監督の一人だが、まだ若く今後の活躍に期待したい。

一般的に少々売れてくると商業映画の大作を撮るようになり、おそらくいろいろな制約が出てくるのだろうとは思うが途端にその持ち味が薄れて期待外れになることが多い。撮りたい作品を遺憾なく撮れるような機会を存分に持って貰いたい作家だと思う。

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02 September 2007

マルベル堂のプロマイド  - 新宿紀伊国屋

以前も同じようなエントリをしたような記憶もあるが、既に若年性アルツの疑いが濃厚ということでお許しください。

昨日、新宿TSUTAYAで先週借りた藤純子主演「緋牡丹博徒 お命頂きます」を返却して、紀伊国屋の文庫コーナーを冷やかしていると階段脇の小さなイベントコーナーでマルベル堂のプロマイドを展示即売していて、思わず藤純子と梶芽衣子を買いそうになってしまった。

ちょうど、石井妙子の著になる伝説のバーのマダムを取材した評伝「おそめ」を読み終えたところだったこともあり、迷わず藤純子を捜したというわけ。結局迷った揚げ句に買わなかったのだけれど、家に帰ってから後悔した。

おそめのママは上羽秀といい、京都木屋町で当時錚々たる文士、名士が通い詰めた文壇バーを開店させ、銀座にも進出して京都と東京を飛行機で行き来するという当時としては驚くべき経営で「空飛ぶマダム」と言われた伝説のひと。晩年には東映任侠映画のプロデューサーとして著名な俊藤浩滋の妻となったが、それまでは俊藤は妻子持ちで秀は妾であり、俊藤はいわば秀のヒモだったわけ。その俊藤の正妻だった百合子との娘が藤純子だ。妾宅兼バーに正妻の子が毎日食事をしに来るなどという件はまるでドラマの一場面のよう。これについては後で映画「緋牡丹博徒」と「おそめ」のエントリをする積もりです。

浅草のマルベル堂はまだ行ったことがないが、今はWebで注文も出来るようだ。
いかにもなポーズ、表情はスターがまだスターだった頃の香りで満ちている。

■昭和スター倶楽部
- http://promide.com/

ちなみに、プロマイドと呼ぶのはマルベル堂の造語。銀塩写真のブロマイドとプロフィールを組み合わせたとの説があるらしい。(これも以前書いたような気が・・・)

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26 August 2007

楳図かずおと兵隊やくざ / 『恐怖への招待』

恐怖への招待 (河出文庫)

昼ご飯に何を食べようかと悩みながら神保町すずらん通りを歩くうちに、某古書店の均一台で楳図かずおの聞き書き「恐怖への招待」(96年、河出文庫)を100円也で見つけて結局小諸そばでもりを食べながら読んだ。
これは88年に刊行された単行本の文庫版だ。1936年生まれだから52歳当時の著作。聞き書きと作品「Rojin」、「猫目小僧」「イアラ」などのアイデアノートやラフスケッチなども収録されている。

そのなかで楳図は貸本漫画時代に一時期劇団ひまわりに所属しており、勝新太郎の「兵隊やくざ」にも出演していたという記述を発見して驚いた。あの兵隊やくざに若き日の楳図先生が出演していたなんて。
もともと、このブログは勝新座頭市と兵隊やくざをリスペクトする意図で立ち上げたものだけに(嘘)、驚きもひとしおというもの。こんな意外なつながりを発見することがあるから均一台のつまみ食いはやめられない。

本書ではほんの一言触れられているに過ぎないが、少年マガジンで漫画版ウルトラマンを楳図が書いていたというのも驚き。Webを捜してみるとこんなページを発見した。これ、読んでみたいなぁ。

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20 August 2007

山口小夜子&木村威夫 / 『馬頭琴夜想曲』

今日、山口小夜子が亡くなったそうだ。享年57歳と。

今年2007年7月公開の映画「馬頭琴夜想曲」は映画美術の巨匠、木村威夫監督による耽美ファンタジー。山口小夜子が特別出演している作品だ。木村は鈴木清順を始めとする数々の映画で美術監督として余りにも有名だが、清順&木村の作品ではなかでも「ツィゴイネルワイゼン」(1980年)が好きで当時発売と同時にレーザーディスクまで買った。その後お茶の水のディスクユニオンで売ってしまったが。

63年の「関東無宿」では、主演の小林旭がもろ肌脱ぐと襖がスッと開いてその背景は真っ赤な書き割り、そこへ桜がハラハラと散るといういかにもな清順組の美学に思わずあっと声を出してしまった記憶がある。

「馬頭琴夜想曲」はシアターイメージフォーラムで先週まで上映されていたのを気に留めながら結局行きそびれてしまった。しかし木村は来年もう90歳とは。

■関連サイト
- 馬頭琴夜想曲 オフィシャルウェブサイト トップページ
http://www.airplanelabel.com/batokin/

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19 August 2007

細江英公 / 『おかあさんのばか』

おかあさんのばか―細江英公人間写真集

この前エントリした細江英公写真芸術研究所のサイトに写真集「おかあさんのばか」を発見して驚いた。何故驚いたのかと言えば、小生が高校生の頃所属していたコーラス部で同名の合唱曲を演奏したことがあるからだ。題名をみてもしやと思い調べてみるとやはりその曲と同じモチーフを扱った作品だった。

この作品は1965年に英語版の写真集「Why, Mother, Why?」として海外で刊行された。
突然母親を脳出血で亡くし、遺された父親と兄と共に健気にも強く生きて行こうとする当時小学六年生の古田幸が書いた詩に触発された細江がその詩世界を撮影したモノクロの作品だ。

1965年といえば当時細江は32歳、三島由紀夫を被写体とした名作「薔薇荊」(63年)を上梓し、土方巽をモチーフとした「鎌鼬」(69年)の撮影を開始した時期というまさに細江の代表作が生み出された時期だった。

なぜか海外で刊行されたこの「Why, Mother, Why?」は日本では出版されなかったが、その理由は不明だ。おそらく出版のタイミングが合わなかったということだろうと思う。しかし、その実に40年後の2004年に窓社よりようやく日本で刊行されたのだった。

一方、合唱曲としては、中田喜直と磯部俶の共作による合唱組曲という形で1965年に発表された。
ほぼ同時に細江の写真と合唱曲が発表されていたことになる。

小生が男声合唱で歌ったのはそのかなり後になるが、当時高校一年生で合唱部に入って初めて演奏したのがこの曲だった。放課後の連日におよぶ練習でいまでも全曲が歌えるほどに思い出深い。
その曲が何気なしにみたサイトで同じ題名の作品に出会い、それがあの曲に連なるものと知って本当に感慨深い。すでにかなりの時間を経た今、その当時の古田幸の写真に出会えるなんて。

2004年に出版された際には話題となっていたようだが気づかず、細江の写真集では何故かこの作品はノーチェックだった。写真集には現在大人になり母親となった古田幸の寄稿がある。65年当時小学六年生ということは今年55歳ということか。

全く個人的なことでしかないのだが、小生にとってこの写真集との邂逅は突然に昔の自分に出会うような驚きだった。

調べてゆくうちに1964年に同名の映画「おかあさんのばか」が松竹で制作されているのを見つけた。出演は乙羽信子、下條正巳などとなっているが詳細は不明。しかし時期と題名から同じ主題である可能性が強い。この作品をいつか観てみたいものだ。

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09 August 2007

増村保造&三島由紀夫 / 『からっ風野郎』

からっ風野郎最近増村保造の作品がDVDで揃ってきて、未見だった三島由紀夫主演の映画「からっ風野郎」を借りて観た。言い方は変だけれど、「動く」三島をみたのはこれが初めて。いや、あの市ヶ谷の演説の映像は折に触れてみていたけれど、駐屯地の正門の高みに登って演説する姿と映画での演技とは言え等身大の姿ではかなり印象が違ってくる。意外と背が低くて競演の船越英二と並ぶと子供のよう。演技はやはりセリフ回しも棒読みに近い平板なもので、そもそも役者ではないので割り引いてみてもお世辞にも上手いとは言い難い。当時は相当に話題になったのではと思うが、ちょっとなんというか・・・。

最後に東京駅の大丸で撃たれるシーンはおそらく死に際の美学に相当に拘ったと思われるような印象的なものだが、これは60年の作品だから三島35歳、あの市ヶ谷での自決の10年前ということになる。
出演は志村喬、根上淳、若尾文子、水谷良重、神山繁、川崎敬三など。97分、大映。

三島の映画出演作を調べてみるとこの主演作以外に「黒蜥蜴」(1968)、 「憂国」(1966)、 「不道徳教育講座」(1959)、 「人斬り」(1969)などがあるが、「憂国」は言わずと知れた問題作。いまはDVDでみられるが、小生は未見。五社英雄監督の「人斬り」では田中新兵衛役でやはりの割腹シーンを演じている。岡田以蔵を勝新が演じていることもあり今度借りてみようと思う。

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08 August 2007

藤純子 / 『女渡世人 おたの申します 』

あまりに暑いので仕事へ行くのをあっさりやめて阿佐ヶ谷のラピュタに山下耕作監督「女渡世人 おたの申します」(71年、東映京都)を観に行った。これは今ラピュタで「昭和の銀幕に輝くヒロインシリーズ」第35弾、藤純子特集で特集されているモーニングショーだ。しかし藤純子の映画を観るのは本当に久しぶり。

しかしなんというか、勿論当時この女渡世人や緋牡丹博徒などを小学生の小生がリアルタイムで観ている筈もなく、藤純子といえば「3時のあなた」の司会とか家族で出ていた歯磨きのCMなどのイメージだったわけだけれど、この女博徒の底知れない迫力と美しさの陰翳が当時の人気を思わせるに十分な作品だ。ただ、話の筋に少々無理があってどうかとは思うが、実はそんなことは些末なことであって、むしろ藤の立ち居振る舞い、視線や表情こそが主題の全てだと言ってしまおう。

冒頭、題名が現れる前にスタジオで藤一人、仁義を切るシーンがいかにも東映やくざ映画らしくて嬉しくなってしまう。これがその後「仁義なき戦い」などの路線に繋がってくるのだけれど、小生、舞台を戦後に移した任侠映画は大嫌いで観たくもないのだが、この頃の明治・大正期が時代設定の作品なら割と好きなのだから難しい(笑)。

要は例え任侠映画とはいえそこにいわば「様式美」が存在するかどうかがまさしく小生にとっては映画の出来不出来の分かれ目なのであって、リアルな暴力描写は迫力はありこそすれ、そんなものは底の浅さにしかならないと思うわけだ。そういう意味では、70年代初期辺りがその端境期かもしれない。

藤岡重慶や遠藤辰雄など定番の悪役もそのあくどさが分かりやすいし、縁ある登場人物が殆ど理不尽に殺されてしまうような救いのない展開に、待田京介と菅原文太の確執がからんで上州小政(藤)の怒りが爆発、長ドス片手に斬って斬って斬りまくる、いよっ、姐さん、カッコイイ!(今日仕事休んでます・・・)
71年当時、藤純子は26歳。ほか「ハヤシもあるでよー」の南利明の名古屋弁が懐かしい。まだほんの端役ででている川谷拓三や三原葉子が旅館の下女役で出ているのもおかしいような。ほか島田省吾、三益愛子など。

劇中、藤の名前が太田まさ子でここから上州小政と呼ばれる設定なのだけれど、このオオタマサコはなんと梶芽衣子の本名(太田雅子)と同じなのは偶然なのだろうか。(多分偶然。)

藤純子はいま富司純子と改名しているが、娘は女優の寺島しのぶ、その弟は最近封切りされた映画「怪談」で主演の五代目尾上菊之助。しかし寺島しのぶはお母さんに全然似てないですね。

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29 July 2007

『追悼のざわめき』がイメージフォーラムで上映

賛否両論、背徳と狂気の寓話、カルト中のカルトと言われた伝説の映画「追悼のざわめき」(松井良彦監督)がシアターイメージフォーラムにて上映される。

88年公開のオリジナルをデジタルリマスターし、「ワダツミの木」の上田現が音楽を加えた追加クレジットのリマスター版として新たに公開とのこと。

今はなき中野武蔵野ホールでのレイトショー上映も何度か行こうと思いながら果たせなかったが、今度こそはトラウマ覚悟で行ってみたい。

シアター・イメージフォーラムにて2007年9月1日よりレイトショー上映。

■関連サイト
- 映画 『追悼のざわめき』 公式サイト
http://www.tsuitounozawameki.net/
- イメージフォーラム・ダゲレオ出版/シアター・イメージフォーラム
http://www.imageforum.co.jp/theatre/index.html

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26 July 2007

邦画関係リンクを

サイドバーに設置しました。
取りあえずこんなところから。
業務連絡でした。

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24 July 2007

若尾文子と田宮二郎 / 『祇園囃子』と『悪名無敵』

溝口健二監督の「祇園囃子」と勝新、田宮二郎の「悪名無敵」を観た。

「祇園囃子」は川口松太郎原作で京の舞妓といういかにも溝口の美学が発揮されそうな世界をモチーフにしている。主演はこの間観た「温泉女医」で主演の女医を演じた若尾文子でまだ二十歳前、役柄は舞妓の半玉で16歳の設定とあどけない感じだが、セリフ回しがいやに大人っぽくて、観ているうちに気がついたのだけれど、もともとそれほどの美形ではない若尾がいかにも美人らしい感じがするのは、この声と話し方なのではないかと。

で、若尾を舞妓にする姉さんに小暮実千代、置屋の女将に浪速千栄子、ほか菅井一郎、河津清三郎ほか。浪速といえばオロナイン軟膏なんだけれど、古いコマーシャルといえば「手と足に、プリティ」のメロディーとか、詰まった煙突の「便秘にサラリン」、黒子さんと白子さんの「ロゼット洗顔パスタ」とか、この辺りが自分のなかでは最も古いCMの記憶なのではないかと思う。いや本当にそうかどうかもう分からなくなっているが、やけに鮮明なんですよね。

田宮二郎、壮絶!―いざ帰りなん、映画黄金の刻へ八尾の朝吉と「モートルの貞」の「悪名」シリーズは以前何度かエントリしたのだけれど、小生にとって田宮二郎は「白い巨塔」の財前五郎とか、それ以上にクイズ番組「タイムショック」の司会のイメージで、そのハードボイルドで劇画調の風貌が今になって観るモートルの貞という軽い役柄にはどうも合ってないような気がする。「梅にウグイス、松に竹、朝吉にモートルの貞とはわいらのこっちゃ。」などとしゃべりまくるキャラクタは、小生の思いこみかも知れないがかなり本人も無理をしていたのではないかと思う。しかしこのシリーズの抜擢で田宮の名が売れることになる。

その後、大映と揉めいわば「干され」てからテレビへと活躍の場を移すが、「白い巨塔」がまだ放映中に猟銃自殺を遂げたのはショックだった。当時小生はまだ中学生だったが、学校では銃身の長い猟銃でどうやって自分に向かって引き金を引くのかなどということが話題になったりした。

76年放映のテレビドラマ「高原へいらっしゃい」での好演も記憶に残っている。このドラマは閑古鳥の鳴くペンションを一流ホテルに仕立て上げるまでの人間模様を描いた作品で田宮は支配人役。いまリメイクしても十分面白いのではないかと思う。

ちなみに田宮の次男で俳優の田宮五郎はネットで画像を検索してみるとお父さんにそっくりだ。
最近、田宮の評伝「田宮二郎、壮絶!―いざ帰りなん、映画黄金の刻へ」(写真上)が出版されていてちょっと読んでみたい気にさせる。

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16 July 2007

丸井太郎と飯田蝶子 / 『温泉女医』

先週の水曜日、小雨のなかをラピュタ阿佐ヶ谷で上映の木村恵吾監督「温泉女医」を観に行った。
ラピュタはいま「映画x温泉 湯けむり日本映画紀行」という特集をやっていて本作はその一つ。ちなみに水曜日は割引で一般が千円だ。

主演はちょうどいまなにかと話題の黒川紀章夫人、若尾文子。64年の作品だから当時31歳で、60年代らしい髪型とメイクは時代を感じさせるが、若い頃から大人っぽい雰囲気で綺麗。でも女医というよりは手だれたバーの若マダムという感じがなんとも。

話は温泉場の(伊東温泉らしい)医院に代用医師として赴任してきた若い女医を巡るコメディで、藪内医院などという名前もいかにも喜劇風。医大をでたものの医師とならず養蜂業を目指す息子に丸井太郎。父親役の菅井一郎扮する藪内医師に勘当されているが、孤児の面倒をみるなどいいお兄ちゃん振りを発揮している。温泉旅館の主に二代目中村雁治郎(中村玉緒のお父さんですね。そっくりです。ちなみに三代目中村雁治郎は扇千景の旦那で現、坂田藤十郎)。コメディらしくチョイ役で当時人気絶頂の林家三平、ミヤコ蝶々や美人女医に通い詰める魚屋の旦那に柳家金語楼などが出演。三平も金語楼もしょこたん風に言えばテラナツカシスって感じ(汗)。

普段は大映の脇役として素朴で実直な農民などを演じていた丸井太郎は本作では主演格という珍しい作品。最後は女医と結ばれるという設定でなかなかいい味を出している。

しかし、丸井は本作の3年後に自殺してしまうのだ。それを知りつつこの作品を観るのは辛い。
柴田錬三郎原作の「図々しい奴」のテレビドラマで丸井は主役として大当たりしたが、当時映画俳優とテレビ俳優の区別が厳然としてあり、映画俳優に戻らざるを得なかった丸井は大映に戻ったあとも脇役に甘んじる他なかった。
自殺はこのあたりが原因と言われているが、そういう背景で観ると丸井が主役格のこの作品は特別に感慨深い。
小生の好きな雷蔵演ずる眠狂四郎や座頭市、同じ雷蔵主演の「大菩薩峠」や「大魔神」などでも脇役ながら存在感を出していたが。享年32歳とは若すぎる。

医院の古いお手伝いさんを飯田蝶子が演じているがこれも懐かしい顔。小生のほんの子供の頃のテレビに昔からおばあさん役でよく出ていたが、たしか久世光彦脚本の「時間ですよ」とかよく覚えている。そんな懐かしい顔に図らずも出会えるのが古い邦画通いの醍醐味かも。他、三原葉子、姿三千子など。1964年、78分、大映。

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14 July 2007

神保町シアター / 『こどもたちのいた風景』

この間出来たばかりの神保町花月には映画館「神保町シアター」が併設されていて、7月14日から8月17日までレイトショーとして 「映画の昭和雑貨店・こどもたちのいた風景」を上映している。

川本三郎が選んだ昭和20年代から30年代の子供を主人公とした邦画を各日18時45分から一回上映。
ラインナップはこんな感じだ。

  稲垣浩「手をつなぐ子等」昭和23年
  大島渚「少年」 昭和44年
  今村昌平「にあんちゃん」 昭和34年
  成瀬巳喜男「秋立ちぬ」 昭和35年
  久松静児「つづり方兄妹」 昭和33年
  久松静児「警察日記」 昭和30年
  若杉光夫「夜あけ朝あけ」 昭和31年
  堀川弘通「あすなろ物語」 昭和30年
  滝沢英輔「しろばんば」 昭和37年
  今井正「キクとイサム」 昭和34年

仕事帰りに丁度良い時間で、レイトショーと言っても遅すぎないのが良い。
昼は小学館と組んだアニメなどを上映しているようだが、また一つ古い邦画を観られる映画館が出来て嬉しい。

以前、神保町に花月が出来ることの驚きについてエントリしたが、実は大正から昭和初期にかけて「神田花月」という演芸場が過去存在していたらしい。とするとこの神保町花月は復活を遂げたということになる。

明治時代に中央線が新宿から立川までを甲武鉄道として開通してその後都心へ延長してゆく際に、神保町からほど近いいまの万世橋辺りに震災前は日本でも指折りの乗降客数を誇った万世橋駅が出来て、駅周辺には寄席や演芸場などが立ち並ぶ繁華街となっていたようだ。とすれば神保町花月はあたかも土地のもつ記憶が呼び覚まされたかのように再び立ち現れたことになる。

ちなみに万世橋駅はこの間閉館した交通博物館のあったところ。いまでもプラットホームのなごりが残っている。さらに以前には現在の昌平橋に昌平橋駅があったが万世橋駅の開業で閉鎖された。その万世橋駅も秋葉原駅や神田駅の開業でその役目を終えることになる。いまも残るお茶の水から神田までの赤煉瓦の高架は当時の万世橋駅の豪華な駅舎の面影が残っていて小生の好きな場所の一つだ。


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出来たばかりの神保町花月&神保町シアター。斬新なデザイン。

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13 July 2007

『エメラルド・カウボーイ』と『あたえられるか否か』

エメラルド・カウボーイなかなか更新が出来ない最近ではあるのだけれど、それでもない時間をひねり出していくつか映画を観た。結果的に普段足りない睡眠時間が余計に少なくなって、どちらも濃ーいおじさまが出演するこの二作品ならなおさらのこと睡眠不足に拍車がかかりそう。

「エメラルド・カウボーイ」は南米コロンビアでエメラルドの仲買人から現在ではかの地でエメラルド王と呼ばれるまでになった早田英志が自らメガホンを取り半生を映画化した作品。前半は俳優をたてて会社を興すまでを、後半からは本人が登場して労働争議や娘の誘拐未遂などを絡めて描く波瀾万丈を制作費にも(おそらく)糸目を付けず制作したいわば究極の「自分映画」。

この早田役の俳優はどうみてもコロンビア人にしか見えないのに日本人という設定なのが痛痒いような。無理矢理日本人なのだ、と自分を思いこませつつ観るほかないが(もう深夜一時・・・)、あとで登場するご本人は北野武の母親にそっくりだなどと、どうでもいいことに気がついた。

しかし、この映画を観る限りコロンビアという国は危険極まりないところだ。早田の周りには常時幾人ものボディガードが張り付き、本人も銃を携帯して常に一触即発の世界。ゲリラ、要人誘拐、麻薬取引などが日常茶飯に起こる危なすぎるこの国で異邦人が成功して行くというセミ・ドキュメント風ドラマなのだが、DVDに特典映像として収録されている、撮影時に常に山岳ゲリラの危険と隣り合わせのメイキングのほうがリアルで面白いと言ったら撃たれるかも。2002年123分。

****

「あたえられるか否か」は徳川埋蔵金を求めて親子三代、120年にわたる執念を受け継ぐ水野家当主、水野智之を追ったドキュメンタリー。随分前にテレビのスペシャル番組で糸井重里などが出演していたのを覚えていてつい借りた。水野の延々とした語りに見え隠れする血で継承された執念のおどろおどろしさ、埋蔵金に取り憑かれて水野のもとを訪れる人々の奇怪さがこの映画の見所だ。

ドキュメンタリー作品としてはもう少し掘り下げ方があったのではと思うが、テレビで扱うようなセンセーショナルな方向というより、むしろ淡々とした視線を選んでいるのは映画作品としては間違ってはいないと思う。しかし例えば埋蔵品に取り憑かれて既に現実と妄想の狭間を彷徨い始めたかのような人々の周辺を同時並行的に描いたならば作品に厚みがでたのではと思う。作中、自説を信ずるあまり山中の石の単なる模様に本来無い見えない文字を見いだすシーンには背筋が寒くなった。この人についての周辺を是非観てみたいと観客としては思ってしまうのだが。2006年82分。両作ともアップリンク配給。

■関連サイト
- エメラルド・カウボーイ
http://www.uplink.co.jp/emerald/
- 徳川埋蔵金120年目の挑戦「あたえられるか否か」
http://wireworks.jp/maizokin/

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08 July 2007

山澤損、アルモドバル、またまた水木しげる

あぁ、忙しい。先週は仕事でほとんど家に帰れず、外国のお客人を京都や東京近辺に案内したりして過ごした。先の内澤旬子のエントリもホテルから投稿したが、その後はちょっと疲れて時間があいてしまった。お客人は非英語圏のお国の方だったけれど、小生のクレイジー・イングリッシュで何とか通訳が出来てよかったが、ネイティブでない英語は返って聞き取りやすい。これがアメリカ人やイギリス人だと発音が良すぎて(当たり前)そんなミミが出来てない小生にはツライ。以前行ったイギリスの中部では訛りがきつくて、thank you がほとんど「タンキ!」と聞こえて、「誰が短気じゃ!」と思ったりした。前に会ったインドの方の英語はRが異常に巻き舌になったりして、これはこれで聞きづらかったりする。

で、ホテルで手持ちぶさたに何気なくネットを散策しながら、多摩美術大学のサイトを見ていたら(なんで多摩美のサイトにたどり着いたのか思い出せない・・・)、多摩美の学章が易の卦の一つである損卦、いわゆる「山澤損」の卦になっているのを見て、何故損卦なんだろうと思った。易の卦は全部で64卦あって、8卦を2つ組み合わせて出来ている。上が山を示す艮(ごん)、下が沢を示す兌(だ)卦の組み合わせが「山澤損」だ。と思って由来を見てみたら「美」の字をデザインしたものだったらしい。全然、易とは関係なかったわけ。

小生の好きな監督の一人であるペドロ・アルモドバル監督の最新作、「ボルベール<帰郷>」が封切りされていてる。「オールアバウト・マイ・マザー」「トーク・トゥー・ハー」が心に残る作品だっただけに期待。

水木しげるの戦争体験をドラマ化した「鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争」が終戦記念日にNHKで放送されるらしい。主演の水木に香川照之、ほか塩見三省など。見逃さないよう今から録画準備しておかなくちゃ。

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24 June 2007

勝新太郎没後10年 / 『新・兵隊やくざ 火線』

昨日、勝新太郎が亡くなって今年で10年になるのを池袋新文芸坐の上映特集「没後十年 誇り高き昭和の天才役者 天衣無縫 勝新太郎」のフライヤーで知って、よく見るとその丁度昨日の上映に兵隊やくざシリーズで小生が未見の「新兵隊やくざ火線」があるのを発見し、これを逃してはならじと取るものも取りあえず池袋へ直行した。

というのも以前、勝新座頭市全26作+「不知火検校」を走破ならぬ全巻見通す「座頭市マラソン」という一人イベントをやっていてこれは既に走破しているが、続けて「兵隊やくざ」シリーズに移行してシリーズ第8作目の「兵隊やくざ強奪」までの全てを観たまま、この一作がなかなか観られなかったからだ。なぜかこの作品だけDVD化されていないこともあるが、東京に点在する邦画専門の映画館でもなかなか掛からなかったこともある。(関係ないが、この映画が「掛かる」という言い方が懐かしくて好き。)

で、力みすぎて少々早めについてしまって、近くにある「えるびす」でラーメンを食べてから鑑賞。

「兵隊やくざ」(1965年)
「続兵隊やくざ」(1965年) )
「新兵隊やくざ」(1966年) )
「兵隊やくざ脱獄」(1966年) )
「兵隊やくざ大脱走」(1966年)
「兵隊やくざ俺にまかせろ」(1967年)
「兵隊やくざ・殴り込み」(1967年)
「兵隊やくざ強奪」(1968年)
「新兵隊やくざ火線」(1972年)

やっと取消線が引ける。涙・・・うぅ・・(あほか)
「新兵隊やくざ火線」(1972年)

しかし65年に始まったこのシリーズもこの作品に至ってはやたらに殴り合いのシーンばかりでプロットにも惹かれるものがない。ロケもほとんどスタジオセットのなかというもので、8作目から4年を経て制作を勝プロに移し、映画が斜陽化しつつあるなかで人気シリーズ作品を打ち出すという策もどうやら上手く行かなかったようだ。期待が大きかったこともあるかも知れないが、小生としては好きなシリーズなだけに残念。座頭市もそうだが、勝プロに移ってからはテイストが変わってしまい、どうも細部まで練られた60年代のレベルが維持できなくなっているのはやはり時代の流れなのだろうか。
増村保造監督。有田上等兵に田村高廣、大宮二等兵に勝新太郎、神永軍曹に宍戸錠、八路軍のスパイに安田道代(現、大楠道代)など。1972年、92分、大映。

■関連エントリ
- 月球儀通信 : 祝! とうとう座頭市マラソン完走!
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/02/post_2789.html

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17 June 2007

井桁裕子作品展、映画「アリア」そして鬼海弘雄

随分エントリに間を空けてしまったが、梅雨の晴れ間の今日、先日エントリした井桁裕子の人形作品展「人形を探す旅~面影portrait~」を観に東中野のギャラリーRAFTへ行った。JR中野駅前で用事を済ませてから一丁目まで歩いておよそ15分ほど。初夏の陽気はまだ暑さに若さがあって気持ち良いものだったが、いつもポレポレ座に映画を観る時に降りる東中野からではなく中野5丁目から歩くのは初めてだった。

小さな片翼のオブジェのような作品と、球体関節人形が4体、舞踏家の吉本大輔をモチーフとした作品や坪川拓史監督、高橋マリ子主演の映画「アリア」(2007年、105分)の為に制作したという少女の人形などを展示。
実在の人物をモチーフとした球体関節人形というユニークな表現には前々から興味があって今回初めて作品を拝見したのだが、彼女の作品にはリアリティを超えた人形としての実存が色濃く、対峙する程にものとしてではなく自立し意志を持った存在というものを感じてしまう。それは工芸品をみているのではなく、観るものと等価の「他者」として対峙しているのであって、その表情やバランス感覚の美しさには並々ならぬものがある。

このところ人形作家の作品を続けて観る機会があったのだが、井桁の作品は明らかに他の作品とは異なる次元を感じる。この違いはどこからくるのか。20年ほど前に青木画廊で出会った四谷シモンや天野可淡の作品につらなる作家性の濃さを感じられたのは嬉しい出来事だった。(ご本人は気さくで素敵な方でこちらの不躾な質問にも丁寧にお答え頂き本当に有り難うございました。)

映画「アリア」は四谷シモンも出演するとのことで、日本での公開は未定とのことだが是非観てみたい。

実はギャラリーに着くやどこかで見覚えのある方が出てこられるところだった。もしやと思い、あとで井桁さんに伺うと、やはり写真家の鬼海弘雄その人だった。鬼海については以前何度かエントリしていたが、ご本人を目の前にするのは初めて。この間のタカイシイギャラリーでの森山大道との擦過といい、こんなことが不思議と多い昨今。

■関連サイト
- 製作作品:アリア | 天然堂FILM
http://www.tennen-movie.net/movie2.php
- 人形作家 井桁裕子 球体関節人形 Web写真集
http://www.otomeru.com/igeta/

■関連エントリ
- 月球儀通信 : 井桁裕子 / 『人形を探す旅 ~面影 portrait~』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/06/portrait_2eaa.html
- 月球儀通信 : 土門拳賞作家 『鬼海弘雄』 補遺
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2004/04/__1.html
- 月球儀通信 : 天野可淡 / 苦悶の天使
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/01/__160f.html
- 月球儀通信 : 『シモンのシモン』『人形作家』 / 四谷シモン 
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2004/03/__4.html

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24 May 2007

林静一+あがた森魚 / 『画ニメ 赤色エレジー』

植田正治の写真をモチーフにしたDVD「画ニメ つゆのひとしずく」のエントリ(下記)でも触れたが、林静一の「赤色エレジー」がこのシリーズでとうとう発売されるようだ。詳細は下記リンクを参照ください。

林静一の書き下ろしも含めたイラストにあがた森魚とムーンライダースの鈴木慶一、浜田真理子が音楽を、ナレーションは石橋蓮司というキャスティング。あがたと林の対談も収録される模様。発売が楽しみ。

画ニメ 赤色エレジー
画ニメ 赤色エレジー


■関連サイト
- [画ニメ]林静一+あがた森魚:赤色エレジー
http://www.ganime.jp/sekishoku/index.html

■関連エントリ
- 月球儀通信 : 『つゆのひとしずく 「植田正治」の写真世界を彷徨う』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/01/__04de.html
- 月球儀通信 : 林静一 / 『淋しかったからくちづけしたの』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/01/post_e3b3.html

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21 May 2007

J・A・シーザーと松田英子

先日図書館で予約した「J・A・シーザーの世界」(2002年、白夜書房)を昨日受取り、一日中読み耽っていたのだけれど、60-70年代におけるアングラシーンの証言ともいうべき内容の濃さに、これは借りるだけでは済まず手元においておくべき本だと思った。新宿でのフーテン時代から天井桟敷、万有引力など劇団でのエピソードを含むロングインタビューや当時のフライヤーなど図版も多数収録されている。なかでも花輪和一や林静一のイラストになるチラシは部屋に貼りたいほど。付録CDには当時の動画も入っているがこれは70年代フリークとしては嬉しい貴重な映像だ。ちなみにモノクロ8mmがオリジナル。
極小のフォントで割付されていて読むのに苦労するが、読む度に新たな発見があってまるで宝探しのようについ時間を忘れてしまう。

そのなかで、天井桟敷の芝居「ガリガリ博士の犯罪」(70年)での記念写真にシーザーと並んで立つ女優のキャプションをみて驚いた。松田英子、かの大島渚「愛のコリーダ」でヒロイン阿部定を演じた女優だ。
あの作品以降、彼女の出演した映画はなく、いわば幻の女優だと思っていたのでそこに姿を発見して感慨深かったわけだ。しかし、調べてみると実は彼女の出演作はコリーダ以降、官能映画の巨匠ともいうべき田中登やあの若松孝二の作品など何本かに出演していたことが分かった。このジャンルには疎かったので見落としていたらしい。その後、松田暎子と改名したようだ。

それより、ネットで調べると実は彼女の映画初出演作はなんと「野良猫ロック マシンアニマル」だというではないか。これは梶芽以子を通しでみていた昨年に自分は既に観ていたことになる。気づかなかった・・・。しかも「愛のコリーダ」で共演の吉蔵役、藤達也とコリーダ以前に共演していたということにもなる。迂闊にも程があるというものだ。これだから映画は気が抜けない。

早速、若松孝二監督松田出演の作品を借りてみたくなった。

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15 May 2007

『毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト』

Diane Arbus: An Aperture Monograph (Aperture Monograph)

ニコール・キッドマン主演の映画「毛皮のエロス/ダイアン・アーバス 幻想のポートレイト」が2007年5月26日より封切される。原題は「FUR: AN IMAGINARY PORTRAIT OF DIANE ARBUS」で一体エロスの語がどこから来るのか首を傾げるばかりだが、興行的に受けるとでも考えたのだろう。それは良いとして、今では既に古典ともいえるアーバスの写真は有名な双子やおもちゃの手榴弾を持った少年などのポートレイトで知られるが、当初ファッション写真家として出発し60年代の終わりから精神病患者、倒錯者などを被写体にしたポートレート作品を発表した。そこにはついに71年の自死に至る自身の投影ともいえるものが見て取れる。

好きなポートレイト作家はと訊かれたらまずは間違いなくアーバスを選ぶだろう。
60年代の終わり頃に撮影された彼女自身のポートレートは、不安と不安定さ、日常という表層の亀裂をかいま見てしまったかのような精神のありようがよく出ていて印象的だ。

映画がどんなテイストに仕上がっているかは分からないが、通俗的なものになっているとすれば敢えて観る気はしない。キッドマンは嫌いじゃないのだけれど。(2006年、122分)

Diane Arbus: Family Albums


■関連サイト
- 映画 『毛皮のエロス』 公式サイト
http://kegawa.gyao.jp/


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12 May 2007

それでもボクはデジャヴってない

俗曲師うめ吉のニッポンしましょ!米国東海岸へ向かう機内では持っていった本をあらかた読んでしまい、すこしばかり眠ったり機内映画を観たりして過ごすしかないのだけれど、一日目に泊まったホテルで今回持っていった本「俗曲師うめ吉のニッポンしましょ!」を枕元に置き忘れて次の日の移動間際に気がつきタクシーでホテルに寄って貰い無事救出。フロントの女性たちが表紙の写真やグラビアをみてcute!とかbeautiful!などと騒ぎやけに気に入った様子で、そんなに喜ばれるならいっそあげてしまおうかと思ったが、図書館で借りた本なので止めておいた(汗)。そこが南部の片田舎であることもあって日本の女性がまだ皆こんな格好をしており男は丁髷帯刀していると思ったかも。そんなわけないか。

で、観た映画の話。
周防正行監督の最新作「それでもボクはやってない」(2007年、143分、東宝)は96年の「Shall we dance?」や「がんばっていきまっしょい!」(98年)の路線とは正反対の社会派ドラマで電車内の痴漢冤罪がテーマの作品。

たしかにこの手の冤罪事件は飛び込み自殺と同じく日常茶飯に起こっていることなのだろう。取り調べでの恫喝や調書の警察官による恣意性などおそらく日本の司法、行政はこんなものなのだろうと思うし、いつ何時自分にこんな災難がふりかかるかも知れないと思うと絵空事ではないかも知れない。小生も地獄のような中央線の混雑した車内ではなるべく女性から遠ざかって両手で吊革などに掴まり勘違いされるのを防いでいるが、親告罪なのでもし「この人痴漢です!」などと勘違いされたらもう一巻の終わりだ。日常に潜む恐ろしい話。

デンゼル・ワシントン主演の「デジャヴ」(2006、127分)はうつらうつらしながら観たので前後の映画と話がごっちゃになってしまったりしたが、SFだかなんだかよく分からない前提の話。10分後に忘れてしまう典型的ハリウッド映画。しかし「ドリームガールズ」(2006年130分)は60年代のソウルミュージックを主題にしたミュージカルでなかなかよかった。こういう映画はこんな機内のようなシチュエーションでなければおそらく観ないのだが当たりの部類だ。

黒沢の「天国と地獄」(63年、143分、東宝)も久々に観たが背広姿の三船はなんだか素浪人が間違って現代に飛びでたかのよう。しかしさすがの筋立てで飽きさせない。伊藤雄之介がなかなか良い。

それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり! デジャヴ ドリームガールズ スペシャル・コレクターズ・エディション 天国と地獄

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07 May 2007

甲斐庄楠音から溝口健二『雨月物語』へ

ぼっけえ、きょうてえ独特のデカダンスな美人画で知られる日本画家、甲斐庄楠音の伝記「女人讃歌 甲斐庄楠音の生涯」(栗田勇/87年/新潮社)を読み始めた。明日からまた旅なのでこの続きは機内で読むことにするが、代表作の一つ、「横櫛」(1918年)は岩井志麻子の「ぼっけえ、きょうてえ」の表紙ともなっていて、生々しいまでにデモーニッシュな人物造形、特に白粉と地肌のあわいのリアリズムと様式美の共存には抗しがたい魅力がある。

甲斐庄は大正15年、国画会の土田麦僊に酷評され画壇から映画界へ衣装考証家として活躍の場を移し、溝口健二の作品にその美意識を投影することとなった。その代表作、ベネチア映画祭銀獅子賞受賞作である「雨月物語」(1953年、大映)を昨日借りて観た。既に以前観ているので再度観たことになるが、森雅之、田中絹代、京マチ子らの演技や溝口の演出、宮川一夫のカメラワークなどもさることながら森が妻役の田中に買い与える着物の美しさはモノクロ作品ながら見て取れる気がした。

甲斐庄は同性愛者だったという説もあり作品にその美意識のありようを伺わせる気もするがその辺りの消息は代表作の図版や甲斐庄自身の写真も多数展覧する下記のサイトに詳しい。このサイト、「議論」がすこぶる面白し。ここからリンクされている別サイト「甲斐庄楠音外伝」も必読。

- 甲斐庄楠音研究室
http://members.at.infoseek.co.jp/kainoshou/index.html

甲斐庄の画集は検索してもなかなか見つからない。美術館のカタログなどを古書で捜すしかないか。
昨年放送のNHK新・日曜美術館の甲斐庄特集は松井冬子、松岡正剛の解説もあって録画していなかったのが悔やまれる。

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13 April 2007

ジョナスメカスと中平卓馬

ジョナス・メカスの作品を観たのは90年頃、京都四条大宮駅近く、居酒屋の二階にあったスペース・ベンゲットだった。この映画館はもう既に閉館しているが、自主制作から古い邦画までを常に特集していて好きな小屋の一つだった。観たのはたしか「リトアニアへの旅の追憶」(72年)と「ロスト・ロスト・ロスト」(76年)の2本立てだったと思う。

京都の映画小屋で共通に使える友の会のようなものがあって、年会費を払うと無料券や会員証の提示で割引が効いたりして随分使った。(その会の名前をいま思い出そうとしたがどうしても出てこない・・・)京都は嵐山に撮影所があるなど映画とは縁が深い土地柄だが、四条烏丸にある京都文化博物館の地下にはフイルムライブラリーがあって邦画の特集上映が行われていたり、ブースで作品が無料で観られたりと邦画好きなら入り浸ってしまいそうなところで、事実入り浸っていたわけだけれど(笑)、改めてサイトをみてみると新幹線に乗って直ぐにでも行きたくなるような作品ラインナップで眩暈がする。

そのジョナス・メカスのボレックスで綴る日常の延々とした映像日記と、最近の中平卓馬の淡々とした日常のシークエンスとはどこか通じるところがある気がして、いま丁度それぞれの展覧会が開催されていて時間を見つけて行ってみたい。

中平卓馬 展
会場: シュウゴアーツ
スケジュール: 2007年04月07日 ~ 2007年05月12日
住所: 〒135-0024 東京都江東区清澄1-3-2-5F
電話: 03-5621-6434 ファックス: 03-5621-6435

ジョナス・メカス 展
会場: IN Gallery
スケジュール: 2007年04月08日 ~ 2007年04月21日
住所: 〒158-0081 東京都世田谷区深沢1-11-15
電話: 03-3701-0613 ファックス: 03-3701-0613

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21 March 2007

雷蔵と健さんと天狗のおじちゃん

最近観た映画。前のエントリと酷似しているけれど、決してデジャヴではありません(笑)
雷蔵と高倉健、嵐寛寿郎の豪華三本立て。

「ある殺し屋の鍵」(67年)は「ある殺し屋」のシリーズ続編。前作は小料理屋をやっていた雷蔵も今回は踊りのお師匠さん役。関西歌舞伎の出である雷蔵の舞踊姿は必見。競演は佐藤友美。
相変わらずクールな雷蔵。でも髷を結わない現代劇では、線の細いお兄さんといった風情。しかし踊りの見事さよ。

「網走番外地 悪への挑戦」(67年)は石井輝男監督になる番外地シリーズの最後、いや最後から二番目の作品。あと一作を撮って石井監督は身を引く。今回は健さんが不良少年の教護施設の先生役をやるというよく考えると訳の分からない設定。鬼寅こと嵐寛寿郎も施設の世話役をやっているというのもなんだか可笑しい。施設の若者に谷隼人、石橋蓮司、小林稔侍、前田吟など。この面々が不良少年役というのはいま観ると凄い。ちなみに谷隼人の奥さんは松岡きっこ、あの「きっこのブログ」のきっこさんですね(大嘘)。

「鞍馬天狗 天狗廻状」(52年)は番外地では無く子も黙る鬼寅こと嵐寛寿郎が天狗のおじちゃんだ。
杉作少年に美空ひばり。当時14歳だが、既に大スターだった。しかしこの名調子、まだサイレントの匂いがほのかに残っている気さえする時代感が。そのまま映画が丸尾末廣のイラストになってしまうような錯覚まで。

邦画の奥は深くてまだまだ入り口に立ったばかり。PCを買い換えようかと思っていたが、やっぱりプロジェクターを先に買おうかと悩み中。

ある殺し屋の鍵 網走番外地 悪への挑戦 鞍馬天狗 天狗廻状

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12 March 2007

やはり机竜之介は雷蔵というわけで

随分書きかけのエントリが溜まっているのだけれど、どれもみな下書きの状態のままで、一向に続きが書かれない。特段忙しい訳でもなくて、単に気が乗らないというに過ぎないが、その間、何をしているかというとやはり映画を観たりしている訳で、最近観ただけでも、三船敏郎、中村(萬屋)錦之介、石原裕次郎、勝新太郎、浅丘ルリ子という主役級キャストの「待ち伏せ」(70年、三船プロ)、勝新主演、「兵隊やくざ」の海軍版ともいうべき「海軍横須賀刑務所」(73年)、「御用牙 かみそり半蔵地獄責め」(73年)とか石井輝男のあれやこれやなどを観ながら合間に仕事をするという感じ。「待ち伏せ」は三船プロの第一回記念作で、密室劇に近い脚本がなかなか良くできている。豪華キャストといえばそうだろうが、大抵こういうキャスティングの作品は脚本が役者に気を遣って変なものになったりするものだが、そういう嫌いは多少あるにせよ起伏のある内容で面白い。旦那の虎舞竜と夫婦で最近よくテレビに出る三船美佳の母親、北川美佳が茶屋の娘役で出ているのも一興。
「海軍横須賀刑務所」は兵隊やくざシリーズを期待して観たが、期待外れだった。勝新の諧謔味を出し切れていない。しかし脚本は石井輝男で、刑務所内の反乱シーンなどは「網走番外地」シリーズそのもの。藤岡重慶を久しぶりにみて懐かしかった。ほか菅原文太、松方弘樹など。

それより、市川雷蔵、中村玉緒主演の「大菩薩峠」(60年~61年)シリーズ全3作を先ほど観終わったところ。
大映の良き時代を堪能。机竜之介は仲代達也や片岡千恵蔵などが演じているが、この人間の業に突き動かされる虚無感は雷蔵でなくては出ない。全3作のうち先の2作の監督は三隅研次。最後の完結編だけが森一生だ。
どうも小生には三隅のテイストが合うようだ。本郷功次郎の初々しさも良い。光の使い方や調度、セリフなど、この頃の時代劇を今作ろうとしても、もう無理なのではないだろうか。最近の時代劇はカメラワークや特撮、CGの多用で迫力を出そうとしているようだが、それを追えば追うほど逆に軽くて嘘臭いものになってしまうことに気が付いていない。殺陣の際の斬り払う時の音一つ取っても、今では下らない効果音が興醒めだ。斬られるものの着物を払う鈍い音がいかにも真実味があって凄みを感じさせる。既に制作の現場に細部にこだわる職人がいなくなっているのだろうし、例えば言葉遣いでも目上から目下へ向かっていう時の「それを申してみよ。」などという敬語の遣い方などもう今の映画ではこんな風に使われなくなっている(ような気がする)。たんなる懐古趣味とうより、上質な時代劇をみようとすれば結局この時代の作品をみることになる。この60年代辺りが頂点なのではないかと思う。

などと会議中に考えながら、帰りに借りる作品の品定めをしたりして。

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08 March 2007

『ヨコハマメリー』

ヨコハマメリーここ何日か体調が思わしくなく花粉症かと思っていたら空咳、悪寒までしてあれよという間に発熱し、一昨日に38.5度を出して丸二日を布団のなかで過ごした。その間、得体の知れないものに追われたり昔の嫌な思い出に苛まれるような夢をみてはうなされ、そのたびに目覚める眠りの浅さ。なにか前世の業を今生で償うかのごとき心地こそすれ。あなうたて。
いや、単なる風邪と思うが、どうもこんな体調がずっと続いているし、どうやら最近免疫力が落ちているような気分。

ドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」はテアトル新宿だったかのレイトショーには結局行けず、DVDで鑑賞。

伊勢佐木町界隈に戦後立ち続け突然姿を消した老娼婦メリーを巡る人々のインタビューから半ば都市伝説化した彼女の輪郭を当時の世相、横浜という土地を背景にあぶり出して行くドキュメンタリー。
大野一雄の息子で舞踏家の大野慶人、作家の団鬼六、山崎洋子、風俗ライターで最近物故した広岡敬一などが語るメリーの肖像。横浜では最も親交の深かったシャンソン歌手、末期癌に冒された永登元次郎の生き様を重ねながら淡々と語りを記録するカメラは、延々とメリーの不在を際立たせ、彼女の周縁をもどかしくもなぞるばかりにみえたが。

最後の場面での衝撃。
小生、思わず独りアッ、と声を出してしまった程だった。この驚き、カタルシスの前にカメラは周到にも計算されていたとは。これは原一男「ゆきゆきて神軍」(87年、疾走プロダクション)に比肩するドキュメンタリーの快作だと思う。監督の中村高寛はまだ30代前半と今後の活躍へ期待大。2005年、92分。

本編にも登場する山崎洋子のノンフィクション「天使はブルースを歌う」(99年、毎日新聞社)はメリーが主要なモチーフの一つとなっている。

天使はブルースを歌う―横浜アウトサイド・ストーリー

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01 March 2007

晴れのち曇り

ちょっと前の「小鳥ピヨピヨ」さんのエントリ、「悩み相談とその回答の傾向」を読んで、この機微を突いた指摘に本当にそうだなとつい笑ってしまったのだけれど、よく考えてみるとこれは人間に根元的に備わっている本能のようなものではないかと思い至って少々感慨深かった。いや勝手に想像して感心していれば世話はないけれど、互いの関係性で生きてゆく人間が他者への励ましというものを本能として持っていても不思議ではないかも知れない。

会議中にそんなことを考えながら眠気を我慢していたのだけれど。

クイーン・オブ・ジャパニーズ・ムーヴィー 野良猫ロック~女番長ブルース―Hotwax special collectionHotwax発行の「クイーン・オブ・ジャパニーズ・ムーヴィー」はいつかは買ってしまうんだろうな、と思いながら立ち読みしていたのだが、結局買ってしまった。
70年代のやさぐれ調映画をヒロイン別にグラビアにしたムックだ。こんなものばかり買ってしまうのは人間に備わった本能だろうか。そんなわけない。

勝新太郎主演、増村保造監督「御用牙 かみそり半蔵地獄責め」(73年)を観る。勝の破天荒振りが痛快な作品。半蔵に使われる前科持ちの草野大悟と蟹江敬三の飄々としたコンビの息がまたなかなか。勝プロの一番活きの良い時代の気分がよく伝わってくる。しかし取り調べの責めとかもう破天荒過ぎ。DVD化希望。

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23 February 2007

共栄堂と増村保造『でんきくらげ』

でんきくらげ清洲橋から水天宮を眺めつつ都バスに乗って神田駅まで行き、共栄堂のカツカレーを食べてから帰宅。この共栄堂は神保町のスマトラカレーの共栄堂とは親戚らしいが、そのカレーは全然違う。神保町共栄堂にはかれこれ25年近くも行っているが、この神田共栄堂へ行くのは初めてだ。どちらかというと神田は神保町よりもサラサラしていてスープに近い感じ。でも慣れ親しんだ神保町のほうが好きかも。

で、胸ポケットに入れた筈のバスカードがなくなっているのにふと気が付いた。普段、ポケットには5x3カードを束ねたHipstarPDAを入れているが、これを出し入れするうちにバスカードを落としてしまったらしい。まだ3500円位の残額があったのに。痛い・・・。明日の昼食はカップラーメンにしようかなどと。

気を取り直して、昨夜録画しておいた映画、増村保造監督「でんきくらげ」を観た。
渥美マリ主演、川津祐介、根岸明美、中原早苗、西村晃、永井智雄、玉川良一ほか。
渥美の作品はほか「しびれくらげ」(70年) 「夜のいそぎんちゃく」(70年)の「軟体動物シリーズ」(しかしなんというシリーズだ・・・)などお色気路線が中心だが作名に騙されてはいけない。
バーのホステスである母親(根岸)の男に関係を強要され、それを知った母親は男(玉川)を殺し服役する。その母親への想いから由美(渥美)は自らホステスとなり男を手玉に取りながら大金を手にする。誰にも所有されず飽くまで自分の生きたいように生きるという女性像、これは80年代以降によくドラマのモチーフとなった女性の自立というテーマを先取りした作品ともいえるかも知れない。
弁護士崩れでバーのマスターの野沢(川津)も結果的に利用されるのだが、この時代の映画で必ずと言って良いほど出てくるゴーゴーシーンの渥美と川津の踊りが必見。いつものことながらいま見るともうなんというか、つい笑ってしまう。渥美のセリフ回しは意図的なのかどうか、押し殺したような棒読みなのが不気味な迫力を醸していてこのテイストに気が付いてしまうとつい一連の作品を通して観たくなってしまう。1970年、92分、大映。

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31 January 2007

『ゲルマニウムの夜』

ゲルマニウムの夜 デラックス版東京国立博物館の敷地内に設けられた映画館、一角座でロングラン上映されていた「ゲルマニウムの夜」は花村萬月の同名作品の映画化。制作は鈴木清順作品で知られる荒戸源次郎、監督にこれが初監督作品になる大森立嗣。この方、あの麿赤兒のご子息らしい。主演は「青い春」「血と骨」の新井浩文に広田レオナ、早良めぐみ、石橋蓮司、佐藤慶、麿赤兒ほか。

一角座での上映中に行きたかったが叶わず、DVD化を待って漸く観ることができた。

冬の北海道の修道院が舞台。この特殊なしつらえで語られる聖性と背徳、神への冒涜と救済などのテーマはともすると低俗でステレオタイプなものに堕しがちだが、新井の鬱屈した演技と重厚で美しい映像がこの映画を完成度の高いものにした。しかし広田レオナのシスターとか石橋蓮司の男色司祭とかはいかにも過ぎてどうだろう。広田レオナがシスターだったらもうどうなるか分かりすぎてしまって興ざめな部分はある。観客動員数が増加しているととはいえ、この頃のテレビの延長のような邦画作品のなかで、こういう作品が出てくるというのは日本映画もまだまだ捨てたものじゃない。この作品を観ながらパゾリーニを連想した。2005年、117分。

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09 January 2007

『つゆのひとしずく 「植田正治」の写真世界を彷徨う』

画ニメ つゆのひとしずく ~「植田正治」の写真世界を彷徨う~

東映アニメーションと幻冬社のコラボ、「画ニメ」のなかのラインナップに、植田正治の写真をモチーフとした映像DVDがあるのをみつけた。既に昨年の春頃に発売となっていたようだが、知ったのは昨日、とある書店でだった。
「画ニメ」のサイトをみると静止画を主体とした映像作品とのことで、最近では古賀新一の「エコエコアザラク」とか天野喜孝の作品などが出ているようだ。
これからあがた森魚+林静一の「赤色エレジー」も出るようで、これはちょっと欲しい。

幻冬社ということもあって流通が書店というところもチェックポイント。

で、この「つゆのひとしずく」は植田正治の写真をモチーフに同郷の山陰出身の佐野史郎が編集、監督した映像作品。音楽はあの加藤和彦。

こういうノスタルジックなモチーフには植田の写真はいかにも合いそうな感じだ。

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04 January 2007

昭和余年は春も宵

題名は例の如く全然関係ないんですけれど、とりあえずここ1週間で観たもの、読んだもの。

■映画「血と砂」(65年東宝)
岡本喜八監督、三船敏郎、団令子ほか。三船のような強烈な父性が既にノスタルジーになっている昨今。

■映画「ミッションインポッシブル3
ハリウッド嫌いの小生も正月の手持ち無沙汰に勝てなかった訳。面白いがいつも何にも残らない不思議。
これこそハリウッドマジック。

■映画「箪笥
韓国ホラー映画。映像も綺麗でそれよりプロットに惹かれる。韓国版「アザーズ」の趣き。

■書籍「グーグル八分とは何か
Googleから検索結果を意図的に排除されたサイトの管理人によるネット版"村八分"の実体。
Web2.0の欺瞞についても言及。でもいま検索してみると著者のサイトはGoogle八分から解除されているみたい。この本の影響か。

■DVD「探偵ナイトスクープ1-4
放送初期から比較的最近までの名場面ダイジェスト。4巻全部借りて正月はナイトスクープ三昧。
桂小枝の声が懐かしいなぁ。関東ではテレビ神奈川で放映中。

■書籍「「世界のミリメシを実食する―兵士の給食・レーション
ミリタリーファンでは決してない小生だが、書店でふと手に取り衝動買い。
各国の軍隊携行食を図鑑風に解説。非常時の災害食としても応用できるのではないだろうか。
それぞれのお国事情が反映されて興味深い。

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30 December 2006

長屋ユートピア 是枝裕和 / 『花よりもなほ』

花よりもなほ 通常版是枝裕和の新作とあって早速借りてみた。一緒に借りたのは三船敏郎主演岡本喜八監督の「血と砂」(65年東宝)。

なにより心地よい映画だった。127分と長めの上映時間だがもっとこのシチュエーションに浸っていたいと思わせる魅力がある。主演の岡田准一、宮沢りえに、脇には石橋蓮司、原田芳雄、中村嘉葎雄、國村隼、浅野忠信、香川照之、寺島進、女優に 田畑智子、夏川結衣などの手だれた役者陣、そこに絡む長屋の住人に古川新太、千原兄(千原兄弟)、ダチョウの上島竜兵師匠、キム兄こと木村祐一など個性的すぎる配役が絶妙。

これまでのシリアス路線から一転、江戸の長屋に舞台を移したコミカルな人情時代劇。行き過ぎず上品なおかしさと間の見事さは是枝の人柄が表れているのだろうと思う。

宮沢りえは「たそがれ清兵衛」など時代物での和服姿が綺麗。日本女性の美しさを体現する数少ない女優に成長した。できることならこのシチュエーションでの続編を見たいと思う。2006年、127分、松竹。

■関連サイト
- 花よりもなほ オフィシャルサイト http://kore-eda.com/hana/

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08 November 2006

松田優作 / 『ひとごろし』

ひとごろしこのところ映画は見ていない訳ではないのだけれど、近頃何故か忙しくてまさにワーキングプアを地で行く日々。書き込みも間が空いてしまいエントリの日付をその空いた隙間を埋めるよう過去に遡って設定したりしてズルしてます(笑)。

で、この間タンバリン(古い・・・)こと丹波哲朗が亡くなったばかりという訳でもないが、最近観たもののなかで「ひとごろし」は松田優作の意外な一面が楽しめる作品だった。

丹波哲朗演ずる剣豪、仁藤昂軒を藩の命令で上意討ちするという内容なのだが、臆病者として笑われものになっていた松田優作演ずる双子六兵衛はふがいない自分のために妹の、かね(五十嵐淳子)に縁談がないことを気に病み、この上意討ちに自ら志願する。剣豪との直接対決では返り討ちに遭うことが目に見えている六兵衛が取った方法とは奇想天外なものだった。これを言ってしまうと作品の面白みが半減してしまうのでこれ以上はお楽しみ。最近DVDが出ているので借りやすい作品。

しかしあまり語られない作品とはいえハードボイルドのイメージが強い松田のこんな情け無い役柄を観られるのは貴重だ。83年の「家族ゲーム」での家庭教師役も松田の新たな魅力を引き出した作品だった。
五十嵐淳子は武家の娘という役柄が妙に合っているし綺麗。道中、六兵衛についてゆく旅館の若女将、おようを演ずる高橋洋子も溌剌としていて70年代の青春ドラマを思い出した。

最後の丹波との駆け引きのシーンは松田の迫力が途端に立ち現れて印象深い。さすがは優作、並の俳優じゃない。なお、この作品はコント55号主演「初笑い びっくり武士道」(72年、松竹)のリメイク。六兵衛に萩本、仁藤昂軒を坂上が演じた。 1976年、82分、松竹

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06 November 2006

グレース再び / トリアー『マンダレイ』

マンダレイ デラックス版ラース・フォン・トリアーのアメリカ三部作の2作目「マンダレイ」が棚に並んでいるのを発見して借りた。前回の「ドッグヴィル」での床に引かれた白線と最小限のセット、ナレーションとチャプターで物語を進める形式は踏襲されているが、グレースがニコール・キッドマンからシャマラン「ヴィレッジ」のブライス・ダラス・ハワードへ替わり、ギャングのボスである父親をウィレム・デフォー、そして女主人役に前作でも出演のローレン・バコールというキャスティングだ。
前作から話は続き、アメリカ南部の街、マンダレイへとやってきたグレースは70年前に廃止された奴隷制度がまだ生きているのを目の当たりにする。義憤に駆られたグレースは黒人たちを解放し、自由と民主主義を理解させようとするが、実はその制度の存続にはグレースの浅薄な行動からは及びもつかない深い理由があった。

前作の暗喩ともいうべきアメリカ批判は今作ではさらにあからさまになっている。善意とヒューマニズムという名の価値観の押しつけを有無を言わせぬ圧倒的な武力をもって行ってきたアメリカ。トリアーの視線はエンドロールで流されるブッシュやその他事件、戦争のニュース映像を見ても直截的過ぎる程に観る者を挑発する。

当の一般のアメリカ人にはどう映っているのかが気になってYahooアメリカのユーザレビューを見てみたが、思いの外反応は薄くて、現時点で3点のレビューのみだった。勿論Yahooアメリカといえども評者がアメリカ人とは限らないが。そのうち2件は評価良で、1件の低評価もグレースの性的描写(これ、R-18指定です。)がブライス・ダラス・ハワードの役柄に合わないというどうでも良いもので、もっと白熱した議論があるものと思ったが期待はずれ。

今からアメリカ3部作の三作目「ワシントン」での展開が楽しみだ。


■関連記事
 月球儀通信:
 - L・フォン・トリアー / 『ドッグヴィル』 あるいは「アメリカ」への悪意

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22 October 2006

大野一雄 / 生誕100年

大野一雄 美と力

舞踏家の大野一雄が今月2006年10月に満100歳を迎える。これに合わせ「大野一雄100歳の年総合プログラム」として各地で様々なイベントが行われるようだ。

まずは新宿高野4階のコニカミノルタプラザで10月14日から明日23日まで「舞踏家大野一雄写真展 「秘する肉体」」展が開催されている。大野を被写体とした写真家47人の競作だ。併せてクレオから写真集「秘する肉体―大野一雄の世界」(下記)が刊行された。

秘する肉体―大野一雄の世界

横浜のBankART Studioでは誕生日である10月27日(金)から29日(日)まで「大野一雄フェスティバル2006」を開催。

また、西麻布のイベントスペース、スーパー・デラックスでは10月24日にドキュメンタリー映画「リーラの遊びのなかで(Virginie Marchand's tribute to Kazuo Ohno)」を上映。

ほか、パリ、ニューヨーク、ボローニャで映像作品の上映などが行われるようだ。


大野一雄 魂の糧

■関連サイト
- 大野一雄舞踏研究所 http://www.kazuoohnodancestudio.com/japanese/top/
- コニカミノルタプラザ http://konicaminolta.jp/about/plaza/schedule/2006october/ohno/index.html
- **SuperDeluxe** http://www.super-deluxe.com/
- BankART1929 http://www.h7.dion.ne.jp/~bankart/


■関連エントリ
- 月球儀通信 : 『美貌の青空』『土方巽 夏の嵐 』 / 土方巽 

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05 October 2006

三樹夫&雷蔵 / 『ある殺し屋』

ある殺し屋最近古い映画が続々とDVD化されているようだ。小津や黒沢の作品は随分前からDVDで作品集がでていたが、その後成瀬巳喜男、増村保造、吉田喜重、木下恵介から森繁の駅前や社長シリーズ、クレイジーキャッツ、コント55号など喜劇のシリーズものなど、これも版権などの関係からか、どうもこのタイミングで次々と棚に並ぶようになった。

そのなかで、大映の市川雷蔵の作品も含まれていて嬉しい限りだ。「眠狂四郎シリーズ」や「関の弥太っぺ」などという初期の作品までもがDVDとなっている。そんな光景をみているうちに、嬉しさから軽いめまいがしてきたが、実は悪い病気かも知れない(笑)。

この間借りた、「ある殺し屋」は森一生監督、増村保造脚本で、和製堅茹で卵、じゃなくてハードボイルドの現代劇。普段は小料理屋の親父をやりながら実は冷徹でしかも確実な仕事をこなす凄腕殺し屋、塩沢役に雷蔵、ふとした縁で知り合い押しかけて居坐る娘、圭子に野川由美子、ヤクザで塩沢を慕う弟子入り志願の男、前田に成田三樹夫。主人の本当の姿を知らない純真な店の女給みどりに小林幸子。少々話が逸れるが、小林はまだ子役のころ出演した「座頭市二段斬り」(1965年、大映)で、劇中、市を道案内しながら「山王のお猿さんは~」とうたう歌がさすがに上手いのが印象的だった。市は少女の後ろを歩きながら一閃のもと敵を斬り捨てるのだが、少女は気づかずに歌を歌い続ける、というような心憎い演出だ。当時小林は12歳。ド派手な衣装で紅白歌合戦にでるような気配はさすがにまだない(笑)。この作品では二十歳前位にみえるが、67年の公開だからまだ14歳の筈。ほか殺しを依頼する親分に小池朝雄など。
圭子と前田は慕う振りをしながらこの塩沢を罠にはめようと大きいヤマを持ちかけるが・・・(映画のパンフ風)

しかし増村の脚本は、シーンの時間軸を前後させる斬新な映画的レトリックで、今見ても斬新で古びていない。

野川の小悪女ぶりもさることながら、特筆すべきは成田三樹夫の最後のセリフだ。
そもそも普通に考えれば雷蔵は線が細く成田のような男の迫力というものとは正反対の役者で、「ぼんち」(1960年、市川崑)のような若旦那風の役柄が似合う雰囲気なのだが、その立場が逆転したかのように成田の一枚も二枚も上手なこの作品での雷蔵の役柄設定を見ていると確かに底知れない迫力を感じるようになるのが不思議だ。眠狂四郎などのどこまで荒唐無稽でも身綺麗で様になる別の意味の迫力が奇妙に同居した希有な役者だったと思う。

さて、そのセリフ、「色と仕事の区別が出来ない男とは組まない。」(記憶が曖昧)と前田に言い捨てつつ去って行くどこまでもニヒルな塩沢。呆然と立ちつくす前田。その前田(成田)に走り寄る圭子(野川)に、たったいま聞いたばかりのセリフ「女は色と仕事の区別が付かないから困る」(これも記憶が曖昧です)と言い真似て去る前田。
さすがはミッキー、故成田三樹夫。素晴らしすぎる。ここで笑ってしまったが、この作品は雷蔵もさることながら、ミッキー成田の魅力を存分に楽しめる作品だ。撮影は宮川一夫。(1967年、82分)

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02 October 2006

スチール、ブロマイドと『かもめ食堂』


本題に入る前にちょっと。昨日、中野ブロードウェイにある骨董品店のレジ近くにうずたかくおいてあるマルベル堂のブロマイドを見ながら、一緒に見ていた友人が「研ナオコかぁ。」と一言。みると若き日のピーターだった。しかし笑っちゃうほど似てるなぁ。これじゃ無理もないなと思いながらふと胸騒ぎがして下の方を捜してみると、な、なんと「修羅雪姫」のスチールが。梶芽衣子が不穏な表情で遠くを見ているシーンだ。迷うことなく即買いして、いま小さな額に入れて部屋に飾っております。狂喜乱舞。以上。
スチールには四隅に画鋲の跡があって、そういえば映画館の入り口にはよくこんな風にモノクロの一シーンがピンで止めてあった。まさにピンナップ。スチールって印刷ではなくちゃんと印画紙に焼いてあるんですね。

かもめ食堂荻上直子監督の「かもめ食堂」はフィンランドの首都ヘルシンキが舞台の群ようこ原作になる作品だ。
配役に小林聡美、もたいまさこ、片桐はいり。フィンランドといえばかのアキ・カウリスマキな訳だが、レニングラード・カウボーイズから「真夜中の虹」、「マッチ工場の少女」、「コントラクト・キラー」などかなり好きな監督。その独特な映画の「間」は日本映画に通じるところがあるとかねがね思っていたが、この「かもめ食堂」もそういう意味ではフィンランドの観客にも理解されるのではと思う。そのカウリスマキ「真夜中の虹」主演のマルック・ペルトラも出演して、やはりかなりカウリスマキを意識した脚本なのではないかと勘繰るが如何。
小林聡美はこういう役は合ってるね。以前みた福永武彦原作、大林宣彦監督「廃市」では原作での美しい姉妹が小林聡美と根岸季衣でイメージブッこわれた(ワタクシ的に)訳だが、当時84年に池袋文芸座ル・ピリエの初日舞台挨拶で見た小林はまだデビューしたてだった。この映画はそんな小林のために作られたような佳作。
劇中歌の井上陽水「白いカーネーション」が思い切り懐かしくて個人的にはこの歌で星1個追加。(2005年)

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30 September 2006

増村保造 / 『大地の子守歌』

勝新太郎のシリーズ「兵隊やくざ」の最終作品である「兵隊やくざ 火線」(1972年)は何故かどうしても見つからずに未見のままだ。シリーズは最近DVD化されたもののこの作品だけが何故か漏れている。他はすべてモノクロ作品だがこれだけはカラー。監督は増村保造なのだが、増村の作品はこれまた最近(でもないが)作品集がDVDで出ているものの、残念ながら兵隊やくざは収録されていない。なにか権利関係でもあるのだろうか。

代わりに、といっても全然テイストが違うが、この増村の監督になる原田美枝子主演「大地の子守歌」を観た。
原田は当時18歳。山奥で祖母と暮らしていたがその祖母が亡くなり一人残された13歳の少女は騙されて島の女郎屋に売られる。誰一人として他人を信じず自分だけを頼みに過剰なほどに強く生きてゆく少女はやがて病が元で失明する。年季が明けるほど前に置屋から逃げ、浜で出会った牧師に助けられ、一人遍路となって巡礼に出る。
冒頭、遍路となった少女に善根のため握り飯を施す老婆に田中絹代、初潮を迎えうろたえる少女をやさしく助ける島の女に梶芽衣子、牧師に岡田英次。
牧師に助けられ島を抜け出すために乗った小舟で牧師に泣きながら礼を言うシーンが印象的だ。
原田の演技は過剰すぎるほどのまさに体当たりで、それが遍路での静けさとのコントラストを際立たせている。希望のないその後の運命を思うと胸が詰まるようだ。76年度ブルーリボン賞作品賞受賞作品。(1976年、111分、松竹)

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26 September 2006

拓郎、圭子、天井桟敷

この間のエントリで、夏純子主演の映画「女子学園 ヤバい卒業」(1970年、沢田幸弘)がしょうもない作品ながら実は当たりだったと書いたその続き。

内容はまぁどうと言うこともないドタバタの学園もので、最後はケーキ投げで収拾がつかなくなるようなB級作品。それでも一応シリーズもので「ヤバい卒業」は2作目。ちなみに1作目は「女子学園 悪い遊び」、3作目は「女子学園 おとなの遊び」だ。内容はともかく、題名で観客を動員しようという見え透いた意図のキャッチーなタイトルだ(笑)
岡崎二郎、松原智恵子、藤竜也、江守徹、中尾彬などが出演している。三作も作られるというのはそれでも当時ある程度の人気があったということか。

さて、当たりの理由。
まずは冒頭、夏純子ら女子高生が街を歩くシーン、背景には今はなき渋谷の天井桟敷館が。
渋谷に天井桟敷館が作られたのは1969年だ。寺山修司率いる実験演劇の「天井桟敷」の小屋だったが、その奇抜なデザインは70年代のアングラシーンを代表するものだった。これが当時の風景として見られるのは幸せ・・・

次は劇中、藤圭子の「演歌の星」のテレビ収録シーンが出てくること。
当時の映画によくあった、話には全然関係なく単にサービスで当時の売れっ子歌手が唐突に歌いだすというようなシーンだ。一応、テレビ局に遊びに行くという設定で、藤は「女は恋に生きてゆく」を一曲歌い、感激した岡崎が楽屋を訪ねるが藤に水を掛けられるというオチまであり。このシーンには藤は出てこない。

もう一つ。
なんと、デビュー前の吉田拓郎が街の公園でギター片手に「青春の詩」を歌うシーンがあることだ。
この映画は、まだ若くてあか抜けない感じの拓郎が出演しているだけで、それ以外になにもいらない貴重すぎる作品となった。
もしこの作品を見つけたら、題名がちょっと恥ずかしいからといって(笑)臆することなく、ソッコーで借りるべし。


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18 September 2006

独立プロ / 家城巳代治『姉妹』

60~70年代のB級映画ばかり見ている昨今、ここ最近観たのはこんなラインナップだ。

  ・網走番外地(1965年、石井輝男) 高倉健
  ・続 網走番外地(1965年、石井輝男)
  ・かえるのうた(2005年いまおかしんじ)
  ・亡八武士道(1973年、石井輝男) 丹波哲朗、ひし美ゆり子
  ・女子学園 ヤバい卒業(1970年、沢田幸弘) 夏純子
  ・父と暮らせば(2004年、黒木和雄) 宮沢りえ
  ・姉妹(1955年、家城巳代治) 野添&中原ひとみ
  ・野良猫ロック ワイルド・ジャンボ(1970年、藤田敏八) 梶芽衣子
  ・ある殺し屋(1967年、森一生) 市川雷蔵

などなど。
石井輝男の網走番外地は何故か今まで観ていなかったのでこれから順繰りに。「女子学園 ヤバい卒業」は夏純子主演、ほか応蘭芳などが出演している。題名がいかにもなB級テイストを醸し出しているものの内容はなんということのない学園ものだ。しかし「ヤバい卒業」ですからね。このアングラ感に眩暈。
しかしこれは作品の出来とは関係なく実は別の意味で大当たりだった作品だ。その理由は後ほど別エントリで。

さて、こんなサブカルテイストの作品のなかに埋もれるようにしてみた家城巳代治の「姉妹」はまるで空気の淀みきった地下から(笑)さわやかな地上へ飛び出したかのような美しい映画だった。しかし扱われているテーマはダムの労働争議や貧困などのいわゆる社会派的視点とヒューマニズムだ。
野添ひとみと中原ひとみの姉妹が綺麗で、特に中原ひとみは当時19歳でこのころから女優活動を開始している。しかし、妹役の中原は19歳とは見えずまだ中学生のような初々しさ。夫の江原真二郎と家族で歯磨き粉の宣伝をしていたのが思い出されるが(これまた古い。)、そのセリフの言葉遣いに当時の女学生らしい清潔な感じが出ていて今の妙な若者言葉を思うと、随分いろいろな貴重なものが人知れず失われていることに思い至って感慨深い。

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11 September 2006

石井輝男 『怪談 昇り竜』と『阿曽山大噴火』

裁判大噴火この間のエントリの北尾トロ「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」で世に傍聴マニアなるものの存在を知ったが、その後、例のホリエモン裁判で傍聴人へのテレビインタビューを、何ともまぁ異様な風体の男が受けていてテロップに裁判傍聴回数8000回を超える傍聴マニアと。ホリエモンが馴れないネクタイを直した回数は何回だったというようないかにも傍聴マニアらしい視点で少々嬉しくなってしまったが、この人、実は大川豊興業所属の「阿曽山大噴火」という芸人だったことが後で判明。しかし、なんちゅう名前か。いかにも大川総裁が付けそうな名前ではあるが。しかしこの人、この傍聴趣味で本まで出しているとは侮れない。ちなみに阿蘇山ではなく阿曽山だ。ややこし。
- 阿曽山大噴火 プロフィール (大川豊興業サイト)


梶芽衣子の作品は「曽根崎心中」で一旦離れようと思っていたが、大事な一本を忘れていた。
石井輝男の「怪談 昇り竜」だ。石井輝男と言えばその独特なサブカルテイストでコアなファンが多いが、この作品ももうなんとも形容しがたいカルトぶり。大体、怪談であることの必然性は全然なく、しかしこの必然性というものを言ってしまってはこの監督の一部も楽しめないというサブカル映画の踏み絵的監督だ。冒頭の殺陣シーンから血を啜る猫の登場。だがその猫の怨念はその後の話の筋には全然関係なくなってしまったりする。そもそもプロットは関東立花組の女組長、立花明美(梶芽衣子)が出入りで相手の組長の娘の目を切ってしまい、その娘の血を啜る猫は明美を襲う。刑務所にいる間も猫の悪夢に悩まされ、出所し組に戻った後も組員が猫の・・・・いや、もう筋書きを書いたところでどうしようもないので省略するが(笑)、ホキ徳田演じる盲目の刺客藍子が不気味でクールな味を出している。この役は座頭市のオマージュというよりパロディだろう。その藍子を慕うせむし男の土方巽は半ば石井作品の常連で、カルト的アングラ風味を嫌が応にも盛り上げる。かの暗黒舞踏の土方ともあろうお方がこんな刺し身のツマみたいな役を演っているというのも驚きだが、考えてみれば梶、加藤嘉、佐藤允、内田良平、安部徹などの手だれた役者を揃えて荒唐無稽、自由奔放な作品世界に引きずり込んでしまう石井はやはり言うまでもなく非凡で、こういう天才肌の監督はそうそう出ないだろう。
内田良平演ずる山高帽の親分も特異なキャラクタで、山高帽にステッキ、しかし下半身は赤フンドシ一丁といういでたち。しかも話の筋にはまるで関係ないという、一体どういう意図があるのか分からないところがまさしく石井調だ。
昭和30年代から40年代の邦画に頻出していた役者、砂塚秀夫も軽い三下ぶりを遺憾なく発揮していて嬉しくなる。梶はこの時期、少しふっくらしているが、棒読みのような変な間の仁義が聴きもの。改めて梶と石井輝男に惚れ直した一作。(1970年、85分、日活)

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09 September 2006

生身の文楽 / 増村保造 『曽根崎心中』

最近気が付くとエントリの書き出しに久しぶりだの間を開けてしまっただのと言い訳がましくて嫌になるがまたエントリに間を開けてしまった・・・。こういうのを間が抜けるというのだろうか。などと思いながら締切間近の仕事場でいまこんなエントリを書いているのは、試験の前日に何故か普段やりもしない本棚の整理などをしてしまう心理に近いかも知れない。
ここ最近、仕事場のベンダーコーナーにドクターペッパーが入るようになっていて、折しも遠藤哲夫さんのblogの記事をみて懐かしくなり買ってみた。発売された当時初めて半分ほど我慢して飲み残りを捨ててから実に30年ぶりだ。そうそう、こんな味だった。確かに美味くはないがそれほどでもないかも。しかし甘ったるくてやっぱり半分飲めずに発売当時のテレビCM「ドークター、ペッパーーっ♪」などと口ずさみながら捨てた(笑)。勿体ない。当時キャンペーン企画にかかわったというエンテツさんの記事はその辺りの事情が面白い。しかし担当が左遷されていたなんて。

このところ続いていた梶芽衣子三昧も増村保造監督、宇崎竜童との競演の「曽根崎心中」を観てそろそろ仕上げ。近松原作、人形浄瑠璃の古典を映画化したこの作品は、遊女お初と醤油商の手代徳兵衛がならぬ恋と貸した金を逆手に取られあらぬ濡れ衣を着せられてじわじわと死出の旅へと追いつめられ心中に至るまでを描いているが、足下に徳兵衛を匿いながら悪役の九平次に向かい切々と無実を訴え、問いつめる長セリフの梶が美しい。九平次演ずる橋本功の舞台演劇を彷彿とさせる過剰な下品さ、梶や宇崎のあたかも人形が話すようなセリフ回しも上手い演出だ。それが露天神の森での情死シーンは正視し難いほどのリアルさで、このコントラストが効果的な映画手法となっている。
しかし、女囚シリーズやその他の作品では殆どない彼女のセリフがやっと聴けたと言う感じ。宇崎はその後この主題をロックやフラメンコなどにアレンジして発表している。梶芽衣子の映画については後で総括を。(78年、112分、ATG)


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28 August 2006

蜷川実花 / 『さくらん』

少々話題としては遅いのかも知れないが、来年2007年春に公開予定の映画「さくらん」は、写真家の蜷川実花がメガホンを取った彼女の初監督作品だ。原作は安野モヨコ、脚本にタナダユキ、主演は土屋アンナ。既に先日クランクアップを終えたという。
舞台は江戸時代の吉原で、その話の内容はともかく、蜷川のビビッドな色遣いが映画でどのように発揮されるのかを見てみたい。
既にフライヤーが出来ていて入手したが、いかにも蜷川らしいなカラフルさで嫌が応にも期待が膨らんでしまう。

■関連サイト
- 蜷川実花監督作品「さくらん」公式サイト
http://www.sakuran-themovie.com/

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26 August 2006

牡丹灯籠 in 阿佐ヶ谷


阿佐ヶ谷北口にあるLaputa阿佐ヶ谷で「和製ホラームービーコレクション」を特集していて、今日、山本薩夫監督「牡丹燈籠」を観に行った。いやそもそも65年の仲代達矢、岡田茉莉子主演「四谷怪談」をやっているものばかりと思っていたが、またまた早トチリ。上映スケジュールを見間違えていたようだ(やはりアルツか。)

この「牡丹燈籠」、主演の新三郎に本郷功次郎、零落し吉原の苦界に沈められて自害し幽霊となって新三郎に取り憑く武家の娘、お露に赤座美代子。ほか西村晃、志村喬、小川真由美など。赤座はこの作品が実質デビュー作となった。圓朝の著名な怪談噺を山本薩夫の正統的映画文法で描いた作品。脇を固める西村晃と小川真由美の小悪党夫婦や志村喬がいい味を出している。しかし、幽霊と契るというのは古今東西、類話があるそうだが、生者の魂を吸い取りやがて死に至らしめるという結末も同じらしい。しかし最近はこういう安心して観られる映画の少ないこと。1968年、89分。

Laputaは古い邦画専門の映画館でキャパも50席と小さいが上映前の広い待合い室や小さな池のあるたたずまいに街からの適度な隔絶感があって落ち着いた気分になれる。(写真のポスターはモーニングショー上映中の団令子特集。)

■関連サイト
- Laputa 阿佐ヶ谷
  http://www.laputa-jp.com/

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25 August 2006

森山大道 / 『25時 shinjuku, 1973』

隅田川にかかる清州橋のほとり、清澄の巨大な倉庫の業務用エレベータを上るといくつかのギャラリーを集めたフロアがある。その一つ、タカイシイギャラリーで展示中の映像作品、森山大道の「shinjuku 1973. 25pm」を観に行った。
先日このblogでも書いたようにこれを観ようとここを訪れたのだが、日曜日やお盆の休廊で二度も引き返し、今日三度目の正直で漸く観ることが出来た。

エレベータを降り、ギャラリーに入るや、なんと森山大道その人が目の前におられて心底吃驚した。

吃驚したというより、夢でもみているのかと衝動的に頬をつねりたくなった。高校生の頃に現代カメラ文庫「遠野物語」に出会ってからまさしく森山に影響され続けた、そのご本人を目の前にして一体どうしろというのだろう。たたずむほかないでなはないか。小生がぼーっとしているうちに若いギャラリースタッフとひとしきり談笑されてから、足早に出ていかれた。その颯爽とした振舞いに森山の作品のいくつかが思い浮かんで、一瞬彼のスナップの核心に触れたような気がした。
荒木経惟や田中長徳には新宿や銀座で幾度となく擦過しているが(このお二人、本当によく見かけます。)、森山ご本人を目の前にするのは初めてだ。二度の休廊での引き返しはこのためだったのかと思いもした。神の采配で神に出会ったということだろうか。ちょっと取り乱しています。

作品はまさしく森山の写真が映像作品となったかのような、アレ・ブレ・ボケのコンポラ調そのものだった。深夜の新宿を8mmビデオで手持ち撮影したもので、73年当時の新宿の光芒がアウトフォーカスの画面をのなかで激しく揺れ、終始かぶる映像ノイズとエンジン音やクラクションのシークエンスは、あたかもJAZZのインプロヴィゼーションを聴くような感興を起こさせる。もともと新宿区が区のプロモーション用として森山に撮影を依頼したものの、完成したこの作品が「どこの国かわからない、国籍不明の映像だったため」(ギャラリー解説より)未公開のまま眠っていた、ということだが、プロモーションとしての依頼でさえも映像表現の前で自らの世界観に妥協しない森山はそのまま彼の作家性の濃さ、写真に対するスタンスを物語っていないだろうか。本人の解説にあるようにまさしく「写真よさようなら」の8mmビデオ版だ。1973年、17分、モノクロ。

■関連サイト
- Taka Ishii Gallery
http://www.takaishiigallery.com/exhibition/2006/07_shinjuku-1973-25pm/japanese.html

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20 August 2006

明けましておめでたくないお盆かな

とうとうお盆が過ぎて世の中が夏休みモードから徐々に元に戻りつつあって、ちょっとカナシイ気分になってくる訳だけれども、blogの更新もお盆モードで久しぶりのエントリ。さて贔屓にしていたあるblogが突然の終了宣言で驚いたが、blogも引き際が肝心なのかも知れないとも感じた。blogを終えるというのは、特別に期間限定のテーマだったりしないごく普通の日記風の場合、どういう状況なんだろう、自分がこのblogを終える時はどういう理由に拠るのだろうかと少々考えた。単に漫然と書いているようなこのblogならば興味を失って恐らく放置するか、あるいは漫然と描き続けているうちにある方向性を見つけて仕切り直す為に一旦終わらせる、というようなシチュエーションならば自分にも考えられるような気がする。

お盆中に観た映画。
・『女囚701号 さそり』(1972年)
・『女囚さそり 第41雑居房』(1972年)
・『女囚さそり けもの部屋』(1973年)
・『女囚さそり 701号怨み節』(1973年)
・『修羅雪姫』(1973年)
・『修羅雪姫 怨み恋歌』(1974年)
・『無宿』(1974年)
・『しなの川』(1973年)

書籍
・『東京の下層社会 』(紀田順一郎、ちくま学芸文庫)
・『日和下駄』(永井荷風、岩波文庫)
・『色街を呑む!』(勝谷誠彦、祥伝社文庫)
・『虹列車・雛列車』(花村萬月、集英社文庫)
・『雷蔵好み』(村松友視、集英社文庫)

しかし、梶芽衣子の「女囚シリーズ」を連続して観ると頭が変になりますな(笑)。レビューは後で纏めて。「修羅雪姫」、「無宿」は梶つながり。この「無宿」は高倉健、勝新太郎、梶芽衣子という嬉しさで涙のキャスティング。「しなの川」は上村一夫つながり。梶作品はあと78年の「曾根崎心中」を観たらしばらく遠ざかろう。テレビコメンテーターというか評論家の勝谷誠彦の「色町~」は思いの外面白し。萬月の作品つながりで。

森山大道の73年の新宿を撮影したフイルム「25時 shinjuku, 1973」が発見されそれがいま清澄白川のタカイシイギャラリーで公開されていて、先々週の日曜日に行ったところ30分以上汗みどろとなって歩きやっと所在を見つけたのになんと休廊で打ちひしがれたが、気を取り直して昨日の土曜日に再び出かけたところ、お盆休みだった・・・
なんでも22日からとのこと。二度も肘鉄を食らった感じ。26日(土)の最終日にチャンスを残すのみ。
このフイルム、新宿区が街のプロモーションフィルムを森山に依頼したものの、「完成した映像は、どこの国かわからない、国籍不明の映像だったため、未公開のまま30年以上も眠ってい」たらしい。どうしても観たい映像なので再々トライか(涙)。しかし、よく調べてから出かけろと自分に説教したい気分。苦笑するしかないですね。

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14 August 2006

雷蔵、さそり、そして修羅の花

この間エントリした市川雷蔵の評伝「雷蔵好み」(集英社文庫)を読み終えたが、田中徳三や池広一夫など大映の監督への聞き書きや、雷蔵自身の手になる「雷蔵、雷蔵を語る」(朝日文庫)などの引用で雷蔵の全体像やその人となりがあぶりだされてくる好著だった。特にカツライスといわれライバルと目された大映のもう一人の看板役者、勝新太郎の登場するくだりは、いかにも勝らしいエピソードもあって興味深い。
そのなかで、「歴史読本臨時増刊 RAIZO『眠狂四郎』の世界」が資料として使われているが、この本、小生が随分長い間ネットや神保町を探し歩いていながらいまだに入手できていない。歴史読本を揃えている店は割と多いのに、どの店の棚をみても決まってこの号だけが欠落している。97年とそんなに古いものではないのだけれど。

梶芽衣子の「女囚701号 さそり」と「修羅雪姫」を借りて、まずは女囚から鑑賞。
篠原とおるの原作になるこのシリーズは梶の人気作品の一つとなった。
もう話の筋はなんといって良いか、荒唐無稽に近い設定なのだが、ほとんどセリフのない梶はまなざしだけで充分クールで魅力的だ。刑務所から脱走し復讐を遂げるときのカメラワークは70年代の反体制を背景にアヴァンギャルドだし、梶のファッションも必見。BGMはご存じ「怨み節」。怨み節ですからね。思わず口ずさんじゃいます。

で、この怨み節と「修羅の花」をカップリングしたCDを買ってしまいました。
修羅の花
リリしすぎる梶さん。惚れてしまいそうです。


ゴールデン☆ベスト
か、かおるさん、まだ居たんですか・・・

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13 August 2006

ハリソンとコント55号

最近の記事を振り返ってみると、ここが一体どんなblogなのか自分でも分からなくなってくる訳だけれど(笑)、そういうことは無責任にもちょっと置いといて、あれだけハリウッド映画を嫌っておきながらまた借りてしまった。ハリソン・フォード主演の「ファイヤーウォール」だ。でいつものことだけれどアメリカ映画って何でこんなにどれも同じなの?というくらいステレオタイプで後で思い出しても全部同じ話のように感じてしまうが如何に。しかしハリソンは随分老けたものだ。
で、どういう組み合わせか自分でもよく分からないが「コント55号とミーコの絶体絶命」(1971)を自宅同時上映。ミーコとは由美かおるのことなんですが・・・何でここ一週間というもの由美かおるばにばっかり縁があるんだろうと不思議だがそれは由美が出ている映画を自分で選んだから(笑)。いやしかし、当時も(勿論子供だった)そんなに由美かおるって好きじゃなかったのに何で?由美の呪い?んなわけないし、だから自分で選んだから!というわけで最近アースのホーロー看板が頭に浮かんでしまう日々(嘘)。
映画はどうってことないいかにもなコメディなのだが、当時の55号がみられて懐かしかった。昔は夕方近所の主婦が立ち話などしていたもので、いまは近隣とも没交渉の風潮だからこういう光景はあまりないかも知れないが、その立ち話の最中に隣の奥さんが旦那に「コント55号の番組が始まるよ」、などと呼び戻されるシーンを覚えていて、その番組は何と言ったか分からないが、夕方7時から始まっていたような記憶。勿論そのとき自分は立ち話をする母親にまとわりつくほんの子供。当時55号は人気絶頂で、欽ちゃんがサディスティックなまでに二郎さんを痛ぶるというパターンのコントだった。
この映画の当時、計算すると萩本30歳、坂上35歳(ぐらい)。二人とも今の自分より若い訳で。このとき茨城ゴールデンゴールズの事件など思いもしなかったんだろうな。当たり前か。今は各駅停車の旅などで良く出る車だん吉が改名前に「たんく・だん吉」と言っていたのをこれをみて思い出した。子供の頃握手してもらったことあり。そんなことまで。単なるアナクロで済みません。もうしばらく。

電車のなかで読もうと思い花村萬月の短編集「虹列車・雛列車」(集英社文庫)を新宿紀伊国屋にて買う。思いの外面白し。もともと花村の作品は以前に集中して読んでそのまま満腹になったつもりでいたのだが、饒舌体というのか沖縄のユタを取材する話、同じく真栄原新町で無垢な娼婦に出会う話がなかなか。

PCがこわれてしまった。正確にはCD-ROMを認識しなくなった。もう買い換え時ということだろうか。

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09 August 2006

思い切りやさぐれたい

この間大雨が降った日の夕方表に出ると既に雨が上がっていたが、ふと皇居の森を見やると夕焼けがもの凄く美しく、雨が上がったばかりの暗い雲を縁取るような赤が非現実的なほどに綺麗でしばらく見とれていた。
翌日、朝起きて鏡を覗くと左目だけがまるで兎のように真っ赤になっていて、まるで前日見つめた夕焼けが眼に焼き付いてしまったのかと一瞬思った。血圧でも上がっているのかと思ったが、どちらかというと普段低血圧なのでこれは当たらないような気がする。多分夜つけていた冷房のせいだろうと勝手に思っていたら案の定かどうか、その日の夕方にはかなり良くなった。

やけっぱちロック~やさぐれ歌謡最前線 ビクター編帰りにお茶の水駅前のCDショップを覗いてみたら、隅にひときわ目を引く盤が。
70年代のお色気歌謡というかその中でも捨て鉢な曲ばかりを集めたコンピレーション「やけっぱちロック~やさぐれ歌謡最前線 ビクター編」だ。「思いっ切りやさぐれてます。」みたいな店のPOPに思わず笑った。この「やさぐれ」という響きがいかにも70年代テイストで思わず買いそうになった。いや時間の問題で買ってしまうかも。


女番長ゲリラ~やさぐれ歌謡最前線これはシンコーミュージック発行の雑誌「HOTWAX」が企画したシリーズで、この他にも「女番長ゲリラ~やさぐれ歌謡最前線」とか男性歌手版もあり。このモンド感というか、痛いところを突かれたという感じ。
このHOTWAX誌は「1970年代の日本映画、ロック、歌謡曲が手軽に読めるカルチャー誌」だそうで、よくぞこういう雑誌をだしてくれたというような泣けてくるような企画だ。現在5号まで発行。
2号の特集は「梶芽衣子」で、なんと誌面のおよそ半分をこの梶芽衣子に割くなんて、こんな雑誌がいま出てくること自体からしてちょっと信じられないものの素直に嬉しくなってしまう。ぐっじょぶ!


狂わせたいのこれを見ながら石橋義正の映画「狂わせたいの」(97年、60分)を連想してしまったが、この映画、かなり小生のツボにはまってしまって、同じく劇場に見に行った友人とも「これ、当たりだよね。」などと話した覚えがある。
で、70年代の梶芽衣子主演の映画を観たくなった。「野良猫ロック」シリーズ辺りから借りてみようかな。


Hotwax 日本の映画とロックと歌謡曲 vol.2
「HOTWAX vol,2 梶芽衣子特集」

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01 August 2006

雷蔵さまの新刊

雷蔵好み小生の敬愛する時代劇俳優の一人、雷蔵さま関連の新刊が出ていたので思わず買ってしまった。村松友視の「雷蔵好み」(集英社文庫)だ。雷蔵さまは37歳の若さで亡くなるまで、勝新と並んで大映の看板スターだった。当然、小生はリアルタイムで観ている筈もなく、何年か前からビデオやDVDで憑かれたように観始め、それ以来雷蔵に「さま」が付くようになった。帝劇の地下楽屋口でジャニーズ系タレントを待ち侘びるファンと何ら変わりない心理。もうほっといて。「陸軍中野学校」や「眠狂四郎」シリーズ、ほか作品を新宿TSUTAYAで借りまくって、眼線からセリフ回し、殺陣の流麗さを堪能した。しかし、新宿TSUTAYAの品揃えはすごい。日本中探しても、これほど揃っているところはないのではと思うくらい。あぁ、こんなこと言うとライバルが増える(笑)。

この村松の作品は雷蔵さまの伝記小説だ。これから楽しみ。

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31 July 2006

輪廻、リンネ、優香とうるし漫画家

輪廻 プレミアム・エディション高校時代の生物の教師は1年365日、必ず授業の冒頭に「リンネはぁ~、生物を~、植物と動物に分類したぁ~。」というフレーズから始まり、これを合図に生徒全員に猛烈な睡魔が襲ってくるのだった。そんな生物分類学のリンネではなくって・・・。

ハリウッドで大成功した清水崇の新作とあって普段ホラーとか階段、じゃなくて怪談系の作品など全くみたことがなかったがどんなものか試しに見てみることにした。

・・・開始たった3分の短い間で既にもの凄く怖いんですけれど。
夜に見るんじゃなかったと後悔・・・

BGMが無いなかでの突然の音響効果もあって、ビビリまくり。
このままじゃあかん、トイレ行けない・・・なにか他の、ほかのこと考えて恐怖から意識を逸らさなければっ。

と画面のあら探しをしていたら、主演の優香ってよく見ると顔が小さい割りに首が結構逞しいことを発見。それからというもの、恐怖を感じるたびに優香の首に注意を集中すること幾たび。

そんなことを考えているうちに、「うるし漫画家」の堀道広を連想してしまった。雑誌「アックス」で連載されていた「青春うるわし!うるし部」は久々に面白くて今後の活躍を期待したい漫画作家のひとり。その堀の描く人物は首が逞しくてただそれだけの連想だった訳だが、恐怖を感じる度に「うるし部」を連想して笑いで恐怖を中和する作戦に。段々と自己コントロールが可能になってきてついには怖い場面で笑ってしまうという条件反射の確立に成功!勿論トイレも快調だ・・・と下らないエントリでスミマセン。優香ファンの方にも、相すみません。恐怖で表現が意味無く誇張されております。

映画の方は挙げ句の果てにゾンビまで出てきて少々興ざめだったが、友人と騒ぎながらみるのがこういう映画の作法かもしれない。最近の恐怖映画って、伝統的な「情」の怖さではなくて、ねじ伏せるような力業(ちからわざ)らしい。欧米系の恐怖映画に近くなっているかも知れないと思ったが、そもそもこういう映画をあまり観ていないので見当外れかも。

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29 July 2006

『亡国のイージス』と『三匹の侍』

亡国のイージスTSUTAYAが時折行う半額キャンペーンはいつもなら借りそうもない作品も試しに借りてみる気にさせるようで、その借りゴコロの喫水線というか閾値というか、そんなものが微妙に下がり、そういうときに借りた作品が実は当たりだったということがままある。普段なら失敗したくないココロが働いて、つまり食わず嫌いというような心理から面白い作品をみすみす逃しているのかも知れない。(よく考えてみるとこれかなりセコい話だったりしますが。)
こういうフリで話が始まるといかにもこの「亡国のイージス」が良かったという流れにになりそうだが、どうもそうでもないらしい。つまりこの作品は一言で言ってハリウッドの模倣としては良くできた作品だとは思う。最近の韓国映画もそうだが、ハリウッド調の少々食傷気味の演出が随所に見られて「良く真似できました。」という感じ。
何故いまそんな方向に向かわなければならないのだろうかと思う。既に日本映画はその独特の間と美学でとうの昔にハリウッドを超えているというのに(と言ってみる。) 主演は真田広之。そういえば何年か前に有楽町スバル座でひとり映画を見に来ていた真田を見かけたことがあったが、思いの外小柄な印象で革ジャンにキャップを目深に被って足早に階段を降りる姿はいかにも身軽そうで格好良かった。北の工作員に中井貴一。何故か一生懸命平和ボケの日本人に危機意識を促すような発言ばかりで苦笑。随分親切な工作員だこと。その通りなんだけどね。2005年、127分。

三匹の侍同時に借りた五社英雄「三匹の侍」は言わずと知れた丹波哲朗、 平幹二朗 、長門勇の素浪人ぶりが嬉しい作品。それぞれの個性を持つ素浪人の友情連帯が横糸として描かれる。勝新や雷蔵などを見てしまうと殺陣のアラが目立つが、逆にこの二人の偉大さが分かるというもの。剣を持つものの底知れ無さ、怖さというものがどうも感じられなくて少々物足りない。このモチーフで三隅研次や安田公義が撮ったらもっと凄みが出たのではないかと思う。64年、94分。

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08 July 2006

『嫌われ松子の一生』

神保町のとある古書店の均一台に文庫の上下巻揃300円を見つけ読んでみたが、次から次に降りかかる不幸の連続はそれぞれがまるで昭和30年代のメロドラマに出てくるような使い古されたモチーフで、教師から風俗嬢、同棲、愛人関係、殺人、服役、その間に男の自殺、ドメスティックバイオレンスなどおよそ考えられる不幸のオンパレードなのだった。しかし、それらを敢えて臆面もなく目の前にそれこそこれでもかと並べて見せる手法は今では返って新鮮に感じる。文庫の解説子が引用しているように、昼ドラ「牡丹と薔薇」がそんなステレオタイプを逆手に取った手法で大当たりしたことと一脈通じるものがあるし恥ずかしげもなくベタな展開の韓国ドラマの流行をみてもそれが当世の気分なのかも知れない。
「嫌われ~」は、主人公の死をきっかけにその甥が彼女の人生を明らかにしてゆくという筋立てで、横糸に父親への思慕、妹へのアンビヴァレンツな思いなどを絡めて、過剰にドラマチックな話ながら、甥という俯瞰の視点を据えた構成で松子という見ぬ叔母の人生をあぶり出してゆくというのは構成としてなかなか上手い。文芸作品とは言い難いが、昼ドラを見るような気分で読むには充分楽しめるしそれなりに引き込まれる。
例えそれが身から出た錆であっても笑ってしまうほどの不幸と転落、そしてその死に方に至るまで、明らかになってゆく松子の人生というものは例えそれが世間では指弾されるようなものであっても希望を捨てず精一杯生きるということの美しさを教えてくれる。これはどん底へ墜ちてゆく不幸の物語ではなく実は明るく幸せな物語なのだった。

で、お財布に割引券があるのを発見して中谷美紀主演の映画も観に行った。事前に監督の中島哲也と中谷の間に確執があったなどという前評判(?)も聞いていたのでそういう興味もあって、小さな小屋ながら客席はほぼ半分の入りだった。

『嫌われ松子の一生』オフィシャル・ブック中島は前作「下妻物語」(2004年)で話題となったが、CF出身の監督ということであまり期待をしていなかったし、始まってからはまるで30秒コマーシャルのような画面の連続で、これは失敗かな、と思ったが見進めてゆくうちにそのケレン味たっぷりの構成が実は緻密に計算されたもので、特に後半からはその物語性が効果的に浮かび上がってくるのだった。随所にちりばめられた遊び、土曜ワイド劇場の片平なぎさを本人役で登場させたり、昭和40年代の歌謡曲をフルコーラスで歌わせたりという斬新な構成でもしかするとこれは後々日本映画史に残る作品かも知れないと大げさにも思ってしまった。最初ハズレと思ったものの結局こういうの全然アリでしょう、と言いたい気分。スピード感溢れる画面展開と効果的に差し挟まれるCGのミュージカル映画と言ってしまえば一言で言い得ているかどうか。

同じ不幸でもこれは明るく希望に繋がる中島版「ダンサー・イン・ザ・ダーク」だ。
2006年、130分。

■嫌われ松子の一生 オフィシャルサイト
- http://kiraware.goo.ne.jp/

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03 July 2006

『寝ずの番』

寝ずの番この映画を観て一昨年だったか中島らもが亡くなって、随分前の、といってももう20年以上前になるけれど「ぴあ」に毎号載っていたカネテツデリカフーズの広告を思い出した。当時この見開きの手書きマンガをみながら、一体この人どういう人なんだろうと思っていたが朝日新聞の「明るい悩み相談室」であっという間にメジャーとなりその後小説、劇団、バンドへと展開したが、その作品の一つがこの映画の原作となった「寝ずの番」だ。
話は上方落語の重鎮である笑満亭橋鶴の通夜の席で弟子たちが生前の師匠の想い出話を繰り広げるというもの。その後、一番弟子の橋次や師匠の妻、おかみさんの志津子も亡くなり、そのたび通夜で語られるエピソードがそれぞれに滋味深い。おそらくこの原作そのものが中島の創作落語とも言うべきものなのだろう。

監督は昭和の名監督マキノ雅弘の甥に当たる津川雅彦がマキノ雅彦とマキノ姓を名乗ってでメガホンを取り、配役も師匠の橋鶴に兄の長門裕之、鉄工所社長にマキノ雅弘と親交の深かったというコメディアン堺駿二を父にもつ堺正章、弟子の女房役に津川の娘、津川真由子、マキノ雅弘から芸名を受けた富司純子などマキノゆかりの俳優陣、ほか中井貴一、木村佳乃、岸辺一徳、笹野高史、高岡早紀、土屋久美子、蛭子能収、末弟子役で実際に芸人のプリンプリン田中章など。

津川真由子は赤ん坊の頃に誘拐され当時大きなニュースになって小生もそのときのテレビ報道をかろうじて記憶しているが、なんとまぁお母さんにそっくりではないですか。ちなみに母親は言わずと知れた浅丘雪路。
高岡早紀はあの事件以来どうも汚れ役ばかりなのだが、この映画でもちょっとここまでやってしまうか(勿論話の設定上)、という感じで少々なにか気の毒な感じもあり。木村佳乃はこういう気っぷのいい役は合っているかもしれない。

古典落語「らくだ」の死人のカンカン踊りとか、芸者だった志津子を巡って師匠と恋敵だった鉄工所の社長との艶歌合戦などを随所にちりばめて、軽妙で奥深い風情をにやにやしながら楽しめる大人向の佳品だ。
ちなみにこういう艶笑都々逸や替え歌のいくつかは小生もどこかで聞いたことあり。別にお座敷遊びをしている訳じゃありませんが(笑)。
こんな風情を作品として撮れる監督は津川ならではなのではないだろうか。2006年、110分。

■関連サイト
- 寝ずの番 powered by ココログ
http://nezunoban.cocolog-nifty.com/main/

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01 July 2006

墜ちる少年 / SABU 『疾走』

疾走 スタンダード・エディション昨日帰国したばかりでまだ時差ボケのまっただ中、12時間のフライトに4時間のトランジット、その後国内線に乗り換えて2時間、やっと着いたと思ったらそこからタクシーで1.5時間、成田までの時間を含めれば片道の移動だけで丸一日を超えてさすがに体にキた。しかもエコノミーでいまにも血管が詰まりそうだった。血栓が、血栓がぁっ!という夢までみたりして。ビジネスなんて夢のまた夢。マイルでアップグレードしようとしたが、満員で叶わず。しかしいつも思うのが、乗降口からエコノミー席に行くまでにビジネス席の脇を通るときの羨望と敗北感(笑)だ。たまに席の都合でビジネスに移れちゃったりするラッキーもあるが、そんなことは過去2度ほどしかない。

で、帰るなりTSUTAYAで重松清原作、SABU監督の「疾走」を借りた。是枝裕和「誰も知らない」(2004年、141分)に出演の韓英恵が主演だったからだ。実は重松清の作品は読んだことがなく、小説「疾走」が文庫で出ていたのは知っていたが全く事前情報なしに借りたというわけだ。

「沖」と「浜」という地域が互いに反目し合う、とある干拓地が舞台。兄の放火からやがて崩壊する家族。その弟と、両親の自殺で一人残された少女とが絶望と諦念のただなかでそれぞれの孤独を抱えながらまさに「墜ちてゆく」物語だ。

この映画を観ながら、これは風景が語る映画なのだと気がついた。
ロケ地はエンドロールによるとたしか茨城だったとおもうのだが、アルペジオで執拗にリフレインされるBGMとトラックの通る殺伐とした風景が素直に美しい。SABU監督らしからぬまた違ったテイストの作品に仕上がった。
以前同じことを感じた映画があって、それは瀬々敬久の「雷魚」(97年、75分)だった。これは私のなかでは邦画で五指に入る作品なのだが、この映画の風景も同じテイストを持っていて、殺伐とした日常風景が異常な美しさでそれ自体が一つの主題となっている作品だ。

少年に手越祐也、少女は韓英恵、共にセリフ回しがまだ辿々しいが、特に韓英恵は幸薄そうな役には適役で、教師への反抗から自らの髪をハサミで切るシーンが印象的だ。兄役の柄本佑も青春期の狂気を良く演じている。
豊川悦司が教会の神父役なのは一歩間違えると不謹慎にも笑いそうになってしまうのだが、さすがに上手い。ほか最近「嫌われ松子の一生」でも同じような役柄の中谷美紀、大杉漣、寺島進など。

以前、何かの雑誌だかで、つげ義春が「生きる力を打ちのめされるような絶望的な映画を観たい。」と言っていたのを思い出した。徹底的に、絶望的に美しく堕ちてゆく作品を私も観てみたいと思う。(2005年、125分)


■関連サイト
- 映画「疾走」 オフィシャルサイト
http://www.shissou.com/index_pc.html

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13 June 2006

萬月と蹴球とヨコハマメリー

昨日はサッカー世界杯で豪州に負けたらしいけれども、そもそも興味がない小生、デスクで今日日本の試合があることすら知らなかったことが露見して皆珍獣でもみるような眼つき。観戦の準備と称して麦酒を買い込みそそくさと早めに帰る同僚にかこつけて自分もいつもより早く退けた。
帰りに書店で花村萬月の「惜春」が文庫で出ているのを見つけ購入。雄琴が舞台の青春小説だ。萬月の作品は性と生と暴力の背景にいつもこそばゆくなるような他人との繋がりが疑似家族として描かれることが多くて、この疑似家族というものにはそれが例え予定調和であってもつい惹かれてしまう。いわば小生の弱点なのだ。花村の作品としては軽いが、このテーマの続きをもう少し、できれば長編で読みたいと思う。
巻末の著者あとがきで、この作品の構想のきっかけとなった本、広岡敬一「ちろりん村顛末記」、小沢昭一「ドキュメント、綾さん」の二冊が挙げられていてこれも読みたくなってきた。どちらも昭和50年ごろの特殊浴場に取材したノンフィクションだ。
広岡敬一はこの分野の取材記者として著名で最近物故されたようだが、晩声社のヤゲンブラ選書にも著作あり。現在公開中の映画「ヨコハマメリー」に出演しているようだ。この映画、かつて横浜の街頭に立っていた娼婦メリーを巡る証言で構成されたドキュメントで東京ではテアトル新宿でレイトショー上映されている。寝不足覚悟で観にゆく予定です。

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04 June 2006

男の子に手を握られる / 『フライトプラン』

最近ほとんど週末ブロガーになり果てているわけだけれども、久しぶりにTSUTAYAへ行ってめぼしい映画を捜してみたがこれと言って惹かれるものがなかった。江口洋介、宮崎あおい、小島聖、松田龍平などが出演する「ギミー・ヘブン」で鳥肌実が親分役で出ているのをみてちょっと心を動かされたものの、ジャケットをみてもとても見る気になれない。そういえば、松田龍平から連想して「探偵物語」のDVDを一度通読ではなく通観でもなく、とにかく全巻通して見てみたいのだけれど、レンタルで借りられるのか今度捜してみよう。劇中、神田須田町にあった同和病院が探偵事務所の舞台となっていたのだが、その建物も既に取り壊されて今はない。入ったことはなかったが、いつも前を通り過ぎるときにかいま見えた受付のたたずまいやアンティークな天井灯など、病気になって入院したかった位だ。何でも取り壊して新しくすれば良いというものでもなかろうに。建築技術が進んだ現在、古い建物を持ちこたえさせる技術がどうして進まないのか。

で、新作コーナーで毎度のことながらアンチハリウッド派の小生ではあるものの結局ジョディー・フォスター主演の「フライトプラン」で折り合った。

話が逸れるが、コンビニやこのTSUTAYAでも、お釣りを渡すときに、客の手を両手で包むようにするというマニュアルがあるようだが、これはやりすぎではないかといつも思う。以前にも書いたが、異常な言葉遣いからこんな場末のキャバレーのような仕草まで本当に良かれと思ってやらせているのだろうかとその何かを掛け違えた感覚に驚く。
昨日はバイトの男の子に小生(念のため男です。)の手をネッチリと包み込まれて、思わず顔を赤らめた手を引っ込めたのだが、マニュアル通りにやらされているバイト君にも同情を禁じ得ないものの、例えば私が女性だったら嬉しいと思うだろうか。むしろセクハラで訴えたくなるかも知れない。別のコンビニでも女子高生とおぼしきバイトさんから同じサービス(これサービスなの??)をやられて、この場合ちょっと変な気分になりかけた(笑)が、大手デパートに勤める友人から聞いた話では、ストーカーが跋扈する昨今、どう勘違いされるか分からないために不用意に愛想を振りまかないように最近は接客指導をしているということだった。単なる営業上の笑みを勘違いする輩も多いということだろう。
小生にもし娘がいてコンビニでバイトをやりたいと言ったら、「手を握らせるなんて、そんなコンビニには時給を倍にするよう交渉しなさい行かせたくない。」というかも(笑)。

で、こんなことを書くうちに「フライトプラン」はもうどうでもよくなっちゃったのだが、飛行機のなかで娘がいなくなった時点でこれほどすぐに機内の隔壁にまで行って暴れ回る母親はいないよなぁ、という感想。プロットに無理があって「パニックルーム」程には今ひとつ乗れないが、上映時間も短いしネタバレになるので書かないがサプライズもあって上手く纏めてはいる。それにしてもジョディーは歳相応に綺麗だ。2005年、98分。

フライトプラン

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21 May 2006

ダ・ヴィンチ・コードと微熱と男の墓場

久しぶりに風邪を引いて微熱が出ている。と書こうと思って過去ログを調べてみたらつい最近も同じ書き出しのエントリがあって、むしろ最近風邪を引きやすくなっているのかも知れないと気づいた。しかし気分が悪くならない程度の微熱は程良く脱力が出来てむしろ体が休まることもある。気分的にもこの脱力で解放される部分もあって、こういう風邪は一種の解毒作用かも知れないと思う。

「ダ・ヴィンチ・コード」が鳴り物入りで喧伝されて少々食傷気味の昨今、昨日は映画が封切りということでYahooの映画掲示板を覗いてみたら、案の定芳しくない評が。この掲示板は特に採点が辛い傾向があると思うが、恐らくそんなものだろうと思うし少なくとも小説を読んでいれば映画の面白みも半減だろう。キリスト教の歴史的下地がない日本では「へぇ、そうなの。」という感想しか出てこないし、このことで自分の思想信条やアイデンティティが脅かされることも大半はないだろうから、欧米で上映反対運動が巻き起こっているとか、バチカンの司祭がこの映画を観るなと言ったとかのエピソードは、実はバチカンもハリウッドも一致協力してこの映画を宣伝しているのではないかと勘繰ってしまう。この衝撃(?)の事実が衝撃とならない国で衝撃を与えたいがために、なんで衝撃なのか(笑)という前フリを一生懸命やっているマスコミだかプロモーターの姿は少々滑稽でさえあるかも知れない。とにかく結論はウチは曹洞宗ですから、ということで。
ちなみに原作は良くある文化史ミステリとしてなかなか面白かったです(読んでんじゃん)。 

それより無料ストリーミングのGyaoでやっている杉作J太郎の映像ブログ「男の世界を求めて」を見れ!と言いたい。代々木公園を自分取りのカメラを回しながら実況しつつ歩くシーンはもう何と言っていいか、面白すぎ。
しかし、「男の墓場」Tシャツは「着られないTシャツシリーズ」として一枚欲しい。

- 男の墓場プロダクション
 ダ・ヴィンチ・コードにも劣るとも勝らないこの豪華キャストを見よ!

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02 May 2006

『スウィングガールズ』と『ピンク・フラミンゴ』

スウィングガールズ スタンダード・エディション昨日中野ブロードウェイの某マンガ古書店に青林工藝社関係のマンガを漁ろうと店に入った瞬間に、万引き防止のアラームが鳴り、反応したアルバイトとおぼしき女性店員が「お客様、確認をさせて頂いてよろしいでしょうか。」とすり寄ってきた。「え?!僕はいま店に入ろうとしたんですよ。出るんじゃなくて。見てたでしょ。」と返したら「ほかの店舗から出てきた可能性もありますから。」「もしそうならそのときに鳴って呼び止められてるはずじゃありませんか?」と心暖まる会話を続けていたら、責任者らしい男性が低姿勢でこれまたすり寄ってきて、「お客様、もしかしてレンタルビデオをお持ちではありませんか。」「持ってますよ。確認します?」とバッグから取り出し、もう一度ゲートをくぐって鳴らないことを確認。レンタルビデオ店では貸し出し手続きでタグを無効化し鳴らないようにしてあるのに他の店には反応することを初めて知った。その後、明屋書店を始め店に出入りするたびに鳴ること鳴ること。ピンクフラミンゴそのレンタルビデオが「スウィングガールズ」と「ピンク・フラミンゴ」だった訳。しかしこれほどテイストの違う組み合わせはないだろう。

矢口史靖監督は「ウオーターボーイズ」(2001年、91分)が大当たりしたが、これはその女の子版の青春コメディだ。主演の上野樹里はこういう明るいイメージも良いが、どちらかというと2006年3月フジテレビ放映の「翼の折れた天使たち」での何かを背負った暗い役どころが合っているような気がする。2004年、104分。

一方、ジョン・ウォーターズの「ピンク・フラミンゴ」は既にカルトムービーとしても余りにも有名だが、小生は未見だった。お下劣さを競ってエスカレートする70年代のアンダーグラウンドカウンターカルチャーという言葉そのもの。インモラルの博物館というか悪趣味映画の代表格だ。70年代のファッションも必見。未見の方は是非。72年、92分。

しかし、どういう二本立てだろう(笑) 

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01 May 2006

『イメージフォーラム』誌

イメージフォーラム

やっと一息ついて休みがとれたので本棚の整理を始めたら、奥から99年に再刊されたイメージフォーラム誌のバックナンバーが出てきてつい見入ってしまった。イメージフォーラム誌は四谷のイメージフォーラム、ダゲレオ出版が発行する雑誌で商業映画から実験映画まで映像をテーマとした季刊誌だった。95年7月号を最後にして休刊となっていたが、その後99年春に版型を変え、新装復刊したものの99年冬号までの4冊でまたまた休刊してしまった。
サイトを確認すると、まだ在庫があって入手可能だ。それどころか、以前の86年以降の号も在庫があればいまだに購入可能のようで少々驚いた。増刊号のタルコフスキーやグリーナウェイ特集は手元にあっても良いかも知れない。
(写真の各号の表紙は、アッバス・キアロスタミ、トリン・T・ミンハ、手塚眞、スーザン・ピットの各氏。カメラは当時小生が愛用していたオリンパスXA with 四隅が滝のように流れる&光量が落ちるレンズ。)


■関連サイト
- イメージフォーラム/ダゲレオ出版

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28 April 2006

ベトナムごっことラマンどうでしょう

ここ何日か更新出来ないほどの忙しさで帰れば寝るだけという生活。連休前のせいもあるが体力的に辛い。そんな私を心配してかどうだか、友人に「これで和んでみてよ。」と手渡されたのが「水曜どうでしょう」の録画DVDだった。ベトナムをカブ、つまりお蕎麦やさん出前御用達の、あのホンダのスーパーカブで走破するという話だった。昨日はそれを寝床で見ながらそのまま寝てしまったがなかなか面白かった。睡魔には勝てなかったけどあとでゆっくり見るからね。しかしベトナムの交通事情は聞きしに勝るカオスぶりで対向車線から車は飛んでくるわ人、バイクがランダムに横切るわ。そこに牛、アヒルなどが絡んできてよく人が死なないものだ。というか多分かなり死んでると思う。
以前、中学生のころに読んだ、あれはたしか遠藤周作じゃなかったかと思うのだけれど、70年代の若者が睡眠薬でラリって銀座だか新宿だかの交通量の激しい道路で、信号が赤に変わって車が動き出す瞬間の横断歩道を走って渡るという遊びというか度胸試しに言い及んでいて、これを「ベトナムごっこ」と呼ぶというのを思い出した。あれはまさしくこのことか、とDVDを見ながら合点した次第。多分こんな遊びが流行ったのは当時ベトナム戦争も背景にあったのではないかと思う。

ラマンやまだないと、の漫画が原作の映画「ラマン」を借りてみた。
オジサン三人と愛人契約する17歳の女子高生が次第に大人になってゆくという話。女子高生役の名前は覚えていないが、オジサン役には田口トモロヲと大杉漣、村上淳というキャスティング。監督は廣木隆一。とにかくこの二人がチラとも出ていない作品を探すのに苦労するほど邦画での露出度が高い田口と大杉だが、逆にこの二人がメインだからこそ借りたくなったというのもある。映画としてはそう飛び抜けたものでもなかったけれど。で、「ラマン」で映画データベースallcinemaを検索してみると、ウルトラマンとかミラーマン、ゼブラーマンから果てはラ・マンチャの男などが大量にヒットして苦笑。そうだ、少女役は安藤希だった。多分覚えられそうにない。

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23 April 2006

北野武 『TAKESHIS'』

TAKESHIS'こういう映画は評価が二分されるのが常なのだけれど、同時に観るものにもそれなりの心構えが求められる。そのときの気分によってそれに乗れるかどうかで文字通り評価が別れるような気がする。いわゆる北野フリークにはそれまでの北野作品の引用やなじみの映画文法という背景があってこそ面白みがあるのだろうと思うが、小生には少々退屈だった。平たく言えばマニアックな見方というか、大向こう受けはする作品なのだろう。ここに物語を期待して観るとすれば退屈で自己満足な作品と受け取られるかも知れない。
小生の感覚では北野の映画は初期の作品ほど面白い。皮相的な見方とは思うが、評価が高まるにつれ気負いが先行し少々観念的すぎる方向に走っているように見える。しかし北野は暴力や痛みなどのフィジカルな部分に常に繋がるところに妙味や持ち味がある作家だとすれば、例えばフェリーニの「8 1/2」や黒沢の「夢」のような作品を作るにはまだまだ若いし早いのではないだろうか。

北野の映画をみていつも思うのが独特の「間」で、映像のはざまに巧妙に置かれたこの間というものがいかにも北野らしさを生んでいる。思うにこの間と言うものを排除してきたのがハリウッド映画だろうし、ハリウッドを模倣しようとしたいわばエピゴーネンとしての日本映画やその他各国の作品が、本来それぞれの土地柄、民族性というものをスポイルしてきたというのが80年代以降の流れと勝手にも決めつけるとすれば、そういう背景のなかで北野の作品はまさしく日本的な感覚が色濃く、それこそ外国の映画祭などで高い評価を得る理由のように思う。次作にも期待したい。2005年、107分。

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04 April 2006

ウィトキン、伊藤高志、ブラッケージ

いっとき寒が戻ったものの今週は春らしく暖かくなって皇居の芝生で昼食に弁当を広げたい気分。というか皇居の芝生は立ち入り禁止なので多分広げない方が吉。でも楠公像の周りの芝生は入れるので昼休みに木陰で弁当アンド昼寝など楽しめる良い季節になったものだ。出来ることならそのまま2時間ほどシエスタして直帰を敢行してみたい。あれ、ズボンに芝生がついてますよ、などと言われて顔を赤らめるようなこの季節の昼寝ほど気分が良いものはない。冬に溜まった疲れが緩んで眠るほどに排出されて行くようだ。そんな昼寝のさなか中井英夫と稲垣足穂に理不尽な説教をされる夢をみた。内容は覚えていないが。しかしなんでこんな夢みたんだろう。

四谷のイメージフォーラムから出ているアートドキュメンタリー「ジョエル・ピーター・ウィトキン、消し去れぬ記憶」は随分昔に買ったビデオだが、昨日あたかもBGMのようにして見るともなくみた。ウィトキンは動物や人間の死体、奇形などをモチーフにした写真家で有名だが、4x5で撮影したネガフィルムをカミソリの刃で直接削ってプリントに独特のマチエールを醸し出すという手法を取っている。このフィルムを削るという行為でブラッケージを思い出した。彼の作品もフィルムを削り、汚し、燃やすなどした実験映画で知られるが、ネガフィルムは対象とプリントを繋ぐ不可侵の聖域という思いこみを作家というものは易々と乗り越えるものだと感心した記憶がある。

実験映画から、以前今はなき大阪梅田のシネ・ヌーヴォでみた伊藤高志「イルミネーション・ゴースト」を連想した。この作品もイメージフォーラムから出ているが、16ミリのボレックスでコマ取りをしたアナログによる超絶映像だ。デジタルではおそらく簡単にイメージを創れるのだろうが、この人力による執拗かつ計算し尽くされたイメージの連鎖は、フィルムという肌触り、コマの連鎖というアナログ的な実存から生まれたもので、それでこそ語りかけるものに力を与えている。
未見の方は一度ごらんになってください。とにかく圧倒されます。

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19 March 2006

森下愛子・永島敏行 / 『十八歳、海へ』と『サード』

十八歳、海へ最近はまるで自分が60~70年代にいるような映画ばかり見ているが、昨日深夜に観た「十八歳、海へ」は小生が邦画ベスト3を挙げるとすれば必ず入るだろう東陽一「サード」(78年、ATG)での森下、永島が、その翌年79年に主演した中上健次の原作になる作品だ。
「サード」は小生が学生の時にもうその世界にはまりこんでしまうほど惚れ込んだ作品で、当時出たばかりのレーザーディスクプレーヤーをわざわざこの作品のために買った位だ。そのレーザーディスクももう市場から姿を消し、「サード」のディスクも結局お茶の水DISK UNIONに売ってしまい今はない。サード軒上泊原作で寺山修司脚本のこの映画は青春の鬱屈を見事に描いていてこういう役には永島はうってつけだった。脚本は寺山が原作を独自の世界観で昇華しすでに寺山世界の色濃いものとなっている。森下は今年公開のカーリングを題材にした映画「シムソンズ」に出演するなどまた活躍の場を広げているが、この作品や同年79年に撮られた同じく藤田敏八監督「もっとしなやかに もっとしたたかに」辺りが彼女の代表作でそのキャラクタがよく出ている作品だろう。ちなみに森下は吉田拓郎の妻だが、奇しくもこの間エントリしたばかりの「寺内貫太郎一家」で触れた浅田美代子は前妻だ。かなりキャラクタが違うような気がするが、これは置いといて、この「十八歳、海へ」は自殺未遂を繰り返す予備校生カップルの刹那的な青春を描く佳作。小林薫もいい味を出している。それより、姉役の島村佳江がなかなか良くて、小林と島村の大人の愛とのコントラストが上手い脚本だと思う。
こういう作品は実は多く埋もれているような気がして、また次の作品を物色している最中だ。特に70年代以前の邦画はなかなか奥が深い。

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06 March 2006

元祖小悪魔系 /加賀まりこ『月曜日のユカ』

月曜日のユカ今日はマキノ雅弘監督の勝新主演「悪名一番勝負」(69年)を観て、そういえばこれ随分前に一度観たなと思い出したものの、もう一度観てもいいかなと思いつつ結局最後まで観てしまった。この作品は「悪名」シリーズで欠かせないモートルの貞こと田宮二郎が出ていないシリーズでも少々異色の一作。安田道子(現、大楠道代)が健康的で明るくしかも大人っぽくてなかなかいい。こういうタイプの女優はいまではそう出ないなと思いつつ、田村高廣との競演は「兵隊やくざ」の大宮二等兵と有田上等兵の名コンビを思い出して嬉しくなる。
同時に前々から観たいと思っていた、中平康「月曜日のユカ」をとうとうみた。とはいってもいつでも観られた筈だが、本でも映画でも、その作品を観る潮時というか機の熟するときというものが不思議にもあって、たまたまてっぺんに一つだけ残った柿がふとした風でぽっとり落ちるようなもの。この間の「タナカヒロシのすべて」では鳥肌実の母親役だったのが記憶に新しい。

加賀は43年生まれだから、この作品に出演した当時21歳ということになる。コケティッシュというのか小悪魔的というのか、口元辺りにまだ少女らしいあどけなさが残っていて60年代らしいファッションがまたかわいくて、まるで内藤ルネのイラストがそのまま外に飛び出したかのよう。競演の中尾彰もルネの描く男の子だ。ぎらぎらの程度が程良くて、明るくて洒脱なバージョンの佐藤浩市といった感じ。つい先頃、東京駅の地下で中尾とすれ違ったが歳月は無常だと思った次第。ちなみにプライベートでも例のネジネジしてはりました。

こういう作品は筋立てがどうのこうのではなくて当時も加賀の魅力を前面にだした作品だったと思う。
POPなモノクロって今でも、というより今やったらかなり新鮮と思うのだが、誰か撮らないかな。64年、94分、日活。

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28 February 2006

黒澤明 / 『野良犬』

座頭市マラソンを完走したせいか、ここ二三日左足の関節が痛んで歩いていると時折激痛が走り、ともするとその場に立ちどまってしまうほどだ。早く医者に診せればよいのだが、忙しさにかまけてなかなか行けないでいる。仕方なく薬局でサポーターを買って試しに鏡に映してみると、まるでベルメールの関節人形のようでいっそのことすべて球体関節にしてしまおうかと思った位。

さて、黒澤の「野良犬」を観たのだが、この作品が対位法という手法を多用していることはよく知られているが、プロット、カット割り、構図どれをとってもいかにも黒澤で戦後まもない時代を考慮してなおさらその完成度に驚く。機材も技術も格段の進歩を遂げた筈の現代の映画がなぜ未だにこれを超えられないのか。いや、少なくとも小生にはそう見えるのだが。
ちなみに対位法とは悲壮な場面で明るい音楽が流れるなどの映画的手法。このコントラストでより悲壮感が強調されたりするが、本作では犯人と刑事の対峙という緊迫した状況で流れるゆったりとしたピアノ、あるいは撃たれた犯人と子供の吹くハーモニカなど存分に使われている。

主演の三船敏郎が若くて、役柄も新米刑事と初々しいが迫力あり。老練な刑事には志村喬と黒澤組の常連だ。拳銃密売の女に千石規子。ほとんど老婆役しか知らない世代だが若い時分からはすっぱな性格設定は彼女の持ち味なのだろう。

それより、失くした拳銃を探すため三船が復員軍人に扮して当時の街を歩くシーンは、当時の風俗資料としても貴重なのではないだろうか。1949年、122分。

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26 February 2006

祝! とうとう座頭市マラソン完走!

「按摩上下一六文、鬢付け使わず櫛要らず~」(新・座頭市物語、63年より)

昨年からサイドバーで自称「アンマニア」の小生がやっていた一人イベント、「座頭市マラソン」を昨日ようやく完走!
「座頭市マラソン」とは・・・

いま話題の(全然話題じゃない)映画「座頭市」シリーズ全26作 +1をすべて観終えるまで走り続ける極楽耐久マラソン!※観終えた作品は消してゆきます。

というもので、最後の「新座頭市・破れ!唐人剣」(1971年)がなかなか手に入らなくてゴールを目前にして片膝をついたかたちとなっていた。そ、それが昨日、ふとTSUTAYAの棚をみたら、なんといつの間にかDVDが出ているじゃないですか!黒沢明の「野良犬」(49年)と一緒に早速借りた。レジでは「お客様、200ポイントありますが使いますか?」と嬉しさ倍増。TSUTAYAも完走を祝ってくれるというのか(笑)。「もう全部使っちゃってください。」と即答してスキップを踏みながら家に帰った。

不知火檢校(1960年 モノクロ)
座頭市物語(1962年 モノクロ)
続・座頭市物語(1962年 モノクロ)
新・座頭市物語(1963年)
座頭市兇状旅(1963年)
座頭市喧嘩旅(1963年)
座頭市千両首(1964年)
座頭市あばれ凧(1964年)
座頭市血笑旅(1964年)
座頭市関所破り(1964年)
座頭市二段斬り(1965年)
座頭市逆手斬り(1965年)
座頭市地獄旅(1965年)
座頭市の歌が聞える(1966年)
座頭市海を渡る(1966年)
座頭市鉄火旅(1967年)
座頭市牢破り(1967年)
座頭市血煙り街道(1967年)
座頭市果し状(1968年)
座頭市喧嘩太鼓(1968年)
座頭市と用心棒(1970年)
座頭市あばれ火祭り(1970年)
新座頭市・破れ!唐人剣(1971年)
座頭市御用旅(1972年)
新座頭市物語・折れた杖(1972年)
新座頭市物語・笠間の血祭り(1973年)
座頭市(1989年)

この残った一作をいままさに消そうとしております。

新座頭市・破れ!唐人剣(1971年)
ズリーっと、消しました!やった、完走!(アホか)

実は同時に「兵隊やくざマラソン」というのもやっていて、これは最後の「新兵隊やくざ火線」(1972年)が入手できなくて完走出来ていない・・・

「兵隊やくざ」(1965年)
「続兵隊やくざ」(1965年) )
「新兵隊やくざ」(1966年) )
「兵隊やくざ脱獄」(1966年) )
「兵隊やくざ大脱走」(1966年)
「兵隊やくざ俺にまかせろ」(1967年)
「兵隊やくざ・殴り込み」(1967年)
「兵隊やくざ強奪」(1968年)
「新兵隊やくざ火線」(1972年)

座頭市全集 DVD-BOX 巻之壱
座頭市全集 DVD-BOX 巻之壱

「おまぃさン方、まだ観たことねぇんですかい?」


座頭市全集 DVD-BOX 巻之弐
座頭市全集 DVD-BOX 巻之弐

「観てねぇ?命を粗末にしちゃいけねぇ。」


座頭市全集 DVD-BOX 巻之参
座頭市全集 DVD-BOX 巻之参

「見当付けて、斬って来な!」

不知火檢校
不知火檢校

「ついでに玉緒もヨロシク!」


■月球儀通信 関連エントリ
- 『座頭市』に肩まで浸かってみる
- 勝新から雷蔵へ

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17 February 2006

ブシェミ節炸裂 / 『アイランド』

【ご注意:ネタバレしております。】 何年か前にバーで乱闘の末、なんと刺されるという目にあった私生活をもつスティーブ・ブシェミ(ブシェーミ)は、脇役と言うより映画のスパイスというか、時には完全に主役を喰ってしまうほどの存在感で大好きなコーエン兄弟の常連だったりすることもあり、小生の心のなかでは一時期「ブシェミ祭り」がひそかに爆発していて万国旗やら花火やら大道芸などで賑わっていたくらいだ(どんな祭りだ)。アイランドこの「アイランド」はこの間の「ホステージ」と一緒に借りたのだが、無論ユアン・マクレガーやスカーレット・ヨハンソンに惹かれたのではなく、ただただ敬愛するブシェミ師匠が出演しているから借りたのだった。この作品では前半部分で死んでしまうのが残念だが、その短い間でもキャラクタが立っていて、というか立ちすぎる位で元コメディアンの資質が存分に出ていて嬉し泣きだ。

この作品は、公開当時あまり目立たなかったようだが、SFとしてなかなか良くできている。冒頭のシーンではいかにもな近未来的SF臭のしつらえで幻滅し、設定が2019年(だったか)と今からそう先のことでもないのにこの未来くささは無理やろ!と思ったが、話を追ううちにそのカラクリが分かってきて結構引き込まれた。SF作品は殆ど観ないのだが、それはあまりに現実離れしていて(当たり前だが)楽しめないという小生の嗜好からきている。しかし、この作品ではそれが今とそう変わらない世界へ繋がってゆくことのバランスがいい塩梅なのだ。
臓器を使われるために作られ唯一の理想は「アイランド」へゆくことと刷り込まれたクローンたちが、次第にその本当の目的を知ることとなる。このプロットは実は社会によって作られた人生の目的という「幻想」を、知らずに刷り込まれている現実の我々そのものの暗喩とも言える。そうは言っても、アクションシーンは世間を知らないはずのクローンがそれほど現実社会で立ち回れるのかとかのツッコミは敢えて無視しながら何も考えずに楽しめるし、展開がスピーディーで飽きさせない。残業で疲れた時に見ると思いの外リフレッシュできて良いかも。2005年、アメリカ、136分。


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10 February 2006

ブルース・ウィリス / 『ホステージ』

ホステージアメリカ映画、正確にはハリウッド映画を意図的に避けている筈なのに、暇にまかせて結果的に結構見ているものだと思う。昨日もブルース・ウィリスの「ホステージ」を借りてみたが、悔しいことになかなか面白かった。なんで悔しいのか自分でも分からないが(笑)。ヒューマニズムのようでいて実は背景には独善と世界観の押しつけに裏打ちされた似非ヒューマニズムが横行するハリウッドにあって、本作もその匂いが全くないわけではない。いや具体的にどこがどうだということは言えないが、思いこみかも知れないがそういう気がする。ハリウッドはいつも家族の為に主人公が超人的な力を発揮して絶対悪と戦い、勝利する。その家族を国家、絶対悪を倫理、思想、宗教などを彼らと異にする世界の暗喩ととればそれが単に娯楽のようでいて実は巧妙に仕組まれたプロパガンダなのではないか、などと思ってしまうのは考えすぎというものだろうか。前にも書いたような気がするが、そういうハリウッド流の「感動のさせ方」にふと違和感を覚える作品は多い。それは単に国民性というようなものではなく、やはり意図的なものが見え隠れしているような気がするのだが。

人質をとり立てこもる事件に当たる警察署長ジェフは、同時に自分の家族が人質にとられる事件に巻き込まれる。
高級住宅のなかでの密室劇とサイコホラー、家族を取り返そうとする主人公の苦悩と決断、やはりプロットがこの作品の面白さを決めている。家のダクトのなかを四つん這いになってもの凄い速さで人質を追いかける犯人のシーンは和製ホラーの影響か?
2005年、アメリカ、113分

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07 February 2006

樹海を巡るオムニバス / 『樹の海』

昨日は「ゲルマニウムの夜」を見ようとして上野の一角座へ出かけようとしたものの余りにも寒かったのでゲルマニウム温泉にでも行こうかなどとは思わずに新宿で引っかかり、スピルバーグの「ミュンヘン」に急遽予定変更を企てたが、上映時間が3時間以上と聞いてそんなに長い間座っているのは情け無くも腰が保たなさそうだったのでさらに予定を変更して、かねてから気にかかっていた瀧本智行監督「樹の海」を借りて帰った(結局帰る。)樹の海 スペシャル・エディションこの作品は自殺の名所である富士樹海をキーにして死を巡る人間模様をオムニバスで描いた作品だ。しかしことさらに樹海の不気味さや恐怖を描いているわけではなく、再生や希望といった「樹海からの出口」に繋げているのが救い。そういう視点があるからこそそれぞれの挿話に深みが与えられているとも言えそうだ。
5億円を横領、逃走し暴力団に殺され樹海に捨てられたものの息を吹き返して彷徨う青年、借金苦から樹海に入った女性を追う取り立て屋。樹海で命を絶った女性の親からその動機を探るために雇われた探偵。ストーカー行為の果てに絶望し樹海に入るものの死にきれないキオスクの売り子など、映画とはいえ少々舞台演技に近い不自然さはあるものの、オムニバスという形式はこういう描き方をするのには向いた方法かもしれない。
探偵役の塩見三省は「12人の怒れる男」をパロディにした中原俊「12人の優しい日本人」(91年)が記憶に残っているが実直で誠実な役柄をこなしている。実はこの間、神保町古書会館のエレベータを待っていたら後ろにご本人が並んでいてビックリしたが。ほか井川遙、萩原聖人、津田寛治、池内博之、大杉漣、余貴美子など。2004年119分。

■関連サイト
- 「樹の海」 オフィシャルサイト

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06 February 2006

ジェット・リー / 『ダニー・ザ・ドッグ』

アクション映画をあまりみない自分ではあるが、ことジェット・リー=リー・リンチェイの映画は実は中国物以外を殆ど見ているのだけれど、殊にもう何年か前に新宿コマ前でみた(渋谷だったかも知れない)「キス・オブ・ザ・ドラゴン」がことのほか良かったので、今回もリュック・ベッソンと組んだこの「ダニー・ザ・ドッグ」も心待ち、というほどではないがレンタルされるのを待っていた。。ダニー・ザ・ドッグ DTSスペシャル・エディション (初回限定生産)「キス・オブ・ザ・ドラゴン」は公開日に劇場へ行ったものの客席はガラガラで、結構良い映画なのになんでこんなに客が入らないんだろうと不思議だった。映画の客の入りは前宣伝やプロモート次第で如何に金をかけるかということで決まって来るものなのだろうが、映画の善し悪しとはあまり関係ない訳だ。個人の好みにもよるので何とも言えないが、よくある「全米震撼」とかの惹句も別にいちいちその意味を深く考える必要はない訳だが(笑)「つまりアメリカ人ってそんなに・・・なのね。」という風にしかならないとすれば結果的に全米国民を侮辱することになったりする映画が多い(笑)。まぁ景気づけなんでしょうが。ヨーロッパ映画では「全欧震撼」とか「EU大爆笑」とかの惹句がないところをみると、やっぱりアメリカ人って・・・とまぁ、こんなネタで引っぱってスミマセン。

で、この映画。またまた小生のツボにはまってしまった。ベッソン+リーというコンビは単なるカンフーアクションだけではなくプラスアルファがある。最近流行のワイヤを使ってないのがなお良い。今回のお話は悪徳高利貸しに5歳から「番犬」として育てられた青年が、モーガン・フリーマン扮する盲目のピアノ調律師と、縁あって同居する女子学生(老けてる・・・)とのふれあいから次第に人間らしい心を取り戻してゆくというもの。やっぱり気に入ったと思ったら小生の弱点、「疑似家族もの」だった。
このボブ・ホスキンス演じる高利貸しのマンガっぷりや、どちらかが死ぬまで戦わせるというアングラの格闘技ショーなどの子供じみた設定も身を任せてしまえば逆に小気味良い。
ジェット・リーはまだ少年期を残したような青年役なのだが、一体何歳なんだろうと思って検索したら今年42歳。そんなオヤジがあどけなさの残る青年役とは如何に東洋人が若く見えるからと言って・・・。でも全然違和感ないところが凄い。リーと言えば「リーサル・ウェポン4」での悪役も記憶に残るが、そもそも彼にはああいう悪役は無理で、この映画のような無垢な青年がはまり役だろう。
2005年、フランス・アメリカ、103分

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30 January 2006

喋らない鳥肌実 / 『タナカヒロシのすべて』

タナカヒロシのすべて デラックス版

鳥肌実の初主演映画。それだけで借りたのだが、内容は別として(笑)、こんなに喋らない中将は中将じゃないやい!などと観ながら愚図った次第。しかし鳥肌実って実際の年齢は何歳なんだろう。いつもの演説では42歳厄年などといっているものの顔の肌ツヤとか体型などを仔細に観察したのだが、おそらく上限で35前後ではないだろうか。もし実年齢がそれ以上だったら若いですね。前に較べ少々お太りになられたご様子。映画そのものはちょっと...しかしそんな内容でも設定そのものについ身につまされる自分に嫌気がさした(笑)。

■関連サイト
- 鳥肌事典
- 鳥肌実公式家頁

■月球儀通信 関連エントリ
- 楳図かずおと鳥肌実

トリズム

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15 January 2006

デ・ニーロ / 『ハイド・アンド・シーク/暗闇のかくれんぼ』

【ご注意・ネタバレしてます。】
デ・ニーロの映画、「ハイド・アンド・シーク/暗闇のかくれんぼ」を借りた。DVDの惹句が「あのシックス・センス」を彷彿とさせるとかなんとか。いや違ったかもしれないがデ・ニーロとこの惹句に絡め取られるようにしてレジへ。
どうでもいい話だが、最近、デ・ニーロというと芸人「どーよ」の片割れのモノ真似が頭に浮かんで笑いたくなる。この芸人、テレビに偶に出ているが大体はデ・ニーロの真似で、その似方も良く特徴を掴んでおりなかなかのものだ。正直、結構好きな部類。しかし困ったことにデ・ニーロをみるとどうしてもこの芸が浮かんで真面目に映画が観られなくなった。デ・ニーロが画面で眉をしかめるたびに笑いを押さえるのに苦労する。しかもこの作品はホラーだ。どうしてくれよう。
映画の筋はものの20分で大体のところを読めてしまって少々興ざめ。子役のダコタ・ファニングはこういうホラーというかサイコものにはうってつけで演技も上手い。しかしこの映画、着想はシャイニングではないだろうか。終わり方ももうこの手のハリウッド映画では食傷気味のもので、それまでの映画の記憶をこれでかき消そうとする意図があるかのようないつもの終わり方。

この作品には結末の違う別バージョンがあるようだ。DVDにも入っていたが観ずに返却してしまったから話は分からない。しかし、こういう別バージョンを用意する映画というのは時折見かけるが、いつもこういうのはずるいなと思ってしまう。監督は結末を1つに絞るべきで、そこに到るまでの葛藤そのものが作品を創ることではないのか。
エンタテインメントだから別に良いのかも知れないが、例えば料理屋へいって、何にしますか?日本酒ですか、では日本酒は3種類ありますが?新潟のですか。では新潟産は4種類ありますが?などと言われたら帰りたくなる。店のオヤジが旨いと思ったものを黙って客に飲ませてみろと言いたい。と例えがよく分かりませんか??

この作品はもしもテレビでやっていて暇があるならみるといいかも知れない。2005年、102分

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02 January 2006

『幸福の黄色いハンカチ』を再び

山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」が昨日東京MXテレビで放映されていて、過去に何度もみていたもののまた自然と引き込まれてつい全編をみてしまった。この作品には過去、テレビ版も存在した・・・。

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01 January 2006

塩田明彦 / 『カナリア』

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。といいつつ、年が改まるごとに最近は特にどうという感慨も薄れて来たわけだが、これには世の中、年末年始らしい行事があまり行われなくなってきたということがあるかもしれない。デパートや近所の店も元旦から営業しているし、テレビも凡庸でいつものドタバタが多少の正月風の装いに変わっている位だ。というような気分は目出度い元旦にはそぐわしくないですね。季節の節目を愛でる生活をこれからは楽しみたいと思った次第。これが今年の抱負かな。

カナリアさて、年末年始の時間を持て余す小生のような暇人にはDVDのレンタルは有り難い。近所のTSUTAYAからいくつかを借りてきてみた。塩田明彦監督の「カナリア」は封切り前から気にはなっていたが、モチーフがかの大事件を引き起こしたカルト教団であることがタイミング的にはどうなのか、事件10年目というような節目とも取れなくはないが、この10年というものひたすら消費されてきたイメージであるだけに少々新味に欠けるか、もしくは新しい切り口でみせてくれるのかも知れないとおもいつつディスクをトレイに置いた。

話の筋はこうだ。母親とともにカルト教団に出家した幼い兄妹は、教団がテロ事件を起こした後関西の児童相談所に引き取られた。その後祖父が妹のみを引き取り、12歳の兄はひとり取り残される。母親は事件後、逃亡し行方がわからない。家族を引き裂かれた少年は再び家族で暮らすことを夢見て相談所を脱走するが、途中やはり家族に問題を抱えた少女と出会い、一緒に東京までを旅するというロードムービーだ。

しかし、少女のセリフ回しのとても少女が喋っているようには思えないような不自然さが気になった。これは明らかに大人が考えたセリフを言わされているという感じなのだ。カルトでの洗脳色濃い少年が大人びた少女によって心ほぐされてゆく、というような主題も薄いし、仮に引き裂かれた家族というテーマがあったとしても中途半端な感は拭えない。結局、モチーフが実在したカルトであるというのみの映画になってしまっているのは残念だ。
りょうとつぐみのレズビアンカップルの登場もその必然性という意味で理解に苦しむし、脱会して廃品回収業を営む元信者の人物描写もやはり浅さが伺える。

塩田明彦の作品は「月光の囁き」(99年)がなかなか良かっただけに残念だ。
ほぼ同時期に封切られた是枝裕和「誰も知らない」がやはり子供が主役ということからあちこちでこの作品との比較がなされているようだが、主題の掘り下げ方をみても両者には格段の差があると思わざるを得ない。

2005年、132分。石田法嗣、谷村美月、西島秀俊、りょう、つぐみ、甲田益也子ほか。

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18 December 2005

『サスペクト・ゼロ』 『サイキック・スパイ』 / リモートビューイング

自分はどちらかというと懐疑主義者ではないかと考えているものの超能力とかオーラとかそういうものが大好きで、以前福昌堂から出版されていた「パワースペース」だの学研の「ムー」だののバックナンバーを買っては寝そべりながら読んだりしている。多分そのきっかけは子供の頃に見たユリ・ゲラーの超能力番組だと思う。中野の魔窟、ブロードウェイ4階の「大予言」は精神世界専門の古書店で、暇なときに良く寄っては怪しげなゾッキ本を眺め回すのは楽しい。この精神世界という言葉がそもそもどんな経緯で作られたのかは分からないが、何故か書店で共通した分類として使われているのは面白い。その響きはいかにも胡散臭げで嬉しくなる。

さて、図書館で彷徨ううちに、いかにも退屈を紛らわせてくれそうな私好みの本を見つけ、CIA「超心理」諜報計画 スターゲイト借りて読んだ。デイヴィッド モアハウス著「CIA「超心理」諜報計画 スターゲイト」だ。70年代の東西冷戦時代に、米軍は超能力を用いて居ながらにして敵情を探るプロジェクトを極秘裏に行っていた。著者はその能力者でこの本で内情を暴いたことにより別件で軍事裁判にかけられるという顛末に。米軍はこの過程で「遠隔透視能力」(リモートビューイング=RVという)を養成するためのメソッドを確立し、プロジェクトの終了と共に情報公開され、後にその技術が公開された。モアハウスの語りは当事者ではあるが、後半は被害妄想的で次第にニューエイジ系の夢幻的な文章となり、単に精神疾患の症例のようにも受け取れるがどうだろうか。
そのプロジェクトではモアハウスの先輩に当たるジョー・マクモニーグルは、テレビ番組「FBI超能力捜査官」で日本でも有名となった。失踪者の氏名、誕生日を書いた紙を見るだけで、というよりそれすらも見ず、緻密な地図を書きながらその居所を透視する。このマクモニーグルが書いた半生記「FBI超能力捜査官 ジョー・マクモニーグル」FBI超能力捜査官 ジョー・マクモニーグルも続けて読んだ。この二人の能力には共に何らかの理由がある。モアハウスは戦地で銃弾を頭に受けてから能力が発現したといい、マクモニーグルは子供の頃に母親から受けた虐待が理由ではないかと自己分析している。
この経緯をルポルタージュしたのが、サイキック・スパイ―米軍遠隔透視部隊極秘計画
サイキック・スパイ―米軍遠隔透視部隊極秘計画
だ。この本は残念ながら既に絶版となっているがこの経緯が客観的かつ詳細に述べられている。モアハウスやマクモニーグル(本書ではマックモンイーグルと表記)も登場するが、なかでもかのユリ・ゲラーがこのプロジェクトを攪乱するというエピソードはすこぶる付きの面白さだ。
能力者のなかには透視を酷使、強要されてついには変調を来し精神疾患となってしまったり、辞職してネイティブアメリカン(いわゆるインディアン)のシャーマンになるなどの、能力者のその後も興味深い。

と、ここまで読んできたところで、これをモチーフとした映画「サスペクト・ゼロ」を発見して早速観た。サスペクト・ゼロ
作品としてはそれほどの出来でもないが上記のようなRV関連の書籍を読んだ上でみると、なかなかよく研究しているようだ。RVのメソッドもちゃんと再現しているし、また誘拐犯を追いつめる時に捜査官が紛れ込むインディアン居住地もおそらく上記の本を読んでイメージされたものだろう。ネタバレになるのでこれ以上は作品をご覧下さい。

さて、試しに「リモートビューイング」をGoogleで検索してみると、このメソッドを教授する団体やワークショップなどが相当数見つかる。しかし、これらの本で透視者の末路を読むと実はかなりの危険と隣り合わせなのではないかと思われるが、それが本当かどうかというよりむしろ一つのテーマで読み進めてゆくエンタテインメントとしてはなかなか興味深いものがある。

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26 November 2005

いつか見た街 / 『ALWAYS 三丁目の夕日』

仕事で最近少々煮詰まってきたこともあって、かどうか自分でもわからないが、ふと通りかかった映画小屋で「ALWAYS 三丁目の夕日」(2005年、133分)をやっていて、たまには泣ける映画をと思い立ち思わず飛び込んだ。ALWAYS 三丁目の夕日 オフィシャル・フォト・ブックビッグコミックオリジナル連載の西岸良平原作「三丁目の夕日」の映画化だ。この漫画はもう何年続いているのか分からないが、私にとっては定食屋で手に取りいつも読むともなく読むという感じのいかにもBCオリジナルらしい作品。

TVスポットのトレーラーで、車窓から見上げる街並みのカットが心に留まっていた。その先には建設中の東京タワーが見えてくる映像だ。いつも写真を撮りながら広角で仰ぎ見る映像というのは子供の視線に近いのではないかと考えることがある。これは前々から気にかかっていて、視点を下げた仰角気味の写真を自分なりに纏めて見たいと思っているのだがなかなか良いものが撮れないでいる。

舞台は東京タワー建設中の昭和33年の東京。しかし銀座、高円寺という具体的な地名が出てくるものの夕日町という地名が示すとおり架空の街だ。そこで繰り広げられる人情エピソードに、なつかしい昭和の調度や茶の間に現れたテレビや冷蔵庫、金の卵と言われた集団就職などの世相をちりばめた構成となっている。

この映画はそもそもこの時代の忠実な再現ではなく、人々の記憶にある時代のイメージを拾った寓話、という受け取り方をするべきものだろう。それは架空の地名や登場人物の名前などに表れているのだが、そう考えればアラ探しという無粋なことをせずに楽しめる。
私の子供の頃にもまだあったコンクリート製で前と上に木の蓋がついていた街のゴミ箱や、湯たんぽに湯を入れるシーン、駄菓子屋で売っていた銀玉鉄砲や模型飛行機は見ただけで途端に忘れていたものが呼び戻される。こう感じるとモノには呪力があるとしか思えない。
街のディテールの再現にはかなりこだわったようだ。しかしいくら当時でもホーロー看板はあんなに数多く貼られてあったかな、などと思ってしまったり、オープニングの都電の走る街並みが、「血と骨」のセットと同じと気づいてしまったりをその都度うち消しつつも、泣かせようという意図を分かりすぎるほど分かっていながらつい泣いてしまった。子供やヒロインとの別離という言ってみれば月並みなエピソードも、それがどうあれおそらくそれに反応する回路をひとは先験的に持ってしまっているのだろうか。
しかしあれほど東京タワーが近い場所というのはどの辺りを想定しているのだろう。
その後何十年か経ち、子供達は急激に値上がりした土地を売ってバブル長者となった、という後日談は無論ないが、こんなことを想像する自分が嫌だとは思う(笑)。

出演は吉岡秀隆、堤真一、小雪、薬師丸ひろ子、三浦友和、堀北真希他。

- ALWAYS 三丁目の夕日 公式サイト

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22 November 2005

『真夜中の弥次さん喜多さん』と『ハサミ男』 / 麻生久美子オールナイト

眩暈がしそうになったら空を眺めると良いのです。
中央線の長いエスカレータに並んでプラットフォームに上がるまでの間、前に並ぶ女性の着ている服の千鳥格子を眺めているうちに芒と眩暈がして、しばらくベンチで休んでいた。まるでエッシャーのだまし絵のようなその執拗な反復模様はどうも昨年悩まされた眩暈をまた呼び覚ますきっかけになりそうな気配だったので暴れそうな子をあやすようにしてしばらく眼を閉じていた訳だが、30分程じっとしていたら段々収まってきた。
そのまま帰宅したが、何故かこういうことがあると随分長い間観ていなかった、というより惹かれるものがなかったというのが本当だが、久しぶりに映画というものを観たくなりTSUTAYAで邦画二本を借りた。

「真夜中の弥次さん喜多さん」(2005年、124分)は落語をモチーフとしたテレビドラマ「タイガー&ドラゴン」でなかなかの才能と思っていた大人計画の宮藤官九郎初監督作品。原作はしりあがり寿の同名漫画だ。真夜中の弥次さん喜多さん DTS スタンダード・エディション以前から弥次喜多はホモセクシュアルの関係だったという話は知っていたが、これをプロットの基線に敢えて据えるというのは邦画としては返って斬新だ。このテーマをハリウッドが巧妙に隠し、あるいは隠喩のなかに沈めていたことをルポルタージュした「セルロイド・クローゼット」(95年、104分)をまず思い出した。最近ではセクシュアリティをテーマとした作品も増えているが、それも例えばレズビアンがまるで流行の服を着るかのような装いで扱われているような風潮が一時期あって、特にそんなセクシュアリティを持たない少女達や作家らに自らのアイデンティティを際立たせる一種のアクセサリ、もしくはアートっぽさを出すためだけに「使われて」いたのが気に障った。本当の彼女らはヘテロの我々(もしくは筆者)と同じように切実で日常的なものに違いない。それをこの作品では与えられた背景として特にそれをあからさまなテーマとしていないことがまずは良い。
とにかくこの作品は頭を空にして楽しめばよい。クドカンの想像力はまるで子供のようだ。自分が快く楽しいと感じられるものを何の障碍もなく映像として表現することの小気味よさ。これは実は監督がもっとも楽しんでいる作品で、観客はその「おこぼれ」に預かっているに過ぎない。三途の川と荒川良々の下りはなかなかの想像力だ。未見の方はお楽しみ。一瞬の出演ながら古川新太がいい味を出している。七之助、勘九郎の親子競演も見ものだ。


一方、同時に借りた「ハサミ男」(2004年、114分)は殊能将之になる同名小説の映画化。ハサミ男麻生久美子、豊川悦司主演、池田敏春監督。プロットは小説がメフィスト賞を授賞した作品だけあり、脇役のセリフ棒読みとぎこちない演技にいかにもなB級臭を感じるのものの、なかなか楽しめた。というより、そもそも麻生久美子が出ているから借りただけで話になにも期待していなかったものの観てみるとそれなりのプロットだったということかも知れない。

実は「真夜中の~」にも麻生久美子が出ていて、偶然にも「麻生久美子二本立てオールナイト」となった訳。
というより無意識に麻生繋がりで選択していたということが本当のところ。話などどうでも良かったりして。

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19 October 2005

「春の雪」映画化

ひねもすのたりのたりかな。(それは春の海だ。)ではなく、三島由紀夫の「豊饒の海」四部作の「春の雪」だが、行定勲の監督になる映画が公開されるという。豊饒の海はいうまでもなく輪廻転生をモチーフとした三島の傑作でかつ絶筆だが、高校の頃に読んで心酔した。そんな作品が実写で公開されるというのは少々複雑な気分だ。主人公の松枝清顕を演じられる俳優などいるものだろうか、と思って配役をみると妻夫木クンと竹内結子だって。二人とも俳優として好きだが、大学のサークルで展開されるさわやか青春ドラマっ!というイメージが払拭できないよー。
行定勲も好きな監督で作品はほぼ全て観ているのだけれど、好き好きの組み合わせが必ずしも良いとは限らないのかも。いや、結構良かったりするかもしれないので予断は書くまい。(合コンなんかのシーンが頭に浮かんでくるが。)

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02 October 2005

ヤン・シュヴァンクマイエルとブラザーズ・クェイ

いま、葉山の神奈川県立近代美術館で、チェコのシュルレアリスト、ヤン・シュヴァンクマイエル(Jan Svankmajer)と妻のエヴァ・シュバンクマイエロヴァの展覧会「シュヴァンクマイエル展」が開催されている。展覧会はオブジェ等の立体作品やシュルレアリストらしくオートマティスムによる絵画などの紹介と並行して「シュヴァンクマイエル映画祭 in HAYAMA」も同時開催される。来年2006年には映画の新作「ルナシー(狂気)(仮題)」が公開予定とのことだ。

ヤン・シュヴァンクマイエル 短編集
ヤン・シュヴァンクマイエル 短編集


シュヴァンクマイエルに初めて出会ったのは、ビデオ「シュヴァンクマイエルの不思議な世界」(99年、ダゲレオ出版)で、いわゆるクレイやパペットアニメーションの手法で表現された旧東欧の魔術的な世界観に打たれたのがきっかけだった。そこには時間の堆積の暗喩とも言うべき闇が色濃くあって、ここからその後、ブラザーズ・クェイ(Brothers Quay)の名作「ストリート・オブ・クロコダイル(The Street of Crocodiles)」(86年)へと観進むのは必然だった。双子のクェイ兄弟は人形アニメーションの映像作家として有名だが、その病的なまでに耽美的な映像は一言でいうのは難しい、が例えばゴシックと言ったとしてもそれだけで言い表せない。彼らにはヤン・シュヴァンクマイエルに関するドキュメンタリー作品もあるようだが、カフカに影響を与えたローベルト・ヴァルサーの原作になる「ベンヤメンタ学院」(The institute Benjamenta, 95年)では、まるでそれまで画面のなかで生を与えられていた人形たちがとうとう人間として登場したかのようだった。しかし、「優秀な執事を養成するための寄宿学校」という設定はその人間を逆に人形として振る舞わせるというクェイの人形への偏愛に根ざした美意識が見て取れる。モノクロームの映像が美しすぎる一編だ。

Quay
「ベンヤメンタ学院」のパンフレットより

The Institute Benjamenta The Brothers Quay Collection: Ten Astonishing Short Films 1984-1993

神奈川県立近代美術館「シュヴァンクマイエル展」  9月10日~11月6日まで開催。


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10 July 2005

『ボーン・スプレマシー』 と 『オーシャンズ12』

意識してアメリカ映画を観ないようにしているアンチハリウッド派の小生だが、このところ古い日本映画ばかり立て続けに観ていたため、少しは新しいものも観ないといよいよ浮世離れして社会復帰できないのではと感じて、まるでお茶漬けや蕎麦ばかりでは栄養が偏るからたまにはハンバーガーでも、とでもいうようななんだか分からない理由でこの2作を借りてみた。どちらにしろ蕎麦やハンバーガーだけではバランスが取れないし、昨今流行の焼き肉、ではなかった韓国映画も小生にとってはどうもその人気の訳が分からないのでほとんど食指が動かない。やはり野菜が足りないのだろうか。とすればインド映画か(飛躍)。昨日カレーを食べたばかりだがあれはタイ風だった。結局、以前から個人的に観たいと思っていた映画のほとんどを観散らしてしまったいま、邦画も含めて西欧的価値観の、というよりハリウッドをなぞるばかりの映画では韓国映画であろうとどこの作品でも同じようにしか見えないものを敢えて観ようという気に「いまは」なれない。それぞれに素晴らしい作品も当然のことながら存在していて、過去の映画帳(そういうノートをつけていた。)には星の数の多くついたものが少なからずあり、おいおいリストアップしてみようと思っているのだが、いままさにこの2作を観て、やはり価値観の異なるアジア、アフリカ、南米などの映画をこそ観てみたい、という気分になった。そういう意味で収穫。

そうはいっても、この2作はマット・デイモンの役どころが対極をなしていて続けて観るとなかなか面白い。同時に観るなら先に「ボーン・スプレマシー」を観るべきだ。「青春の輝き」(92年)、「プライベート・ライアン」(98年)の少年から既に大人になって、こんなハードな役柄をこなせるようになったとは。一方、「オーシャンズ12」では頼りない青二才の役柄だ。この落差の激しさ。でもやはり後者のキャラクタが彼の持ち味を活かしていると思うなぁ。

「オーシャンズ12」、ちょっとこれは・・・ 少し昔ならオールスターキャストという惹句がつけられるのかもしれないが、ブルース・ウイリスとジュリア・ロバーツの下りなど、観客におもねりすぎで小生には食傷。ヴァンサン・カッセルは個人的に好きなだけに、もっと映画を選んで出演するべきだと思った次第であります。

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