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54 posts categorized "古書・神保町"

July 22, 2012

ててごとははごと

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先日、時間が空いたので江戸東京博物館へ行った。なかなか面白くて仔細に眺めていたら一周するのに三時間も掛かってしまった。当時の技術で作られた原寸大の、但し半分だけの日本橋から始まって、細部まで作成されたジオラマの数々に圧倒されながら、当時世界的にも先進的な上水道などを見て、何故こういうことを学校で教えないのかと思った。いや教えているのかも知れないが、むしろ子供達が誇りに思える日本の優れたところをわざと避けているような気がしてならない。

よく日本の明治以降の近代化について驚異をもって語られるが、それはその以前から成熟した社会を既に独力で築き上げていた基盤があるからで、例えば市場経済は石高制を基礎として欧米より百年も前から行われていたし(と学生時代の講義で聴いた)、数学なども非常に進んでおりむしろ当たり前のことだった。こういうことを積極的に教えないと後が続かない。

いや江戸東京博物館だった。写真は日本橋の近く、一石橋にあった、というか今もある「満よひ子能志るへ」のレプリカ。この辺りは当時も繁華街で、迷子が出るとこの石に貼り紙をして探したといういわば迷子用の掲示板、つまり迷子のしるべだ。

これを見て、あぁそうか、子連れ狼の主題歌、「ててご橋」はこのことを言ってるのかと合点がいった。ててごとははごと、ごとごとと、一石橋で待てば良い、迷子になったらどこで待つ、一石橋で待てば良い、というのはそういう背景があったんだな、と感慨深いものがあった。いや漫画なんですけどね。

ところが、このゴトゴトと、という大五郎が乗っている乳母車の進む音は、実は、「ごとと、ごと」と読むべき由来があるらしい。
当時の一石橋が金座を仕切っていた後藤氏と、また別の後藤氏との領地のちょうど境界で、つまり後藤と後藤、ごとと、ごと、これを五斗と五斗にかけ、足して一石橋と名付けられたと。大五郎の乗る乳母車は機関銃仕込みのハイテク兵器である割には何故か車輪は木製だ(笑)。だから拝一刀が押すとゴトゴト鳴る。そんな軽い擬音語に実はこんな背景があったとは。原作の小池一夫は弐十手物語にしても何にしても深いなと。いや漫画なんですけどね。

ちょんまげ天国~TV時代劇音楽集~
※Amazonでさわりだけ試聴できます。ちなみにこの「ちょんまげ天国」、早速買いました(笑。

ほか、新宿二丁目の太宗寺の脱衣婆への信仰とか、江戸のお稲荷さんの番付表とか、ニコライ堂のジオラマなど見るだにいちいち小生のツボを刺激してつい時間を忘れてしまった。ちなみによく前を通る駿河台の太田姫稲荷もちゃんと載っていて、こういうのを矯めつ眇めつ見つけるのは殊の外楽しい。暫くしてからまた行きたい気分。入場料大人六百円(常設展のみ)。

June 17, 2012

藤原新也と痕跡本

なみだふるはな
水俣に取材した「苦界浄土」の石牟礼道子と藤原新也の対談本。だがその内容というよりも巻頭の藤原の写真を見て嬉しくなった。83年に刊行された「全東洋街道」の藤原が、このカラー写真に滲み出る諦念のような独特の「彼岸の風味」が健在だったからだ。

藤原の写真は画面のそこかしこが滲んでいる。それは東洋を歩き尽くしてきたカメラのレンズにこびりついた西アジアの砂漠の砂であり、屠られた羊の脂であり、雑然とした東アジアのいわく言い難い場末の飲み屋にもうもうと漂う煙の粒子であったかも知れない。そのレンズに堆積した旅の厚みとしての微妙な汚れが、何気ない植物の葉に照る光を美しく滲ませている。

森山大道の写真は滲む光が反転している。暗室で掛ける紗によって闇が光の領域の方へと浸食しているのだ。これは夢の世界と現実のリアリティとの関係と見ても良いかも知れない。この丁度対極にあるのが藤原の作品なのだと、そんなことをよく考える。

痕跡本のすすめ
古書店の均一台に並ぶ本にはよく線引きや書込みなどがある。そんな本をみるといろいろと前の持ち主を想像して楽しい。そんなことを前から思っていたが、それを「痕跡本」と呼んで楽しもうというのが本書。

それは頁に挟まれたハガキであったり、昔のデパートのレシートだったり、巻末に書き込まれた感想だったりする。そんな実例が豊富な図版で楽しめる。それを見越してわざと書き込んだりする二重にひねくれた人が居たら面白いが(小生ではありません笑)

May 06, 2010

とにもかくにも

いろいろと家でやらなければならないことが多く残っているが、なかなか進まない。緩んでいた玄関のドアノブを締め付け、まだ設置していなかった火災警報機をようやく天井に貼り付けるなどちまちまと。その他諸々やらなければならない細かいことが出来ていないが、ゆっくりとやる以外にない。

5月3日にBSで放送されたという勝間和代と西村ひろゆきの対談をネットでみたが、そもそも噛み合いそうにない両氏のスタンスの違いがあるとはいえ。しかし勝間さん何でこんなに必死なのか。世の中思い通りに行かないもんだね、と思ったらブログに謝罪文が出ていてコメントが凄いことになっている。

amazonの著作にもなんだか凄い言葉のタグが付けられたりしているが、何でこのひとこんなにアンチが多いのか。いえ良く知らないんですが、少なくとも勝間さんに限らず若者に起業を鼓舞はしてもそのリスクを語らないのが評論家だし、ましてやその責任を負わないのがこれまた評論家というものなのだろう。

近所の古書店にて、宮田登「生き神信仰」(塙新書、昭和45年)、木村肥佐生「チベット潜行十年」(中公文庫、昭和57年)、司馬遼太郎「街道を行く38 オホーツク街道」(朝日文庫)を購入。計八百円。同時に五木寛之「隠し念仏・隠れ念仏」(講談社、95年)を捜すも、新刊古書図書館共に在庫なく諦めたところで東京堂に在庫あり購入。流石は東京堂。今年創業120年だそう。その後久しぶりに散髪。美容師と神保町のカレー談義など。

January 16, 2010

古書とスター千一夜

神保町の均一台で金指正三著「星占い星祭り」(青蛙房)が千円程度で出ていて思わず買ってしまった。これは日本の星辰信仰に関する蘊蓄を語ったもので、15,6年程前に購入しようとして忘れていた本。値段が安いしつい懐かしくなり買ってしまったが、後でよく調べてみると新装新版が一昨年刊行されていたので値が下がったのだろう。

レジのついでに随分昔に買った手持ちの古書にいくらの値段がつくか聞いてみると、「見なきゃ分からないでしょ。」という返事。それはそうだと、では売る気になったら送りますよと言って帰路へ。この書店は前にいた番頭から最近(でもないのか)若い人に替わっているが、こういう応対は昔から。人によっては何?喧嘩売ってるのかと思うかも知れないが、そんなことも伝統の一つかもとこの変わりなさに少し嬉しくなる。この間も棚を冷やかしていると、朴訥な感じの人がある文学書の在庫があるかを聞きにきたとき、「ウチの専門外なんですよ、ちゃんと良く見て入って来て下さいよ!」と客を叱っていた。まぁその客もお気の毒にと思ったが、番頭にはもっと頑張って貰って古い古書店のオヤジ振りを徹底させて欲しいとヒッソリ思う。しかし最近はネットオークションなどの普及で古書業界も売買が難しくなっているのではないかと思うがどうなのだろう。

ザ・テレビ欄0 1954~1974
こんな本が出ているのを知った。その後もシリーズ化されているらしい。
一時期図書館で新聞のバックナンバーを閉架から出して貰い同じことをやったことがあったが、例えば「スター千一夜」の後は何という番組だったっけ?などという疑問も、そうだ、スター千一夜は毎日放送されてたんだ、などということが思い出されたりして結構面白い。後ろ向きの小生にとっては嬉しくなる。しかしアイデアですね。

October 03, 2009

古書肆にて


Untitled, somewhere in Germany

いつも通る道で気になる古書店があって、外にはいわゆる均一台があるのは日本と同じだが、なかに入るとさらに箱に入った本がテーブルに並んでいるという体裁で、こういう並べ方もドイツでは多いのかも知れないしこの店だけなのかも知れないが、これは掘り出すという行為を楽しませるための店主の計らいなのかも知れない。

そこに、戦中の子供向けと思しき人体に関する小冊子があって、それはかなりボロボロなのだったが、値段が2EURO程と安かったのでつい手が出たものの結局その日は買わずに帰った。その古び方、いかにも戦中らしい風情が資料というより本そのものの存在感ともいうべきものに惹かれ部屋に帰ってから反芻するうちにどうしても欲しくなり翌日に買いに行った。しかし昨日あった場所にはもうなくなっていた。売れてしまったのか店主が整理してしまったのか、付近の棚を舐めるように探したが結局見つからずに歯噛みした。洋の東西を問わず古書店で目を付けた本は資金が許せばとりあえずは買っておくという鉄則は変わらないと思った次第。残念至極。

July 13, 2009

今日から、みたままつり

神保町からほど近い九段の靖國神社で今日から恒例のみたままつりが行われている。
今年は13日から16日まで。毎年、仕事帰りに寄っているが、夏の風物詩である提灯や懸雪洞に灯がともされるのをみていると心が和む。飲めないお酒をちょっと飲んでみたくもなる。自分がそういう気分になることがそのまま供養になっているとも思ったりする。

November 09, 2008

現場監督と易学研究

先週の日曜日、休みだというのに少々野暮用を片づけ、時間も余ったので帰り際に神田古本まつりで賑わうすずらん通りを見ながら帰ったのだが、いつもながらにかなりの人出で、戦利品を入れるのだろうか、リュックやカートを持って真剣な眼差しで棚を眺める人々が目に付いた。そんななか、古書会館裏のフリーマーケットでひっそりと売られていた泥だらけのコニカ現場監督28HGと目があってしまって頼んで見せて貰ったが、一応、動作確認をしていると店のおやじさんに「心配いらないよ、ちゃんと動くよ。ついこの間まで使ってたのを貰ってきたんだからよ。」などと追い打ちをかけられてまだ買うともなんとも言ってないのにもう片手に紙袋を用意したりしている。二言三言たわいのない話をして、結局1000円の値札がついているところを500円に値切って「救出」してきた。

コニカはもう写真事業から撤退しているが、この現場監督シリーズは工事現場で作業の進捗を記録するために特化した業務用カメラでヘビーデューティー仕様。防水は勿論、レンズ周りも金属とフィルターで保護されているなど、その目的の明確なコンセプトはいかにも道具然としていて、無骨だが頼りになる兄貴と言う感じ。28mmレンズに現場でも光が回るように大容量のフラッシュを搭載している。型番のHGはHigh Guide numberということだろう。

以前、このカメラを雨の日専用カメラとして買おうと思っていたことがあって、如何に防水仕様といっても水中では使えないだろうが、田中長徳風に言えば「プアマンズニコノス」的使い方も出来ると一目置いていたカメラだ。
今回、買って帰ったものはいかにも現場で活躍していました、というように泥だらけだったが、家の流しで使い古しの歯ブラシに洗剤をつけジャブジャブと洗って汚いストラップを外すと、満身創痍の男の肌が現れた。

そのまま易学書の原書房で久しぶりに易学研究誌を購入。なんと来月2008年12月号で休刊するとのスリップが入っていて驚いた。随分前に易学に凝っていて易書等で随分散財もしたが、以前は定期購読していた同誌も70年の歴史に幕を下ろすというのは感慨深いものがある。ブログの趣旨とは異なるので敢えて詳しくは書かないが、岳易といわれた加藤大岳門下の易学の研究誌でその道では有名な雑誌だ。岳易は著作が容易に入手できるので入りやすいしこの雑誌で実占例に触れることが出来た。しかし易の世界は広く、様々な流派の存在に気付くようになるとさらにその密林の奥深くへと彷徨いこむことになる。ちなみに同様の雑誌としては紀藤元之介主宰、実占研究会発行の実占研究誌があり、これは昭和50年代に廃刊となっているが、以前創刊から最終号までの全巻を揃いで購入していまも書棚に収まっている。休刊の記念に今年度の合本を注文しようかと思う。

March 08, 2008

すずらん通りで鬱金色

最近、昨日食べたものがなにかをすぐには思い出せないという由々しき状況になってきてこれは若年性ボケの始まり?いや若年性が余計だとかのツッコミは無視しても、ブログで食べたものを記録して行こうかと思ったが、思い出して並べてみると、キッチン南海でカレー、共栄堂でカレー、ランチョンでシメにカレー、エチオピアでカレー、そして富士そばでカレーセットなどと並んで我ながら驚いてしまった。これでは余り記録の意味がないのであっさりやめたが、もう体がインド風味というかターメリック中毒というか、その前にこれからは食事のバランスには気を付けようと思った次第。

すずらん通りの三省堂並びに小川町にあった美術古書のボヘミアンズ・ギルドが移転して昨日開店となっていた。
相変わらずの美術書の充実ぶりで、映画関連古書の揃えもよくてこれからは巡回がしやすくなった。すずらん通りには以前作家の逢坂剛の事務所が入っていた古いパーキングビルがマンションになって、その1階に何が入るのかを見守っていたが、結局コンビニが入ってしまい失望した。小宮山書店裏の古書店2件もとうの昔に無くなっていまは駐車場になってしまって、こうやって書店が櫛の歯が抜けるように無くなってゆくのが寂しかっただけに、まずは嬉しいできごとだ。

先ほどの食事の話ではないけれど、新しく店ができたりするとその前になにがあったかということもすぐには思い出せなかったりする。毎日のように見ている景観なのだけれど、店が入れ替わってしまうと不思議とそうなるのは何故なのだろう。やはり・・・。大人のDSトレーニングでもやらなければ駄目かもと。

December 23, 2007

『書肆アクセスという本屋があった―神保町すずらん通り1976-2007』

書肆アクセスという本屋があった―神保町すずらん通り1976-2007

2007年11月17日に惜しまれつつ閉店した神保町すずらん通りの「書肆アクセス」へのいわば「追悼文集」。
地方・小出版流通センターのアンテナショップとして76年に開店し、経営の悪化から閉店を余儀なくされるまでのおよそ30年間を、一般の流通に乗らない書籍、雑誌、個人発行のミニコミ誌に至るまでを扱い出版文化に貢献した。閉店後はその機能を神保町三省堂の地方・小出版流通センターコーナーへと引き継いでいる。

編者代表の岡崎武志、イラストの内澤旬子を始めとして堀切直人、林哲夫、今柊二、串間努、塩山芳明、南陀楼綾繁、近代ナリコ、海野弘、中山亜弓など100人を超える寄稿に年表、店内写真を併載。発行は右文書院。

現在まだ店舗のあった場所はシャッターが降りたままになっているが、その後ここに何が入るのだろうか。
少なくとも神保町らしい個性のある書店が入ることを期待したい。

■関連エントリ
- 月球儀通信 : 神保町『書肆アクセス』が閉店!?
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/07/post_a0f0.html

September 09, 2007

神保町に「触れ太鼓」 / 楳図先生をお見かけする

朝青龍の話題喧しい昨今、相撲は元始、神事であって日本の海、山を遊ばせることで災害を防ぎ国家安寧を祈るものだった(と思う)。そこへ「とつくに」(外つ国)を入り込ませた時点でこんなことが起こるのは必然であってそもそも間違いなのだ、野球に外人枠を設けるとかそんな話とは次元が違う、そもそも相撲はスポーツではないのだから、などと勝手なことを話していると友人が、もともとはそうかも知れないが、既に江戸時代には相撲は興行であっていわば見世物、当時力士が街で刃傷沙汰や喧嘩などを起こすこともあって今のように過剰な品格を求めるのはどうか、江戸時代には横綱は既に一線を退いた力士が収まるいわば名誉職であって、年齢もそれにふさわしい40歳代ぐらいが相場だった、それが今では朝青龍のような若い力士が横綱となりまだ20代も半ばの若者に過剰な品格を求めるのは酷、などと夜更けの喫茶店で話していたが、なんでそんな話になったかといえば、昨日神保町に大相撲九月場所の「触れ太鼓」が練り歩いているのをみたからだ。

調べてみると触れ太鼓は場所が始まる前日にその場所での取り組みを相撲太鼓を鳴らしながら口上する行事で、御茶ノ水聖橋から神保町交差点辺りまでを相撲太鼓が鳴り響くさまはなかなか風情のあるものだった。

小生はそのとき東京堂書店で立ち読みをしていたが、二人がかりで吊した太鼓を叩き手が鳴らしながら店内に入って来て、独特の節回しで「琴欧州には時天空~、白鵬には安馬ぁ~」などという口上に聞き惚れてしまったが、店内の客もこの椿事に驚いていた。
東京堂のあとは向いの喫茶高野、その後は喫茶さぼうるへと移動していたが、さぼうるのご主人も嬉しそうに記念写真を撮っておられた。口上が寄るのは多分日本相撲協会へ協力か寄付をしている店なのだろうと思う。

小生も随分長い間神保町には縁があるが、この触れ太鼓をみるのは初めて。
(どうも調べてみると神田界隈では平成17年の初場所から地元で結成された「神田触れ太鼓の会」の方々によって毎年1、5、9月の東京場所の口上を行うようになったらしいですね。この辺りでの触れ太鼓はつい最近のことだったのですね。)

その後、中央線で家へ帰ったが、なんとまたまた楳図かずお先生をお見かけした。例の赤白の横縞TシャツにGパン、赤いキャップを被ってこれも真っ赤なカバンに赤いスニーカーという出で立ちで風のようにふらっと乗ってこられた。

これまでも幾度となくお見かけしてはいるのだが、この間エントリした「恐怖への招待」を読んだばかりでもありほのかなシンクロニシティを感じた次第。しかし、吉祥寺のお宅の件はその後どうなったのだろうか心配だ。

より以前の記事一覧

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

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    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
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    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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