Flickr


  • www.flickr.com

exhibition

« June 2012 | Main | October 2012 »

3 posts from July 2012

July 22, 2012

ててごとははごと

1342943884206.jpg

先日、時間が空いたので江戸東京博物館へ行った。なかなか面白くて仔細に眺めていたら一周するのに三時間も掛かってしまった。当時の技術で作られた原寸大の、但し半分だけの日本橋から始まって、細部まで作成されたジオラマの数々に圧倒されながら、当時世界的にも先進的な上水道などを見て、何故こういうことを学校で教えないのかと思った。いや教えているのかも知れないが、むしろ子供達が誇りに思える日本の優れたところをわざと避けているような気がしてならない。

よく日本の明治以降の近代化について驚異をもって語られるが、それはその以前から成熟した社会を既に独力で築き上げていた基盤があるからで、例えば市場経済は石高制を基礎として欧米より百年も前から行われていたし(と学生時代の講義で聴いた)、数学なども非常に進んでおりむしろ当たり前のことだった。こういうことを積極的に教えないと後が続かない。

いや江戸東京博物館だった。写真は日本橋の近く、一石橋にあった、というか今もある「満よひ子能志るへ」のレプリカ。この辺りは当時も繁華街で、迷子が出るとこの石に貼り紙をして探したといういわば迷子用の掲示板、つまり迷子のしるべだ。

これを見て、あぁそうか、子連れ狼の主題歌、「ててご橋」はこのことを言ってるのかと合点がいった。ててごとははごと、ごとごとと、一石橋で待てば良い、迷子になったらどこで待つ、一石橋で待てば良い、というのはそういう背景があったんだな、と感慨深いものがあった。いや漫画なんですけどね。

ところが、このゴトゴトと、という大五郎が乗っている乳母車の進む音は、実は、「ごとと、ごと」と読むべき由来があるらしい。
当時の一石橋が金座を仕切っていた後藤氏と、また別の後藤氏との領地のちょうど境界で、つまり後藤と後藤、ごとと、ごと、これを五斗と五斗にかけ、足して一石橋と名付けられたと。大五郎の乗る乳母車は機関銃仕込みのハイテク兵器である割には何故か車輪は木製だ(笑)。だから拝一刀が押すとゴトゴト鳴る。そんな軽い擬音語に実はこんな背景があったとは。原作の小池一夫は弐十手物語にしても何にしても深いなと。いや漫画なんですけどね。

ちょんまげ天国~TV時代劇音楽集~
※Amazonでさわりだけ試聴できます。ちなみにこの「ちょんまげ天国」、早速買いました(笑。

ほか、新宿二丁目の太宗寺の脱衣婆への信仰とか、江戸のお稲荷さんの番付表とか、ニコライ堂のジオラマなど見るだにいちいち小生のツボを刺激してつい時間を忘れてしまった。ちなみによく前を通る駿河台の太田姫稲荷もちゃんと載っていて、こういうのを矯めつ眇めつ見つけるのは殊の外楽しい。暫くしてからまた行きたい気分。入場料大人六百円(常設展のみ)。

July 16, 2012

マミヤに餌を。

1342421771116.jpg
なんとも暑い。こういう日はカメラ掃除に限るということで随分昔に親戚にお下がりで貰ったMamiya Universal Pressを引っ張り出してブロアで埃を吹き飛ばしつつ、スローシャッターを切ってみたが、低速で明らかにネバリが出ていて四分の一が二分の一ぐらいにはなっている。何度か切っているうちに段々と正常に戻って来たようだ。

しかし、このカメラは如何にもマミヤらしい佇まいで、セットにはレンズ二本、グリップ、6x9と6x7のホルダー、手札判ホルダー、光学ファインダーにスポーツファインダーまで揃っていて、スポーツファインダーなどはレンズの焦点距離に応じてパララックスを補正する機構まで付いている。勿論手動だ。この機械感というか機械工作感溢れる機構は、以前持っていたRB67ProS の、例えば画面の縦横をフィルムバックの回転で切り替える際にフレームに現れる視野を示す棒しかり、如何にもマミヤだ。

120フィルムはまだ入手可能だし、ことによると135より長生きするのではないかとも思えるので、久しぶりに入れてやるかと思った。まるで猫に餌を与えるみたいだけれど。

そろそろデジイチを買っても良い頃ではないかと思うのだけれど、電気がないと動かないというのはカメラではないというような思い込みがまだ根深く心の底にあって、そんなものに何万円もつぎ込むことがどうしてもできない。カメラは金属とガラスが物理的な仕掛けで動くものであって、その中でフィルムが化学変化を起こしてナンボのものなのだ。

いやそんなことを言う奴は今どきいないわけで、もう観念していま何を買おうか研究中だ。ナイコンのE800かオリパのOM-Dか、お財布事情から結局OMになりそうだが、買ったら買ったで夢中になりそうな気配。

しかし暑い。
(写真はスイス鉄道、チューリッヒ駅だったか。)

July 01, 2012

ショートスリーパー再び、そしてディースカウ

from the series, "prayer for the night" 1

随分以前にショートスリーパーについてエントリしたが、そこで平日は短時間睡眠で済ませ、休日に寝溜めるという身近な人について触れたことがある。そんなことが器用に出来るものだろうかと思っていたのだが、最近、自分がそんな風になっていることに気付いた。

とはいっても最近身過ぎ世過ぎで少々忙しく結果的に平日の睡眠が良く取れずに週末になって自堕落に寝てしまうだけで、先のように計画的にコントロールされたものではない。日頃の睡眠不足が週末になって我慢しきれず爆発しているようなものだ。結局、週末が有効に使えず不発感をもってまた月曜日を迎えることになる。

とはいえ最近、身近な人、しかも自分より若い人が続けて何人か亡くなったこともあって、やはりあまり無理をせず、眠い時には寝るというような自然に任せた姿が良いのではと思うようになった。昨日まで普通に話をしていた人が、何か具合が悪いと言って帰宅したまま帰らぬ人になった、というような亡くなり方と聞いた。どこかで疲れが溜まっていたのだろうか。忙しい時には自分の体の声をなかなか聞くことができない、というのもある。疲れていても気が張っていてそれを感じない、ということだろうと思うが、節目節目で上手に休むことができるような工夫が出来たらよいと思う。短時間でも睡眠を取れるように自分を躾けるというか、そんな何らかのテクニックを身に着けることが必要かも知れない。

などと書きながら、今日も昼寝をしてしまった。

------

夜、おそらくヨーロッパのどこかを歩いていると、カフェの店先で佇んでいる男がいた。よく見るとそれはフィッシャー・ディースカウだった。あれ、この間亡くなったのではなかったか、と訝しく思い、随分前に日本の大阪であなたの演奏を聴いたことがあるんですよ、と話しかけた。最初はこちらを怪しんでいるのか返事をもらえなかったが、たしか、モーツアルトの「冬の旅」全曲でしたよ、とわざと間違えて反応をみると、破顔一笑して、それを言うならシューベルトだろう、と気を許してくれた。ああ、そうでしたね。何かお困りの様子ですがどうしたんですか、と尋ねると、行き先が分からなくて困っているという。そういうことなら、一緒に行きましょうと話しながら辺りを歩いた。そこで誰かがディースカウを待っている筈だと思ったからだ。しかしその人は見つからなかった。仕方なく元のカフェに戻り、もしどうしても困ったならば、ここに連絡して欲しいと自分の連絡先を書いた紙の切れ端を渡した。

------

こんな夢をみた。

« June 2012 | Main | October 2012 »

NAVIGATION

GALLERY


  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

Blog People

無料ブログはココログ

search


  • Google

thank you!