Flickr


  • www.flickr.com

exhibition

« November 2011 | Main | January 2012 »

10 posts from December 2011

December 25, 2011

デジタル時代のネガフィルム

Googleのニュースクリップに、デジタル写真出力メディアを扱うピクトリコからネガフィルムが発売されたというニュースが引っかかり、今どきネガフィルムかと驚いた。早速サイトを見てみると、デジタルデータをインクジェットでフィルム上にネガ出力して、それを銀塩のポジにするための製品らしい。ややこしくて良く分からず、デジタルをそのままインクジェット出力すれば良いのではないかと素朴に思った。しかし、よく調べてみると、デジタルデータから古典技法のプラチナプリントなどを制作しようとする際にはこの方法でないと成立しない。製品のサイズを見るとレターサイズとA3+サイズで、つまり作品と同じサイズを密着プリントするということらしい。ネガフィルムという言葉から120や135のカメラ用フィルムを想像してしまったがそれは誤りだった。

ネットを調べるとデジタルネガという分野でいくつかのサイトが見つかった。プラチナプリントのような特殊技法では不可欠だが、モノクロのバライタ印画紙でも、デジタルのインクジェットや昇華出力にはない銀塩の豊富な諧調、ハイライトやシャドウの表現が得られるということらしい。そのために撮影から銀塩で行わなくても、デジタルのソースから銀塩プリントを得たいときには、このデジタルネガフィルムが必要になるという、プロプリンター向けの製品なのだった。

いわゆる銀塩ネガからの引き伸ばしでの印画とインクジェット出力との違い、例えば銀塩粒子の有無が作品にどのような違いをもたらすのか。また先の諧調表現の差とはどのようなものなのか、一度その差を現物で見てみたいと思う。サイトに上がっている写真を見ても、今一つその違いが分からない。最近のインクジェット出力は銀塩写真を超えているという話も良く聞く。またインクも顔料になってアーカイバル性も向上しているとも聞く。しかし銀塩プリントの保存性については既に確立しており、作品の価値を保障するものでもある。結局、デジタルからアナログプリントを作ろうと思えば、この工程を踏まざるを得ない。もしくは135ネガなどにデュープしてから引き伸ばすことも考えられるが、それでは諧調が出ないだろう。そこでインクジェット出力し密着印画するということになる。

なかなか面白いと思う。プラチナプリントまでやるには少々気力も資力も足りないが、まずはその作品を目の当たりにしてみたい。


■記事関連サイト
- デジタルネガティブス Digital Negatives.jp
http://digital-negative.sub.jp/index.html

- Digital Gelatin Silver Monochrome Print(DGSM Print)デジタル・ゼラチンシルバーモノクロプリント
http://www.kn-photo.com/dgsm_print/

December 23, 2011

携帯をなくす。

untitled, Tokyo

携帯電話をなくしてしまった。夜に枕元に置いておく習慣から寝際にカバンや上着のポケットなどありそうなところをくまなく探したが見つからなかった。枕元に置くのはアラーム機能を目覚ましに使っているからだ。
結局、おそらく電車内で落としたのだろうと思い、翌日を待ってJRの遺失物係へ問い合わせた。しかしそれらしいものの届け出はないという。これから届けられる可能性もあるので、しばらくしてからまた問い合わせることにして、前日の行動を振り返った。

日中には確かにあった。何度かメールチェックをした覚えもある。そうだ、その後帰りの電車のなかで一旦席に座り、時間を見ようと半腰になってズボンのポケットをまさぐったな。そのとき隣のおばさんが迷惑そうな顔をした。ということは帰り際まではあった訳だ。いやしかしそれは昨日のことだったのか、それ以前の記憶なのか。

その後、家電量販店に寄って、中華チェーン店で食事をした。いや、それは昨日だったか、昨日はサブウェイでサンドイッチじゃなかったのか、いやそれは一昨日だ、などと考えているうちに、しかしその前に自分の名前は何だっけ、そもそも自分って何者?などと、いやさすがにそこまでの境地にはまだ到達していないが、結局記憶をたどってその中華チェーン店で見つかった。やれやれと。これは今のケータイをiPhoneに機種変しろというジョブズからのスピリチュアルメッセージかも知れない、と思うこともなかったが、そういえば二年契約の更新ももうすぐだし、考えてみても良いかもと思った次第。しかし携帯を失くすというのは恐ろしい。お財布機能とかSuicaなどの決済を行っているのならなおさらだ。自分の場合はスマホをやめてから音声通話専門機になっているので、webもやっていないし、悪用されたところでたかが知れている。それでも長距離通話などされたらたまらないので、ネットから通話停止をしておいたが。

しかし年末。また年が改まる。もう飽きたなと。

December 21, 2011

深夜、猫の。

untitled, Tokyo

帰宅の途次、警察の寮の塀の向こうで猫が鳴いている。
誰かを呼ぶような泣き方で。何度も何度も。こんなに寒いのに。
どこで鳴いているのか、立ち止まって捜したが、闇が濃くてただ声だけが聞こえた。

しかし反吐だらけの汚い街も写真に納まると何故美しくなるのかといつも思う。

December 17, 2011

読書メモ

untitled, Lyon

最近読んだ本のメモ。
吉村昭「羆嵐」(新潮文庫)
加門七海「猫怪々」(集英社)
正木晃「現代の修験道」(中央公論新社)
井上ウィマラ「呼吸による気づきの教え―パーリ原典「アーナーパーナサティ・スッタ」詳解」(佼成出版社)
まるの日圭「モンロー研体験記」(ハート出版)
伊藤三巳華「視えるんです」「視えるんです2」(メディアファクトリー)
道尾秀介「鬼の跫音」(角川文庫)
沼田まほかる「九月が永遠に続けば 」(新潮文庫)

吉村昭の「羆嵐」は大正初めに北海道で起こった日本獣害史上最悪の三毛別熊害事件をモチーフとした作品。事件の凄惨さとじりじりとした恐怖はその辺に転がっているホラー小説より余程怖い。警察や軍まで出動するが使い物にならず、結局熊撃ち専門の一人のマタギによって仕留められる。このマタギ、作中「銀オヤジ」の独特な性格描写が作品に奥行を与えている。仕留められた熊は被害者の供養のために遺族や住民によって食べられると。作中ではアイヌの風習のような記載もあるが、それ以前に他で起こった事件でもやはり同様に食べられている。人を餌として食べた熊の肉を食べるということへの抵抗は作品中にも出てくるが、この供養のために食べるということへの民俗学的な説明が知りたいところだ。

加門七海「猫怪々」はいわゆる「視える」著者の猫への溺愛ぶりが微笑ましい作品。しかしその内容は上質な怪談だ。怪談にもいろいろとあって、ことさら怪異を弄ぶ感じの作品は嫌いだが、加門の作品はいつも肌身に近いところで語られるのが小職の嗜好に合う。伊藤三巳華の漫画もこれに近い。しかしこの猫怪々、実はネットで全部読めることが後で分かって少々残念な気分に。

他、ヴィパッサナ瞑想関連等、また他の機会にでも。

良く行く本屋ではカバーをお願いすると、よくある紙の上下を折り返す方法ではなく、事前に鋏を入れた紙カバーを複雑な工程で素早くしかも手際よく作ってくれるのだが、昨日もすでに流麗と言って良いほどの手さばきでその名人芸を見せてもらった。電車に乗ってから本を開くと、中表紙に折り目がくっきりと付いていた。あまりにも素早い手わざで一緒に折ってしまったのだろうなと(泣)。

December 14, 2011

深夜食堂と食事指導

半年ほど前に受けた健康診断の結果、血中の中性脂肪が高く再検査を受けよとのお達しに、嫌々ながら再度血液検査を受けた。その結果、先の健診のさらに上を行く数値が出てしまった。医者の指示で、まずは管理栄養士の指導を受けることになった。面談の前にはあらかじめ数日分の食事内容を送っておき問題点を改善する仕組みだ。

面談の当日、それを見ながら若い女性栄養士の眉間の皺が心なしか寄った様な気がした。「あの、この日の間食に書いてある、アイスクリーム、チーズ、バナナ、煎餅一袋というのは何時に食べたんですか。」「そうですね、夜の十時ごろだったと思いますが・・・。」「これだけで700Kcalはありますよ・・・。先ずは間食を減らすように努力してみてください。それから、多少負荷のかかる運動をしてください。」と小生の唯一のストレス解消の間食を禁止され、さらに運動までも。

念のため言っておきますが、特にお腹も出ていないし勿論メタボでもない。痩せてはいないが、肥ってもいない体型なのに、何故この数値だけが悪いのか。どうも、そういう状況は逆に内臓脂肪の心配があるらしい。先の気の狂いかけたような凶暴な夜食はさすがに毎日ではないにせよ、このまま脂肪、いや死亡しても面白くないので、一丁やってみようかとそれからきっぱり間食をやめた。

栄養士曰く、あまり禁止するとかえって続かないので、適度に気にするぐらいのことで長く続けた方が効果があるんですよ、とのことだったが、却って厳しく言ってもらった方が嬉しい、いやこれでは変態みたいだが、あまり強制力を感じないのでは多分続かないとも思う。

で、昼食はご飯を半分残し、夜はSUBWAYで400Kcal以下の夕食を続けている。夜の間食も綺麗さっぱりやめた。しかしカカオ系の甘い食べ物、というか回りくどいがつまりチョコレートを食べられないのはちょっとしんどい感もある。えーと、抹茶ソフトってどんな味だったっけ、フレンチクルーラーって何?、フランスの俳優?などと自問自答する日々。しかし、SUBWAYと牛丼チェーン店の客層って全然違うなと。客層の違いというよりBMI指数の違いと言ったら良いか(笑。

* * *

TBS系、火曜深夜に放送中の「深夜食堂」が2集目となって、毎週この時間に起きている訳には行かないので録画をしているのだけれど、昨日の「肉じゃが」の回は間違えて録りそびれてしまった。残念無念。しかし店主の小林薫がいい味をだしている。1集目はすでにDVDになっていて思わず買いそうに。いや買うかも。
深夜に豚汁定食を思いっきり食べたいなと。デザートは小倉アイスでね。

December 10, 2011

月蝕の夜に

Eclipse

所用あって帰路の途中、今日は皆既月蝕だったと思い出し、家に帰ってから手持ちのデジカメを空に向けてみた。
もとよりこんなカメラで撮れるはずもないと思いつつ、ズームをテレ側一杯にし、手振れ補正を強にして手持ちで撮ったのがこれ。なんとなく撮れてますね。しかし久しぶりに見たオリオンが綺麗な夜だった。

December 07, 2011

Daido Moriyama in Daily Motion


Daidō Moriyama 森山大道 投稿者 zwischenzug

これは「≒(ニア・イコール) 森山大道」(2001)かな。そういえば、神保町の小宮山書店に森山のポスターが随分前から出ていて気になっていたが、Histeric Glamourのものは45,000円もするのでとてもワーキングプアの小生には手が出ない。昼休みに店頭で拝むだけ。結構出てますね↓。
http://www.book-komiyama.co.jp/booklist.php?cat=1&category=68

December 05, 2011

『R-イリナ・イオネスコ写真集』

新装版 R---イリナ・イオネスコ写真集 (パン・エキゾチカ)

イリナ・イオネスコの写真集。娘のエヴァを被写体としたバロック、ゴシック調のポートレートで著名だが、作品のなかで三脚にカメラを構えるイリナ自身が鏡に映っている一枚があって、随分昔にそのカメラが何であるか、矯めつ眇めつしたが、ニコンFと判明して、途端にシルバーのFが欲しくなり、中古を買ったことがある。ブラックではなく、シルバーのエレガントさにたちまち影響されてしまったわけ。そんな話ばかり。

■月球技通信関連エントリ
Fのおもいで: 月球儀通信
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/07/post_2c12.html

December 04, 2011

そして船は行く

この間、朝の通勤電車で珍しく座っていたのだが、長い同じ座席の端に座っていた男性に、何やら若い女性が話しかけている。聞くともなく聞いていると、気分が悪いので席を替って貰えますか、と言っているのだった。男性は最初その意が呑み込めないようだったが、漸く理解して一瞬逡巡する素振りをみせたが席を譲った。
この一瞬の逡巡について考えたが、多分こういうことだろうと思う。つまり、気分が悪いのだから譲るのは当然としても、しかしもし自分ならば次の駅で降り、ホームのベンチで休むことを選択するだろうと。次の駅まで座らせてください、というのか、それとも替ったままなのか、そう本当に思ったのかどうかは分からないが、この辺りはかなり難しい。気分が悪いがどうしても遅れることができないこともあるだろうし、他人を退かしてまで時間に間に合わせるのならば次の駅で礼を言って降りるのが正解なのかも知れない。いや、降りるまでもないような具合だったらこれで良いのか、なかなかに難しい問題なのだった。思うに、譲ってもらう方も、譲る方もそれぞれ思いやりがあればそれで良いということだろうと思う。そう思いながら当事者でない自分は呑気に寝てしまったのでその後の結末は分からないが。それともいや、自分が替りますと手を挙げれば良かったのか。

* * *

ロモグラフィーから出ているLomoKinoが面白そう。35㎜、手回しの超アナログ動画撮影カメラだ。
http://japan.shop.lomography.com/lomokino

35mmのポジフィルムを手回しで撮影する仕組み。最も原始的な映画撮影の仕組みそのものだ。
ネガから紙焼きしてパラパラマンガのように見ても動くだろう。YOU TUBEやVIMEOに動画が上がっているのだが、ロモロモしてて(笑)結構いい感じだ。
しかしどうせなら8㎜の手回しでやってほしかった。35㎜フィルムの方が入手しやすいということもあるが、Lomoが8㎜カメラを出せばフィルムはあとからついてくるとも思うのだけれど。そんな簡単じゃないか。

以前学研から8mm映写機が出たが、その際にカメラも出すかどうかを検討中ということだった。それを心待ちにしているのだけれど、FUJICHROME R25Nは平成24年3月で販売終了、富士の調布での現像も平成25年9月終了とシングル8もあと少しの命で、もう企画が通らないだろう。KODAKはとうの昔に終了しているし。(まだ製造中とのことです。訂正いたします。)

それならそれなら、16㎜ではどうなのか。ロシア製のクラスノゴルスクで予算100万円ほどを酔狂して映画を撮ってみたい。iPhoneのカメラで8㎜エフェクトとかで妥協しそうではあるが。しかししかし、フィルムで何とかお願いしますよ(誰に??)。

フェリーニ「そして船は行く」(85年)の沈みゆく船のなかで、オペラ歌手の映像を手回しで映写するシーン、あれが小生の8㎜への憧憬の原点なのだが、如何せん目覚めたのが遅かった。そしてその憧憬のまま手つかずにずるずると、脳内エア8㎜を。刻々とハードルが高くなる。

* * *

上原隆の作品だったかで、ある若者が寺に修行にゆき、その師に自分の所為ではないことで罵倒され葛藤する話があった。その後、師の言うには、これから世の中に出れば理不尽なことはいくらでも起きる。そのための修行なのだと。
大雑把にはそんな話だったと思うが、確かに世の中は混沌として理不尽極まりない。それに押しつぶされることもあるだろう。しかしこの世はアプリオリにそういうものであると。しかし、しかし。その理不尽にただのた打ち回ることしか出来ないこともある。その苦しさをどう止揚するのか。ただ思うのは、ここから見えてくることもあるのだろうと。
(写真は皇居の木々)

December 01, 2011

樹液したたる

先日、余りにも繁った木々がご近所迷惑でもあるので、狭い庭ではあるが庭師を呼んで剪定してもらった。かなり前から依頼をしていたのだけれど、なかなか日程が合わず時期的には遅くなってしまった。庭の栗や柿のような落葉樹は当然のことながら葉が落ちる。それはそれで風情があるのだが、掃除も結構骨が折れる。

二人がかりの一日でようやくスッキリして、あたかも伸ばし放題だったボサボサの髪を五分刈りにしたような感じに。
その隣には、どこからか種が飛んできたのか、あるいは鳥のフンなどで運ばれてきたのか、植えた覚えのないヤツデの木がもう2mほどにも成長しているのだが、これも剪定してもらった。
ヤツデはあの大きな葉がそっくりそのまま落ちるので、まるで道に大きな手袋が落ちているようにも見えてぎょっとする。

翌朝、庭をみると不思議な粘液のようなものが大量に落ちていた。一体何だろうと首を捻ったが、それは透明なジュレのようなもので、一瞬、季節でもないのに蛙の卵かと思って周囲をみると、なんとそれはヤツデの茎から出ているのだった。写真はその切り口。

見た目なにか美味しそうな感じもするが、ネットで調べてみると、ヤツデは自らの傷を保護するために樹液を出すらしい。思わず写真を撮ったのだが、その量が半端でない。切り口の下にはおびただしい樹液がこぼれていた。

横から見るとこんな感じ。凄いでしょう。今は樹脂分がかなり堅くなっている。

庭ではないが、自分も神保町の美容室へ散髪に。さすがに五分刈りにはしなかったが(笑)。

« November 2011 | Main | January 2012 »

NAVIGATION

GALLERY


  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

Blog People

無料ブログはココログ

search


  • Google

thank you!