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9 posts from October 2011

October 30, 2011

Daido Moriyama / 「The World through My Eyes 」

Daido Moriyama: The World through My Eyes

1950年代から70年代の仕事200葉をまとめた写真集。編集はイタリアのキュレーターFillipo Maggia。
彼による森山のインタビューをvimeoで見つけた。

DAIDO MORIYAMA interview from ANDREA COSSU on Vimeo.


October 29, 2011

千鳥ヶ淵に浮かぶ蓮の葉

untitled, Tokyo

China関連のニュースで二歳の子供が車に何度も轢かれ、何人もの通行人が見て見ぬふりをするという衝撃的な映像がNHKのニュース9で先週放送されたが、その後、アナウンサーが「しかし、都会というのは時々寒々しい素顔を見せるものです。何も中国の事だけではないようです。」と締めくくったのに唖然としてしまった。

子供が交通事故に遭い、それも何度も続けて轢かれている状況を見て見ぬ振りをすることなど日本ではありえない。むしろそんな国は殆ど無い筈だ。それは社会構造や拠って立つ主義以前に人間の本能だろう。何故こういうことがこの国家では起こるのか、その異常性、特殊性をこそ報道するのがマスコミの仕事ではないのか。

こんな異常な事態をいかにも世界的普遍的な出来事のように「時々見せる都会の素顔」というNHK。気が狂っているとしか言いようのないコメントだ。これは既に暴言でさえある。

「何も中国の事だけではないようです。」とわざわざ言わせる力、このコメントに働く気味の悪い圧力とは一体何なのか。この不自然かつあからさまな誘導はNHKに限らないが、テレビを注意深く見ているとこれに類する妙な力学が随所にみられる。しかもこの気分は現政権の持つそれと似ている。日韓通貨スワップも新規の300億ドルはIMFが関与しないらしい。既にくれてやっているのと同じだ。これにどういう事前の議論がなされたというのか。これがあと二年もあるのかと思うと気が遠くなる。

* * *

星野之宣「宗像教授伝奇考」全6巻+特別版をある方から借りて現在通読中。頗る面白し。


(写真は千鳥ヶ淵。)

October 25, 2011

神保町から九段、さらに東洋文庫ミュージアム

untitled, Tokyo

少々用事があって神保町から九段へといつもの道を歩いたが、気温はそれほど高くはないのに汗だくになってしまった。今日もまだ湿度が異常に高いようだ。それから日比谷へ行き、皇居のお堀端を歩いていると、鯉が勢いよく水面を跳ね、その飛沫が道の行く先にまで落ちて意表を突かれた。その後は気温も下がってようやく涼しくなってきたが、これならクールビズも10月末まででもおかしくない気候になっている。そういえば最近は以前のように温暖化ということが言われなくなっているような気がする。そもそも温暖化の原因がCO2ではないという研究もあるようだ。しかし思いつきで出来もしない削減を約束するような気味の悪い政府の、その後も何の議論もない思いつきを次々と世界に垂れ流す様には本当に嫌気がさす今日この頃。

駒込の六義園そば、東洋文庫にミュージアムが開館したようだ。今度の休みにでもじっくりと見てみたいと思う。

- 財団法人 東洋文庫
http://www.toyo-bunko.or.jp/

(写真は九段会館のドア。)

October 20, 2011

いづこも同じ秋のゆふぐれ

詳らかには出来ないが、仕事柄いわゆる業界紙というのものを読む機会があって、そのなかでもある写真業界紙の編集後記をいつも楽しみにしている。勿論、本文の内容も速くて有用な情報に富んでいるのだが、どうしても先にこの編集後記から読んでしまう。どうもこの記者の方の嗜好や考え方が妙に自分に合っているということもあるかも知れない。

そのなかで、最近、記者が勧められてフェイスブックに登録した際の話が出ていて思わず笑ってしまった。曰く、登録時に氏名の入力の後、性別を登録する際に、男と登録した積りが、よく見ると実はそれは恋愛対象の欄だったことに後で気付き、慌てて女性に変更したが、恋愛対象が男性かと思うと今度は女性だったりと、その変更自体がまたあらぬ誤解を招かないかどうか余計に気になってしまう話、その後、知人の女性の名前を見つけ、友人として申請したあとで、実は彼女が同姓同名の別人だったことが分かり、知らない男からいきなり友人の申請をされてどれだけ気味悪く感じていることかと悩んだりしているのだが、その語り口がなかなか可笑しい。おじさんが新しいメディアに恐る恐る、なおかつ自嘲気味に挑戦する感じが身に詰まされる部分もある。

* * *
iPhone4SのSIMフリー版発売と。これに遅いが安価でかつ繋がり易い日本通信のb-mobileの組み合わせが正解だと思ったが、本体12万円と聞いてがっかり。既存キャリアの権益をそれほど守らなければならないのかと憤りを感じたりも。

* * *
神保町三省堂のモレスキンコーナーに展示されているバッグがなかなか良い感じで欲しくなった。
↓こんなのです。
http://www.moleskine.co.jp/Online-Shop/Traveling/messengerbag

* * *
今日もまたキッチン南海でカツカレーをつい。

October 18, 2011

Hans Bellmer ハンス・ベルメール人形写真集

新装版 ザ・ドール---ハンス・ベルメール人形写真集 (パン・エキゾチカ)

トレヴィルのハンス・ベルメール人形写真集。95年刊。2004年に新装版にて再刊。その後2011年に再度再刊。

October 16, 2011

週末の雨

嫌なことがあると、それを気にすることでさらに嫌なことを呼び寄せてしまうこともあるらしい。それをイメージすることで無意識に類似の事がらを捜してしまう働きがあるのかも知れない。というより、そんな気分のときにはそういうことばかりが目についてしまう、ということなのだろう。こういう時の気分の切り替えを如何にするかというのが課題だが、しかしそれはなかなか解決が容易ではない。
物理的な問題として解決の筋道が立てられるものは良い。それは単に段取りの問題だからだ。
しかし厄介なのは感情に影響するような事柄だ。これはどうしようもない。

どうしても向き合ってしまい頭から離れず、夜寝られずにデパスのお世話になることもある。しかし、道を歩いているうちに何故かふと解放される瞬間というのもある。まるで心のなかにスポットライトの当たるステージがあって、そこに居座っていた役者が、楽屋へと不意に引っ込んだという感じと言ったら良いか。しかしそれは無くなったわけではなく、時折ふと浮かび上がって来ることがある。

随分昔のことだが、ある人は、その事がらをカウボーイよろしく投げ縄に掛け、遠くに放り投げるイメージをすると言った。それが影響しないようにラップで包み鍵のかかる箱に入れておく、という人もいた。どうしようもない事がらはこうやって想像力を使って折り合いをつける人もいる。これは有効なテクニックなのかも知れないが、それでもいきなりは難しい。

その事柄をシンボル的に、つまり簡単な絵や言葉を紙に書き、その上に水を汲んだコップを置いて、その影響が水に移るとイメージしたのちに、流しに捨てるという話を聞いたこともある。それは穢いものや忌むべきものを見てしまったときに塩を振る所作と似ていなくもない。

何かで読んだのだが、左手は入力、右手は出力、左回りは入力、右回りは出力、というシンボルがあって、例えば電車のなかで周囲の影響を受けないようにしたいとき、周囲の話し声に気を取られて読書に集中出来ないなどの際には、左手を握って入力を閉じる、ということを聞いたこともある。結局、心のなかのスイッチの切り替えを自分なりに条件付けしておく、ということだろうと思う。そしてそれはイメージだけではなく、現実の行動と連動しているとよりイメージ化しやすいとも。

心のスイッチを条件付けしておくというのはなかなか面白い話だと思うが、しかしその事がらがそのままで止揚されるような心のありようという方がしっくり来る。しかしそれはすでに宗教的な境地なのかも知れないが。

などと思いつつ、すずらん通りの小諸そばでもり蕎麦を手繰ったり。
来週も週末は雨のようだ。しかし何故いつも週末ばかり雨なのか。

October 12, 2011

Polariod SX-70を拾う。

Ppolaroid

随分前のニコンEMに引き続いてある方から、もう十年以上も使ってないし今どきもう使わない訳だしもう旧ポラロイドも倒産したしもう捨てるけど拾う?とモウモウとまるで牛のような言い方で捨てるというので可哀想になり、拾うことにした。旧ポラロイドは経営破綻したが、ブランドは生きているし、フィルムもIMPOSSIBLE PROJECTなどで復活の動きもあるので、ある意味まだ現役のカメラと言える。実用という意味ではどうかとも思うが。

埃まみれではあったが、ちょっと磨くとそれほど汚くもない、わけでもなくかなり傷も入っているが、レンズも綺麗だし、蛇腹が不安ではあるが、まだ使えそうな気配もある。

試しにレンズを向けてシャッターを切ってみると、なんとまだフィルムが入っていて、ちゃんとオートフォーカスが作動した思うと勢いよくフィルムが吐き出された。驚いて取り落としそうになったが、一番驚いていたのは当の元オーナーだった。二人同時に「あぁ、ビックリした」とハモりながら画像の浮かび上がるのを待っていたが、やはり十年以上も経っていると現像液が劣化しているのだろうか、待てど暮らせど一向に像は出てこないのだった。
しかし、フィルムに仕込まれている電池が生きているのには驚いた。本体の電装もまだ使えるということだ。
細部の埃を落とし楽器用のメタルポリッシュで良く磨いてから、革を張替えたなら見違えるのではないかと思う。

しかしフィルムはまだ流通しているにしろワンショット何百円という贅沢はなかなかできそうにない。
とりあえずインテリアとして使えそうではあるが。

polaroid
何時間待っても(笑)出てこない画像。

October 11, 2011

読書メモ

untitled, Munich

最近読んだ本。プロセス指向心理学のアーノルド・ミンデル数冊、占星術師の松村潔数冊、立原透耶の怪談本数冊、ヴィパッサナ瞑想関連数冊、ヘミシンク関連数冊。工藤美代子の怪談本二冊、古神道関連書数冊、グルジェフ関連数冊。自分でもかなり偏った読書傾向と思うが、次から次への派生的選本は楽しい。仕事をしている場合じゃない。以前からの強迫観念の傾向もヴィパッサナ瞑想を自分なりに応用しているうちにかなり軽くなったと思う。そこから芋づる式にミンデルへ行き、グルジェフに行きという具合。怪談本は以前から自分には欠かせない息抜きだ。こういう本は適度な距離感を以てはまらないように気を付けながら読むのが良いかも知れない。この関連は加門七海が好みだ。既にあらかた読んでしまったが、しかし、著作の一冊の付録にある加門の日記を読んでいると、見える人の日常とは如何に常人からすると想像のつかない世界なのかと思う。本当かどうかなどと野暮なことは言ってはいけない。如何に非日常へと誘ってくれるかどうかだけが重要なのだ。

だんだんと秋らしくなってくる。

October 08, 2011

荒木、ニコン1、そして皇居の蜻蛉

荒木経惟 (ポケットフォト)

最近、休みは家から出ないことが多い。これは引き籠もりなのか、いや自分では物忌みといっているのだが、街に出ると精神的につらいということもある。自分でも良く分からないが、結局人いきれが嫌なのだ。できれば電車に乗りたくないし、雑踏に足を踏み入れたくない。一旦、そんななかに分け入ると体が汚れたような気さえする。朝、家を出る前にシャワーを浴びるのが習慣になっているが、仕事場に到着したところでもう一度浴びたい気分にもなる。しかし昼休みに続けている皇居の散歩はそれほど嫌でもない。というより、今の季節、非常に気持ちが良い。すがすがしい。お堀の際に佇んで、時折浮かんでくる鯉や亀、水面を気持ちよさそうに滑空する蜻蛉などを眺めていると、ふと永遠をすら感じることがある。少々大げさだが、こんな気分が心の澱から立ち現われるのは、浮世の縁が薄くなってきているからではないかと思うこともある。

そんななか、すずらん通りの南海でカレーを食べた後、書店の棚を眺めると今年の夏頃に刊行されたPhoto Pocheの日本語版であるポケットフォト「荒木経惟」(創元社)が目に入った。刊行された際にエントリをしようかとも思ったものの機会を逸していた。これは本家Photo Pocheの荒木から二冊目になる。しかし、創元版のデザインは色使いが斬新だけれどあまり好きではない。やはり本家のように黒で統一されていた方が良いと思う。

ニコンからミラーレス一眼のニコン1が発表されたらしい。しかしそのデザインはどうか。これから削り出す前のモックアップの原型のようなのは。何故、オリンパスが銀塩Fのデザインを継承したように、ニコンならばS3あたりをベースにしないのか。そういう層に市場があって、それが企業の持つ言わば「ユーザ資産」なのに。
どうも富士もこの分野に参入するらしい。さてどんなたたずまいなのか。

■月球儀通信 関連エントリ
創元社『ポケットフォト』シリーズ: 月球儀通信
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2010/07/post-a0c3.html
Photo Poche / ポケットサイズの写真叢書: 月球儀通信
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2004/12/photo_poche__.html

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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