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January 26, 2010

チョコと神社とささる本

何故か流されて国内外を問わず遠い街に住むことが最近多くなった。
今は日本の雪国。寒い外から早く家に帰って熱燗を、ということにはならず、放っておけば一年間全くアルコールを口にすることが無い小生の場合、熱いココアがその代わりだ。ちなみにチョコレートを食べながらブラックの珈琲を飲むのが好きなのだけれど、この場合、チョコをつまみと言って良いのだろうか。あるいは肴と言っても?肴はあぶったチョコでいい、という歌もある位だ(ないし)。その場合は明治か森永の板チョコがいい。

というか何の話なのか良く分からない訳だけれど、新しい土地に行く際には、それがしばらく逗留するような場合にはなおのこと、先ず土地の神社に挨拶に行くことにしている。挨拶といっても簡単に参拝するだけだ。しばらくここでご厄介になりますが宜しくお願いしますという具合に。そういうある種の手続きを踏むとなにか気持ちがすっきりする。

昨年滞在したドイツには神社こそなかったが、町の教会に行って同じことをした。教会や神社はその土地のいわば臍のようなもので、気持ちの問題ではあるが案外重要なことなのではないかと思う。意識するしないに関わらず、土地の人々の心に繋がっている場所というものに礼を尽くすというのは、その土地の人々の了解を得るということだとも思ったりする。

---

ついこの間、久しぶりに東京に戻り、書店である本を買おうと棚を探したが見つからなかったので店員に在庫の確認をお願いすると、
「済みません、残念ながら今切らしてますね。在庫は棚に差さっているだけなんですよ。」
という店員の返事だったが、そもそも本は棚に「差さって」いるものなのだろうか。まさか刺さってはいない訳だし(笑)、実際には差さっているのだろうけれど、かなりの違和感を覚えた。これは方言の一種なのだろうか。確かに本と本の間に差し挟まれてはいる。でも、例えば「済まないけど、その本、棚に差しといてくれる?」などとは言わない。やっぱりどこか地方の方言なのだろうか。

では棚に存在することをなんと表現するのか。それは「棚にあり」、「棚に出ている」のであり、「棚に置かれている」のだろうと思うがどうなんだろう。

こういうときは、「済みません、出てるだけなんですよ。」などというのが一番自然だと思う。

古書店で欲しい本の在庫を訊いてそれが無かったときに店主が「今度出たらよけときますよ。」などというのは何故か耳に心地良い。仕入れた本のなかから取り分けておくという感じだが、何となく嬉しくなる言い方だ。

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Comments

ご帰還おめでとうございます。土地の信仰に対して礼を尽くすというお話し、本当に仰せの通りですね…。何だか主旨違いかもしれませんが、突然民家に入り込んで晩飯をリポートするという事をやっている某落語家さんがいます。彼は民家に上がり込んだときに仏壇や神棚があれば、まず分かるように手を合わせるのだそうです。そうすると家人が心を緩めるのだと…(笑)

実は観光がメインだったりするので、それほど殊勝なことでもなくて恐縮です。それはともかく、さすがはヨネスケ師匠です。毒蝮とかヨネスケとかその辺はしっかり押さえてますね。以前、母親が忙しくて夕飯の支度を簡単に済ませたような時に、こんな日にヨネスケが来たらどうしよう、などと心配していたのを思い出しました(笑)。

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    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
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    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
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    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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