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December 13, 2009

終わる世界

東京の路線では最近毎日のように人身事故が発生している。この間などは御徒町で人身事故、ほぼ同時に五反田で人身事故、そこへ中央線の架線事故が重なって出勤が大幅に遅れてしまった。ひと頃、中央線は人身事故、有り体に言えば鉄道自殺のメッカと言われ、その人身事故に線路内立ち入りというよく分からない事故のジャンルを加えれば統計的にはさらに増加するのではないかと思う。年末、年度末の12月、3月は殊更多い。ほぼ毎日、線路に人が立ち入ったなどと繰り返していて、ダイヤの乱れと言えばまた中央線で自殺かと思ってしまうのだが、それが最近は他の路線でも増えているように感じる。考えてみればそれほど日常的な事象として人の生き死にが身近にあるのも驚くべきことなのかも知れないが、余りにも数が多いと何も感じなくなってしまうのかも知れない。こんなエントリは以前も書いたかも知れないがちょっと続けてみる。

何故、中央線で自殺が多いのかという話がまことしやかに語られるが、例えば軌道が直線でスピードが出ており容易に止まれないからとか、そもそも中央線は皇族が東京駅から多摩御陵に参拝するために敷設したものでいわばお墓参り用の路線だったからなどの都市伝説めいた話は小生が中学校の頃からあった。小生の中学校は某所の中央線沿いにあって毎朝踏切を渡って通学していたのだが、当時は線路間際まで家が建ち並んでいて、巾1mに満たない踏切が多くあった。勿論そんな小さな踏切には遮断機などある筈もない。家々の生け垣などで視界が悪く、自殺志願者でなくとも耳の遠いお年寄りなどが偶に事故に遭っていた。級友の家もそんな線路沿いに多くあって、今朝の事故でその遺体の一部が庭に転がっていたなどの噂話もよく聞いた。現実に見たわけではないし具体的にそんな目に遭った級友の家が存在したのかも知らないが、かなり説得力のある話ではあった。路線の軌道が直線という理由で自殺をする人がいるとも思えない。しかしひと頃これも名所として飛び降りが多発した高島平団地とも共通するのは、誰かの実例がある場所というものはそれに続く者の人間心理としてなにか安心するものが生まれるのだろうと思う。

嫌な話だとは思うがもう少し続けてみる。中学生の頃放課後に遊んだ線路際の公園で野球をしながら、一学年上の先輩が当時夕方放送されていた「ぎんざNOW」という番組(これは関根勤が当時ラビット関根として、また桜金造やハンダースが素人コメディアン道場というコーナーでデビューしたおそらく東京ローカルの中高生向け番組)に出るという話をこの公園で聞いて、そのコーナーとは片思いの人に告白するコーナーなのか、それとも下らないゲームなのかを野球を中断して話していたところへ、近所のおばさんが線路を指さしながら半狂乱で誰か助けてと公園に駆け込んで来て全員が戦慄した。線路に子供が立ち入ったのかと思ったからだ。おそらくまもなく電車が来るだろうことは誰しも容易に想像できた。しかし良く見ると線路の間にうずくまっているのは子供ではなく犬なのだった。

公園と線路は接しており、高いフェンスで仕切られているだけだ。だがそれをよじ登って、自らの危険を冒してまで犬を助ける者はいなかった。果たして電車がやってきたが線路の狭間に助けられて死なずに済んだ。その後すぐに誰か大人が犬を抱えて連れ戻した。変な話だが、こちらの騒ぎを見ながら飼い主のもとに戻ろうとせず線路にうずくまっていた犬、あれは自殺をしようととしていたのではないかといま思う。動物がそんなことを考えるのかは分からないが。

90年代には当時マスコミも賑わせた自殺サイト、「終わる世界」があって今でもそれを保存したミラーサイトが存在するが、これは自殺の日を決めて毎日の日記でカウントダウンしてゆくという衝撃的なもので、それが真実なのか単なる創作なのかが議論になったようだ。今ならそんなサイトを作ればすぐに通報され削除されてしまうだろう。当時はまだネットは混沌としていたしそれ以前のパソコン通信時代にもそんな書き込みはあっただろうと想像する。
http://web.archive.org/*/http://zedoc.itgo.com/
(Internet archiveでの保存ページ)

そんな話を思い出したのは、須原一秀著「自死という生き方」(双葉社新書、2008年)をこの間読んだからだ。

(つづく)

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Comments

息子がJR東日本勤務なんですよ。ほんとに人身事故、つまりは鉄道自殺には閉口するわけです。いろんな事情で死を選ぶその最期に社会に一矢報いるわけでしょうか。。運転士も駅員も同じ人間なんですよ。。わかってほしいな。。

変なエントリで恐縮です。
それは大変ですよね。首都圏のJRではホームに警備員を配置していますね。しかし鉄道を止めるというのは社会に一矢報いるためなんでしょうか。よく分かりませんが、感覚的には発作に近いものなのではないかと。
社会への復讐という冷静な思考が死の間際に果たして機能しているのかとも思えますが、実際どうなんでしょうね。

いや、「わかってほしいな」と書いたのは、飛び込みする人に対してのことばだったんです。こちらこそ失礼。。
たしかに発作的行動のようでもありますが。。。これは研究と調査に値する問題ではあると思いますね。

scripsistiさん、そのつもりで読んでいましたから大丈夫ですよ。どうぞご安心を:)
しかし個人的な問題に付き合わされるJRの人には本当に迷惑な話ですよね。突き詰めて言えば、人に迷惑を掛けない死に方というのは存在しないのでしょう。確かに社会への復讐的な意味合いや、自分の存在を衆人に知らしめたいという感情もあるのかも知れませんね。

こんなウェブサイトがあるんですねぇ。

回答する記者団:鉄道人身事故マップ
http://kishadan.com/jikomap/map.cgi?org=%EF%BC%AA%EF%BC%B2%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC&line=%E5%B1%B1%E6%89%8B%E7%B7%9A&loc=%E5%85%A8%E7%B7%9A

サイトを見ましたが、世の中には奇特な人がいるものですねぇ。

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