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17 posts from July 2009

July 26, 2009

西宮大策 / 『hi mi tsu ki chi ヒミツキチ』

hi mi tsu ki chi ヒミツキチ

西宮大策という作家の写真集。子供の頃、秘密基地と称して限られた仲間だけで作った秘密の場所、秘密というだけで何かときめいてうれしかった、そういう場所を当の子供にインタビューし三年を掛けてコレクションしたという。子供の頃、確かにこんな場所を作っては遊んだものだった。そもそもこういうものを作品として定着させることはありそうでなくフィールドワークとしても興味深い。余計な説明がなく淡々と撮っているのも作品としては正解だろう。なかなか面白い着想。

July 25, 2009

使い込まれた美しさ / 『CAMERA magazine 10』

CAMERA magazine(カメラマガジン)10 (エイムック 1747)

エイ出版の雑誌、カメラマガジン誌でフィルムカメラの特集として写真家の愛用カメラにクローズアップしているが、使い込んだカメラの質感が余りにも美しくてつい購入してしまった。この間も書いたのだけれど、カメラはやはり金属製で、しかも塗装が剥げて真鍮の地肌が現れた姿にはぐっと来てしまう。

さらにそういう状態で手入れが行き届いている風情が好ましい。単に無精で汚れているのではない。満身創痍のなかで一点の曇りもないレンズがあたかも汚泥に咲く清浄な蓮の花のように装着されていなければならない。(なにか違う気がするが)というか、単なる金属フェチと言った方が分かりやすいかも(笑)。

なかでも中藤毅彦のコンタックスG2がいい。塗装の剥げ具合が美し過ぎる。カメラはこういう風に使わなければ。

July 23, 2009

何もかも捨てて遠くへ

何もかも捨てて遠くへ行ってしまいたくなることがある。

そんな設問が心の健康度を測るというテストの項目にあって、間違えて思わずマルをしてしまい慌てて消した。これは仕事のストレス度を検査するテストとのことで、縁あって試しにやってみたのだったが、他にも、「朝、仕事に行きたくなくなる時がある。」などという分かり易いトラップのような設問があって、テストを受ける際には正直に答えるのが前提なのだろうが、仮に解答がイエスであったとしてもそれを選ばない常識というものを試されているのかも知れないとふと考えた。

しかし、仕事を休みたいなどは少しでも思ったことのない人というのも異常な気がする。たいていの人は誰しもそう思う瞬間というものが一度たりともあるのが普通ではないかと思うのだが、この試験はそれを前提に、ノーと答えた場合をこそ逆に異常と見做すのではないかとも勘繰ってしまった。

そんなことを考えてしまうと一歩も動けなくなるので、例えば「皆が私のことを噂している。」「いつも死にたいと考えている。」などという異常すぎる設問は別にして、そういうことは人間、誰しも多少はあるものではなかろうか、というスタンスで答えて行ったのだが、後日、郵送されてきた診断結果に、「あなたのストレス度は高です。仕事、プライベートともに現時点で深刻というほどではありませんが要注意です。悩みがあればカウンセラーに相談してください。電話 xxx-xxxx-xxxx。」というメッセージが(笑)。やっぱり素直に答えておけば良かったようではある。でもとりあえず電話番号は控えておこう(笑)。

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ばかうけ、というお煎餅があって、割と好きで良く食べているが、袋の裏を見るともなしに見ていると、ホームページの案内があった。そのドメインに思わずのけ反ってしまった。
ttp://www.baka.ne.jp
バカ、エヌイー、ジェイピー。馬鹿・・・。
これ、この間小生が取得しようとして取れずに歯噛みしたドメインじゃないかと(嘘)。bakaukeでも取れたのではと思ったが、ドメインは短いに越したことはないという鉄則に忠実で素晴らしい。

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昨日の日蝕は東京では曇天で見ることが出来なかったが、ネットから硫黄島で撮影された皆既日蝕の写真を拝借してPCの壁紙にしてみた。

July 21, 2009

百太郎、鬼形礼、そして三上博史

最近邦画の恐怖映画を良く観るが、その殆どは外れだ。しかしなかでも「ほの暗い水の底から」や黒沢清の作品などはよく出来ていると思う。この間観た映画「予言」(2004年94分)は当たりではないが、つのだじろうの「恐怖新聞」を原作にしていて懐かしくなった。ただ、原作からは未来を告げる新聞という着想を使っただけで話は全然別物だ。

つのだじろうといえば小生が小学校のときに連載されていた「うしろの百太郎」がいまでもトラウマになっているが、とても「泣くな、十円!」と同じ作者とは思えない恐さだった。同時につのだ☆ひろと兄弟というのも信じられないわけで、いつか揃ってテレビ出演した際の「兄弟ともオンリョウで飯を食ってます。」などという冗談まで覚えているわけだけれど、ユリ・ゲラーに端を発する超能力ブーム、その後続く心霊物の先駆けをなす漫画だったことには変わりない。

「恐怖新聞」は鬼形礼という少年へ毎日深夜に何物かによって配達される新聞に未来の惨事が載るというもので、大人になってひねくれてしまった今ならそんな新聞があれば何で株価欄を見ないのかとか余計なことを思ってしまうのだが、当時も子供ながらにつのだの描く女性は岸ユキにそっくりだなどと思いつつ読んでいた。

映画「予言」は原作とはかなり異なり、三上博史と酒井法子が夫婦の設定。一人娘をつれて遊びに行った帰りにトラックに当てられ娘を車に残したまま車は炎上してしまい、それをきっかけとして未来の事件が載った新聞が届くようになる。現実と虚構が入り組み、時間軸が交錯しつつ狂気へと突き進んで行く・・・。

劇中、鬼形礼は恐怖新聞を届けられ、未来を変えることで自身を破滅させてしまう老人の設定で山本圭が扮しており原作とは異なる。山本はこの手のホラーで必ずと言って良いほど出てくる邦画ホラーの常連。殆どが狂気を孕んだ心霊研究家の役回りで、またかと思わず顔がほころんでしまった。

草迷宮 [DVD]三上博史は最近映画での出演作を聞かないが、寺山修司「草迷宮」(1979年)が実質デビュー作だったと思う。小生は高校生の頃、公開初日に池袋の文芸坐(だったと思う)で舞台挨拶を見た。当時三上もまだ高校生だった筈だ。寺山映画を観たのはこれが最初だったが、家に帰ってから熱が出て翌日学校を休んだ記憶がある。寺山の洗礼を受けて出た知恵熱だったかも知れない(笑)。

July 20, 2009

横尾忠則編 / 『憂魂、高倉健』

憂魂、高倉健

1971年に刊行される予定だったものの結局刊行されなかった幻の写真集が先月復刊された。
これは復刊といって良いのか分からないが、遠藤努の撮影した映画スチール写真を中心に細江英公、立木義浩、森山大道、石黒健治などの作品、横尾による高倉健のインタビューを交えて構成された高倉健へのオマージュ。
丁度刊行された1971年は高倉健の人気絶頂期、着流しに長ドスがこれほど似合う役者はいない。
横尾の装丁がいかにも70年代していて嬉しくなる。少々高価だが当時の雰囲気を伺うには外せない。

July 19, 2009

荒木経惟 / 『トーキョー・アルキ』

荒木経惟トーキョー・アルキ (とんぼの本)

先月刊行された荒木の写真集、というより写真エッセイがというべきか、写真にコメントを付した荒木の東京散歩。
気負わず写された写真のなんと気持ちのよいことか。こういう写真はいい。子供たちの生き生きとした写真は「さっちん」(1965)を彷彿とさせる。

July 18, 2009

由宇、明宏、そしてにゃんこ先生

偶に割とあらたまった席上で何々です、と言うところを何々だす、と言ってしまうことがある。
別に自分は船場の商人でもないし細腕繁盛記(古い)とかそういう訳ではなく単なる言い間違いに過ぎない。で、そんなときは大抵、失笑を買う。我慢しきれず大笑いする人もいる。そんなときは「あ、だす、だって。あはは。」などとごまかしてしまうのだが、実はそういうときに心の中で「だす」の後にこっそり「にゃんこ先生。」と続けているのは誰も知らないだろう(知るか)。ちなみに小生のお茶碗に穴は空いていない。

今月号の美術手帖の特集が「伊勢」なのには驚いた。香椎由宇をモデルにした写真もあり。日頃、彼女は誰かに似ていると思っていたが、美輪明宏がまだ丸山明宏だった頃、長崎海星中学の学帽を被ったポートレイトにそっくりだということに気付いた。後にシスターボーイなどと言われるわけだが、しかし綺麗過ぎて怖い程。眼が似てるんですかね。(勝手にリンクして済みません。)

いやしかし、単なる埋め草エントリで恐縮だす。(にゃんこ先生)

July 16, 2009

ヰタ・マキニカリス(その4)

わがカメラ遍歴の続き。しかしこう書いていると次第に自分がどういう基準でカメラを選んできたのかということがよく分かって来る。カメラという限定された分野のなかで、入手したもの、し得なかったものを問わず、それが欲しいと思うときの基準は多分こうだ。つまり、まずメカニカル。電池駆動はなにか偽物という感じを拭えなかった。

例えばペンタックスLXはその大きさ、スペックの高さそしてデザインのどれを取ってもまさしく欲しいカメラの筆頭に上がるはずだったが、一点、電気式シャッターである点で候補から外れてしまうのだ。正確にはこのLXは高速部はメカニカル、低速部は電気式なのだが、それがまるで白いワイシャツにスパゲティが跳ねて付いた赤い染みのように感じてしまう。

あるいはミノルタCLE、これもかなり所有欲度数の高いカメラだが、電磁シャッターでアウトとなる。その点、ライツミノルタCLは合格で今でも機会があれば欲しいカメラの上位に入る機種だ。

次に金属製というのがある。強化プラスチックや樹脂類を部品に使って欲しくない。しかしそれは土台無理があるしそんなカメラはそうそうないのだが、例えばニコンNew FM2もマウントとミラーの隙間から垣間見えるシャッターユニットの白い樹脂製の歯車が気に入らなかった。なんで歯車がプラスチックなのかと。これは強度的不安などではなく、単に金属への偏愛、もしかすると不安神経症の一種かも知れない(わけない。)。

同じ金属製でもチタンより真鍮がいい。そもそもチタンボディは高くて買えないのだが、塗装が剥げて真鍮の地肌が少し見える風情には惹かれてしまう。知り合いに新品の軍艦部をヤスリで削った人がいたが、これはプラモデルでいうところのウェザリング、新品なのにヴィンテージ風に加工したジーンズのようなものか。ちょっと違うような気もするが。

話を元に戻すが、その後時を同じくして新宿西口にあったカメラのドイの中古コーナーでコダックシグネット35を買った。これは衝動買いだったが、この持ち重りのするユニークなデザインのカメラは、距離計の二重像部分が三角なのがお洒落でポップだった。レンズが極く薄く曇っていたためかほんわりした写りだったが、しかしそもそもこのカメラはフィルムを入れて写す機械というより、首から下げて歩くアクセサリーとして作られ、それが本来の存在意義なのではないかと勘違いさせるような小粋さだった。

その随分後に一時的に人気が出て中古価格が異常に高まったことがあったが、その時にはもう手元にはなかった。その名残はコニカビッグミニで写した一枚のポートレート写真のみ。勿論その被写体はシグネットという名の小娘なのだった。

(さらにつづく)

July 15, 2009

ヰタ・マキニカリス(その3)

これを書いているときりがないのだけれど、そういえばOM10を手に入れた頃に友人の一人がOM2Nにズイコー100mmF2を付けて肩にかけ歩く姿がなかなか恰好が良くて、特に中望遠の明るいレンズはズイコーらしくコンパクトでエレガントな感じが良かったのだけれど、これをOM10につけると何故か余り恰好が良くなくなるのが不思議だった。

OM2Nはダイレクト測光が特長で、露光中の光量変化もAEに反映するというのが売りだった。他のAE機は言わば過去の光を測光しており、露光中に光量が増加してもシャッタースピードは短くならない。正確にはシャッターを押した瞬間の光で露光時間を決定してしまっているのだった。その友人はいつも「やっぱり過去の光じゃぁダメなんだよね。」などとメーカの惹句そのままの台詞を吐いては空シャッターを切っていたが、そもそも彼がフィルムを入れているのを見たことがなかった。

OM1Nを買ったのはそれからしばらく経ってからだが、それを買うためにOM10が手元から離れた。その後、製造中止になるという話を聞くや1Nをもう一台買った。後にも先にもこれ以外に同じカメラを2台買ったことはない。
手に丁度良い大きさとメカニカルな緻密感、布幕フォーカルプレンの優しいシャッター音が気に入ってしまったからだ。

ただOMシリーズは余りプロには使われていなかったようで、カメラ雑誌の作品に付される使用機材にこの名が書かれているのをあまり見たことがなかった。それでも北井一夫やネイチャーフォトの作家などが使っていたようだが、どうもオリンパスはシリアスフォトというよりネイチャー、科学というイメージがある。

その頃、実はニコンにも浮気してNikon NewFM2の黒を手に入れ35mmF2と105mmF2.5の二本で新宿や中央線沿線を撮っていた。オリンパスの緻密感に比べると大柄でスカスカといった感じ、視野率も普及機のため低かったが、当時最速の1/4000秒縦走りメカニカルシャッターは晴れた日でも絞りの選択肢が増えて重宝した。何より実用一辺倒といったイメージのニコンの、そのなかでも最もシンプルで安価でもあるメカニカル機、フラッグシップ機にはない無骨な道具といった趣きのNewFM2は学生が持つのに相応しくかなり気に入っていたし、これで撮った写真が最も多かった。

(執拗につづく)

July 13, 2009

今日から、みたままつり

神保町からほど近い九段の靖國神社で今日から恒例のみたままつりが行われている。
今年は13日から16日まで。毎年、仕事帰りに寄っているが、夏の風物詩である提灯や懸雪洞に灯がともされるのをみていると心が和む。飲めないお酒をちょっと飲んでみたくもなる。自分がそういう気分になることがそのまま供養になっているとも思ったりする。

ヰタ・マキニカリス(その2)

わがカメラ遍歴の続き。お察しのとおりヰタ・マキニカリスは稲垣足穂から拝借。つまらない内容が続きますがしばらくご辛抱のほどを。

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アルバイトで買ったオリンパスOM10には早速マニュアルアダプターを買い、レンズはズイコー28mmF2.8、100-200mmF4、135mmF2.8を揃えたが、殆ど望遠系は使わず専ら28mmと50mmばかりを使っていて、結局鏡胴が異常に細長くて暗い100-200mmは母校のラグビー部の試合をTri-Xをパンドールで増感撮影した一回のみで売ってしまった。ボディとレンズは新宿西口にあったカメラのサクラヤで買ったが、サクラヤは担当者と懇意になると結構値引き交渉に応じてくれて指名買いをするようになったりした。

その後トキナーのズーム、28-85mmF3.5-5.6をOMマウントで買ったが、これがクセ者で絞っても四隅が流れとても使用に堪えないものだった。結局広角側でしか使用せず、ボディに比したアンバランスさとその重さに辟易してこれも売ってしまった。この辺りからズームに不信感を抱き、以降は単焦点しか買わなくなってしまった。

大学では何故かやはり写真部には入らずに美術系サークルへと入り、それまでの油に加え銅版画を始めた。神保町の文房堂で小さなプレス機を買い、銅板、寒冷紗、インク、スクレーパーやビュランなどを揃えて、エッチング、エングレーヴィング、アクアチント、メゾチントなどの技法を一通り試したが、このプロセスは写真技法と本質は同じと感じていた。といっても美術系の大学でもないし、他に誰も銅版をやる人がおらず、菅野陽「銅版画の技法」(美術出版社)を教科書にして我流でやっていたに過ぎない。

この頃、大学の学祭で今は亡き池田満寿夫の講演を聞いたのが印象に残っているが、その少し前にこれも美術出版社刊になる池田満寿夫「私の調書・私の技法」を読んでいたこともあって大教室の最前列に陣取って聞いた。少し遅れてやって来た池田は当時タレントとしてもメディアに露出していて華があったが、講演の最後にやおら懐からカメラを取り出すと、聴衆に向かって満遍なく写真を撮り出した。「僕は僕の講演を聞いた人達のなかから将来世に出る人が現れると信じているのでこうして証拠写真を撮っているんです。」

その後はとにかく中古カメラ屋に入り浸り、ロシアカメラから古いコンパクトまで、買っては売りの繰り返し。銀座の某店で買ったローライコードVbクセノター付きは友人のポートレイトを撮っただけで一週間後には別の店で買った値段よりかなり高く売れたこともあったが、これとプラウベルマキナ670以外は殆ど買い叩かれた。

マミヤRB67ProSを買ったときは、鎌倉にあったゼミの指導教授宅ヘ伺い、ポートレイトを撮ったことがある。これもゼミ生を二人連れて片方にはハロゲンランプを(ランプのスタンドがなかったので)、もう一人にはレフ板を持たせて1灯で撮影した。偉そうに教授にポーズをつけているうちにゼミ生の一人に「腕が痛いから早く撮影しろ。」などとぼやかれたりした。

このマミヤRBはフイルムバックが縦横90度回転できるという機構でRBはレボルヴィングの意。縦横を変えるとファインダスクリーンに撮影方向を示す棒が現れるというギミックで、なかなかよく写るカメラだった。中古になかなか出ないのは今も職業写真家に大事に使われているのだろうと思う。

(つづく)

July 12, 2009

ヰタ・マキニカリス(その1)

まだ時差が直らないのだけれど、昨日のエントリから思いついて自分のカメラ遍歴などを纏めてみようかと。

まずは小学生の頃に買ってもらったボルタ判のカメラ。この間エントリしたばかりだが、その機種が何だったのかが思い出せない。これでお小遣を貰ってはフィルムに換え随分と撮って遊んだものだった。写真の出来というよりも写したものが画像となって帰ってくることの不思議に夢中になっていたように思う。裏蓋の赤窓にはなにか秘密めいた神秘のようなものを子供心に感じていたが、その後中学生になり写真部に入部してモノクロ現像を始めたのは、この感覚を確かめたかったからかも知れない。

入部したときに先輩から月光V3号のキャビネ判を買ってくるよう指示されてお小遣で買ったのだが、今のように量販店もない時代、覚えていないが近所の写真屋で買ったのではないかと思う。50枚の紙箱入りだった。

現像液やタンクなどの暗室用品は学校にあって自由に使えた。ネオパンSSにミクロファインというのが部の定番で、家にあったコニカC35で友達同士撮りあっては現像した。現像タンクはプラスチック製のベルト式で、上手く巻けるまで何度も練習したのだが、ベルト式の宿命というのか、どうしても現像ムラが出てしまった。
印画紙現像はゲッコールで、仕上げはフェロタイプで乾燥した。水分のスクィーズを上手くやらないとフェロ板に密着せず光沢ムラが出てしまうのが難しかった。まだRCタイプの月光SPやフジブロWPが発売されていなかったのだ。暗室で赤いセーフライトが灯されるとドキドキした。そもそも理科室に暗幕を引く過程で既に胸が高まっていたが、理科室独特の薬品臭い部屋に氷酢酸の匂いが混じった暗室は殊さら秘儀めいていたように思う。

ある日、使い古しの定着液に十円玉を入れると銀が付着して綺麗な銀色にメッキされるのを発見して遊んでいるうちに、誰かが近所の駄菓子屋のおばあさんならこれを百円玉と間違えるに違いないと言い出し、じゃんけんで負けた友人が恐る恐る差し出すと、即座に「あれ、綺麗な十円玉だねぇ。」と敢なく撃沈されて皆で大笑いした覚えがある。

その後高校に進学してからは美術部に入部して写真からは遠ざかっていたが指導教師が彫塑専門だった為か毎日石膏デッサンばかりやっていた。主にアクリルと油を描いていたが、通っていた高校は大学の付属校で全員推薦だったこともあって世間では受験勉強の真っ最中なのに一体これでいいのか、というような気分は微塵も感じずにアルバイトばかりやっていた。高校三年の後期試験が終わった長い春休み(この高校は夏休みより春休みの方が長かった。)に測量助手のバイトをやって貰ったお金で初めて買ったカメラがオリンパスOM10ブラックだった。

このOM10は入門機ながらアダプターを装着するとマニュアル撮影が出来るという、当時競合機だったニコンEMを凌ぐ機能の、オリンパスらしいギミックのカメラだったが、それ以前に安かったのが大きい。レンズは50mmF1.8を買った。財布の関係でF1.4が買えなかったのだ。

(つづく)

July 11, 2009

森山大道 / 『森山大道 NORTHERN』、『北海道』

森山大道 NORTHERN
札幌宮の森美術館で開催中の「森山大道写真展 - 北海道<序章>」に併せて刊行された写真集。この展覧会は1978年北海道で撮影した作品を核に約2000点が展覧されている。会期は8月30日まで、以降北海道各地を巡回するとのことだが、この写真集には図版とインタビューを収録したDVDが付くというものでその割りには安価なので買いかも知れない。上記amazonのほか札幌宮の森美術館のサイトからも購入可能。札幌宮の森美術館制作、発行は株式会社図書新聞。

写真集「北海道」は644頁もある大部な写真集だが、こちらは1500部限定で価格は2万円と。現在amazonでは出ていないようだ。

旅先でオリンパス

しかし暑い。昨日成田で入国手続きを済ませ、リムジンバスに乗ろうと一歩外へ出るや口の中にもあ~っと湿気が侵入して思わず咳き込んでしまった。大体いつも放っておけば一年のうち一回もお酒を口にしないような人がラウンジで出発を待つ間には麦酒、ワインなどを飲んだりするものだから機内では爆睡し気がつくと喉がカラカラになってしまったりする。折しも入国時にはインフルエンザのカメラ検査を行っていたが、熱が出てはいないかと恐る恐る通過。現地の日本人学校では子供がこの新型インフルエンザに罹り学級閉鎖になっていて向こうでも決して収まっているわけではないのだが、現地のイミグレーションでは日本のようなチェックはまるでなかった。こういうときにこんなに騒ぐのは日本だけなどという話が必ず出るが、日本はその効果は別にしても逆に対応が進んでいるのだと認識すべきであって、それは日本製品の品質の高さ、対応の細やかさと相通じるものがある、いわば日本人の美徳と考えるべきだと思う。こういう対応が日本の品質の高さを支え経済発展を支えて来た訳で、その恩恵に預かりながら訳知り顔に海外ではこうだから日本はおかしいなどという話はいい加減に聞き飽きたしそれは多分間違っている。

現地で案内してくれた人が偶々カメラフリークと言うことが分かってお互い話が弾んだのだが、所有するカメラは銀塩、オールメカニカルにこだわるという小生と全く同じ嗜好の持ち主で、しかもオリンパスペンSとFTを大事に使っているというハーフ判マニアなのには驚いた。ペンはEEなども持っているらしく、まだセレンが動いて現役らしい。この人はオランダ人なのだが、ペンSはブラックに塗り直してオーバーホールも可能なサービスをやる店が日本にあると言ったら今度是非紹介してくれと本気で頼まれてしまった。そのペンの名を冠したデジタルが発売された話をしたがあまり興味がない様子だったのも小生と同じなのが可笑しかったが。今度日本に行く機会があればオリンパスミュージアムに行きたいと言っていたが、カメラフリークは洋の東西を問わず皆同じだと思った次第。

July 06, 2009

旅の途中

いまやっとヨーロッパのとある街のホテルでネット接続が出来て一息。
避暑どころか東京より暑いという矛盾。こんな筈じゃぁなかったのに、とトシちゃんではないけれどぼやきたくなったりして。

一昨日のエントリで日刊ココログガイドに当ブログが載るということだったが、今日アクセスしてみるとなんとこんな紹介文が。

熱い時代をもう一度 パワーあふれる文化の記憶
●月球儀通信
60~70年代のものを中心に、映画や写真、アートや活字など、カウンターカルチャーを神保町からたっぷり配信。今のサブカルとは濃度の違う、熱い時代の空気を感じることができます。

やっぱりカウンターカルチャーがテーマだったのかと逆に教えて頂いた気分。意識しないでもどうしても出てしまいますね。かなり保守的な考えを持っていると自分では思っているのだけれど、60、70年代を語るとどうしてもこういうジャンルになると思うし、本質はそうなのかも知れないと気付いた次第。
実際は6,70年代と同時代ではなく、遅れて来た若者(いまはオヤジ)と思って割り引いてお許しいただければと。

担当者様、ありがとうございました。

July 04, 2009

蒸し暑くなってきました

蒸し暑くなってきましたので、またしばらく海外逃亡致します。
例によってその間、出来たら出先からエントリするかも知れません。(といって殆どしたことありませんが。)

* * *

「日刊ココログ・ガイド」という@Niftyが日替わりでオススメのココログを紹介するサイトから連絡あり、7月6日に当ブログが紹介されるとのこと。出先でネットに接続できなければ確認できないが、特にテーマを絞っているわけではないこのとりとめのないブログを一体どんな風に紹介するというのか、余程ネタに困っているのではと担当者には同情を禁じ得ないが、そのブログ紹介文がどうなるのかに(少々歪んだ)興味が。なにせ書いている小生自身が纏められないというのに。

日刊ココログガイド@Nifty
http://guide.cocolog-nifty.com/

July 01, 2009

寂しさのつれづれに、その2

またまた最近観た映画のつづき。

Mr.ブルックス ~完璧なる殺人鬼~ (特別編) [DVD]
「Mr.ブルックス ~完璧なる殺人鬼~」。ケヴィン・コスナーが地位も名誉もありながら殺人依存症となって次々と殺人を犯して行く。主人公のダークサイドとしての人格にウィリアム・ハートが扮する。FBI捜査官にデミ・ムーア。これだけの俳優陣にしては小品という感を否めない。筋運びも少々冗長。三日経ったら忘れる典型的ハリウッド映画。2008年120分。

狗神 廉価(期間限定) [DVD]
「狗神」。坂東眞砂子原作を原田眞人が監督。四国の狗神筋の家系、坊之宮家を軸に、その血を受け継ぐ染織家と赴任してきた小学校教師が関係を持つ。そこから表面的には平穏だった村に亀裂が入り、最後には思いも掛けない地獄絵図に。狗神を祀る祖母の存在にどんでん返しも。この映画は心理学者にして四国の拝み屋である中村雅彦先生のサイトで、かなり忠実に狗神筋の雰囲気を再現していると評されていたので観たのだが、良くあるCGを使った展開にならないのが良い。それにしても四国の風景が美しい。個人的には天海祐希はあまり好きではないが、染織家として自立した女性のこの役にはただ綺麗な女優というだけではおそらく収まらない。ただ天海は余りにも都会的、合理的な感じで浮いてしまった。難しい配役だ。2001年105分。

memo [DVD]
「memo」。異色俳優、佐藤二朗の初監督・脚本作品。主演は「誰も知らない」の韓英恵。あれから随分成長したものだ。佐藤は「幼獣マメシバ」などで最近活躍の巾を広げているが、その自閉症的しゃべり方からどうでも良い細部にこだわった脚本などもう佐藤が全編溢れているといった感じ。韓の母親役に高岡早紀。佐藤をWikipediaで検索したら、その人物評に「中年ニート」という記述があってなるほど上手い表現だと思ったが、作品は自身の強迫神経症を題材にしたという。2008年106分。

悪夢探偵2 [DVD]
「悪夢探偵2」。塚本晋也監督、松田龍平主演。前作はhitomiを主役としたサイコサスペンスといった趣だったが今回はホラーに近い。塚本の最も得意とする自主制作風味の特撮というよりこれは正統的ホラーだ。その設定自体かなり小生の好みなのだが、久々にホラー映画で気に入った作品だった。ここでも虐められる高校生役に韓英恵が出演。二作目の今回は悪夢探偵の出自をテーマとしているが、その少年時代の夢魔の描写は悪夢かくありといった感じでツボにはまる。子供のころに良く感じた襖の向こうの暗い部屋のそこはかとない恐怖を思い出した。そうだ、こういう感覚がたしかにあった。2008年102分。

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

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    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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