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June 13, 2009

ボルタ判を捜す

時折、子供の頃に良く遊んだおもちゃとか昔買った筈の本などがふと頭に浮かんで、それが夜中であっても探し出さずにはいられないことがある。

この間も、小学生の頃に持っていたボルタ判のおもちゃカメラがあるはずと考えが浮かぶや、半ば脅迫観念のように押し入れや戸棚の奥を探したのだが結局見つからなかった。このカメラは名前も思い出せないのだけれど、小学生だった小生の首に掛かっている昔の記念写真を仔細にみればそれがどんな機種だったかが今でも分かるかもしれない。

放課後、学校近くの営業写真館でボルタ判のフィルムを一本買ったが帰りに水溜まりに落としてしまい、親に怒られながらもう一本分のお金を貰って買い直した思い出もある。

ボルタ判は裏紙の付いたおもちゃ用のフィルムだが、買ったのはモノクロだった。よく覚えていないがサクラパンだったかも知れない。裏紙にはちょうど120判と同じように駒数の印刷があり、カメラの裏蓋にある赤窓で確認する仕組みだった。裏紙があるため135判のようにパーフォレーションは空いていなかったと思うが、フォーマットはほぼ135と同じだった。カメラはセルフコッキングも付いておらず、うっかりすると多重露出になってしまうという原始的なものだった。

そんなものを捨てる筈がないし捨てた記憶もない。捨てていなければまだどこかにある筈だと思って深夜の家捜しになる。

同じようにねだって買ってもらったプレパラート付き顕微鏡セットとか、菓子缶にぎっしり詰まったメンコ(当時はパースと言っていた)など、どうしても捨てたという記憶がないものたちの行方が気になって頭を離れないことがある。

多分、物置きか父親の洋服箪笥の奥辺りに潜んでいるに違いないと思うのだけれど、いつもなかなかそこまで探せずに終わってしまう。
もしかしたら探し出さない方が良いのかも知れないとも思う。
ある筈とおもいつつ、記憶を暴かずにいるのが良いということもある。

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