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June 14, 2009

夢日記とずれる感覚

梅雨入りとなってから東京ではあまり雨が降らないのだけれど、昨日今日は日中かなり暑くてもうすぐ本格的な夏が近づいているようだ。以前に比べて四季の移ろいが性急になったというか、春秋の気持ちの良い時期が短くなっているような気がする。途端に夏となり、急に冬が来るという印象だ。季節の良い時期には空き時間を利用して皇居周辺をよく散歩しているのだが、その気持ちの良い期間が最近は体感的に短くなっている気がする。

* * *

数ヶ月前から付け始めた夢日記の影響かどうか分からないが、夢がここ何週間か非常に明瞭になっている。夢日記も最初の頃は起きて数分間の、それこそトイレに行くまでの間程しか記憶しておらず、その後は全く忘れてしまいどうしても思い出せないことが多くて日記にならなかったのだが、そのためしばらく枕元にメモを置いて記憶の断片を書き付けていたものの、それも段々と面倒になってきて続かなくなってしまっていた。しかしその後、紙のメモからデジタルレコーダーへ方法を変えて記録し、箇条書きのような文章にしているうちに次第に夢そのものの明瞭度が上がって来た感じがする。特にヴィジュアル的なリアリティが増してきたと言う感覚なのだ。しかもメモを取らなくても記憶に残るようになってきた。

夢に関連する話かどうか分からないが、随分前に体が肉体から抜け出だしかけた、少なくともそういう感覚になったことが二度ほどある。そもそも主観的なものでしかないし実際夢の一部なのかも知れないが、感覚的には夢とはまるで異なるものだった。

最初は仕事の研修で行った先の旅館で寝入りばなにいわゆる金縛りに遭い体が思うように動かずに何とか解放されたいと悪戦苦闘しているうちに、金属音に似た耳鳴りのような強烈な轟音が聞こえ始め、ふと上半身から滑り出てしまったことだ。完全に離れたというわけではなく、腰から上が持ち上がったところで部屋全体に白い霧のような存在がみえて、よく見るとその霧のなかに人の顔が数個浮かんでいるのが分かったのだが、かなり昔の、しかも実は良く知っている人々という感じがあった。非常な恐怖感に捕らわれて、このまま抜け出ないよう強く願ったところで元に戻ったのだが、その感覚は最初肉体からずれる感じから頭の上方斜め後ろ方向に持って行かれるようなものだった。いわゆる幽体離脱、というより体の実感を伴った意識のようなものが離れた、という表現が近いかも知れない。どなたか心理学の先生にでも説明を乞いたいものだ。

二回目は以前倍音関連でもエントリしたが、高野山で全山の僧侶、尼僧、学僧が集まって行われる法要(弘法大師の誕生会)に同座した際に、やはり頭の方からずれる感覚で出そうになったことだ。こう思い出してみると、最初に聞こえた轟音といい、読経の倍音といいどうも音に関連して起こっているような気もする。

この二回とももう十年以上前のことなのだが、夢と言うには余りにも明瞭で、いわゆる夢をみた、と言う感覚ではなく通常の覚醒時の体験という感じがそれとは異なっている。いややはり夢か幻覚のようなものなのだろうか。
そういえば、ついこの間も電車のなかで本を読んでいるうちに眠くなり瞼を閉じたのだが、何故か手元の本が読めることに気付き、混乱して瞼が閉じている感覚を確かめ直してなお周囲の光景が見えてしまうという経験をしたが、これは流石に寝ぼけていたのだろうとは思う。

いやしかし、変なエントリで恐縮ですが。

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    渡辺克巳

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    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


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    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

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    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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