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March 22, 2009

彼岸過ぎまで

大分長くなった髪を切ろうと美容室に予約を入れたが、もう5,6年も面倒をみてくれていた店の担当者が別の店に異動になっていてどうしようと取りあえず様子見。こんなちょっとしたことでも困ってしまうのだが、仕方なく別の店を物色中だ。一度話の種に十分千円の店に行ってみようかとも思うのだが、しかし十分でちゃんとやってくれるのだろうかと少々心配。それともこれを機会にいっそ肩まで伸ばしてみようかと。

* * *

昨日放送のNHK「日本の、これから」のテーマはテレビだった。さぞやメディアのモラルについて深く議論がなされると思っていたが全くの期待外れ。そもそもメディア側のテレビマンがバラエティの制作担当だけという、いかにも「用心した」人選となっているし、何故か電通、博報堂などの広告代理店が視聴者側に座っているのも不思議。
内容は全くなにもなくただテレビ製作者側の立場でいま現在のテレビのあり方を追認しただけという趣きで、ネットやアメリカでの新しいオンデマンド試聴への動きについても製作者側からは何も意見が出ないという酷さだった。例えばバンキシャやあるある大辞典での捏造、いわゆる騒音おばさん事件のメディアのあり方について試聴者側から折角の問いかけがあったにも拘わらず、驚くべきことに一切の沈黙と司会者による無視で答えるというとんだ茶番で、これこそ番組中取材ビデオで流したように若者のテレビ離れの原因と思わせる、別の意味でテレビ業界の問題があからさまになった番組ではあった。

そもそも、社会の公器たるメディアがスポンサーにより成立せざるを得ないことに根本的な矛盾があり、現在ほどその矛盾が露呈した時期も無いだろうと思う。

NHK副会長今井義典氏が図らずも番組の終わりに、メディアは視聴者の要求に応えることは大事だが、一方、視聴者の方向性を進んで提示し導くという使命もある、という意味の発言をしたが、これはそのまま聞くとかなり恐ろしい内容だ。ではその方向性が誤りであったり偏向したものだったときにどう検証し自浄してゆくのか、椿事件の教訓は一体どうなったのか、メディアリテラシーをネットその他で得られる現在、視聴者の質問に無視で答えるというこの現状には、旧態依然としたこの業界に明るい未来がないという結論をメディア自ら下しているようにしか見えない。

* * *

一週間ほど前に知らない女性の声でこんこんと墓参りに行けと諭される夢をみて不思議に思っていたが、そういえば昨日お彼岸だと気が付いて久しぶりに墓参した。考えてみればかれこれ二十年ぶりのことだ。これまでの非礼を詫びつつ今まで気付かずにいたもやもやが少しだけ晴れたような気がした。

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