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February 01, 2009

奈良原一高&松岡正剛 / 『写真の時間』(planetary books18)

昨日のエントリで森永純と松岡正剛の対談本、79年工作舎発行の「プラネタリーブックス4 写真論と写心論」について触れたが、もしやと書棚を整理してみると同じプラネタリーブックスシリーズ18、奈良原一高と松岡正剛の対談「写真の時間」が左の写真のような書棚のカオスから見つかった。81年の刊行だ。(しかし汚い書棚で恐縮至極ですが・・・。ちなみに後ろは目玉おやじと鬼太郎、その横に緋牡丹のお竜こと藤純子様のフライヤーが。)

このブックレットのコピーは「気韻生動にレンズを向ける/存在と精神のための遊学テキスト」、裏表紙には「未来光の飛翔を待ち受けるスーパーアーティストのために」だ。目次は

第一談 写真的覚醒の瞬間
第二談 宇宙的光沢の凝結
第三談 気韻生動と三世実有に潜む光景
第四談 光学的未来からの恩寵
第五談 全写像的なるものへ

となっている。この松岡正剛的ボキャブラリーを目次で見るだけでかの雑誌「遊」の雰囲気が伝わってくるが、カメラ・オブスキュラから小型カメラへ、銀塩粒子から宇宙に至るまでを自在に語る対談は刺激的で面白い。
そのなかで、ちょっとした話として奈良原一高は右目でファインダを覗くという話題が出てくるのだが、知られているように人には利き目というものがあって、例えば小生の場合は左目が利き目だ。

これは手に右利き、左利きがあるように個人によって異なるが、手が右利きだからといって利き目が右とは限らない。ちなみに小生は手が右利きで利き目は左だ。従って、ファインダを覗くときは左眼で覗く。これを右にしてしまうと甚だ気分が悪い。これを簡単に確かめるには、壁に点を打ち(例えば画鋲など)、この点を両目を開けたまま人差し指を伸ばして指で隠れて見えるようにする。そのまま片目を順につぶって点が指で隠れたまま見えない方の眼が利き目だ。これは人によって右脳左脳のどちらを使っているかということに関連するという研究もあるらしい。奈良原が右目ということは左脳的ということになるのだが、これは作風からも何か説得力があるような気もする。

話が随分飛んでいるようではあるがもう少々続けると、例えば一眼レフではファインダがボディの中心にあるためどちらが利き目でもカメラを構えると顔が隠れるのだが、これがライカのようなレンジファインダーだと利き目によって撮影スタイルがかなり異なってくる。ライカの場合、裏から見てボディの左端にファインダがあるため、右が利き目の場合は撮影者に向かって見た場合、顔の半分が被写体に露出する。その際、左目を明けてその場の状況を把握しながら撮影することが出来る。一方、小生のように左利き目の場合は顔がカメラでほぼ隠れ、右目を開けてもカメラの裏蓋しか見られないことになる。これは被写体からみた撮影者の印象も違ってくるものと思うし、対象へのアプローチも厳密には違ってくるのではないかと思うことがある。

ちなみに、ライカの取説に載っている説明写真でのモデルは右利き目で、左眼はしっかり開けて対象を見ているスタイルだ。しかし総数としてはどちらが多いのだろうか。

以前、手、足、眼、脳、耳のそれぞれの左右の「利き」を調べて、左右どちらかに偏ることなくそのバランスが取れていることが良いという話を聞いたことがある。どこで聞いたのかは覚えていないが、小生の場合、手=右、足=左、眼=左、脳=右、耳=左となんとなくバランスが取れているようないないような結果となる。ちなみに、足は体を前に倒して反射的に出る方の足、脳は左右の指を組んだ時に親指が上になる方、耳は電話をする際に当てて自然な方ということらしい。これは都市伝説に近いような根拠のない話かも知れないのだが、なかなか面白い話だとは思う。しかし今回も写真の話から思い切り脱線してしまったが。

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    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
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    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
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    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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