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15 posts from January 2009

January 31, 2009

森永純 / 波間の宇宙 ~ 写真展 / 『瞬~揺』

エプソンのギャラリー、新宿のエプサイトで森永純の写真展「瞬~揺」が2009年3月1日まで開催されている。森永純は水俣を取材した写真家ユージン・スミスの助手を経て、一貫して河や海の波をモチーフとした写真を発表し続けてきた作家だが、今回も同じようでいて一時も変幻を止めない波のテクスチャーを一瞬に凝結したコンセプチュアルな作品だ。波を画面に含めた情景ではなく、波や河の水面そのものを徹底的に凝視するという試みが79年発表の「河・累景」(邑元舎)から既に30年余を経て続いているというのは驚きだ。既に写真というよりコンセプトアートとも、またその汚泥やドブ河が見せるモノクロのグラデーションの美はプリントそのものの工芸品としての美しさともなっており、小生の所有したい写真集の常に上位を占めているのだが、この処女写真集「河・累景」にしたところで撮影からその発表までに実に17年を経過しているという。

79年に出版された「写真論と写心論」(planetary books4, 工作舎)は松岡正剛との非常に刺激的でスリリングな対談集だが、上の写真は発行の何年か後に書店で購入したものだ。ちなみにこのplanetary booksは松岡正剛責任編集の雑誌「遊」が発行したブックレットで、「思考の気楽、存在の余裕を求める聖なる凡人のための遊学テキスト。プラクリット(話し言葉)で展開する破天荒かつ真摯な「新・アカデメイア」」、「科学・言語・夢を包括して存在と光景の結晶化にむかう新しいイメージ学のための遊学テキスト」などと銘打たれた民俗学や科学を「遊学」的に編んだ対談集で、いかにも松岡らしい挑発とレトリックが嬉しいのだが、いまもしこのシリーズを古書店の棚に見つけたとしたら迷わず購入してしまうだろう。
この森永との対談は「河・累景」の刊行と銀座ニコンサロンでの個展の直前に行われている。

そのなかで森永は、「河原温に代表されるものの後に流行し始めたコンセプチュアル・アートなどは、単なるアイデアで終わっているものが多いですね。(中略)何か中心に据えたテーマをずっと押して行かないとすごいものにならないのではないか。(中略)作家とは、一つのメイン・テーマを繰り返すことしかやらないと思っています。」(同書p.49)と言っているが、まさしくその言葉通りに30年以上にわたり同じテーマを深め追求しつづけた作品を発表するということには素直に感動する。最近のいわゆるアートと呼ばれる「思いつき」の薄っぺらさは森永の前ではいかにも軽く見えてしまうほどにこの堆積した時間、その止むに止まれぬ創作の衝動に打たれる。

まだ写真展には行っていないが、会場がエプソンの運営するエプサイトであればインクジェットプリントである可能性もあり是非これも確認してみたい。

- 森永 純写真展「瞬~揺」
http://www.epson.jp/epsite/event/gallery1/09/0901.htm

January 20, 2009

怒りの香水

昨日、エントリをほとんど書き上げ投稿しようとして誤って全文を消してしまった。

最近は携帯端末で書いてメール送信するというスタイルでエントリしているのだけれど、BSキーを少しでも長く押してしまうと一文字だけでなく文章の全部が消えてしまう。その加減がどうにも難しい。いつも通りの、もう一度書くような内容でもないので諦めた。なにせ題名が「ドラゴン怒りの香水」というどうでもよいものだったから。内容は題名を見てご想像にお任せします。

といいながら、一応そのあらすじを書いておくと、最近家の門の前に犬のフンが放置されていて、というか正確には持ち帰っているのだがその跡に点々とそのなごりが残っていて不潔極まりない。しかもその点々が毎日増えている。昼間は仕事で不在だし一日中見張っている訳にもいかないので、貼紙でもしておこうかと思って、会議中にワードでこっそり「住民激怒。飼い主は地獄へ堕ちろ!」とか「監視カメラで録画中、セゴム」などと書いては消し、おかげで会議の内容がなんだったのかさっぱり分からなかったのだが、何が起きるか分からない昨今、逆恨みでもされても嫌なので、他の方法がないかネットで調べたら、犬の嫌いな匂いを撒いておくと効果があるという情報があって、どうも要らない香水を撒いておくと良いらしいことがわかった。敏感な御犬様の鼻が逆に仇になるってわけですかい旦那、と早速前に当座に買って余りの安っぽさに使っていなかった香水を道に振り撒いておいたのだが、深夜に寝巻姿で笑いながら香水を振り撒く鬼気迫る姿は、警官が見たら職質間違い無しの怪しさだったと自分でも思うが、少なくとも笑ってはおらず怒り顔だったとは思う。おかげでここ二、三日は点々の増加はない。木酢液という園芸用の液体が安くて効果的だそうだ。今度試してみよう。

とまあ、そういうエントリだったわけ。やっぱりどうでもよい話だったということで。

January 18, 2009

カシマシい

いま神保町で神田雪だるまフェアというイベントをやっていて、靖国通り沿いにいろいろな雪だるまが展示されているが、三省堂の向かいにあるのは鉄腕アトムだったりと、さまざまな趣向が凝らされていて面白い。東京ではまだ寒いといっても7、8度には上がるので、日中に溶けてしまわないかと心配だ。

最近気になっているのは東京というか日本は余りにもアナウンスがあふれていて、街のなにかのチェーン店ではそのテーマソングを一日中流しているし、JRでは改札で切符を忘れるなだの、エスカレータでは手摺りに捕まれだの、うるさいことこの上ない。この類のアナウンスは親切のようでいて実は事故の際の責任回避が目的だろうとは思うが、うるさいだけでそれを聞いている人などいないのにといつも思う。

なんでも欧米に見習えという積もりはさらさらないが、こういうアナウンスは日本だけなのではないかと思う。ただ小生の乏しい経験にも多少の例はあり、例えばロンドンのTUBEにホームと電車との隙間が多少広い部分のある駅があって、そこでは「Mind the gap, Mind the gap.」と延々とアナウンスが繰り返されていた。同行のドイツ人が眉をひそめて、「うるさいなぁ。そう思わない?」といっていたのだけれど、「日本じゃこの500倍はうるさいよ。」などと話したことがある。

勿論、目の不自由な方の為には有効な手段だと思うし、そのために必要なものは進めるべきだと思うが、それにしても過剰だと思う。こういう傾向は、野放図に貼り出された街の看板とか、公共の場所での温度設定、過剰に暑いとか寒いとか、など至る所に見られる。この感じは日本がソフィスティケートされているようでいながら実は少し引いて見るとそこにはアジア的カオス風味が色濃く存在しているのであって、あの映画「ブレードランナー」のカオスは実は近未来などではなく東京の現実そのものなのだ。よく欧米メディアが撮った東京のドキュメント映像などでもことさら強調されているように、彼らはこういうところに適度にエキゾチシズムを感じていることがよくわかるのだが、そうであれば中途半端にせずに、もっとカオスを強調したら返って面白いかもしれない。いや皮肉ではなくて。

January 17, 2009

肖像権のポスターと不時着とPC

新宿駅の地下道をふらふらと彷徨っていたら壁にズラッとタレントの写真が並んでいて思わず足を止めた。
調べてみるとこれは社団法人日本音楽事業者協会という団体が進めている肖像権啓蒙キャンペーンと呼ばれる活動の一環らしい。ネットでの無断使用やパブリシティ権の侵害は多分モグラ叩きに等しいのだろうとは思うが、これからはこういう権利関係をよく考えないと思わぬ竹篦返しを受けてしまうことにもなりかねないのかも。

↓「肖像権啓蒙キャンペーン」 日本音楽事業者協会
http://www.jame.or.jp/syozoken/

といいながらポスターの写真を撮ったが、これがまた肖像権の侵害になってしまうという罠に。
ボケボケにしか写らないチープなケータイカメラで良かった(泣)。

*  *  *

NYで旅客機が不時着したとの報が。NYという大都会で不時着するには川に降りるしかないのだろうとは思うが、乗客全員が生還したというのは奇跡のような話。国際線に良く乗る小生としてはこんなニュースは聞きたくないのだけれど、旅客機事故は何故か連続して起こるという話もあってしばらくは乗りたくない気分。確率としてはとてつもなく低いとはいうものの、考えてみればあんな重量物が空を飛ぶこと自体おかしいだろうと思ったり。連続するというのは単なるジンクスのようなものではなく、ニュースなどを観ていると実際にそういう傾向があると思うのだが、それは何故なのかと考えてみると、乗客が「この間落ちたばかりだけれど今回は大丈夫だろうか。」と思うその心が潜在意識に刷り込まれて現実化してしまうというという理屈ではないかと。今度乗るときには出来るだけ馬鹿馬鹿しいことを考えながら乗ろう(笑)。そんなわけないが。

*  *  *

最近、良くものを落としてしまうことが多くて、携帯とかボールペンとかその他もろもろがつい手からすべってしまうのだけれど、これは運動不足から来る反射神経の鈍化(笑)なのではないかと思っていたが、ある人から、それは脳内出血とか脳溢血の前駆症状なのではないかと言われて、そういえば最近、普通に平らなところを歩いていてもついつまづいてしまうこともあって恐ろしくなり、近所の藪医者に行って紹介状だけ書いて貰い、大学病院で検査をしてみようかと思っている。
で、その落としたものどものなかにノートパソコンが含まれていたのは痛かった。
あっと思ったがもう遅く、恐る恐る画面を見てみると液晶に絶望的な亀裂が入っていた。かなり古いものだし、もう買い換えようと思っていたので、まあこれでその決心がついたとも思うしかないが、その液晶を指で撫でているうちに画面の半分だけ見えるようになったので、当座にはそれでメールを書いたりしていた。しかし画面のもう半分には70年代のサイケデザインみたいな極彩色のおどろおどろしい模様が渦巻いていて見ていると気持ちが悪くなって来るのでやはり今日辺り秋葉原にでも行って来ようかと。

January 14, 2009

トイカメラのシミュレーション

IT mediaの記事にiPhoneのガジェットとして、撮影した写真をトイカメラ風にアレンジするアプリケーションが紹介されていた。ガンマや彩度を不自然に上げてフォーカスを甘くし、四隅を暗く落としていかにもLOMO風に仕上がっている作例を見て、いろいろと遊べそうで面白いと思った。ちなみにLOMOではこの四隅の暗く落ちた現象を「トンネル効果」と呼んでいるようだけれど、チープなレンズの単なる周辺光量低下をポジティブに捉えるとこうなるのだろうか。でもこれがあると何かノスタルジックな雰囲気になるから不思議だ。

ちなみに、このソフトは有料らしい。小生はiPhone使いではないが、近くにいるオーナーに聞くとこういうガジェットを入れて遊んでいるうちにかなりお金を遣ってしまうらしい。小生の使っているWillcom 03はWindows Mobileなのでそんな小洒落たアプリなどないし(あるかもしれないが知らない。)、有料ソフトやシェアウェアもあることはあるが、ほとんどフリーで充分に遊べる。
それ以前に内蔵カメラがトイカメラレベルなのでこんなフィルタを掛ける必要がそもそもない。それはそれで悲しいものがあるが。(昨日のエントリの写真がそうです。)

↓IT mediaの記事
http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0901/14/news014.html

January 13, 2009

ゴスロリとシャマラン「ハプニング」

この間、夕方頃に有楽町の東京国際フォーラムの中庭を歩いていたら、コンサート待ちだろうか、かなりの数の若い女性が開演を待っていたが、よく見ると皆ゴスロリ風の出で立ちで、一体アーティストは誰だろうと思いながらタコ部屋と小生がひそかに呼んでいる薄暗いデスクに帰った。ちなみにこのタコ部屋は時折タコ壺とか、神保町マリンパークとか呼ばれたりもする(嘘)のだが、そのなかにいる小生も、もしかしたら水槽に浮かぶ深海魚の一種なのかも知れないと錯覚する夜もあったりする。仕事に取り掛かるでもなく同僚に先程の話をしたのだけれど、皆「ところでゴスロリって何。」と意味が分からず、「つまりゴシックロリータの略でね、」などと説明するほどに、何だか小生が変態のような雰囲気まで醸されてきてしまい、「違うんですよ、そういうファッションの一ジャンルなのっ。」と要らぬ釈明までする始末。あぁ、これだからジジイは嫌だ。そもそもこんな得体の知れない深海魚どもにゴスロリなんて言うんじゃなかったと反省。やだやだ。(そういうお前がヤだ。)

昨日、シャマラン監督のハプニングを借りて観たが、シャマランってここまでスプラッタだったっけ、と思うほどに映像としてトラウマになるようなシーンも。
どんでん返しも何故かなく、ヒッチコックみたいに自分も出演せず、後味すっきりしない感あり。しかし映像的レトリックとしては流石にかなりの巧者でぐいぐいと。

写真は三省堂でもらった白川静「字解」の豆本、ではなくメモ帳。平凡社の販促品です。まだ残りがあるかも。

January 12, 2009

『写真屋・寺山修司』

写真屋・寺山修司―摩訶不思議なファインダー

寺山自身による寺山映画のスチール写真集。
寺山修司没後25周年、フイルムアート社創立40周年記念刊行だそう。

January 10, 2009

いましろたかし / 『デメキング』映画化

デメキング 完結版

自称「いましろ原理主義者」の小生でも少々驚いたのだが、「デメキング」が映画化されるらしい。
しかも原作だけでなく脚本もいましろが手掛けているようだ。
主演の蜂屋役に芸人のなだぎ武、姉役に本上まなみ、ほかガッツ石松など。監督は寺内康太郎、2009年3月の封切りと。しかし、いましろ作品が映画化されるなんて自分のなかではかなりのニュースだが、あの独特の間が映画でどう生かされているのだろうか。DVD化されたら借りてみようかと。

■関連サイト
- デメキング DEMEKING OFFICIAL SITE
http://www.demeking-movie.com/


■関連エントリ
- 月球儀通信 : いましろたかし / 『デメキング 完結版』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/07/post_cbfe.html
- 月球儀通信 : 『いましろたかし』 / いつまでも不発な日常
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/01/___a86a.html
- 月球儀通信 : いましろたかし / 『盆堀さん』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/10/post_a019.html


January 08, 2009

TASCHEN 『The Polaroid Book』

The Polaroid Book: Selections From The Polaroid Collections Of Photography (Taschen's 25th Anniversary Special Editions)

著名な写真家の作品を収蔵するポラロイドコレクションを収録。昨年2008年4月の刊行だが、当の米国ポラロイド社は昨年末に米連邦破産法申請と。本書はTaschen's 25th Anniversary Special Editions。ハードカバー。

January 07, 2009

森山大道写真展 / 『銀座/DIGITAL』

小生がGoogle Alertで設定しているキーワードの一つ、「森山大道」に引っかかるニュースがここ最近増加していて都度携帯にメール転送されてくるのだが、そのなかでも2009年1月7日、本日より写真展「銀座/DIGITAL」が銀座八丁目のフォトギャラリー「RING CUBE」で開催される模様。会期は2月1日迄と。
銀座をデジタルで撮り下ろした作品ということだが、同ギャラリーならばデジカメとはリコーGR DIGITAL IIなのだろう。
しかし、サイトの説明にある「初のデジタルカメラでの撮り下ろし」(RING CUBE)とか、「初めてデジタルカメラで「銀座」を撮り下ろした作品」(銀座経済新聞)というのは、その「初の」がどの語に掛かるのかが曖昧でよく分からない。デジタルカメラによる作品が初なのか、撮り下ろし作品としては初なのか、銀座を撮るのが初なのか。
森山氏は随分前からGR DIGITALを使っているというのをどこかで聞いた覚えがあるのだがどうなのだろう。
しかし、このRING CUBEは昨年のギャラリー開設から森山作品ばかり扱っているような気がするのだが。

January 05, 2009

小銭がない

といっても大金もあるはずがないのだけれど、年末の宝くじも敢なく外れて仕方なく今年も仕事を続けなければならなくなった。一等プラス前後賞が当たり晴れて完全にフリーとなって豪華客船で世界一周をする予定だったのに。

冗談は冗談なりに一応船会社のサイトを見てみると、300日ほどもかかる世界一周の旅というのがあって、その値段はなんと1100万円ほどだった。これは一人分の値段だ。こんなツアーをする人が世の中にいるというのが信じられないが、ツアーが存在する以上実際に居るのだろう。そんな旅に出るような人はお金も暇もあって、しかも世の中の生活に倦んでいるような人たちなのだろうか。しかしその行程の大半は海の上だろうから、飽きさせないように毎日イベントが用意されていて、今日はダンス、明日はコンサートなどというスケジュールに違いない。その旅の途中に寄る港では観光なども行われるのだろうか。試しに仕事場へ「明日から船で旅に出ます。年末には戻ります。」などと電話を掛けてみたい気もするが、もう来なくてよいと喜ばれるのがオチかも。しかし豪華客船などというとクリスティのミステリを連想してしまう。密室殺人とかが起こりそうなイメージだ。そしてそこにはポアロが同乗している・・・。

題名の小銭がないというのは、いつも使っていた小銭入れが無くなってしまい、自販機で飲み物を買おうとして困ったという話なのだけれど、その小銭入れは100円ショップで買った何の動物のものか分からない、得体の知れない革製で、穴が開いてしまっていた。ふと気がついて、鞄の中をまさぐってみたら案の定、その穴からこぼれた100円やら十円玉やらの硬貨が何枚も出てきて無事缶珈琲が買えて異常なほど嬉しかったという話。スケールに格差がありすぎだが、100円の小銭入れを穴が開いてまで使うなという話でした。

January 03, 2009

銭ゲバとゲバゲバ90分

ココログのサイドバーにある人気記事ランキングでここ数日、以前書いた銭ゲバの記事の順位が上がってきたのに気付き、一体何故なのだろうと思ったが、どうもこの一月からテレビドラマとして放映されるらしいことを知った。銭ゲバ 上 (1) (幻冬舎文庫 し 20-4)日本テレビ系でオンエアされるらしいが、主演の蒲郡風太郎のキャスティングに松山ケンイチだそうだ。70年の映画版では唐十郎が主演だったが、松山は原作の風貌とかなり違うイメージだ。
この70年の映画はまだDVD化されておらず、ビデオもなかなか見つからない(少なくとも新宿TSUTAYAには無かった。)テレビ放映は正直どうでも良いが、これをきっかけとして唐主演のDVD化がされれば有り難い。

これに関連してYahoo知恵袋に「銭ゲバってどういう意味ですか」という質問を発見した。この知恵袋にはある意図を以てなされた自作自演的な質問があったりしてなかなか面白いのだけれど、その回答に、「(ゲバという語は)ジョージ秋山の同名の漫画以来,用いられるようになった」という書き込みがあった。しかしこれは全くの間違いで、既にゲバ、つまりゲバルト(Gewalt)の用語は学生運動で普通に使われていて、一般用語としても人口に膾炙されていた。それが社会背景的に作品の題名に使用されただけの話なのだ。そもそも銭ゲバは70年の作品だから、ここからゲバルトの語が使われ始めた訳がない。学生運動の初期からその思想的意味付けとして使用されていたし、60年代中頃には総括と称した内ゲバ、つまり内部闘争が頻発し、。処女ゲバゲバ [DVD]72年のあさま山荘事件でその内ゲバ、内部分裂は極に達してその後極左運動は次第に衰退して行ったわけだが、この題名にはそういう時代背景があったということに過ぎない。ちなみに若松孝二の「処女ゲバゲバ」は69年の制作だ。

話は変わるが、69年から放映された「巨泉、前武のゲバゲバ90分」は当時斬新すぎる番組だったが、巨泉は当時を時めく大橋巨泉、前武は前田武彦で、オヒョイこと藤村俊二や常田富士男、小松方正、松岡きっこ、吉田日出子らがナンセンス極まりないショートコントを脈絡なく続けるというもので、そのコントの間にアカンベをしながら「ゲバゲバ・ピー」という音が入るアニメーションが区切りとして挟まれるという構成だった。このゲバゲバはまさしくテレビ界を挑発するかのごときコントのゲバルトという意味なのか、おそらくそういう意図で名付けられたものと個人的には思うが、最後のピーと言う音は警官の吹く警笛を揶揄していたのではなかったかと今になって思う。これも単に思いつきだけれど。しかしこの番組は大人向けで当時小生のような子供にはあまり良く分からなかった。

しかし、60年、70年辺りの作品が最近よくリメイクされたり、漫画が原作のドラマばかり放映されるというのはどうも優れたシナリオ作家の枯渇を意味しているのではないかと思わないでもないが、ジョージ秋山作品がテレビドラマになるのは渡哲也主演の「浮浪雲」以来ではないだろうか。

January 02, 2009

久しぶりにTABイベントを更新してみた

長い間放っておいたままだったサイドバーのTAB、東京アートビートのイベント表示を久しぶりに更新してみた。
新宿ゴールデン街で常設のJim O'Connellの作品展もマークしておいたが、もしやと思い久しぶりに氏のサイトに行ってみるとまた復活していた。この作品展は2006年のものだが、最近の仕事も是非観てみたい。

森山大道関係では都の現代美術館で開催中の「森山大道 + ミゲル・リオ=ブランコ 「共鳴する静かな眼差し」」展と、ラットホールギャラリーで開催中の「HOKKAIDO」が、ほか、川田喜久治、柴田敏雄などの作品展もあり、今年は仕事はほどほどにしておいて時間を作り出来るだけ作品展巡りをしたいと思う。もしなにか良い作品の情報ありましたら写真に限らずお知らせ下さると有り難くお願いいたします。

去年の年末はしばらく欧州に行っていたため気付かなかったが、昨年末に発売された美術手帖の2009年1月号で「アートブック 松井冬子をつくった13冊」が特集されていた。表紙はなんと男装の松井で少々吃驚。作品が好きなだけに乗せられてメディアに消費されないよう祈るのみ。

美術手帖 2009年 01月号 [雑誌]

January 01, 2009

大学ノートの裏表紙にごめんごめんとかいたの

年末の暇に任せてYOU TUBEを逍遙していたら古井戸のこれまた懐かしい「さなえちゃん」のライブ音源が上がっていて再び狂喜。昨今、狂喜しまくりでかたじけない限りだが、しかしYOU TUBEってすごいね(完全にじじい)。古井戸はこの「さなえちゃん」と「ポスターカラー」位しか知らなかったが、改めて聴いてみると圧倒的。今年は古井戸で年が明けた訳。明日にでもCDを買ってしまいそう。

この音源はライブでおそらく75年頃だろうか。さなえちゃんに続いて会場に名前をリクエストさせておきながらアドリブでケメ、仲井戸、ボク(神奈崎)と続けて楽しませてくれるが、大学ノートの3ページにケメくんを描いたの/一日中かかって一生懸命描いたのでも/あんまりかわいいから憎らしいから消したの/と歌うからにはこれはもしかしたらエレック関係のコンサートでケメもその場にいたのではないかと推測。
- http://jp.youtube.com/watch?v=twaP146HKto

ちなみに「ポスターカラー」は鳥肌もの(鳥肌中将ではない)です。必聴。
- http://jp.youtube.com/watch?v=y1i5sMiDrww

しばらくエレック関係を漁ってから、NSPの曲も見つけた。もう何でもありなYOU TUBEだが、小生、中学生のときにクラス対抗合唱というのがあって、課題曲1曲とクラスで自由に決められる自由曲があった訳だが、この自由曲に何故かNSPの「あなたこっちを振り向いて」を歌った思い出があって、そもそもこの曲はコーラスでは歌いづらい曲なのにコアなNSPファンが強硬に主張して小生らは単に付和雷同して多数決したのだった。「NSPって何の略だか知ってる?New Sadistic Pinkなんだぜ。」「でもなんであんなにメメしいバンドにそんな名前なんだよ。全然合わないよね、曲に。」「でもこの曲は明るいんだよ!」「でも、ごめんごめんとかなんか変だよね、NSPって!」などとそのファンの某君と口喧嘩(笑)したことまで思い出した。実は小生も姉の影響もあって暗くてメメしい曲が好きだったが、そんな小生でもNSPはどうも好きになれなかった。しかしこんなことを言ってしまって悪かったと思う。お詫びに大学ノートの裏表紙にごめんごめんと書いておきたい位。当時、他の同級生はアリスなどが好きだったが、内心小生は自分が子供の癖にあんなバンドは子供っぽくて付いていけないと馬鹿にしていたのであった。当時はウジウジしたメメしい曲が深いと思っていた(今もか)。例えばグレープとかクラフトとか(笑)。ちなみにNSPの天野滋はもう随分前に亡くなっているのをいま知った。
- http://jp.youtube.com/watch?v=kx1wgTUgnDI
NSPらしくない明るい曲なんだけれど、「いじわるするんじゃ」辺りでNSPらしい転調が。

ちなみ続きに、クラフト「さよならコンサート」
- http://jp.youtube.com/watch?v=_6H_Jj8O1_g
クラフトはグレープの弟分のようなグループで、この曲もさらまわし、いやさだまさしの作詞作曲。(このさらまわしはさだが自分のことをラジオでよくこう言っていたのだが、最近のさだを見るにつけ、時の無常を感じるばかり。失礼。)

(しかしこんなに貼り付けて良いんでしょうかね。問題あればご指摘下さい。)

謹賀新年 〜 平成二十一年 元旦


  新年明けましておめでとうございます。
  本年もどうか宜しくお願い申し上げます。

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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