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September 19, 2008

生存確認


Lausanne, Switzerland

変な話で恐縮ですが。随分前に知り合いのまた知り合いという人が亡くなった。その亡くなり方というのは酔って風呂に入り、そのまま寝入って溺死というものだった。非常に気の毒だが、酔っていると体の反射が鈍るためか、どうもこのような事故は世間でかなり起こっているらしい。さらに気の毒なのはこの亡くなった方が単身赴任だったことだ。奥さんが一週間ほど連絡がないことを不審に思い会社に問い合わせた。同僚が家を訪ねて初めてこの事故に気付いたというのが事の次第と。一週間も連絡がなければ会社も気付きそうなものではあるが、とにかくそうなってしまったらしい。

最近、孤独死が増えているらしい。大方は配偶者が亡くなって一人住まいの高齢者が増えているためということだが、さしずめ、シングルの小生もいつかはこういう死に方をするのだろうと思う。先の事件のような話を聞くと、いつなにがあっても良いように普段から身辺整理をしておく必要があると漠然と思うことはある。しかし大体そのときふと思うだけで実行は出来ていない。可能性の問題として何かあるということは充分に考えられるのだが、多分心の底で縁起でもないと考えている自分がいるからだろう。死を思い浮かべながら具体的な行動を起こすというのはそれなりに勇気がいるものだ。それにまだそんなことを考えなければならないほどの歳でもない。しかしいつ何時そのときが来るかは分からないし、それはことによると明日なのかも知れない。自分にとっては随分先の話ではあるがそんな不安から老後は施設への入所を希望する人も多いのだろうと思うものの、正直小生の場合そんなところに入るくらいなら自分で始末をつけた方が幸せだとも思わないでもない。

で、話は長くなるが、こんなことを考えるうちに生存確認のためのブログがあっても良いと思った。生存確認とは大げさだが元気でやっていることを誰かに伝えることを目的としたものなのだが、ことによるとそういう使い方をしている人が既にいるかも知れない。家族があって遠隔地に住んでいるなどであれば電話でもすれば良い訳だが、例えば小生の場合、用事もないのに姉の家庭に頻繁に電話をするのは少々気が退ける。しかしブログを伝えて置くことで近況が分かるし、もし一朝事あった時にはそれが死後でも人に気付かれる可能性があるだけで気分がまるで違うというものだ。そういうブログ上の互助組織があっても良いかも知れない。

しかし、考えてみれば小生のようにエントリをサボっているようでは機能しませんね。それにそもそもこんなブログを知られるのも恥ずかしいと気付いた次第。

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Comments

以前、「ブログ葬」のことを書いておられたことを思い出しました。あのときもazusayumiさんの独特の視点に打たれたのですが、今回も.....。
私の場合、気がかりなのは実家で暮らしている両親のことです。戸数10件に満たない集落で、祖父母の代から代替わりがすると、同じ土地であるにもかかわらず、近隣のコミュニケーションがほとんど不在になっています。それもこれも、我々壮年の子ども世代が他所に居住し、それまで農業が繫いでいた地域の紐帯が、完全に欠落しているという理由.....。
気が付けば、1週間以上も、実家に電話を入れることなく過ごしていることがあります。気にかけてくれる親戚も、近くには有りません。
「どのみち、死ぬときは独り」と判っていても、どこかしら釈然としないものがあります。「死んだあとのことまで知るか。」とは父の台詞ですが.....。
もちろん、老親の問題ばかりではなく、私自身の「死」の問題でもあります.....。40になり、「死」というものを避けがたく実感するにつれ、おっしゃることがとても身近に感じられます。「互助組織」、もしかすると、いまもっとも求められる何かかも知れませんね。

こんにちは。そういえば前も同じようなエントリをしていていましたね。なにかそんな気もしたんですが、すっかり忘れておりました。離れたところに高齢のご家族がお住まいなのは心配ですね。昨日、ちょうどテレビでやっていたのですが、電気ポットや冷蔵庫などの生活家電で、その使用状況を遠隔地の家族にメールで連絡してくれる製品があるとか。突然使用しなくなった場合にはなにか異常があったことがわかる仕組みらしいです。メーカもいろいろと考えているものだと感心しました。民生委員という地域の制度もあるらしいですね。ブログの活用もさることながら、実生活での近所付き合いや互助が大切と思いました。しかし最近は近隣との関係が没交渉となっていますし、なかなかそうも行かないところが難しいです。私のような30、40代の独身者などはさしずめエアポケットのような感じでしょうか。私の周りでも何人かの知り合いが亡くなっており、そのうち二人がいわゆる孤独な突然死だったので随分落ち込みましたが、こういう生き方をする以上はどこかで覚悟をきめておかないといけないと思いました。
相変わらず変な話で失礼しました:) それでは。

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    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
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    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

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    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

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    川内 倫子
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    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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