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11 posts from May 2008

May 30, 2008

『Photologue 飯沢耕太郎の写真談話』

マイコミジャーナルというサイトに写真評論家の飯沢耕太郎のコラムが連載されている。これまでのタイトルは、増殖する巨大人工物写真、写真学生時代の集大成 - 卒業制作、写真界の芥川賞 「木村伊兵衛写真賞」、写真界をリードし続ける写真家 「森山大道」と続く。
ここが商業サイトということであまり採り上げたくはないのだが、モノローグ形式での分かりやすい解説と視点でこれからの連載が楽しみだ。

■関連サイト
- Photologue - 飯沢耕太郎の写真談話
http://journal.mycom.co.jp/column/photologue/index.html

May 27, 2008

藤田容介 / 『全然大丈夫』

劇団大人計画の荒川良々初主演作品。古本屋の一人息子で植木職人の遠山(荒川)と幼なじみの岡田義徳扮する小森、極度に不器用でトラブル多発のあかり(木村佳乃)を巡るほのぼの系三角関係コメディ。妙な存在感のある荒川は「真夜中の弥次さん喜多さん」(2005)では「魂」というなんだか訳の分からない役での出演がまさしくこの「妙」さを体現していると思ったが、井口昇監督「卍」(2006)では、明らかに変な関西弁を話すこれまた胡散臭さ満開の役どころが強烈だった。

映画はなんと言うことのない小品なのだけれど、全編に漂う脱力感が不思議と心地よい作品で、それほど引き込まれないのに何故か最後まで観てしまうような作品と言ったらよいか、明らかにそんな見方を想定している作品作りなのは最近の邦画の傾向かもしれない。2008年、110分。

■関連サイト
- 映画「全然大丈夫」 オフィシャルサイト
http://zenzenok.jp/indexp.html


May 25, 2008

森山大道 / 『S'』

S' Moriyama Daido

先日上梓されたばかりの最新写真集。スポーツの競技場をモチーフとした風景写真だが、A3判という写真集としては大きな版型のイメージを一葉一葉めくりながら、いかにも森山調に纏め上げられた光景の連鎖に、その大きさも相俟って圧倒されるような迫力を感じた。同時に特製ブックケース、貼表紙、特製大型ポストカード付の特別限定版もあり。講談社刊。

May 24, 2008

村上仁一とJim O'Connell

昨年、新宿ゴールデン街のギャラリーNaguneで写真展を開いたJim O'Connellのブログを久しぶりに訪れてみたらまた今年もNaguneで写真展をやるという告知があって、随分長い間更新されていなかったし、Flickrも同様に更新されていなかったこともあって嬉しくなったが、よく見ると日付が2007年となっていることに気付いた。

歌舞伎町の猥雑をスナップしたJim O'Connellのモノクロ作品は、その対象へのシンパシーからスタンスとしては物故した渡辺克巳に通じるところがあって、事実ブログでも時々渡辺に触れているように、夜の街に向かって焚かれたフラッシュが街の奥行きの闇に負けて溶け込む感じは渡辺をなぞっているようにも見える。
そもそもこのアメリカの写真家を知ったのは彼のブログでの、渡辺克巳の記事に張られたこの月球儀通信へのリンクを辿ったというのがきっかけだったが、その後、NHKで彼をドキュメントした番組を見る機会もあり、歌舞伎町への偏愛とその内側から、いわばインサイダーとして撮影するというスタンスが渡辺を連想させるし本人もかなり意識していたものと思う。しかし殆ど更新されていないというのはどうしたことだろう。帰国したのか、あるいは写真をやめてしまったのだろうか。

村上仁一は以前このブログでも処女写真集「雲隠れ温泉行き」でエントリした最近小生が最も注目している作家だが、この間の旅から帰ってブログ「写真の星」をチェックしていると、「WEB写真界隈」というデジカメWatchサイト内のコンテンツにインタビューが掲載されているという告知があって早速行ってみた。「雲隠れ温泉行き」ではいつの時代かを判然とさせず時間的な要素を意識的に排除し、ドス黒い写真を選んだとのことだが、アート系の写真はこのドス黒さに溢れていていわば黒焼きが芸術系写真の前提条件というような感もあるなかで、実はその黒さについてもセンスの善し悪しが問われると思っていたのだが村上の写真はその感覚が秀逸だと思っていただけにこの発言は興味深く読ませて頂いた。
ちなみにブログ「写真の星」は写真に向かうひたむきさとストイシズム、表現についての苦悩や迷いが率直に語られていて引き込まれるものがある。

■関連エントリ
- 月球儀通信 : 村上仁一 / 『雲隠れ温泉行き』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2008/01/post_587e.html

■関連サイト
- Jim O'Connell - Vox
http://jim.vox.com/
- Flickr: Jim O'Connell's Photostream
http://www.flickr.com/photos/jimoconnell/
- ブログ:写真の星
http://murakamicamera2.seesaa.net/
- WEB写真界隈:村上仁一
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/webphoto/2008/05/15/8480.html

May 23, 2008

国境と枕


とろとろと鉄道で国境を越える。ゆっくりとろとろ、各駅停車。

例によって短い旅を終えたが、帰路のラウンジではハシタナクもタダ飲み、タダ食いしてぐっすり眠ってしまいフライトに遅れるところだった。危ない、危ない。

欧州某国は先週末は雨で寒くて薄手のセーターが必要だったが、今週はすっかり晴れて気温も25度程まで上がり過ごし易かった。成田では殆ど同じ気温だったのだけれど、体感的にはかなり暑く感じた。湿度が全然違うからだろう。日本もこんな感じの夏ならばどれほど良いだろうかと思うが、その代わり全然明けないあの長い夜の冬を覚悟しなければならない。いっそ、夏は欧州、冬は南半球に住むなんていうのも良いかも知れない。いやわざわざ外国へ行かずとも、夏は北海道、冬は伊豆辺りで手を打つか、などと考えながら電車のなかでうつらうつら。(そんな資力もないのに。)しかし、旅は一人でないと調子が狂う。気の合った友達と行くのも楽しいが、テンポが合わないとどちらか一方が引きずられることになる。気の置けない友人と一緒でも、単独行動をどこかで十分に取っておくのが良いと思う。旅はそもそも非日常を楽しむものなのだから、日常の良く見る顔が視界に入るのでは台無しだ。むしろ、徹底的に一人で心細い位の方が旅に出た感じがするし、秘境でもない限り道に迷えば人に聞けば良いだけのことだ。

それぞれの街でその土地の人々と話してみると、みな家族のことを考えていたり、欲しいチケットを手に入れる算段をしていたり、仕事に追われていたりと当たり前のことではあるけれど人はみなどこであろうと同じようなことを考えながら営々と生活していることに改めて驚いてしまう。
これが集団になると歴史的、あるいは風土の違いからか理解し合えないことも出てくるような気がするが、個々人レベルでは驚くほどみな似たようなものだといつも思う。

話は変わるが、アメリカでよく手荷物より大きい自分の枕を持って旅をしている人を見かけるのだけれど、あまりに理解しかねる光景に、なんで枕を持って歩いているの?と訊ねてみたことがある。若い女性だったがトランジットで暇だったからか、「自分の枕だとよく眠れるの。」「え??でも荷物にならない? 邪魔じゃないんですか、ホテルにもあるんだし。」「でも、車で移動してるから苦にならないの。」 多分、大方はそんな理由にもならない理由で安眠のためにどでかい枕を持って歩いているのだとは質問する前から分かってはいたが、こんな姿はアメリカ以外では見たことがない。先日も、席が隣の見知らぬ御夫人からお手製のクッキーを食べないかと勧められて一枚頂戴したことがあるが、こういう屈託のなさはいかにもアメリカ的で、他の国では多分お目にかかれないと思う。というより、多分、そこが田舎だったからなんだろうと思うが、何でこんなにフレンドリーな国民が国家となるとこう意固地になるんだろうと思ったりするが。(小生が余程貧しくて飢えて見えたのか??) 大体、服装をみればお国柄が分かるというが、例えばドイツ人がシャツを着れば一番上のボタンまでキッチリ掛けていても、アメリカ人ならボタンはおろか、シャツの裾をパンツの外に出しているだろう。少々比喩的ではあるが、日本でもカジュアルではシャツを外に出す着方をするが、これはかなりアメリカナイズされた着こなしと思う。例えば欧州ではそんな着方はめったに目にしない。(あくまで個人的意見で責任は持てません、笑)

ということで、またぼちぼちエントリを再開しますのでよろしくお願い致します。

May 15, 2008

探しものはなんですか

最近、次々とものがなくなって難儀している。随分長いこと使っていたペン、携帯電話のACアダプター、それにテレビのリモコンなどどれも特に高価なものではないが、ここ何日かに集中してどこかに隠れてしまった。特にリモコンだ。ベッドの枕元に置いていたものがどうしても見つからないというのは解せない。どこかへ持って出るようなものではないからだ。もっとも以前、仕事で出かけた先で、カバンからこのリモコンが現れて恥を掻いたことがあるにはある。寝坊しあわてて手当たり次第カバンに詰め込んだときに一緒に紛れ込んだらしい。しかし、今度はそんな記憶はない。

同じ時期に集中するようにものが無くなると、そこに何らかの意味を見いだしたくなったりする。余り縁起を担ぐ方ではないが、ついそこにあるはずのない意味を探ってしまうのだ。

テレビのリモコン、携帯電話のアダプタとペン。三題噺ではないが、共通するのはもしかすると情報や伝達というキーワードかもしれない、などと考えるうちに、最近自分は他人との関係が没交渉というのか、あることで少々気疲れしていて、こちらから他人との関係を意図的に遠ざけていたことが思い出されて、こんな考えはそもそも牽強付会の説に過ぎないのは知りつつ、内心妙に合点が行くというのか、その意味というものが落ち着くべきところに落ち着いたという感じがしてならず、多分この人間関係が改善するに至って無くしたものどもは自然と見つかるに違いないという奇妙な考えを拭い去ることが出来なくなった。もちろん根拠は何もないのだが。

***

来週一週間ほどまた異国への旅にでます。そのためエントリが出来ませんのでよろしくお願いいたします。例によって気が向いたら出先からエントリするかも知れません。
今回の旅本は、「日本の地霊<ゲニウス・ロキ>」(講談社新書)といまは廃刊の「実占研究」誌昭和38年度合本(実占研究会)の2冊としました。

May 11, 2008

自分のサイトにコメントスパム認定される

いまコメントの返信をしようとして送信ボタンを押したのだが、なんとスパムの疑いがあるのでコメント出来ないとのことで失敗した。気を取り直して再度試みたが何度やってもスパムの疑いが解けない様子。

つれない返事はこんな感じだ。

>Your comment has not been posted because we think it might be comment spam.
>If you believe you have received this message in error, please contact the author of this weblog.
・・・Weて誰のことやねん。

もしかして気付かずにNGワードが?! などとうろたえて見直したがそれらしい言葉は見あたらなかった。
スパム認定の基準がよく分からないんだけれど、多分訊いても教えてくれないんだろうな。

しかし自分のサイトに疑われるなんて・・・(笑)。

(よく調べてみたら以前悩まされたスパムの対策で「宣伝」という言葉をNGワードに自分で登録していたのでした。アホですみません(^^; )

May 09, 2008

お稲荷さんと旅本

先週は駿河台下の太田姫稲荷、水道橋の三崎稲荷神社の例大祭があって(これは小生の勘違いでした。太田姫稲荷社は5月10日、御輿は11日、三崎稲荷神社は5月9日の例大祭となっています。大変失礼致しました。)神保町にも祭提灯やのぼりが立っていたが、以前に比べて提灯を掲げる店が少なくなったように思う。昔からの古書店がなくなって来ているからかもしれないが、そういえば美術古書の松村書店はかなりの昔になくなっているが、それがあった場所はいま上島珈琲が入っているところだったろうか、いや違うような気もする。一度無くなってしまうとそれがどこにあったのかがたちまち判然としなくなるのはどういう訳か。

稲荷といえば占星術師の松村潔の著になる「日本人はなぜ狐を信仰するのか」(講談社新書)はなかなか刺激的だったが、そういえば稲荷行者で愛媛大の中村雅彦先生のブログが昨年からずっと更新されておらず密かに心配していたが、今週から新しいブログに移行しエントリを再開されたのを知って早速ブックマークした。近刊を執筆中とのことで今から楽しみだ。以前にも書いたが、氏のサイトである「やほよろづ.com」内のコンテンツ、四国フィールドワークはすこぶる面白い。

また旅が近いこともあり、例のごとく旅本を選定中。
民俗学関係にミステリを一冊づつなどと漠然と考えているが、今週末に図書館探索を敢行予定。

May 06, 2008

松倉如子 / 『星』

ここ最近知ったばかりだがその歌声にたちまち魅了されてしまった。表情豊かな独特の声質、強いて言えば大貫妙子と矢野顕子をミックスしたような、いやこんなうた声はいままで出会ったことがない。さっそくアルバム「星」を買った。渡辺勝とのユニットで活動されているが、YOU TUBEでもいくつかライブの映像が上がっている。
下記のサイトでmp3音源を聴くことが出来るが、先ずは「星」「ともだち」あたりから。渡辺勝や高田渡のカバーやオリジナル曲がフルで聴けます。
アルバム「星」は某巨大書店でも扱っているが、何故か定価より値段が高いので小生はお茶の水Disk Unionで購入。彼女を聴きに久しぶりにライブというものに行きたくなった。

■関連サイト
- 松倉如子の歌
http://ameblo.jp/yukiko-m/
- 松倉如子の音源
http://www.voiceblog.jp/yukiko-m/

May 05, 2008

飛雄馬と夜のメロンパン

夜に水が飲みたくなって近所のダイエーに行き、南アルプス天然水をカゴに入れながらふと随分昔に店内放送していたダイエーのテーマソングを無意識に口ずさんでいて我ながら驚いた。それは多分昨日、東京MXで懐かしくも放映されていた「巨人の星」を見て、このアニメーションが放映されていたまさしく70年前後に星飛雄馬役の声優、古谷徹がダイエーに来て、観客を前に飛雄馬のセリフを聴かせるアトラクションをやっていたことを思い出していたからだ。その観客の一人が小生だった。ちょうどその頃にこのテーマソングをやっていたので記憶の深層で結びついて口をついたという訳なのだろう(どんな深層やねん)。

ちなみに、ダイエーのテーマソングはこんな感じだった。

「ダイエー、ダイエー、イェイイェイェイイェイイェイ、
ダイエーとってもイェイイェイェイイェイイェイ、
これがわたしの欲しいもの、これはあなたが欲しいもの
(途中忘れた)・・・な贈り物。
ショッパーズプラザ、ダーイーエーっ。」

イェイイェイの辺りで少々めまいがするが(笑)、この歌を毎日聴かされていた主婦も凄いが、連れられて歩く子供の心のかなり深層の、阿羅耶識の辺りにも強烈に刷りこまれていたと覚しい(笑)。

で、話は戻るが、古谷徹は巨人軍のユニフォームを着ていながらメークは花形満だった。何故かあの長く分けた髪の花形に扮していたのだった。その花形が何故か、店員が投げた球を受けながら「とうちゃん!」とか「ねえちゃん!」とか飛雄馬のセリフを言うものだから、幼い小生は何がなんだか分からなくなった。なんで花形が飛雄馬の声でしゃべっているのか?そもそもこの人は誰なのか?周りの大人はセリフが決まるたびに嬉しがって拍手するのだが、この疑問に撹乱されていたのは小生ばかりではなかったらしく、同じ年ごろの子供は皆、割り切れないような、複雑な顔をしていた。

調べてみると、古谷は1953年生まれなので、仮にこのアトラクションが70年だったとしてもまだ17歳だったことになる。

あの時のことを古谷本人に直接訊いてみたいと思いながら帰宅したが、健康診断前でダイエット中だというのに(笑)、無意識に一緒に買ったメロンパンを夜に食べてしまった。激しく後悔。

May 02, 2008

森山大道写真展 / 『森山大道展 Ⅰ. レトロスペクティヴ 1965-2005/ Ⅱ. ハワイ 』

東京都写真美術館で2008年5月13日より6月29日まで「森山大道展 I.レトロスペクティヴ 1965-2005」が開催される。

詳細については下記写美のサイトでインタビューが掲載されている。(会報「eyes」のVol.57に掲載されていたものと同じ内容)

- 東京都写真美術館 >森山大道展 Ⅰ. レトロスペクティヴ 1965-2005/ Ⅱ. ハワイ
http://www.syabi.com/topics/t_daido.html

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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