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5 posts from April 2008

April 30, 2008

嘘を築地の御門跡

神保町の三省堂でいましろたかしの新刊「グチ文学 気に病む」が出ているのをみて立ち読み。なんと漫画ではなくエッセイ集で思い切り意表を突かれたが、マガジンハウスの雑誌に連載されていたものをまとめたとかで、その事実すら知らなかった不覚さ。エッセイも漫画同様の脱力感がいい感じだが、巻末に著者近影があって初めてその顔写真をみた。何となく線が細くてまじめそうでこれも意表を突かれる思いだが、良く見ると17歳の時の写真と。巻末に鉛筆で書いた漫画のゲラ付き。しかしなんでゲラなのか。ちゃんと仕上げていないところがいかにも。

孤独のグルメ 【新装版】並びに谷口ジローの「孤独のグルメ」が新装版で復刊されていた。原案は久住昌之。なかでも万世橋の肉の万世のカツサンドの回のカツサンド(くどい)の美味しそうなこと。しかし万世ビルになんで6階が無いのかがかねてからの疑問だったが、実はここがカツサンドの工場になっているって知ってました?

NHK教育の子供向け番組「にほんごであそぼ」で、いわゆる江戸地口の歌をやっているのを見て嬉しくなる。地口とは粋な駄洒落のことで、例えば「おそれ入谷の鬼子母神」みたいな軽口のことだが、その歌の名も「たまげた、駒下駄、東下駄」なんぞという人を食ったようなもの。浪曲師の国本武春が子供と踊りながら名調子で歌うのだが、例えば「生姜なければ茗荷がある」とか、「バチが当たれば太鼓で受ける」などとお江戸の遊び人か下っ引きが片肘まくってまくしたてるような風情。

ははん、さては例の美しい日本語の先生が一枚噛んでいるに違いないと想像したが、確かに意味は判らずとも名文のリズムに子供の頃から親しむのはよいことには違いない。でもこんな軽口をたたく子供が増えるのもどうかと思う(笑)。「金太郎、お小遣いを遣るから取りに来なさい。」「お父さん有り難う。蟻が鯛なら芋虫ゃ鯨。」などと軽口を叩こうものなら坊主頭の一つも引っぱたかれるものと相場が決まっている。小生も企画会議のプレゼンでクライアントの質問に「そうで有馬の水天宮」などと受けたら多分クビだ。(でも一度やってみたい。)

しかし、国本武春の浪花節にはカタルシスがあって、一度じっくり聞いてみたいものだ。

April 28, 2008

百合の香りと夢の街

玄関に生けた百合が夜になるとことのほか香って、夜中に水を飲みに台所に行くときなどに寝室を出ると馥郁として眩暈がするほどだ。夜は戸締まりをするので昼に較べてその香りが閉じこめられて濃くなるようなのだが、夢うつつに香りを纏って再びベッドへ戻ると久しく見なかった空中を浮遊する夢をみた。
夢の中では目線ほどの高さで体を地面と並行に浮かんだり、ちょっとした跳躍で何十mも飛べたりするのだが、それが夢の中では当然のことと何故か了解している。さあこれから飛ぼうと思うと、もの凄い勢いで背中から上に引っぱられて次の瞬間には街を俯瞰している。視覚的にもかなりのリアリティがあって、その開放感は夢から覚めた後にも心地よい余韻があるほどだ。
詳しくは覚えていないが、最近やっているCMで女の子が街の上10mほどを浮かぶシーンがあるが、丁度あんな感じだ。このCMを観たときに、あ、まさしくこの感覚だ、と思ったがなにせ夢の話、他人に同意を求められないもどかしさにこんなエントリを書いているのだけれど、この夢は子供の頃によく見たが大人になってからは殆ど見なくなった。そう思いながら、以前「飛ぶ夢をしばらく見ない」という映画のタイトルを借りたエントリを書いているのを思い出した。山田太一原作のこの作品は、中年サラリーマンの細川俊之が次第に若返って行く老婆と恋に落ちる話だった。ついには5歳の少女にまで若返って行く老婆には石田えりが扮しているが、そもそもこの映画の題名は内容にあまり関係がない。強いて考えれば疲弊し事故に遭うサラリーマンの、その疲れ具合を形容したものとも言えそうだが、そうであれば、こんな夢をみるのは小生ばかりではなく、割と誰でも見ているものなのかも知れないと思った。そもそもこの映画を観たのも内容はともあれこの題名に惹かれたからだった。

夢と言えば、子供の頃によく見た夢のなかの街並みは現実の街並みとは全く違っていたが、やはり夢の中では何故かその道や建物などを知悉しており、毎回みる夢もこの街並みが舞台だった。そこには行ってはいけない禁忌の場所があり、遠目に眺めるとそこは薄暗くて恐ろしいところだったが、一方、それとは別に背景に崖を背負うようにして巨大な伽藍があってその堂宇のなかには見上げるほどの大きな仏像があった。まるでこの二つの場所が街の正と負の均衡を保っているかのようだった。また街にはこれ以上ないと思われる清冽なせせらぎがあるなど、いまでもその断片を思い出せる。当時小学校の図工の時間に、この夢の街並みを地図のような絵に描いたことがあったが、地図に描けるほどリアリティのある架空の街並みが何だったのかをいまだに不思議に思うことがある。

その夢のなかでは現実にはいない人々が現れるのだが、そのなかでいまでも記憶に残っているのは、これまでに会ったことのない同年代(当時小学生)の姉弟だ。その二人は小生になにかを助けて欲しくて懇願するのだが、その内容はよく分からなかった。しかし戦争に関係のある事柄と夢の中では何故か了解していて、どうしても助けて欲しい、二人の名前は○○だ、と具体的な名前を小生に噛んで含めるように名乗ったのが印象的で、夢から覚めてもはっきり覚えていた。あとでこの名前を母親に聞いたが、そんな名前は聞いたことがないと一蹴された。しかし何故か母親に関係する人たちという確信に近いものが当時小生にはあって、この名前も教科書の隅だったかにメモして置いたことがある。

なにかとりとめのない夢の話を続けてしまってどうかとは思うが、エントリに大分時間が空いてしまったこともあっていわばリハビリのようなもの(笑)と思っていただければ。

April 18, 2008

やくざ坊主と錆朱色

4月とは思えないほどの長雨にうんざりするこの頃、晴れない気分で乗る通勤電車内は只でさえ満員でストレス度が高まっているところへ咳、くしゃみなどを憚りもなくまき散らす非常識な輩、もちろん出物腫れ物とはいうが、口に手も当てず車内を自分の部屋のごとくに勘違いするうつけ者には紋次郎に頼んで錆朱色の長脇差(ながどす)でみぞ落ちの辺りをさっと払ってもらいたいものでござんす。

というのも最近電車の中で笹川佐保原作、光文社文庫版の木枯し紋次郎シリーズを読むのが日課となっていて、こんな雨の日は手に持つ傘も長脇差に見立てたりして。

しかし大菩薩峠とか徳川家康とかを車内で読むオヤジにだけはなりたくなかった訳だが(面白いんだけど)、剣客商売とか紋次郎を熟読する小生はもう立派な・・・いや、最近車内で驚いたのは、二十代半ばと覚しきうら若き女性が官能小説をカバーも付けずに読んでいたのを目撃したことなんだけれど、満員の車内ではかなりのインパクトがあった。これには友人との間で諸説あって、あれは新人編集者でこれから原稿を取りに行く前に一応作家先生の作品を読んでおく必要があったからとか、大学院でセクシャリティを研究する院生なのだ、修論のタイトルは「官能小説の社会学的認知と性差」で熟読するフリをしながら実は我々の反応を観察しているのだとかのどうでも良い話を荻窪の喫茶、邪宗門だったかで推理したりしたが、単純にああいうジャンルは少なからず女性の需要もあるのかも知れないと思った。しかしなんでカバーをしないのか??ものすごいタイトルと表紙デザインなんですけれど。

いそいそと借りに行った93年の映画「帰ってきた木枯し紋次郎」がなんと貸出中で茫然自失し脱魂状態のまま、代りに勝新太郎の「やくざ坊主」(1967)「続やくざ坊主」(1968、共に大映)を借りて観る。来週こそはリベンジ。

April 17, 2008

学研から8mm映写機発売 / 『大人の科学 8ミリ映写機』

大人の科学 8ミリ映写機
大人の科学 8ミリ映写機
学研の大人の科学からなんと8mm映写機が発売される。すでにmixiなどでは早くから話題になっていたが、2008年になって8mmフィルム映写機の新製品が発売されるというのはそれがたとえおもちゃであっても朗報というほかない。しかもシングル、スーパー、ダブルまで映写でき、また簡単な編集グッズまでついているという念の入れように拍手喝采。切れ易く代替がきかない電球は使わず今時のLEDが使われているのは映写機の進化形だ。
フィルム送りは手回し。
あとは手回しかゼンマイを使ったシングルエイトカメラの発売を希求するのみ。
これももしかしたら発売されるかも知れないという噂もあって、目が離せない。
とにかく映写するフィルムがなくても小生のようにどうしても動かないジャンクのP300しかカメラがなくてもまずは買いだ。あとは何とかなる、と思う(笑)。

April 08, 2008

紋次郎、アウトサイダーアートそしてフランシーヌ

随分エントリに間が空いてしまったが、近況などなど。
それでもその間、なにもしていなかったわけではなくて、幾つかのエントリを書きかけては保存して、そんな風に下書きばかりが増えていくのみで一向に日付が更新されないという状況だったが、今日はお花祭りだし外は雨だし、甘茶ならぬ微糖の缶コーヒーを喫しながらそこはかとなく書きつくれば片腹痛くいとおかし。

■書きかけエントリ
- 「NNNドキュメント'08 「あとりえ “枠”を飛びだす鬼才アーティストたち」」
大阪の知的障碍者施設アトリエ・インカーブでは障碍者による絵画をプロデュースするというユニークな活動を行っている。これをドキュメントしたTV番組についてのエントリ。いわゆるアウトサイダーアートと括られる作品と一般芸術との「境界」とは何なのかを書こうとして下書き保存。

- 「フランシーヌの場合は」
今年は3月30日が偶々日曜日だった、というだけで思いついたエントリ。これも日を過ぎてしまい没。中身は何もない。
そういえば、佐良直美はいまどうしているのか。あれ、新谷のり子だったっけ。小生もパリの朝に命ひとつ燃やしてみたいこともあるが、単にあまりにもお馬鹿さんなだけかも。

- 「フォトイメージングエキスポに行ってみた」
3月に東京ビッグサイトで行われたPIEのレポート。煎じ詰めれば浅田真央ちゃんのお姉さん(名前思い出せない)がオリンパスブースで登場した、というだけのエントリ。

- 「木枯し紋次郎、再び」
いま中村敦夫の木枯し紋次郎シリーズに耽溺していて睡眠不足であるという内容のエントリ。子供の頃に良く見たが、今見ると改めて深い作品。よくこれだけクオリティの高い作品をTVで放映していたと感心。市川崑劇場という副題が付いていたのも今更ながら知った。DVDセットがほしい。

つづく(笑)・・・

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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