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March 20, 2008

ジョージ秋山『銭ゲバ』再読

いま仕事の関係も多少あって日本の戦後写真史をまとめているのだけれど、これは自分のための整理という意味合いもあり、その過程で小さな発見も少なからずあってなかなかに楽しい作業だ。そんななか、気晴らしに古瀬戸で一向に進む気配のない城戸真亜子の壁画を眺めながらお茶をして、その後三省堂へふらりと寄ったが、そこでジョージ秋山の「銭ゲバ」が文庫で出ているのを発見して懐かしくなり、思わず上下巻を買った。

銭ゲバ 上 (1) (幻冬舎文庫 し 20-4)ジョージ秋山といえばビッグコミックオリジナルの「浮浪雲」だけれど、小生にとっては「デロリンマン」であり「銭ゲバ」であって、特に銭ゲバは小学生にとってはなおさらのことトラウマになるような強烈なインパクトがあった。もちろん筋書きは覚えていなかったが、冒頭、病身の母親と醜い一人息子の蒲郡風太郎、通称銭ゲバを気遣う近所の青年を恩を仇で返すようにシャベルで撲殺して埋めるシーンの衝撃は、いま再読して忘れていた記憶が引きずり出されるような、当時の自分の心の動きをそのまま体験したような気がした。

それも子供には良くないと思ったのだろうと思うが読んでいる途中で親から当時掲載されていた少年サンデーを取り上げられた記憶まであって、いや、その記憶も73年頃に入院中だった時のような気もするがしかしそれでは年代が合わないのでかなり怪しいものではあるのだけれど。・・・そんな話ばかりで申し訳ありません、なにせこのサイトの副題が「記憶の現像行為」なもので・・・。

その後、それこそ銭のために何人もの人を殺しつつ自身の破滅に向かって突き進んでゆく筋書きはなかなか読ませるものがある。最後のシーンはドラマチックで衝撃的だ。これは実写でドラマ化したら面白いのではないかとも思ったが、果たして作品の発表年と同じ1970年に映画化されていた。

蒲郡風太郎に唐十郎、その少年時代を雷門ケン坊が演じているのは懐かしい。父親を殺され復讐のために敢えて銭ゲバの子を宿す兄丸三枝子に緑魔子、正体に気付き早々に殺され埋められる新星を名優岸田森が演じているのもなかなか。DVDは残念ながら出ていないが、今度ビデオを捜してみよう。

同じ幻冬舎文庫で「アシュラ」も出ていてこれも買ってしまいそうだ。

■関連エントリ
-月球儀通信 : 銭ゲバとゲバゲバ90分 
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2009/01/90-c496.html
松山ケンイチが銭ゲバを演じるそうです。
さよなら(初回限定盤)(DVD付)

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Comments

現在この頃の再発本が多いような気がしていました。
私は当時"お子様アニメ"にドップリでしたから、全く知る由もありませんでしたが、ある意味ダークな、そしてグロなものには"蓋をする"ように、臭いさえ漂うことのないような風潮と社会の有り様だったのでしょうか?

昨今の人間関係を反映してか、再訳「カラマーゾフ、、」が流行るのも、売り手の思惑が働いているような気もします。けれど読むことだけで沈思する力を得られるとは思えません。実践の中で研がれてゆくべきことが、その場所を与えられないために得られない若者たちが引き寄せられるだけでは文学もどこか湿っぽい気がします。そう考えると現代の若者は「銭ゲバ」のラストには満足(納得)しないのではと思います。いかがでしょうか?

当時も掲載誌が少年サンデーだったこともあってかその表現が問題となったらしいですね。しかしジョージ秋山の作品にはいつも根元的な問いかけがあって、どの作品にも社会から拒絶され、人から愛されたいのに人を愛せない孤独感に苛まれて涙を流す主人公が出て来るんですね。これには70年代当時の喪失感、連帯感の終わりという背景があったのかも知れませんが、このありようはいまも変わらずむしろそんな危惧さえ気付かない程鈍感にまでなってしまっているような気もして、そういう意味では文庫でも再刊されたのは嬉しいですね。幻冬舎というのもいかにもです。
ラストでは知事にまで上り詰めた銭ゲバが「幸福について」という題の寄稿を乞われて途端に意味の喪失に直面し自死してしまうというものですが、この結末で実は読者も同時に救われている気がするんですね。昨日読んだ「アシュラ」も根底は同じで、極限までさらけ出された人間の醜悪なものが死や涙で救済されるというある意味宗教的な価値観が共通した主題であるような気がします。いまでは少々泥臭くて大時代的な筋運びも無関心、無感覚の時代には返って新鮮に映るのかも知れないですね。

「銭ゲバ」は当時あまりに陰惨であると批判が多く、事実上の連載打ち切りだったと思います。「デロリンマン」はどうだったか…「生まれてこなければよかったのに」…あの当時はマンガにしても音楽にしてもまじめに深いところまで突っ込んでいった時代でしたね。

そうでしたか、そんな経緯があったんですね。
ちなみにこの続編「銭ゲバの娘 プーコ」では、銭ゲバは拳銃自殺に失敗して生きていたという設定で随分と都合が良い展開なのですが(笑)、しかし銭ゲバという名前も時代を感じさせますね:)

時代的には80年代のバブル期以降、こういうものは「暗い」の一言で片付けられがちで、こういうものに関心をもつこと自体かっこ悪いという風潮がありますね。それが今でもある程度続いていると思います。変に陰に籠るという意味で「暗い」ってのは確かによくないと思いますが、人間の根源を追求しようとする欲求そのものが圧殺されるとしたらそれも間違いでしょうね。今は多様化した価値観の一隅でしかも別のアプローチで、人間の根源に迫る試みは続けられていると思います。「銭ゲバ」「カラマゾフ…」なんかはそういう欲求をもてあましている若い世代と、私のように昔読んだ人が再読するのと両方いるんじゃないかと思います。ヘーゲルの「精神現象学」なんかも昔の訳は問題ありすぎる自分では思っていましたから。

なるほど、そう言えばネクラ、ネアカとかマル金、マルビとかの単純二元論がバブルの頃に流行りましたね。いまでも勝ち組、負け組などとあまり変わってないのかも。
こんな考え方は複雑で陰影に富んでいる筈の生き方を酷くつまらないものにしていますよね。

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    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
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    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

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    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

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    川内 倫子
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    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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