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15 posts from August 2007

August 31, 2007

『フリーペーパーコレクション』と『リトルプレスの楽しみ』

フリーペーパーコレクション リトルプレスの楽しみ

久しぶりにミニコミカテゴリのエントリ。
リトルプレスとは商業ベースとは全く関係ないところで個人が発行する紙媒体を指すらしい。いわゆるミニコミ、フリペのこと。入門書としては以前は既に絶版になっている「ミニコミの作り方」しかなかったが、最近はこんな本が出ているらしい。

「リトルプレスの楽しみ」はもう少し規模の大きいフリーペーパーをカタログ風に並べた本。
個人でミニコミを作ろうとしている人にはデザインの参考になるかも。

August 29, 2007

『スナップ写真のルールとマナー』

スナップ写真のルールとマナー [朝日新書063] (朝日新書 63)

さる方からこの本を貰って帰りの電車のなかでぱらぱらと読んでみたが、意外と為になる本だった。
肖像権、パブリシティ権などの知識を事例を元にQ&Aの形式で纏めた本。写真家、弁護士が執筆。
人物ばかりでなく建築物、ショーウインドウなどの被写体や私有地における撮影など、その権利関係を一度頭に入れておくことはトラブルを未然に防ぐことにもなる。撮影と発表の前に一度は読んでおくべき本と思う。朝日選書。

August 26, 2007

楳図かずおと兵隊やくざ / 『恐怖への招待』

恐怖への招待 (河出文庫)

昼ご飯に何を食べようかと悩みながら神保町すずらん通りを歩くうちに、某古書店の均一台で楳図かずおの聞き書き「恐怖への招待」(96年、河出文庫)を100円也で見つけて結局小諸そばでもりを食べながら読んだ。
これは88年に刊行された単行本の文庫版だ。1936年生まれだから52歳当時の著作。聞き書きと作品「Rojin」、「猫目小僧」「イアラ」などのアイデアノートやラフスケッチなども収録されている。

そのなかで楳図は貸本漫画時代に一時期劇団ひまわりに所属しており、勝新太郎の「兵隊やくざ」にも出演していたという記述を発見して驚いた。あの兵隊やくざに若き日の楳図先生が出演していたなんて。
もともと、このブログは勝新座頭市と兵隊やくざをリスペクトする意図で立ち上げたものだけに(嘘)、驚きもひとしおというもの。こんな意外なつながりを発見することがあるから均一台のつまみ食いはやめられない。

本書ではほんの一言触れられているに過ぎないが、少年マガジンで漫画版ウルトラマンを楳図が書いていたというのも驚き。Webを捜してみるとこんなページを発見した。これ、読んでみたいなぁ。

August 23, 2007

モールスキン(moleskine)2008年のダイアリー発売

Moleskine Pocket Red Diary Daily 2008
早くもモールスキン(モレスキン moleskine)の2008年ダイアリーが発売されている。
2008年は一挙に12種類がラインナップされていて、今年は赤のツインセットが新しく出ているよう。これは48頁の無地ノートがゴムバンドで一体になるようにセットされているバージョンだ。
小生は今年に引き続いてダイアリー赤かな。

ところでモールスキンなのかモレスキンなのか。英語読みとイタリア語読みでどちらもアリみたい。

■関連サイト
- MOLESKINE TOP|モールスキン/モレスキン(MOLESKINE)
http://www.moleskine.co.jp/


August 22, 2007

ボルネオと岡田斗司夫

先週の気象予報では今週から少し暑さが和らぐというものだったが見事に外れたようだ。今日は電車が駅に止まりドアが開く度に熱風としか言いようのない熱風(言いようがないんです)が吹き込んできてそのまま息をしたら肺が焼けただれるかと思った位。連日の熱帯夜に睡眠が浅く、それを少しでも取り戻そうと電車ではうつらうつらとしながらボルネオの焼けた地面を匍匐前進する夢をみていたが。

駅に着きエスカレータに。いつもの癖で急ぐ人用に空けた片側を歩き登っていると、夏休みと思しき子供がその側に立っていて苦しくもすり抜けて進んだが、後ろでその母親が子供を叱っているのが聞こえた。しかし何故か違和感を覚えて良く聞いてみると、それは片側に立っている非を咎めているのではなく、片側を空けなければならないルールなどないのだからそのまま動く必要はない、と全く逆のことで子供を叱っているのだった。驚いて振り返ると子供は自分の非を認めながらも同時に母親にも逆らえない内心の葛藤を処理しきれずに片側に立ったまま動けないようだった。その後ろには流れの止まった長い列ができている。その母親の周囲の人々に聞こえよがしのものの言い方に、どういう原因があるのかわからないがなにか社会に対する憎悪のようなものを嗅ぎ取ってしまうともう気分が落ち込んでしまいそこからしばらく抜け出せなくなった。

****

小鳥ピヨピヨさんの記事で知ったのだけれど、オタク学で著名な岡田斗司夫が117kgの巨体を一年で67kgにまで減量したらしい。その写真、よくあるような前と後の写真だが、をみると、まるで別人で驚く。
ダイエットの方法は、逐一、食べたものとそのカロリーの詳細をメモするというもの。レコーディングダイエットというらしい。この内容で本まで出していて、実は今日買った(笑)
斜め読みしたところによると、この記録で現状が数値で分かり、いかに余計なものを食べているかを認識することで自然と余分な食べ物を避けるようになるということらしい。本当にそんなことで痩せられるのかと思うが、この50kgの減量の実績をみると簡単に否定できなくなる。

ポイントは基礎代謝ギリギリのカロリーを取ることを緩やかに守ること、これ以下にカロリーを押さえずこの基準までは摂取すること、だと思う。(まだ全部読んでないけれど。)

読み物としてもなかなか面白いが、ダイエットを自己投資と考えた場合、資格取得などと並べてローリスク・ハイリターンと位置づける下りには少々苦笑してしまった。
とはいえ何故か今年は夏やせならぬ夏太りの気味があって、ちょっとやってみようかななどと思っています。

いつまでもデブと思うなよ (新潮新書 227)
いつまでもデブと思うなよ (新潮新書 227)

August 20, 2007

山口小夜子&木村威夫 / 『馬頭琴夜想曲』

今日、山口小夜子が亡くなったそうだ。享年57歳と。

今年2007年7月公開の映画「馬頭琴夜想曲」は映画美術の巨匠、木村威夫監督による耽美ファンタジー。山口小夜子が特別出演している作品だ。木村は鈴木清順を始めとする数々の映画で美術監督として余りにも有名だが、清順&木村の作品ではなかでも「ツィゴイネルワイゼン」(1980年)が好きで当時発売と同時にレーザーディスクまで買った。その後お茶の水のディスクユニオンで売ってしまったが。

63年の「関東無宿」では、主演の小林旭がもろ肌脱ぐと襖がスッと開いてその背景は真っ赤な書き割り、そこへ桜がハラハラと散るといういかにもな清順組の美学に思わずあっと声を出してしまった記憶がある。

「馬頭琴夜想曲」はシアターイメージフォーラムで先週まで上映されていたのを気に留めながら結局行きそびれてしまった。しかし木村は来年もう90歳とは。

■関連サイト
- 馬頭琴夜想曲 オフィシャルウェブサイト トップページ
http://www.airplanelabel.com/batokin/

August 19, 2007

細江英公 / 『おかあさんのばか』

おかあさんのばか―細江英公人間写真集

この前エントリした細江英公写真芸術研究所のサイトに写真集「おかあさんのばか」を発見して驚いた。何故驚いたのかと言えば、小生が高校生の頃所属していたコーラス部で同名の合唱曲を演奏したことがあるからだ。題名をみてもしやと思い調べてみるとやはりその曲と同じモチーフを扱った作品だった。

この作品は1965年に英語版の写真集「Why, Mother, Why?」として海外で刊行された。
突然母親を脳出血で亡くし、遺された父親と兄と共に健気にも強く生きて行こうとする当時小学六年生の古田幸が書いた詩に触発された細江がその詩世界を撮影したモノクロの作品だ。

1965年といえば当時細江は32歳、三島由紀夫を被写体とした名作「薔薇荊」(63年)を上梓し、土方巽をモチーフとした「鎌鼬」(69年)の撮影を開始した時期というまさに細江の代表作が生み出された時期だった。

なぜか海外で刊行されたこの「Why, Mother, Why?」は日本では出版されなかったが、その理由は不明だ。おそらく出版のタイミングが合わなかったということだろうと思う。しかし、その実に40年後の2004年に窓社よりようやく日本で刊行されたのだった。

一方、合唱曲としては、中田喜直と磯部俶の共作による合唱組曲という形で1965年に発表された。
ほぼ同時に細江の写真と合唱曲が発表されていたことになる。

小生が男声合唱で歌ったのはそのかなり後になるが、当時高校一年生で合唱部に入って初めて演奏したのがこの曲だった。放課後の連日におよぶ練習でいまでも全曲が歌えるほどに思い出深い。
その曲が何気なしにみたサイトで同じ題名の作品に出会い、それがあの曲に連なるものと知って本当に感慨深い。すでにかなりの時間を経た今、その当時の古田幸の写真に出会えるなんて。

2004年に出版された際には話題となっていたようだが気づかず、細江の写真集では何故かこの作品はノーチェックだった。写真集には現在大人になり母親となった古田幸の寄稿がある。65年当時小学六年生ということは今年55歳ということか。

全く個人的なことでしかないのだが、小生にとってこの写真集との邂逅は突然に昔の自分に出会うような驚きだった。

調べてゆくうちに1964年に同名の映画「おかあさんのばか」が松竹で制作されているのを見つけた。出演は乙羽信子、下條正巳などとなっているが詳細は不明。しかし時期と題名から同じ主題である可能性が強い。この作品をいつか観てみたいものだ。

August 16, 2007

生姜と佃煮

(お徳用ボックス) 世界のキッチンから ディアボロジンジャー 410ml×24本暑くて暑くて異常に暑い、そんななかおそらく冷房が原因で風邪を引いてしまい空咳や微熱まで出てここ2,3日は体調がよくなかった。いかに冷房にあたったとはいえやはり冷房しないではいられない矛盾とはこれ如何に。家で寝ていても余計に悪くなりそうだったので、クールビズで28℃に設定された図書館で日がな「風邪をあつめてぇー」などと鼻歌混じりに手当たり次第気になる本を読みあさっていたが。

で、最近、キリンから発売された「ディアボロジンジャー」が美味しくてほぼ毎日飲んでいる。あまりに暑いのでつい冷たいものばかり飲みがちなのだけれど、生姜は胃腸を暖めてくれるので体のなかの冷熱のバランスが取れるのではないかと勝手に思っている。生姜の香りがさわやかで懐かしいし炭酸が強いのもいい。こういう飲み物はすぐにディスコンになり入手出来なくなることが多いが、そうなったらそうなったで生姜を買ってきてジンジャーエールを自分で作っても良いかも。夏の飲み物として結構良いなと気づいた次第。よく考えてみると関西でよく飲まれる「冷やし飴湯」も生姜がベースで、昔から飲まれていたんですね。

******

いま放映中のテレビアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」をこのあいだ殆ど初めて見たのだけれど、鬼太郎や猫娘がかなり今風になっていて驚いた。特に猫娘は小生が子供の頃にみたものとは全然違っていて隔世の感(笑)。

その放映中に流れる桃屋のCMが面白い。
亡くなって久しい三木のり平がいつまでもCMのなかで生きているような気分。
しかし若いひとはあれが何のキャラクタか分からないのではないかと思うが、もう桃屋といえばのり平なんですね。
YOU TUBEで出ていたので貼ってみました。

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August 14, 2007

『写真力ってなんだ』

日本写真家協会のサイトに、「写真力ってなんだ」と題した座談会の告知があるのを発見した。
篠山紀信、立松和平、田沼武能、中村征夫の四氏がパネリストとして写真の持つ力をアナログ、デジタルを超えて語るという趣向らしい。

9月30日 有楽町朝日ホールにて。参加には事前申し込みが必要とのこと。
パネリストの顔ぶれからなかなか興味深い話が聞けそうな気がする。

■関連サイト
- 第1回フォトフォーラム「写真力ってなんだ」 日本写真家協会 第1回フォトフォーラム「写真力ってなんだ」

August 12, 2007

CHAOS カオス―森山大道コレクション

少々エントリが遅れたが、今、島根県立美術館で「CHAOS カオス―森山大道コレクション」が開催されている。
既に5月から展覧されており、会期は8月27日まで。
サイトによると、

《アクシデント》(1969)、《何かへの旅》(1971)、《遠野物語》(1974)、《東京網目の世界》(1976)、《光と影》(1981)など代表的なシリーズ約160点

の同美術館が所蔵する作品の展示とのことで、行ってみたい、が松江ではおいそれとは行けないのが残念。

しかし、開場時間が10:00-日没時刻の30分後までというのは変わってるなぁ。

August 09, 2007

増村保造&三島由紀夫 / 『からっ風野郎』

からっ風野郎最近増村保造の作品がDVDで揃ってきて、未見だった三島由紀夫主演の映画「からっ風野郎」を借りて観た。言い方は変だけれど、「動く」三島をみたのはこれが初めて。いや、あの市ヶ谷の演説の映像は折に触れてみていたけれど、駐屯地の正門の高みに登って演説する姿と映画での演技とは言え等身大の姿ではかなり印象が違ってくる。意外と背が低くて競演の船越英二と並ぶと子供のよう。演技はやはりセリフ回しも棒読みに近い平板なもので、そもそも役者ではないので割り引いてみてもお世辞にも上手いとは言い難い。当時は相当に話題になったのではと思うが、ちょっとなんというか・・・。

最後に東京駅の大丸で撃たれるシーンはおそらく死に際の美学に相当に拘ったと思われるような印象的なものだが、これは60年の作品だから三島35歳、あの市ヶ谷での自決の10年前ということになる。
出演は志村喬、根上淳、若尾文子、水谷良重、神山繁、川崎敬三など。97分、大映。

三島の映画出演作を調べてみるとこの主演作以外に「黒蜥蜴」(1968)、 「憂国」(1966)、 「不道徳教育講座」(1959)、 「人斬り」(1969)などがあるが、「憂国」は言わずと知れた問題作。いまはDVDでみられるが、小生は未見。五社英雄監督の「人斬り」では田中新兵衛役でやはりの割腹シーンを演じている。岡田以蔵を勝新が演じていることもあり今度借りてみようと思う。

August 08, 2007

藤純子 / 『女渡世人 おたの申します 』

あまりに暑いので仕事へ行くのをあっさりやめて阿佐ヶ谷のラピュタに山下耕作監督「女渡世人 おたの申します」(71年、東映京都)を観に行った。これは今ラピュタで「昭和の銀幕に輝くヒロインシリーズ」第35弾、藤純子特集で特集されているモーニングショーだ。しかし藤純子の映画を観るのは本当に久しぶり。

しかしなんというか、勿論当時この女渡世人や緋牡丹博徒などを小学生の小生がリアルタイムで観ている筈もなく、藤純子といえば「3時のあなた」の司会とか家族で出ていた歯磨きのCMなどのイメージだったわけだけれど、この女博徒の底知れない迫力と美しさの陰翳が当時の人気を思わせるに十分な作品だ。ただ、話の筋に少々無理があってどうかとは思うが、実はそんなことは些末なことであって、むしろ藤の立ち居振る舞い、視線や表情こそが主題の全てだと言ってしまおう。

冒頭、題名が現れる前にスタジオで藤一人、仁義を切るシーンがいかにも東映やくざ映画らしくて嬉しくなってしまう。これがその後「仁義なき戦い」などの路線に繋がってくるのだけれど、小生、舞台を戦後に移した任侠映画は大嫌いで観たくもないのだが、この頃の明治・大正期が時代設定の作品なら割と好きなのだから難しい(笑)。

要は例え任侠映画とはいえそこにいわば「様式美」が存在するかどうかがまさしく小生にとっては映画の出来不出来の分かれ目なのであって、リアルな暴力描写は迫力はありこそすれ、そんなものは底の浅さにしかならないと思うわけだ。そういう意味では、70年代初期辺りがその端境期かもしれない。

藤岡重慶や遠藤辰雄など定番の悪役もそのあくどさが分かりやすいし、縁ある登場人物が殆ど理不尽に殺されてしまうような救いのない展開に、待田京介と菅原文太の確執がからんで上州小政(藤)の怒りが爆発、長ドス片手に斬って斬って斬りまくる、いよっ、姐さん、カッコイイ!(今日仕事休んでます・・・)
71年当時、藤純子は26歳。ほか「ハヤシもあるでよー」の南利明の名古屋弁が懐かしい。まだほんの端役ででている川谷拓三や三原葉子が旅館の下女役で出ているのもおかしいような。ほか島田省吾、三益愛子など。

劇中、藤の名前が太田まさ子でここから上州小政と呼ばれる設定なのだけれど、このオオタマサコはなんと梶芽衣子の本名(太田雅子)と同じなのは偶然なのだろうか。(多分偶然。)

藤純子はいま富司純子と改名しているが、娘は女優の寺島しのぶ、その弟は最近封切りされた映画「怪談」で主演の五代目尾上菊之助。しかし寺島しのぶはお母さんに全然似てないですね。

August 06, 2007

武田花 / 『猫・大通り』と『現代歌人文庫』

猫・大通り―武田花写真集
先月刊行された武田花の写真集。下町の懐かしい街並みと猫と言えば武田の写真集を思い浮かべる。

国文社の現代歌人文庫は歌人毎に代表作を網羅した作品集で好きな歌人のものは安価でもあり揃えているのだけれど、その扉を開けると現れる歌人のポートレイトが武田の作品だった。

狭い路地をふらっと蜻蛉のように立ち現れたかのような前登志夫、傘を肩に新宿ゴールデン街を無頼に歩く福島泰樹、幽玄な作風を彷彿とさせる山中智恵子や塚本邦雄、葛原妙子など、粒子の粗いモノクロのポートレイトはそれぞれの作品を読み込み消化しないでは写せないものばかりだ。歌集の口絵という扱いながら、これらのポートレイトが一冊の作品集に編まれるのを心待ちにしている。

August 03, 2007

怪談「今年も抜けてない」

以前、ゆかたの衣紋が抜けてないというそれだけのことで年寄りの繰り言のようなエントリをしたのだけれど、今年も各地で祭りや花火大会が行われる季節となり街ではあでやかな浴衣姿をよく見かけるようになった。

が、しかし・・・。折角の楽しい夏のヒトコマにケチをつけるようで気が退けるのだけれど、やはり今年もかなりの確率で衣紋が抜けていないことが分かった。ちゃんと着ていれば美しくなるのにとすこしばかり残念な気分。
義務教育で着付けを単位化すべきではないかと思うのだけれど如何。もともとは家庭で受け継がれるべきもので学校で教える必要がなかったのだとは思うが、それも期待できない昨今、せめて着物とは行かないまでも浴衣ぐらいは学校で着付けを教えるというのは悪くないアイデアと思うのだけれど。

そんな夏になるといわゆる季節ものとして怪談本の新刊が次々と書店の棚に並ぶのだが、小生こういう本に目がなくて、怖がりのクセについ買ってしまう。それも通勤途上のKIOSKなどでさくっと買って電車や喫茶店で読み、読み終わって駅のゴミ箱に捨てるという雑誌感覚の読み方だ。

本を捨てる、というのはかなり抵抗があって、気にしないという友人に驚いていたぐらいだけれど、文庫の怪談本は別。なにか家に持って帰るのが怖いというのもある(笑)。
それに駅のゴミ箱は雑誌漁りのおじさんがあとで拾ってくれると思うし、それはおそらく路頭で売られることになるのだろうと思うからそれほど呵責を感じなくて済むというのもある。本は例え手放しても誰かが読んでくれるならばそれでよいからだ。以前エントリしたBook Crossingで「放流する」というのを実際にやってみる手もあるかも知れない。

この間読んだのは、ハルキ・ホラー文庫の「百物語-第6夜 実録怪談集」(平谷美樹、岡本美月)、それと「新耳袋殴り込み」(ギンティ小林)で、これは装丁や章立てが名著「新耳袋」シリーズのパロディになっている「面白怖い」本。内容も、「新耳袋」で扱われたスポットに実際に行ってみるという趣向で、もともとは小生も偶に買う雑誌「映画秘宝」の一コーナーだったものを纏めたもの。有名すぎるスポットが続々登場する。

で、そんな本を通勤の車内で読んでから改札を出ると、見てはいけないものを見てしまった・・・。

本物の幽霊だった。

腰を抜かしそうになりながら目を凝らすと、それは左前に着た浴衣姿の女の子だった。
ここまでやってくれると返って暑い夏の夜を涼しくさせようとしてわざとやっているのかと思ったくらいだ。
もしくは遊園地のお化け屋敷のキャンペーン?

・・・でもなさそうで、多分、左前に着るのは死人か幽霊ということを知らずにユニクロで買ってきてそのまま着たのでしょうね。
さすがに左前に着ているひとは殆どいなかったとはいえ、やっぱり義務教育で授業をやらなければ駄目かも。

新耳袋殴り込み

August 01, 2007

鳥肌実 in トーキングヘッズ

拘禁遊戯―エレガンスな束縛

アトリエサードの発行する雑誌「トーキングヘッズ叢書」は毎回惹かれるテーマなのだが、最新号No.31は特集「拘禁遊戯~エレガンスな束縛」で、鳥肌実が表紙を飾っている。本文に「あゝ、孤高の玉砕者」と題したグラビア特集もあって、廃人っぷりに期待。

細江英公のロングインタビューも予告されていて、「鎌鼬」「薔薇荊」なども扱われる様子。

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

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    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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