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17 posts from July 2006

July 31, 2006

輪廻、リンネ、優香とうるし漫画家

輪廻 プレミアム・エディション高校時代の生物の教師は1年365日、必ず授業の冒頭に「リンネはぁ~、生物を~、植物と動物に分類したぁ~。」というフレーズから始まり、これを合図に生徒全員に猛烈な睡魔が襲ってくるのだった。そんな生物分類学のリンネではなくって・・・。

ハリウッドで大成功した清水崇の新作とあって普段ホラーとか階段、じゃなくて怪談系の作品など全くみたことがなかったがどんなものか試しに見てみることにした。

・・・開始たった3分の短い間で既にもの凄く怖いんですけれど。
夜に見るんじゃなかったと後悔・・・

BGMが無いなかでの突然の音響効果もあって、ビビリまくり。
このままじゃあかん、トイレ行けない・・・なにか他の、ほかのこと考えて恐怖から意識を逸らさなければっ。

と画面のあら探しをしていたら、主演の優香ってよく見ると顔が小さい割りに首が結構逞しいことを発見。それからというもの、恐怖を感じるたびに優香の首に注意を集中すること幾たび。

そんなことを考えているうちに、「うるし漫画家」の堀道広を連想してしまった。雑誌「アックス」で連載されていた「青春うるわし!うるし部」は久々に面白くて今後の活躍を期待したい漫画作家のひとり。その堀の描く人物は首が逞しくてただそれだけの連想だった訳だが、恐怖を感じる度に「うるし部」を連想して笑いで恐怖を中和する作戦に。段々と自己コントロールが可能になってきてついには怖い場面で笑ってしまうという条件反射の確立に成功!勿論トイレも快調だ・・・と下らないエントリでスミマセン。優香ファンの方にも、相すみません。恐怖で表現が意味無く誇張されております。

映画の方は挙げ句の果てにゾンビまで出てきて少々興ざめだったが、友人と騒ぎながらみるのがこういう映画の作法かもしれない。最近の恐怖映画って、伝統的な「情」の怖さではなくて、ねじ伏せるような力業(ちからわざ)らしい。欧米系の恐怖映画に近くなっているかも知れないと思ったが、そもそもこういう映画をあまり観ていないので見当外れかも。

July 30, 2006

二つ目小僧 / ミノルタオートコード


古い水木しげるの漫画を読んで感興さめやらないここ数日、そのなかの「一つ目小僧」を読みながら、そういえば一眼レフはつまり一つ目小僧なわけで、じゃぁレンジファインダーは何なのかとかはつっこまれると困るが、勿論二眼レフは二つ目小僧だ。これは何だか変だけど、二眼レフといえばローライフレックスが代表格で、小生もその廉価版だったローライコードVbを持っていた。これは銀座のスキヤカメラだかで買って、友人のポートレートを一通り撮ってからすぐに売ってしまった。買った値段より高く売れた記憶があって、結構嬉しかった。確かクセノターが付いていたと思う。

昭和30年頃は国産二眼レフが全盛でカメラ名の頭文字でアルファベット全てが揃うと言われたほど、と何かで読んだことがある。レンズ前板を前後に動かすという仕組みは単純で作りやすかったのだろう。これをセルフコッキングにしたりフォーカスレバーを側面に付けるともなれば途端に仕組みは複雑になって、ローライのオーバーホールなどの高価な値段の根拠ともなっているがこれは怪しい気がする。

なんでもそうだと思うが、舶来品は何をするにしても高くて良いという根拠のよく分からない暗黙の了解があって、勿論純正部品などは輸入品で高いのは分かるが、レンズ清掃など同じ作業でも何故か高かったりする。

以前某店で手持ちのLeica M4のファインダー清掃を依頼しようとしたが、見積もりはなんと8万円だった。店員の見下したような物言いを我慢しながら話を聞くと、ウチではLeitzの職人を日本に来させ、マンションや滞在費をあてがっているからこれは高いようだがリーズナブルなのだ、というよく分からない説明で、これくらいの値段に驚くような客は来なくて良い、とでも言わんばかりの対応にもう二度と行くものかと思ったものだった。

話が逸れたが、このオートコードは新宿歌舞伎町にあったピンホールという店で買ったもの。勿論中古だ。この店は北関東なまり(推測)のあるオヤジさんがやっていた間口の狭い店で、どちらかというとクラシックは少なく、実用中古をメインにした品揃えだったが、もう店を畳んで今はない。

オートコードは四谷シモンの弟である渡辺兼人が「既視の街」に使用し、最近では川内倫子などほか著名な作家がよく使っていて欲しくなった。まだミノルタが千代田光学だった頃の製品で、ファインダーに「CHIYOKO」のロゴが入っている。

その後、露出計を組み込んだオートコードCdsなどのバリエーションが発売された。

ギミックはフォーカスレバーが側面のダイヤル式ではなく、前面下部の振り子状レバーで行うというもので、左手で本体を支えるとそのままフォーカスレバーに指がかかり至極操作性がよい。
これに、ヤシカマット124G用のフィルターとフードを付けて街を撮影しては12枚毎にフイルムを舐める日々を送っていた。そういえばこのヤシカも持っていたが、作りは一部プラスチックなところがもう一つ気に入らなかった。
国産二眼レフはコレクターが多そうで、まずは価格が安いこともあるが、随分前には店に良く出ていたからだろう。いまはどうなんだろう。リコーフレックスとかアイレスフレックス、プリモフレックスあたりはどの店にも必ずと言って良いほど出物があったような記憶がある。

二眼レフでありながらレンズ交換可能なマミヤC330、C220はそのために筐体が大きく持ち歩きには向かないが欲しいカメラの一つだった。このマミヤ用の接写アイテム、パラメンダーだけを買ってこのオートコードに使っていた。パラメンダーとは三脚とカメラの間に装着するもので、ファインダーレンズと撮影レンズの距離で生じるパララックスをキャンセルする機械だ。つまり、ファインダーで構図を決めてから、その位置に撮影レンズを持ってくる機構。説明が難しいが。オートコードでも使えたのだ。

いま買うならワイドローライだ。これを肩にかけて東京を彷徨ってみたい。(すごく高そう。)


(写真はファインダー。事務所の窓から覗いた空。殺風景だなぁ。)

July 29, 2006

『亡国のイージス』と『三匹の侍』

亡国のイージスTSUTAYAが時折行う半額キャンペーンはいつもなら借りそうもない作品も試しに借りてみる気にさせるようで、その借りゴコロの喫水線というか閾値というか、そんなものが微妙に下がり、そういうときに借りた作品が実は当たりだったということがままある。普段なら失敗したくないココロが働いて、つまり食わず嫌いというような心理から面白い作品をみすみす逃しているのかも知れない。(よく考えてみるとこれかなりセコい話だったりしますが。)
こういうフリで話が始まるといかにもこの「亡国のイージス」が良かったという流れにになりそうだが、どうもそうでもないらしい。つまりこの作品は一言で言ってハリウッドの模倣としては良くできた作品だとは思う。最近の韓国映画もそうだが、ハリウッド調の少々食傷気味の演出が随所に見られて「良く真似できました。」という感じ。
何故いまそんな方向に向かわなければならないのだろうかと思う。既に日本映画はその独特の間と美学でとうの昔にハリウッドを超えているというのに(と言ってみる。) 主演は真田広之。そういえば何年か前に有楽町スバル座でひとり映画を見に来ていた真田を見かけたことがあったが、思いの外小柄な印象で革ジャンにキャップを目深に被って足早に階段を降りる姿はいかにも身軽そうで格好良かった。北の工作員に中井貴一。何故か一生懸命平和ボケの日本人に危機意識を促すような発言ばかりで苦笑。随分親切な工作員だこと。その通りなんだけどね。2005年、127分。

三匹の侍同時に借りた五社英雄「三匹の侍」は言わずと知れた丹波哲朗、 平幹二朗 、長門勇の素浪人ぶりが嬉しい作品。それぞれの個性を持つ素浪人の友情連帯が横糸として描かれる。勝新や雷蔵などを見てしまうと殺陣のアラが目立つが、逆にこの二人の偉大さが分かるというもの。剣を持つものの底知れ無さ、怖さというものがどうも感じられなくて少々物足りない。このモチーフで三隅研次や安田公義が撮ったらもっと凄みが出たのではないかと思う。64年、94分。

July 27, 2006

水木サンの新刊

「日本沈没」がリメイクされているらしい。正直とても見る気にはならないのだけれど、73年のオリジナルは近所の東宝へ見に行った。当時学校でもマントル対流、などという言葉が流行ったが、ヒロインは由美かおるだと今の今まで思っていたのに調べてみると、いしだあゆみだった。あれれ、では由美かおると思っていたのは何の映画だったのか。もしかして「地震列島」(80年)だったかも、と思って調べてみると、多岐川裕美でこれも違った。確か沈没だか地震だかの絶望のなかであまり必然性の感じられない(笑)由美かおるのラブシーンがあった筈なんだけど。
しかし、由美かおるって一体何歳なんだろうと思って調べてみると1950年生まれで今年56歳ということになる。世界広しといえどもいま由美かおるの年齢を調べているのは自分だけかも、と根拠のない確信があったりして、ま、どうでもいいことでした。

で、由美かおるの還暦について深く思いを巡らせつつ書店を逍遙していると角川文庫の新刊で水木しげるの「水木しげるのニッポン幸福哀歌(エレジー)」を見つけて即購入。昭和40年頃の作品を集めたものだ。
随所に水木サンの生き方のスタンスが垣間見えて水木流の文明批評ともなっている。
例えばこんなセリフだ。

「喜んだり悲しんだりびっくりしたり・・・考えてみれば人の一生はまるで寒暖計のように感情が上下するだけのものよ。そこにいくばくかのお金が行ったりきたりするだけのものよ。」(「大人物」)

「やたらに頭を混乱させ人を欲求不満にさせるのが文明ってもんかい。」(「小豆洗い」)

なにより水木の未読作品をいま読めるという幸せとなつかしさで嬉しくなった。登場するキャラクタ、哲学者の猿取(さるとる)なんかは可笑しくて電車のなかでひとりニヤケてしまった。

水木しげるのニッポン幸福哀歌(エレジー)

July 24, 2006

子供の名前と抹茶フロート

最近喫茶チェーン店のシャノアールでお茶をすることが多くて、神保町すずらん通り、三省堂裏口並びの店には良く行く。友人と待ち合わせとかそういうときにはミロンガか古瀬戸、ブラジルや紅茶の高野へ行くが、独りの時にはなんと言っても安いし、それ以上にメリットがある。それはここが地下のために電波が入らないということだ。落ち着きたい時に限って大抵は仕事絡みの無粋な電話が入るので、このメリットは捨てがたい。そういうときには電源をOFFにすれば良さそうなものだが、このエントリのようなテキスト入力などをすることが多いのでそうはいかない訳だ。
で、最近ここではまっているのが、「抹茶フロート」だ。抹茶の甘苦い清涼感とたっぷり載ったアイスクリームがgood。これで360円は安い。安くて旨い。旨くて安い(しつこい)。小生、シャノアールの回し蹴り、じゃなくて回し者ではありませんので、念のため。店舗によってはアイスの替わりにソフトクリームのバージョンも発見。

そんな抹茶&クリーム感に浸りつつ、面白いサイトを見つけた。

■子供の名付け(命名)DQN度ランキング
- http://dqname.selfip.net/

最近、変わった子供の名前が多いとはうすうす感じていたが、ここまでとは知らなかった。
サイトオーナーの解説によると、育児雑誌の付録の命名本がこういう名前のオンパレードで、曰く、「妊娠中・出産直後の脳内は妙にドリーミングになっている」ところへこの本を読んでいるうちに価値観が分からなくなってしまうのが原因ではないかとのこと。この付録というのを読んでみたくなったが、サイトでは投票とか読み方のテストまであってなかなか面白いアイデアのサイトだ。
しかし、こと「人の名前」というテーマだけに簡単に面白がれないのも事実。
名前は時代を反映するというが、今の時代に「~左右衛門」とか、「~の丞」とかはそぐわないし、私の親が「○仁」というクラスメートの名前について、これは皇室で使われる名前で畏れ多くて自分なら付けられないと言っていたのを思い出した(こういう名前の方には失礼致します)が、やはり名前とは親の願いが子の名前に託されると同時に親のエゴという部分もあって、なかなか難しいものだ。
とはいえ、小生には子供がないので命名の経験はなく面白がるには不謹慎な面もあるもののちょっと??という名前が並んでいて正直、笑いが止まらなくなった。いや笑っちゃ駄目だ。付けられた子供の気持ちになるとどう反応して良いのか・・・。

July 23, 2006

普段着カメラ、オサンポカメラ


日本カメラ誌今月号(2006年8月号)の特集で写真家が仕事を離れてプライベートで使うカメラを「普段着カメラ」として紹介していた。採り上げられた写真家は赤城耕一、飯田 鉄、宇佐見 健、河田一規、木村惠一、桃井一至の6名だ。この普段着カメラというのは肩肘張らずにふらっと近所へ出かける時に気軽に持っていけるカメラという意味と思うが、それでも写真家のカメラに対する考えが分かって面白い。普段使いなら軽くて小さく、それでもフルオートでなくてやはりマニュアル操作が出来るものが楽しい。そんな考えからか銀塩の古いカメラも挙がっていた。上記のほとんどにリコーのGR-DIGITALが挙げられていてやはり欲しくなってきた。でもデジタルはまだ日進月歩で買い時が難しい。買った次の日に新機種が出ないとも限らないし、銀塩と違ってそれで従来機種は途端に陳腐化してしまうからだ。この辺りはPCにまだまだ近いかも知れない。

で、自分なりに普段着カメラを考えてみた。
勿論小生はアマチュアなので、プロの選択とは自ずからスタンスが異なる。言ってみれば常に普段着カメラと言えなくもない。ここ一番、というようなシーンはそもそもアマチュア、ことに小生には無いので殊更普段着というわけでも無いのだけれど。

1.GR-DIGITAL
 森山大道が使っている銀塩GR-1に連なるデジタル。欲しい・・・。
2.ローライ35 
 沈胴式レンズ。巻き上げは下部にあったり測距は目測式だったり。でもこの緻密感が。
3.オリンパスペンS
 エレガント。女性の手に似合いそう。
4.リコーオートハーフ
 ゼンマイ式の自動巻き上げ。須田一政の作品を見て欲しくなった。
5.アガート18K
 これもハーフのロシアンカメラ。このチープさが楽しい。その割りに値段が高すぎ。
6.ミノックスB
 ミノックスやめますか、人間やめますか。
7.ミノルタCLE+Mロッコール28mmF2.8
 ロッコール28mmF2.8は今ライカに使用中。ボディはない。
8.ミノルタTC-1
 この小ささ。絞りは真円でボケ味も良さそう。周辺光量の落ち方もノスタルジック。
9.オリンパスペンFT
 持ってはいるが、余り使ってないので反省。
10.スメナ8
 いわゆるスメハチ。このチープさとレンズのシャープさはどういうわけだろう。

ほかにも挙げきれないほどあって、つまり世の中のカメラ全部欲しいと一言で。
アガートとスメナは気を許すと買ってしまいそうでこわい。

(写真は思い出のコニカC35。家族旅行など我が家で活躍してくれました。)

July 22, 2006

杏雲堂から


神田駿河台の杏雲堂病院、いや今は杏雲堂ビルの前にちょっとしたベンチコーナーがあって、千代田区は路上禁煙のため公共道路で吸えない煙草をここで吸う人が多い。最近はこの辺のどの会社も恐らくほとんど禁煙になっているためか、出勤前のサラリーマンやOLがここで一服してゆく姿をよく見かける。
小生も煙草はともかく、ここでぼーっと座って缶珈琲を飲みながら休むことも多いのだけれど、今日、隣に座った品のよさげな高齢のご婦人二人の会話を聞くともなく聴いていると、どうも近頃巷で流行のメイド喫茶の話題のようだった。ここは秋葉原も近いし、そんな話題をおばあさんから聞くのも当世かと思ったりしたが、どうも聞いているうちに「メイド」がどうしても「冥土」に聞こえてしまい、それ以降、冥土喫茶、冥土喫茶としか聞こえなくなった。いくらおばあさんだからって冥土とは連想するのも不謹慎だよな、などと思ったが、メイドの替わりにおばあさんが出迎えてくれる冥土喫茶などというものの連想が広がるのをいかんともし難く、前に民俗学の本かなにかで読んだ三途の川の脱衣婆とか思い出さなくても良いことが次々と頭に浮かび、メニューには血の池地獄を連想させる真っ赤なジュースがあるんだろうなとか、帰り際にはおばあさんがズラッと並んで「逝ってらっしゃいまし。」とか言われるのかも、などと下らないことを考えているうちに珈琲を飲み終わってその場を後にした。これからの高齢化社会でそんな店作ったら受けるかも・・・わけないし。

このベンチ周辺にはツツジだかの綺麗に刈り込んだ生け垣があるのだけれど、その中は空間になっているらしく、そこが野良猫たちの格好の棲みかになっているようで、耳を澄ますと生まれたばかりの子猫がミーミー鳴いていたりすることがある。猫たちの生活を脅かさないようあまりこういうことは書かない方が良いのかな。

(写真はマロニエ通りの石段。昨年秋に撮影。)

July 20, 2006

同じものを二つ買う

自分は同じ本を買ってしまうことが結構あって、そりゃ若年性アルツハイマーだよ、気の毒に・・・などという憐れみプラス蔑みが聞こえてくるような気もする訳だけれども、それが真性だったら本の内容も毎回新鮮に読めたりしてお得かも知れない、んなわけないが、そういうウッカリ者、粗忽者、うつけ者、男サザエさん(しつこい)であることは否定できないとしても、そういう知らず買ってしまい、数ページを読んだところで気がついて自己嫌悪から自己憐憫を経由して苦笑に至るようなウッカリではなく、そうと知りながら買うことも多い。
前に読んでその後売ってしまったり、友人に上げたりして手元を離れた本を古書店の均一台で見つけて懐かしさから買ってしまうような場合もあるし、家にあるのが分かっていて、それを捜すのが面倒で買う場合もある。そういう本は勿論3冊100円というようなものに限る訳で、この間も上原隆「友がみな我よりえらく見える日は」(幻冬舎文庫)を再び買ったのは早くもボケた訳ではない(筈・・・)。

困るのは、改題している場合だ。
特に単行本が文庫になるときに多くて、気になる作家の文庫が出て買って読んでみると、不思議な既視感が次第に濃くなって行き、怖々奥付を確認すると、何々を改題したものです、などとヒッソリ書いてあったりしてガックリくることがある。こういうのは、原題を腰巻きにでも書いてくれると有り難いのだが、出版社もこういう客層(笑)をわざと狙っているフシがある。いや、絶対そうに違いない。

これに似たことをビデオやDVDでも良くやってしまう。借りてから、これ、前に見たじゃんということが年に2度はあってやっぱり病気?渡辺謙?などと言いながら勿体ないのでもう一度観たりして。
でも何度も読みたくなる本に巡り会えるというのなら話は別でそれはそれで幸せなことに違いない。

同じネタで前にエントリしてないだろうな>自分(笑)

July 17, 2006

展覧会情報をサイドバーに設置してみました

Tokyo Art Beat(TAB)の提供する展覧会情報をサイドバーに設置してみました。
TABはサイトによると「東京のアート・デザイン展カレンダーウェブサイトで、東京中にある500以上のアートスペースで開催されている全てのイベント情報を網羅する唯一のサイト」とのことで、写真、絵画、彫刻などの展覧会からトークショーなどのイベントに至るまでを纏めたポータルサイトとして検索性もよく便利そう。
登録すると、好きな展覧会、ギャラリーなどのスペースを自分のページにブックマークでき、それをブログのサイドバーなどに表示できるということで早速登録してみました。メールでのお知らせ機能もあるようです。

東京在住の方であれば、仕事帰りや休日のギャラリー巡りに使えそうです。
このアイデアの映画版もあれば嬉しいところです。自分のための展覧会ブックマークとして活躍してくれそう。
早速、行ってみたいところがいくつか見つかりました。

東京アートビート - Tokyo Art Beat - 東京のアート・デザイン展カレンダー
http://www.tokyoartbeat.com/

July 16, 2006

メリー・冬子・マリ子、そしてレモン画翠

日曜の今日、神保町三省堂2階ピッコロの入り口席でPCを開きしょうもない仕事の続きをやっていたら、資料が足りないことに気づき、もう少しでスッキリするのに途中で止めるわけに行かなくなって苦渋の決断、アイスココアを飲み残したまま会社に行ってしまった。くそー、負けた。日曜だというのに何で会社に!? デストロイ!あぁ、この敗北感。自分の中ではちょっとでも休みに出社したら負けなのだ。
で、小一時間ほどでスッキリして、再び神保町へ復帰。この出社はそもそも無かったことにして逍遙の続きを。

壮神社という武術関係中心の出版社から映画「ヨコハマメリー」の娼婦メリーさんを撮り続けた写真家、森日出夫『PASS#2 ハマのメリーさん』が出版された。これは既に絶版となった『PASS ハマのメリーさん』(95年)を増補改訂したものとのことで、横浜の街をあたかも舞台にしつらえて演ずる女優のようなメリーさんの存在感がまるで自分も同じ空間を共有したことがあるかのように感じさせる。横浜で生前の本人を見てみたかった。



アートデイズの発行するファッション雑誌「DUNE」誌#31の表紙は日本画家の松井冬子。記事に彼女の作品特集あり。美貌の画家として最近あちこちに露出しているが、耽美、幽玄の作品は非凡だ。作品に本人の容貌は関係ないがしかし。






美貌といえば資生堂の美白化粧品「HAKU」のコマーシャルで陽のひかりを浴びる高橋マリ子は美しいというより神々しい。随分前からやっているCMなのだけれど、撮影にも人知れない技術を駆使している筈。しかし綺麗すぎる。


御茶の水駅前の画材店、レモン画翠は随分前に4階、5階辺りに喫茶店があって、ひと頃小生の待ち合わせ場所として定番となっていたが、その後すべて売場となってしまい喫茶店は畳まれてしまった。もう随分前の話。
そういえば同じ通りの御茶の水駅駿河台口付近にあった名曲喫茶「ウィーン」はバネの飛び出さんばかりのすり切れたソファだったが、何時間粘っても文句言われないし天井も高くて居心地がよかった。こちらから言わなければ下手をするとオーダーも取りに来ないので、以前粘るつもりで特に声をかけずに席について本を読み始めたところ、やっと気がついてウエイターがオーダーを取りに来たのが1時間後だったという経験あり。今では居酒屋が入るビルとなってしまい喫茶店は廃業して、そのビル名にかつての名前を残すのみ。
話がずれたが、そのレモン画翠のショーウインドウに、御茶の水駅付近の模型が展示されているのをみて思わず写真を一枚(上記)。レモン画翠は建築模型用品を扱っているのだが、もっとジオラマちっくなリアルな模型だったら嬉しいのに。でもこの辺りの景観がよく分かって興味深い。

■関連サイト
- 資生堂 HAKU  CMの動画が見られます。
http://www.shiseido.co.jp/haku/
- :Art Days:出版社アートデイズ 雑誌「DUNE」 #31
http://www.artdays.co.jp/
- 映画「ヨコハマメリー」のヒットでメリーさんの写真集復刊 - ヨコハマ経済新聞http://www.hamakei.com/headline/1718/index.html

July 15, 2006

Fのおもいで


久しぶりに、本当に久しぶりにカメラケースを開けて全てのカメラを出し、一通りシャッターを切りレンズの絞りをグリグリ回してシリカゲルも替えてみた。可動部分を偶にでも動かしてやるとカメラも喜ぶようだ。でも最近はほとんどフイルムを通していない。デジカメでさえも最近は持ち歩かなくなってしまったのは自分で撮るよりも他人の写真を見る方が数段面白いことに気づいてしまったからだ。また気が向いたら撮り始めるかも知れないが、持って写す気にさせるカメラに巡り会っていないという理由が最も大きいと思う。持ち重りのする完全メカニカルの小さなカメラが欲しい。

以前、荻窪にカメラのプリズムという店があって、休日や平日の夕方に行くと互いに名前は知らないが顔なじみの常連が小さな店にひしめき合ってとりとめのない蘊蓄を語っていたものだ。一時期小生も通い詰めたことがあったが、その店はもう既にない。いつ店を閉めたのかは分からないが、ロシアカメラに造詣の深い店主がこじんまりとやっていた良い店だった。ここでオリンパスペンFTの中古とライカマウントのロシアンレンズ、ジュピター12、35mmF2.8(白)やオリジナルアクセサリーなどを買ったりした。特にキリル文字の入ったライカ用シャッターボタンは薄くて使い易く今でも装着している。
ここの常連は当然のことながら皆カメラを手にしているのだが、申し合わせたように誰一人としてフィルムを入れていないというのが半ば常識となっていて、「ちょっとシャッター切らせてよ。え?!フィルム入ってるの?!」などという、カメラにフィルムが入っているという考えてみれば至極当たり前のことに殊更驚くというような会話を良く聞いたものだった。
ほかにも、昔レンズの接合によく使われていたバルサムの劣化を直す為に、レンズに熱を加えてそのバルサムを一度溶かそうと熱したホットプレートに載せて結局駄目にした「レンズを焼く話」などは、それがもし薄型レンズだったなら文字通り「パンケーキを焼く」ことになる訳だけれど(笑)そんな話や、せいぜい1万円もしないFEDやZORKIといったロシアンカメラのシャッターを何万もかけてチタン幕に換装したりとか、病深い人々(小生含)の虚実取り混ぜた面白い話が飛び交っていた。

写真のニコンFは小生が学生時代に新橋駅前にあったウツキカメラで勿論中古で買ったもの。当時ボディで3万円ほどだったと思う。ファインダーのプリズムに浮きがあるが、それほど気にならない。この間、ニコンサロンでシャッターを調べてもらったら、全速度規格範囲内でまだまだ正確だったのには驚いた。もう製造後40年以上経っている筈だ。既にメーカでは製造中止となっているパンケーキ45mmf2の白を付けたらバランスが良いだろうな、と思っていたが、もう今では中古価格が高くて手が出ない。
たまにはこれでオサンポ写真でもしてみようかという気に、なるかも知れない。

July 14, 2006

吾妻ひでお / 『うつうつひでお日記』

うつうつひでお日記重かったココログも丸二日にわたる大手術で見違えるほど軽くなった。このメンテの間、投稿は勿論、コメントもトラックバックも受付不能な状態だったのだけれど、フリーを除くすべてのココログが丸二日もの間一斉に沈黙するという、考えてみればこれは実に驚くべきことだった。例えばジダンの頭突きについての記事を投稿できずに歯噛みするブロガーも多かったのではと思う。勿論、小生はそんな話に興味はなくて、それまでジダンなる御仁が世に存在することすら知らなかった位なのだが。(と、ここまで書いたところで不覚にも寝てしまいました。)
おはようございます。えーと、何の話でしたっけ・・・
そうそう、そのメンテ中にちょうど小生は出張中で、旅のお供に吾妻ひでおの新刊、「うつうつひでお日記」を読んだわけでした。
で、前作「失踪日記」の続編ということで嫌が応にも期待が高まるわけなんだけれど、前作がなんとホームレスになっていたというドキュメンタリー風私小説ならぬ私漫画だったのに対して、今作はその後の淡々とした日常を日記にしたもの。
しかし、アル中の治療で精神病院に通いながら向精神薬を飲みつつ図書館で借りた本を読書三昧、その間、漫画を書き散歩をし、というドラマチックな展開もなく起伏のない日常というリアリティは、まさに荷風の「断腸亭日乗」を読んでいるときと同質の感興がある。その半端でない読書量には驚嘆するほかないが、そのうちのいくつかは読んでみたい気にさせるという意味で吾妻流の読書案内としても読めるかも知れない。前作と同様、カバーの裏面にもおまけあり。これ友人に指摘されなかったら気がつかないところでした。

■月球儀通信関連エントリ
- 吾妻ひでお / 『失踪日記』

July 11, 2006

消せなくてやりきれない

ココログが重くって・・・モブログをしてみたら
エントリの失敗を知らせる返信メールが。
なんどか試してみたら
実はすべてエントリされていたんですね。
自分のブログに自分でマルチポストなんて
みっとも恥ずかしいので
さっそく消そうとしたら
管理画面に行けないんです。
だからモブログしたんだっけ・・・

消せなくてやりきれない
消せなくてやりきれない
Wow wow rururu....

みつを

(このエントリはブログペットの みつを が書きました。嘘。)

July 10, 2006

重たくてやりきれない

体重の話ではありません。違いますってば。重たいのはココログなんです。エントリしようとしても管理画面にすら入れないという状況で、運良く入れたとしてもエントリ画面までたどり着けないという、まさに「重たくて、おーもーたーくてー、やりーきれぇなぁいー♪」と口ずさんでしまうほど。
いま、仕方なくモブログで投稿していますが、反映されるのか疑わしいとはいえ、とりあえず実験してみます。ココログサポートのブログはそんな怒りで炎上していますね。

中山可穂の最新作「ケッヘル」(上・下、文芸春秋社)読了。著者にしては珍しくミステリ仕立てで一気読み。でもテイストは変わらず。あとでエントリ予定。神保町三省堂にて吾妻ひでお「うつうつひでお日記」購入。前刊「失踪日記」の続編のようで期待。
今年三省堂は創業120周年で、カバーが詳細な神保町マップになっていて得した気分。「カバー付けますか?」ときかれたら是非つけてもらいましょう。

July 08, 2006

『嫌われ松子の一生』

神保町のとある古書店の均一台に文庫の上下巻揃300円を見つけ読んでみたが、次から次に降りかかる不幸の連続はそれぞれがまるで昭和30年代のメロドラマに出てくるような使い古されたモチーフで、教師から風俗嬢、同棲、愛人関係、殺人、服役、その間に男の自殺、ドメスティックバイオレンスなどおよそ考えられる不幸のオンパレードなのだった。しかし、それらを敢えて臆面もなく目の前にそれこそこれでもかと並べて見せる手法は今では返って新鮮に感じる。文庫の解説子が引用しているように、昼ドラ「牡丹と薔薇」がそんなステレオタイプを逆手に取った手法で大当たりしたことと一脈通じるものがあるし恥ずかしげもなくベタな展開の韓国ドラマの流行をみてもそれが当世の気分なのかも知れない。
「嫌われ~」は、主人公の死をきっかけにその甥が彼女の人生を明らかにしてゆくという筋立てで、横糸に父親への思慕、妹へのアンビヴァレンツな思いなどを絡めて、過剰にドラマチックな話ながら、甥という俯瞰の視点を据えた構成で松子という見ぬ叔母の人生をあぶり出してゆくというのは構成としてなかなか上手い。文芸作品とは言い難いが、昼ドラを見るような気分で読むには充分楽しめるしそれなりに引き込まれる。
例えそれが身から出た錆であっても笑ってしまうほどの不幸と転落、そしてその死に方に至るまで、明らかになってゆく松子の人生というものは例えそれが世間では指弾されるようなものであっても希望を捨てず精一杯生きるということの美しさを教えてくれる。これはどん底へ墜ちてゆく不幸の物語ではなく実は明るく幸せな物語なのだった。

で、お財布に割引券があるのを発見して中谷美紀主演の映画も観に行った。事前に監督の中島哲也と中谷の間に確執があったなどという前評判(?)も聞いていたのでそういう興味もあって、小さな小屋ながら客席はほぼ半分の入りだった。

『嫌われ松子の一生』オフィシャル・ブック中島は前作「下妻物語」(2004年)で話題となったが、CF出身の監督ということであまり期待をしていなかったし、始まってからはまるで30秒コマーシャルのような画面の連続で、これは失敗かな、と思ったが見進めてゆくうちにそのケレン味たっぷりの構成が実は緻密に計算されたもので、特に後半からはその物語性が効果的に浮かび上がってくるのだった。随所にちりばめられた遊び、土曜ワイド劇場の片平なぎさを本人役で登場させたり、昭和40年代の歌謡曲をフルコーラスで歌わせたりという斬新な構成でもしかするとこれは後々日本映画史に残る作品かも知れないと大げさにも思ってしまった。最初ハズレと思ったものの結局こういうの全然アリでしょう、と言いたい気分。スピード感溢れる画面展開と効果的に差し挟まれるCGのミュージカル映画と言ってしまえば一言で言い得ているかどうか。

同じ不幸でもこれは明るく希望に繋がる中島版「ダンサー・イン・ザ・ダーク」だ。
2006年、130分。

■嫌われ松子の一生 オフィシャルサイト
- http://kiraware.goo.ne.jp/

July 03, 2006

『寝ずの番』

寝ずの番この映画を観て一昨年だったか中島らもが亡くなって、随分前の、といってももう20年以上前になるけれど「ぴあ」に毎号載っていたカネテツデリカフーズの広告を思い出した。当時この見開きの手書きマンガをみながら、一体この人どういう人なんだろうと思っていたが朝日新聞の「明るい悩み相談室」であっという間にメジャーとなりその後小説、劇団、バンドへと展開したが、その作品の一つがこの映画の原作となった「寝ずの番」だ。
話は上方落語の重鎮である笑満亭橋鶴の通夜の席で弟子たちが生前の師匠の想い出話を繰り広げるというもの。その後、一番弟子の橋次や師匠の妻、おかみさんの志津子も亡くなり、そのたび通夜で語られるエピソードがそれぞれに滋味深い。おそらくこの原作そのものが中島の創作落語とも言うべきものなのだろう。

監督は昭和の名監督マキノ雅弘の甥に当たる津川雅彦がマキノ雅彦とマキノ姓を名乗ってでメガホンを取り、配役も師匠の橋鶴に兄の長門裕之、鉄工所社長にマキノ雅弘と親交の深かったというコメディアン堺駿二を父にもつ堺正章、弟子の女房役に津川の娘、津川真由子、マキノ雅弘から芸名を受けた富司純子などマキノゆかりの俳優陣、ほか中井貴一、木村佳乃、岸辺一徳、笹野高史、高岡早紀、土屋久美子、蛭子能収、末弟子役で実際に芸人のプリンプリン田中章など。

津川真由子は赤ん坊の頃に誘拐され当時大きなニュースになって小生もそのときのテレビ報道をかろうじて記憶しているが、なんとまぁお母さんにそっくりではないですか。ちなみに母親は言わずと知れた浅丘雪路。
高岡早紀はあの事件以来どうも汚れ役ばかりなのだが、この映画でもちょっとここまでやってしまうか(勿論話の設定上)、という感じで少々なにか気の毒な感じもあり。木村佳乃はこういう気っぷのいい役は合っているかもしれない。

古典落語「らくだ」の死人のカンカン踊りとか、芸者だった志津子を巡って師匠と恋敵だった鉄工所の社長との艶歌合戦などを随所にちりばめて、軽妙で奥深い風情をにやにやしながら楽しめる大人向の佳品だ。
ちなみにこういう艶笑都々逸や替え歌のいくつかは小生もどこかで聞いたことあり。別にお座敷遊びをしている訳じゃありませんが(笑)。
こんな風情を作品として撮れる監督は津川ならではなのではないだろうか。2006年、110分。

■関連サイト
- 寝ずの番 powered by ココログ
http://nezunoban.cocolog-nifty.com/main/

July 01, 2006

墜ちる少年 / SABU 『疾走』

疾走 スタンダード・エディション昨日帰国したばかりでまだ時差ボケのまっただ中、12時間のフライトに4時間のトランジット、その後国内線に乗り換えて2時間、やっと着いたと思ったらそこからタクシーで1.5時間、成田までの時間を含めれば片道の移動だけで丸一日を超えてさすがに体にキた。しかもエコノミーでいまにも血管が詰まりそうだった。血栓が、血栓がぁっ!という夢までみたりして。ビジネスなんて夢のまた夢。マイルでアップグレードしようとしたが、満員で叶わず。しかしいつも思うのが、乗降口からエコノミー席に行くまでにビジネス席の脇を通るときの羨望と敗北感(笑)だ。たまに席の都合でビジネスに移れちゃったりするラッキーもあるが、そんなことは過去2度ほどしかない。

で、帰るなりTSUTAYAで重松清原作、SABU監督の「疾走」を借りた。是枝裕和「誰も知らない」(2004年、141分)に出演の韓英恵が主演だったからだ。実は重松清の作品は読んだことがなく、小説「疾走」が文庫で出ていたのは知っていたが全く事前情報なしに借りたというわけだ。

「沖」と「浜」という地域が互いに反目し合う、とある干拓地が舞台。兄の放火からやがて崩壊する家族。その弟と、両親の自殺で一人残された少女とが絶望と諦念のただなかでそれぞれの孤独を抱えながらまさに「墜ちてゆく」物語だ。

この映画を観ながら、これは風景が語る映画なのだと気がついた。
ロケ地はエンドロールによるとたしか茨城だったとおもうのだが、アルペジオで執拗にリフレインされるBGMとトラックの通る殺伐とした風景が素直に美しい。SABU監督らしからぬまた違ったテイストの作品に仕上がった。
以前同じことを感じた映画があって、それは瀬々敬久の「雷魚」(97年、75分)だった。これは私のなかでは邦画で五指に入る作品なのだが、この映画の風景も同じテイストを持っていて、殺伐とした日常風景が異常な美しさでそれ自体が一つの主題となっている作品だ。

少年に手越祐也、少女は韓英恵、共にセリフ回しがまだ辿々しいが、特に韓英恵は幸薄そうな役には適役で、教師への反抗から自らの髪をハサミで切るシーンが印象的だ。兄役の柄本佑も青春期の狂気を良く演じている。
豊川悦司が教会の神父役なのは一歩間違えると不謹慎にも笑いそうになってしまうのだが、さすがに上手い。ほか最近「嫌われ松子の一生」でも同じような役柄の中谷美紀、大杉漣、寺島進など。

以前、何かの雑誌だかで、つげ義春が「生きる力を打ちのめされるような絶望的な映画を観たい。」と言っていたのを思い出した。徹底的に、絶望的に美しく堕ちてゆく作品を私も観てみたいと思う。(2005年、125分)


■関連サイト
- 映画「疾走」 オフィシャルサイト
http://www.shissou.com/index_pc.html

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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