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21 posts from May 2006

May 28, 2006

メープルメロンパンと水銀スイッチ


ここは写真集を扱うブログなのに(そうだったの?!)なかなかその話題が出ないという声もなきにしもあらずだけれど、というよりそもそもどういうブログだか管理人の私もよく分からないのが横山やすし風に言えば正味な話、その散漫さは横のカテゴリをみて頂くとよく分かる訳で、結果的に写真集、写真の周辺、映画、古書、神保町、サブカル、60-70年代、口琴とか挙げてみると次から次、いま一言で纏めようとしたのに全然まとまらないのがご愛敬。Blog Peopleではよく分からないだろうと思って敢えて「古書とアートと写真集」となどという副題を付けたりしているが。
近頃はblog本なるジャンルが書店のコンピュータの棚にあふれ返るように刊行されていて、試しに一冊手にとってみると、「よく考えてテーマを絞ることです。」などとあって、そうか絞るのかぁ、何を絞るんやねんっ!などとツッコミながら感心して読んだりしているが、そんなこと書いて本になるのなら自分が書きたい位だ。でもそんなマニュアル通りにやってもオモロナさそう。とはいえテーマは大事なポイントには違いなかろうと思う。思うだけ、だけれど。

またかと言われそうだが、ここ一週間ほど炭水化物を極端に減らすダイエットをしていて結構痩せてきた、ような気がする。ただこのままずっと食べない訳にはいかないので、1週間に2回はご飯かパスタを摂ってバランスしているが、このくらいが体調的にもちょうど良い感じだ。と思ったところで東京駅エキナカのベーカリーで「メープルメロンパン」なるまるで地雷か小型爆弾のような、私的にはそのまま素通り出来ない甘美な響きに目も足も止まって、気がついたら1個買っていた。で、次の瞬間、半ば瞑想状態のまま食べ終えた自分に気がついた。ボー然自失。いやボーってどう書くんだっけ??そうじゃなくて、ただのメロンパンならいくらでもやり過ごせるが、そこにメープルがついてしまうと我を忘れてしまうのだ正味な話。いや賞味な話。
しかしメープルシロップってなんて美味しいんでしょう。このメロンパン、外はサクサク。なかはしっとりと過剰なまでにメープルが染み込んでいて美味。ご興味のある方、東京駅のなかを捜してみて下さい。

表題の水銀スイッチとは・・・紙幅の関係で(笑)これはまた別の機会に書きます。

May 26, 2006

ジオラマ写真からフォトモへ

この間エントリした、実際の風景をまるでジオラマのミニチュアのように見せる写真群から、街のディテールを立体として再現する写真、というか写真工作というか、非ユークリッド写真連盟のフォトモを連想してみた。このフォトモ、街並を撮影した紙焼きから建物や人などの部分をそれぞれ切り取って組み立て実際の街並を立体として再現するもので、昔、「散歩の達人」誌の付録として連載されていたのでご存じの方は多いのではないかと思うが、元が写真だけにディテールの緻密なミニチュアのようになって、出来上がった小さな街並はちょっと試しにやってみたい気にさせる。
既に撮影済みであとは組み立てるばかりの切り抜き帳が出版されていて、下記に挙げた最新刊は新宿の思い出横丁とか超芸術トマソン物件とかを机の上で再現できるようになっている。

前々からこのフォトモで不思議に思っていたのが、例えば古い家屋をフォトモにする場合、立体とするには当然屋根の部分も撮影しておかなくてはならないのだが、普通の撮影では仰角で撮ることになるから、屋根は撮影できない。疑問はその写せない部分のパーツをどうするのかということだった。しかし、この本を手に取って氷解した。つまり屋根は別に撮影した屋根のストックのなかから合いそうなものを選んで当てはめているのだ。なるほどね。
写真にはパースペクティブがかかるから、組み立てようとしても合わないため、歪みをアオリで補正するシフトレンズも欠かせない。

フォトモを提唱する美術家、糸崎公朗さんのサイトをみると、「非ユークリッド写真連盟」は改称して「非人称芸術連盟」となったらしい。随分前に流行った路上観察の流れが見て取れる。フォトモ以外にもツギラマというのもやっておられるが、これって小生がちょっと前にやっていたスティッチ写真のそのものだ。Flickrなどをみればもともとはホックニーのジョイナー写真から触発されてこれをやる人が世界中にいるわけで特に目新しい試みには思えない。

フォトモも面白そうだけれど、組み立てたものを置いておく場所がないのがこういう立体系ホビーの難点だ。一つ位ならいいがいくつも置くには少なくともウチの場合部屋が狭すぎる。かくして脳内でバーチャルフォトモをやるしかなかったりして。もともとバーチャルなフォトモをさらに脳内でバーチャルするのでは訳がわからなくなるけれど。


- フォトモの街角 糸崎 公朗著/アートン刊  フォトモの最新刊
4861930359

May 24, 2006

骨を折る / エキナカの仔猫

bottle
今日の突然の雨で不覚にも骨を折ってしまった。
といっても傘の骨の話だ。
買ったばかりの傘だったが、まるで台風のような強い風に抗しきれずに変な方向に曲がってしまって畳んでも綺麗に揃わなくなった。その傘を無理矢理畳んで中央線に乗り窓からぼんやり荻窪辺りの空を見ていると、時折稲妻が光って体がむずがゆくなる。小さい頃からカミナリが光ると磁気の乱れが影響するのかどうか分からないが、いつもそういう感覚がわき起こる。そういえば随分前に結婚したばかりの姉の家に遊びに行ったときに、そのマンションから西の空に遠く雷が光っているのを見て、それが随分遠いために音もなくただ遠くの空の一角で稲光りだけをしているのが不思議な光景だった。まだ梅雨入りはしていないようだが、鬱々とした空にも最近ノスタルジーのようなものを感じてしまう。

この間のエントリで東京駅丸の内南口にあるコインロッカーの猫について書いたのだけれど、その後、工事が進んでこのコインロッカーが今日は半分ほど撤去されていた。もう猫はどこかに行ってしまったか、もしかして保健所へ?、などと縁起でもない想像をしたが、よく見るとその残ったロッカーの陰で、二匹の黒い仔猫が皿の餌を食べているのをみてホッとした。親猫も何匹かいたのだが既にその姿は見えず嫌な予感がした。でも誰かが餌をやっている位だからそう悪い想像をしなくても良いとは思うが、だれか里親になってやらないものだろうか。

写真は学生の頃に練習で撮ったホルベイン製テレピン油のボトル。ビンのなかに遠雷を連想してアップしてみました。(マミヤRB67proS/mamiya sekor 127mm)

May 21, 2006

団塊世代へのオマージュ / 雑誌『団塊パンチ』創刊

団塊パンチ (1)
以前このblogでこれから定年を迎えてヒマもお金もある団塊世代を当て込んだ雑誌が出現するだろうと書いたが、果たして飛鳥新社から「団塊パンチ」誌が創刊された。まずはやはり出たかという感想だ。平凡パンチをモジったとおぼしいこの題名は少々あからさま過ぎるが、腰巻きの「50歳以下の方には意味不明な単語が頻出します。ご注意ください。」という素敵すぎる惹句に続いて、VAN、ヤング720、風街ろまん、アップルハウス、ボブ・ディラン、飯倉キャンティ、キャロル、MOJO WEST、あしたのジョー、寺山修司、GORO、LSD、横尾忠則などなどの単語が並んでまるで自分を挑発するかのようだ。(念のため誤解無いよう断っておきますが、小生は60年代に興味はありますが、いわゆる団塊の世代からみれば赤ん坊のような世代です。ちょっと言い過ぎですが、笑)

創刊号は、「Back is Beautiful――未来は後方にあり」として60年代をテーマに特集している。
本当に団塊世代ではなくとも、むしろ60年代に興味のある若い人も気軽に手に取れる雑誌であればなお良いと思う。つまり単に懐旧をテーマとするのではなくて、世代を限定せずに60~70年代のファッションや映画、アートなどのテイストを味わえる雑誌が出てくれば嬉しいのだが。これは単なる個人的趣味かも知れないが。

ダ・ヴィンチ・コードと微熱と男の墓場

久しぶりに風邪を引いて微熱が出ている。と書こうと思って過去ログを調べてみたらつい最近も同じ書き出しのエントリがあって、むしろ最近風邪を引きやすくなっているのかも知れないと気づいた。しかし気分が悪くならない程度の微熱は程良く脱力が出来てむしろ体が休まることもある。気分的にもこの脱力で解放される部分もあって、こういう風邪は一種の解毒作用かも知れないと思う。

「ダ・ヴィンチ・コード」が鳴り物入りで喧伝されて少々食傷気味の昨今、昨日は映画が封切りということでYahooの映画掲示板を覗いてみたら、案の定芳しくない評が。この掲示板は特に採点が辛い傾向があると思うが、恐らくそんなものだろうと思うし少なくとも小説を読んでいれば映画の面白みも半減だろう。キリスト教の歴史的下地がない日本では「へぇ、そうなの。」という感想しか出てこないし、このことで自分の思想信条やアイデンティティが脅かされることも大半はないだろうから、欧米で上映反対運動が巻き起こっているとか、バチカンの司祭がこの映画を観るなと言ったとかのエピソードは、実はバチカンもハリウッドも一致協力してこの映画を宣伝しているのではないかと勘繰ってしまう。この衝撃(?)の事実が衝撃とならない国で衝撃を与えたいがために、なんで衝撃なのか(笑)という前フリを一生懸命やっているマスコミだかプロモーターの姿は少々滑稽でさえあるかも知れない。とにかく結論はウチは曹洞宗ですから、ということで。
ちなみに原作は良くある文化史ミステリとしてなかなか面白かったです(読んでんじゃん)。 

それより無料ストリーミングのGyaoでやっている杉作J太郎の映像ブログ「男の世界を求めて」を見れ!と言いたい。代々木公園を自分取りのカメラを回しながら実況しつつ歩くシーンはもう何と言っていいか、面白すぎ。
しかし、「男の墓場」Tシャツは「着られないTシャツシリーズ」として一枚欲しい。

- 男の墓場プロダクション
 ダ・ヴィンチ・コードにも劣るとも勝らないこの豪華キャストを見よ!

May 16, 2006

コインロッカーの猫からヴァニラ画廊へ

東京駅の丸の内南口改札を出て左手方向の通路にあるコインロッカーの前を通るたびに、なにか視線を感じてよく見ると、それはロッカーの上で寝そべる猫だった。まだ若い黒猫だ。
別の日にまた前を通りかかると、今度は同じ黒猫が二匹。多分親子だろう。そう思ってまた別の日に通ると、今度はその二匹に茶の斑猫が三匹ほど寄り添って寝ている。
ここは東京駅の構内だ。
それから朝夕に前を通りかかると、猫たちがいるかどうかどうしても確認しないではいられないようになった。
以前、昔の東京ビルヂング、今はTOKIAとなって三菱電機が入っているビルの向かい、はとバスの発着所にならんだ高架下の飲食店を餌を貰いながらうろつく猫がいたが、最近は見かけなくなった。
こんな東京駅のど真ん前に野良猫が生きていけるのかと心配したが、このコインロッカーの猫も、よく見ると小さな箱が置いてあって誰かが餌をやっているらしい。ついこの間から東京駅ステーションホテルが改修で休業に入ったが、そのために追い払われなくなったのか、もしくは改修の為に今までいた場所から追い出されたかのどちらかだろう。

などと思いながら(こればっかり)、銀座六丁目、松坂屋裏あずま通りにあるヴァニラ画廊で作場知生さんの展覧会【hideout】を見に行ってきた。このヴァニラ画廊はフェティッシュ系アート専門の画廊として知られるところ。既にビル自体の古びた質感がまるでひとつの作品のようだ。ビルに入りエレベータのボタンを押すともう世間から隔絶されたような感じがいい。

絵もさることながら、まるで標本箱のような小さな箱のなかに朽ちた金属や木肌の質感を閉じこめた情景の作品群に惹かれた。黒光りした配管や配電盤、バルブや小さな裸電球の、その箱のなかでひっそりとリアルなマチエールは覗くほどに引き込まれそうになる。BGMのノイズ系アンビエントもこの画廊の雰囲気を増幅してまるで異界に彷徨うかのようだ。

- :--------r-u--------: 作場知生ウェブサイト

May 14, 2006

夜の爪、太田姫稲荷

太田姫稲荷神社本祭爪を夜切るのは縁起が良くないという言い伝えが気になって、その昔の夜は満足に灯りもない暗がりで、しかも昔のハサミのような爪切りで切れば怪我もするよという生活のなかの戒めであって、既に煌々と明るい照明のある現代ではその意味を失っているとは分かってはいるものの、縁起が良くないと言われてしまうと、わざわざ朝になるまで爪を切らずに我慢したりする。この間、そう歳も違わない友人と話していて、食事中に同じ皿に箸を同時に付けるのは縁起が悪いという話をしたら、そんな話は聞いたことがないという。こちらもそれがなかば常識と思っていたので友人が知らないことに驚いた。自分は同時に箸を付ける、あるいは箸同士が触れるとその都度父親に手厳しく叱られた。これは火葬の際に骨を拾う作法を連想させることから来ているというのを知ったのは随分後のことだ。当時は理由も何もなくただ怒られていた訳だ。しかし、親によっては例えそれが縁起が悪いと知っていても、わざわざそれを伝えることはないという合理的な考えの家庭も多くあることだろう。友人が知らないのもあり得ることだ。むしろ最近の若い家庭ではこういう食事中の禁忌など皆無なのではないかと思う。見苦しいから、という叱り方はあっても、縁起が悪い、という価値観でたしなめるということは随分少なくなったのではないだろうか。
でも、この縁起が悪いという生理的な感覚を伴う躾の仕方、というものをそう簡単に切り捨ててしまうのは如何に合理的であってもそれが昔から続いて来たことであればどこかに残しておきたい気がする。

などと考えながら駿河台を下っていると、威勢の良い声が。
今日は太田姫稲荷社の本祭で御神輿がでているのだった。思わずケータイで写真を一枚。
池波正太郎の「剣客商売」で、秋山大治郎がちょうど太田姫稲荷の前を通りかかったところで曲者に斬りつけられるという下りがあって、そういえば、老中の田沼邸はこの辺りじゃなかったか。
あれだけ担いだら随分カロリー消費になるだろうなどと思いながら駄洒落でレストランカロリーで食事。久しぶりに髪を切った。数えてみると3ヶ月伸ばし放題だった。これで少しは体重が落ちたかも(笑)

May 13, 2006

NHK『マチベン』 事務所のロケ地は・・・

今日、NHK土曜ドラマ『マチベン』が今日終了した。竜雷太の孫をかばい無実の罪に服する役は迫力があった。そういえばかつては七曲署の刑事だった竜だが、今回は塀の中だ(笑)。
江角のセリフ回しはもう少しといったところだが今後、続編の放映を期待したい。

さて、マチベンの事務所は「えびす堂」という名のレトロな薬局を弁護士事務所にしている設定だが、実はレトロな味わい街並がかろうじて残っている東京都文京区本郷、旧壱岐坂の先、大横丁通りがロケ地だ。

この建物は1928年に建てられた「加藤薬局」で、ドラマの設定も薬局なのが面白い。

この辺りからお茶の水、神保町まで休日にでもそぞろ散策するのも悪くない。

写真展『写真家親子の肖像』@キャノンギャラリー

写真家親子の肖像キャノンサロンがキャノンギャラリーへ名称を変更して一周年の記念企画として開催された「写真家親子の肖像」展がゴールデンウィーク中に開催されていて、偶々仕事で銀座へ足を運んだこともあって寄ってみた。

写真家の親子12組24名が、親は子を、子は親をお互いに撮り合うという趣向で、メーカーギャラリーらしく撮影にはキヤノンのEOS DIGITALを、出力はこれも勿論同社の最新型大判インクジェットプリンターで行っている。

写真家親子は、加納典明・加納周典、岸本 健・岸本 勉、北井三郎・北井晴彦、熊切圭介・熊切大輔、齋藤康一・齋藤幹朗、高村 規・高村 達、富取一明・富取正明、芳賀日出男・芳賀日向、広田尚敬・広田 泉、藤井秀樹・藤井立秀、水谷章人・水谷たかひと、柳谷次男・柳谷克実 と、写真界でも重鎮と言われる方々。
しかしこれほど子が写真家となっているとは。加納典明はひと頃テレビによく出ていたが最近見かけない、とおもったもののblogを見ると相変わらず過激に活動されているご様子。しかし大判インクジェットの迫力は凄いですね。(写真はパンフレットより藤井秀樹・藤井立秀親子。)

May 11, 2006

ゲゲゲのゲロゲリゲゲゲ

今日はフィギュアスケートの荒川静香と芸人ザブングルの加藤歩がかなり似ているというか骨格においてほぼ同じ、ということを発見した充実の一日だった。その前に、まずザブングルって知ってますか、と一応確認。これを同僚に言ったところ、何故か怒られた傷心の一日でもあった。しかし怒らんでも。

実写版の「ゲゲゲの鬼太郎」がクランクイン、というニュースをみて目を疑った。鬼太郎を実写で?なんでもウエンツなんとかというタレントが鬼太郎役で、ねずみ男がHTB「水曜どうでしょう」の大泉洋と。大泉はそのままノーメイクでねずみ男を演れそうだが、鬼太郎は細面のウエなんとかでは気分が出ない。

テレビドラマデータベースによると、これまで実写版の鬼太郎は一作あって、85年に六浦誠が鬼太郎役。ねずみ男が竹中直人。ほか、戸浦六宏が鬼太郎をやったこともあったらしい。戸浦六宏といえば日本人でありながらヒトラーを演じたほどの異色俳優。もう物故しているが、戸浦ならウ某に較べたら鬼太郎指数は格段に高い。

表題のゲロゲリゲゲゲってご存じでしょうか。ノイズミュージックのユニットで、その道では有名なアーティスト。
語呂だけでちょっと題名に使ってみました。

May 09, 2006

【訃報】並河萬里逝去

シルクロードをモチーフとした重厚な作品で知られる並河萬里氏が逝去との報。
随分昔のことになるが、学生の頃知り合った友人が当時日芸、日本大学芸術学部の並河ゼミに所属していた。なかなか礼儀正しく、写真に対しても真摯な取り組み方をしていた青年で、そこから並河ゼミの雰囲気が伝わってきたような気がしたものだった。
まだ70を超したばかりで、こういう著名な作家が次々と物故してゆくのは寂しい。ご冥福をお祈りします。

May 08, 2006

作場知生展 【hideout】@ヴァニラ画廊

このサイトでもこっそりフリーのWeb素材をお借りしているアーティスト、作場知生さんの展覧会が今日(2006年5月8日)から銀座のヴァニラ画廊で開催。

2006年5月8日~5月20日
ヴァニラ画廊 (vanilla-gallery) 銀座松坂屋裏あづま通り第2蒲田ビル4階
http://www.vanilla-gallery.com/index.html

小生、今週あたりに寄るつもりです。

May 07, 2006

赤ヒ夜、マチベン、亀田三兄弟、新世紀書店

NHKの土曜ドラマ「マチベン」がいよいよ佳境に。沢田研二がなかなか良い味を出しているし江角も彼女らしい性格設定でプロットにも引き込まれる。でも昨日の第5話で話の筋が読めてしまったのが少々残念。来週放映で最終回。

近所の古書店で花輪和一の「赤ヒ夜」購入500円。以前持っていたが売ってしまったこともあり、安いのでついまた買ってしまった。20年前に読んだものを改めて読むのも懐かしい。家族に対する憎悪の念、因果、因縁などというテーマをこうも執拗に描き続けることに既に因果因縁を感じてしまうのだが、作中「牛耳る女」「かかと」などが再読しても新鮮だ。

昨日の「きっこのブログ」で亀田三兄弟のボクシング戦の書き込みがあって正直このブログの妙な偏向ぶりに辟易していたものの昨日の記事はまさしく我が意を得た思い。まぁ、これ以上書くまいとは思うが。しかしプロゴルファーや音楽などでも子供をプロにしたいが為の親のエゴというものにいつも気味の悪さを感じてしまう。最初は素直な子供も自我が確立してゆく過程で次第に疑問を持ち、本当に自分がしたいことは何なのかというような、親の型にはめられる窮屈さを自覚するようになるケースがプロとなって名が売れた後でも多いような気がするし、そういう意味で亀田三兄弟は話すことはまるで一人前のようだが、まだまだ素直な子供なのだろう。お父さんを信じて疑わない少年期真っ最中なのだ。しかし、この後どう変化してゆくのか、ボクシングとは全然関係ない部分で興味津々だ。

2004年に渋谷のパルコで二週間だけ開店していた実験書店、「新世紀書店」がドキュメントとして出版されている。著者は杉並北尾堂の北尾トロ。これからの書店のあり方についてなかなか興味深い話。

新世紀書店--自分でつくる本屋のカタチ
新世紀書店--自分でつくる本屋のカタチ

ジオラマライク+アオリの写真家たち 3

Tom Merilionもアオリの手法であたかもミニチュアを接写しているかのような作風の作家だ。

- Belfast Exposed Exhibitions: Concrete Dreams - Tom Merilion

バーミンガムの街並みを撮影したものでこの手法を存分に堪能できる作品。上記は2001年4月に行われた展示会の解説のようだ。

※どうもこの人は本当にジオラマを作ってあたかも本物のように撮影する作家という説もあるようです。
 しかし作品をみてもそれがどちらなのか分からないというのはまさしく作家の意図するところでしょうか。

■月球儀通信:関連エントリ
- ジオラマライク+アオリの写真家たち
- ジオラマライク+アオリの写真家たち 2
- ジオラマに住む私たち / 本城直季 『small planet』

May 06, 2006

ジオラマライク+アオリの写真家たち 2

Scanscape: A Visual Essay About a Global Phenomenon
昨日に引き続き、アオリを使って風景をミニチュアのように撮影した作品として。Marc Raderの写真集「Scanscape: A Visual Essay About a Global Phenomenon」(共著)がある。既に2000年2月に刊行された写真集で、サイトをみると当時相当話題になった有名な作品のようだ。ちなみに前述のMiklos Gaal「Sightseeing Tour」は昨年2005年8月に刊行されている。

しかしそれぞれが本当にミニチュアのようでみていて楽しい。
既にオリジナリティ云々ではなくて、これはそういうジャンルの作品群として楽しめばよいということだろう。

■月球儀通信:関連エントリ
- ジオラマライク+アオリの写真家たち
- ジオラマライク+アオリの写真家たち 3
- ジオラマに住む私たち / 本城直季 『small planet』

May 05, 2006

ジオラマライク+アオリの写真家たち

Miklos Gaal: Sightseeing Tour

昨日、本城直季の写真集 『small planet』についてエントリしたのだが、その後Webの波間をかいくぐるうちに、偶然とてもよく似た写真を見つけた。フィンランドの写真家Miklos Gaalの作品、「Sightseeing Tour」だ。やはりアオリの技法を用いて風景をミニチュアのように撮影した作品で、そのアプローチの仕方、技法をみても同じコンセプトのようだ。

他にも、いろいろと調べてゆく内に、こういう撮り方をする写真家がかなりの数存在することが分かり写真のオリジナリティとは一体なんだろうかと考えさせられた。誰がオリジナルなのか、ということにこだわるつもりはない。むしろ写真という限られた技法の制約のなかで、偶然同じ発想をする人が広い世界のなかで存在してもなんら不思議ではないし、自然なことだとも思う。ただこれらがコンセプトを前面に押し出した作品であるだけに、自分のなかでオリジナリティというもののあり方を再考するきっかけとなるかも知れないとは思う。

(Miklos Gaalの作品はサイトで観られます。Googleで検索してみてください。)

■月球儀通信:関連エントリ
- 月球儀通信 : ジオラマライク+アオリの写真家たち 2
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/05/_2_cd87.html
- 月球儀通信 : ジオラマに住む私たち / 本城直季 『small planet』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/05/_small_planet_5b25.html
- 月球儀通信 : ジオラマライク+アオリの写真家たち 3
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/05/_3_1d23.html
- 月球儀通信 : ジオラマライク+アオリの写真集
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2008/10/post.html
- 月球儀通信 : ジオラマライク+アオリの動画 / Tilt-Shift photography
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2008/11/post-c94e.html

『+81 vol,31 Photographer issue』

「世界16カ国で愛されているクリエーターを紹介する、日本語・英語のバイリンガル雑誌」を標榜する「+81 plus eighty one」誌の最新刊vol,31は「Photographer issue」としてマイケル・ケンナ、荒木経惟、松江泰治、森山大道などを紹介。しかしここ最近の森山の雑誌露出度には驚かされるものがある。要check。

■関連サイト
- +81

May 04, 2006

ジオラマに住む私たち / 本城直季 『small planet』

small planet
博物館などによく展示されている精密に再現された街並み、あるいは鉄道模型や戦場の情景をディテールまで再現した立体風景、ジオラマはそれが良くできているほど飽きずに見入ってしまうものだ。

リトルモアから出版された本城直季の「small planet」は、実際の風景をあたかも精巧に作られたジオラマのように撮影した写真集だ。いかにも小さなミニチュアのように見えるが、実は本当の風景なのがにわかには信じられない。
これは久々に驚きの視覚体験。赤瀬川原平風に言えばまさしく「眼の事件」だ。

サイトのインタビュー(下記)によれば、予想通り4x5のカメラを使用してアオリで撮っているとのことだが、つまりアオって意図的に被写界深度を極く浅くすることで、あたかも至近距離からクローズアップしているかのような視覚効果をもたらしているということだろう。見る側にとっては、この「深度が浅い」ということが、小さいものをマクロで写している、という判断に結びつくようすでに脳内にコード化されているということかも知れない。
このいわば「視覚文法」ともいうべきものは、写真の機械的な特性を視覚的な経験として後天的に体験して得たものだろうと思う。仮に写真というものを初めてみる人がいるとすれば、こういう効果が生まれるかどうかは疑わしいのではないか、いやもしかすると、写真というより元々人間が持っている「眼」の構造そのものに由来するものかも知れない。よく眼にする認知心理学での錯視のパターン、あれに似ているかも、などといろいろと疑問がわき出て混乱してしまう。
しかしそんなことは考えずとも、「これは本当に実際の風景なのだろうか。」という驚きに身を委ねるのが上質なトリックアートを見るのに似て楽しい。下記のサイトでも作品の一部が見られます。

■関連サイト
- Tokyo Source: 012 本城直季(写真家) 本人へのインタビュー
- MONTHLY RECOMMEND / 2004.10 / 今月のアート情報
- ::::::StairAUG.::::::

■月球儀通信:関連エントリ
- ジオラマライク+アオリの写真家たち 
- ジオラマライク+アオリの写真家たち 2
- ジオラマライク+アオリの写真家たち 3
  調べると同様の技法を使う写真家は随分以前からかなりいるようです。

May 03, 2006

『夜想 第3号/特集#耽美』

夜想;耽美
yaso―特集+耽美 Yaso(夜想)
yaso―特集+耽美    Yaso(夜想)

ペヨトル工房が2000年に解散してのち、そのスタッフが立ち上げた出版社ステュディオ・パラボリカから復刊された「夜想」の第3号「特集+耽美」が先月刊行された。

作品、執筆には楠本まき、嶽本野ばら、やなぎみわ、山口小夜子、野波浩、山本タカト、丸尾末広、松井冬子、小谷真理、松岡正剛、フローリア・シジスモンディ、など。

また、神保京子による特集「写真術の誕生と耽美」では細江英公「薔薇刑」、川田喜久治「世界劇場」ほかギリシャ少年をモチーフとした写真で著名なグローデン伯爵、自身の娘を被写体とした少女ポートレートのイリナ・イヨネスコなどが、「三島由紀夫特集」では、堂本正樹「三島由紀夫と「切腹ごっこ」――苦悶と歓喜の合一」、矢頭保/飯沢耕太郎「OTOKOの物憂げな闇――写真家・矢頭保の世界」、高橋睦郎「裸の三島由紀夫を撮った男、矢頭保の肖像」として三島自身が演ずるナルシズム溢れる異色のポートレイトを掲載。三島関係の類書でもなかなか目に触れることのない珍しい写真だ。

表紙は日本画家である松井冬子の作品。日本画をベースとして西欧中世のテイストも感じさせる耽美的作風で、応挙などに通じる幽霊画をモチーフとした作品「夜盲症」や死体の変化を観想する仏教の修行をモチーフとした作品「浄相の持続」など、そのモデルかと見まごうばかりの美貌と相俟ってまさに異才というにふさわしい。

■関連サイト
- 2minus ____ Studio Parabolica
- 松井冬子公式サイト 
- 'Round About 松井冬子(対談)
- 松井冬子インタビュー: YOMIURI ONLINE(読売新聞)

May 02, 2006

『スウィングガールズ』と『ピンク・フラミンゴ』

スウィングガールズ スタンダード・エディション昨日中野ブロードウェイの某マンガ古書店に青林工藝社関係のマンガを漁ろうと店に入った瞬間に、万引き防止のアラームが鳴り、反応したアルバイトとおぼしき女性店員が「お客様、確認をさせて頂いてよろしいでしょうか。」とすり寄ってきた。「え?!僕はいま店に入ろうとしたんですよ。出るんじゃなくて。見てたでしょ。」と返したら「ほかの店舗から出てきた可能性もありますから。」「もしそうならそのときに鳴って呼び止められてるはずじゃありませんか?」と心暖まる会話を続けていたら、責任者らしい男性が低姿勢でこれまたすり寄ってきて、「お客様、もしかしてレンタルビデオをお持ちではありませんか。」「持ってますよ。確認します?」とバッグから取り出し、もう一度ゲートをくぐって鳴らないことを確認。レンタルビデオ店では貸し出し手続きでタグを無効化し鳴らないようにしてあるのに他の店には反応することを初めて知った。その後、明屋書店を始め店に出入りするたびに鳴ること鳴ること。ピンクフラミンゴそのレンタルビデオが「スウィングガールズ」と「ピンク・フラミンゴ」だった訳。しかしこれほどテイストの違う組み合わせはないだろう。

矢口史靖監督は「ウオーターボーイズ」(2001年、91分)が大当たりしたが、これはその女の子版の青春コメディだ。主演の上野樹里はこういう明るいイメージも良いが、どちらかというと2006年3月フジテレビ放映の「翼の折れた天使たち」での何かを背負った暗い役どころが合っているような気がする。2004年、104分。

一方、ジョン・ウォーターズの「ピンク・フラミンゴ」は既にカルトムービーとしても余りにも有名だが、小生は未見だった。お下劣さを競ってエスカレートする70年代のアンダーグラウンドカウンターカルチャーという言葉そのもの。インモラルの博物館というか悪趣味映画の代表格だ。70年代のファッションも必見。未見の方は是非。72年、92分。

しかし、どういう二本立てだろう(笑) 

May 01, 2006

『イメージフォーラム』誌

イメージフォーラム

やっと一息ついて休みがとれたので本棚の整理を始めたら、奥から99年に再刊されたイメージフォーラム誌のバックナンバーが出てきてつい見入ってしまった。イメージフォーラム誌は四谷のイメージフォーラム、ダゲレオ出版が発行する雑誌で商業映画から実験映画まで映像をテーマとした季刊誌だった。95年7月号を最後にして休刊となっていたが、その後99年春に版型を変え、新装復刊したものの99年冬号までの4冊でまたまた休刊してしまった。
サイトを確認すると、まだ在庫があって入手可能だ。それどころか、以前の86年以降の号も在庫があればいまだに購入可能のようで少々驚いた。増刊号のタルコフスキーやグリーナウェイ特集は手元にあっても良いかも知れない。
(写真の各号の表紙は、アッバス・キアロスタミ、トリン・T・ミンハ、手塚眞、スーザン・ピットの各氏。カメラは当時小生が愛用していたオリンパスXA with 四隅が滝のように流れる&光量が落ちるレンズ。)


■関連サイト
- イメージフォーラム/ダゲレオ出版

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

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    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
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    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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