« 日本ブログ大賞2006に「きっこのブログ」 | Main | 本屋大賞2006に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 »

April 04, 2006

ウィトキン、伊藤高志、ブラッケージ

いっとき寒が戻ったものの今週は春らしく暖かくなって皇居の芝生で昼食に弁当を広げたい気分。というか皇居の芝生は立ち入り禁止なので多分広げない方が吉。でも楠公像の周りの芝生は入れるので昼休みに木陰で弁当アンド昼寝など楽しめる良い季節になったものだ。出来ることならそのまま2時間ほどシエスタして直帰を敢行してみたい。あれ、ズボンに芝生がついてますよ、などと言われて顔を赤らめるようなこの季節の昼寝ほど気分が良いものはない。冬に溜まった疲れが緩んで眠るほどに排出されて行くようだ。そんな昼寝のさなか中井英夫と稲垣足穂に理不尽な説教をされる夢をみた。内容は覚えていないが。しかしなんでこんな夢みたんだろう。

四谷のイメージフォーラムから出ているアートドキュメンタリー「ジョエル・ピーター・ウィトキン、消し去れぬ記憶」は随分昔に買ったビデオだが、昨日あたかもBGMのようにして見るともなくみた。ウィトキンは動物や人間の死体、奇形などをモチーフにした写真家で有名だが、4x5で撮影したネガフィルムをカミソリの刃で直接削ってプリントに独特のマチエールを醸し出すという手法を取っている。このフィルムを削るという行為でブラッケージを思い出した。彼の作品もフィルムを削り、汚し、燃やすなどした実験映画で知られるが、ネガフィルムは対象とプリントを繋ぐ不可侵の聖域という思いこみを作家というものは易々と乗り越えるものだと感心した記憶がある。

実験映画から、以前今はなき大阪梅田のシネ・ヌーヴォでみた伊藤高志「イルミネーション・ゴースト」を連想した。この作品もイメージフォーラムから出ているが、16ミリのボレックスでコマ取りをしたアナログによる超絶映像だ。デジタルではおそらく簡単にイメージを創れるのだろうが、この人力による執拗かつ計算し尽くされたイメージの連鎖は、フィルムという肌触り、コマの連鎖というアナログ的な実存から生まれたもので、それでこそ語りかけるものに力を与えている。
未見の方は一度ごらんになってください。とにかく圧倒されます。

« 日本ブログ大賞2006に「きっこのブログ」 | Main | 本屋大賞2006に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 »

CINEMA」カテゴリの記事

ビデオアート/8mm」カテゴリの記事

写真」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21097/9434157

Listed below are links to weblogs that reference ウィトキン、伊藤高志、ブラッケージ:

« 日本ブログ大賞2006に「きっこのブログ」 | Main | 本屋大賞2006に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 »

NAVIGATION

無料ブログはココログ

search


  • Google

thank you!