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13 posts from April 2006

April 29, 2006

「書籍関連リンク」をサイドバーに設置

★サイドバーに「書籍関連リンク」を作成。
新刊、古書、図書館、電子図書館の分類で、主に書籍検索を目的に作成致しましたので、どうぞご活用ください。

April 28, 2006

ベトナムごっことラマンどうでしょう

ここ何日か更新出来ないほどの忙しさで帰れば寝るだけという生活。連休前のせいもあるが体力的に辛い。そんな私を心配してかどうだか、友人に「これで和んでみてよ。」と手渡されたのが「水曜どうでしょう」の録画DVDだった。ベトナムをカブ、つまりお蕎麦やさん出前御用達の、あのホンダのスーパーカブで走破するという話だった。昨日はそれを寝床で見ながらそのまま寝てしまったがなかなか面白かった。睡魔には勝てなかったけどあとでゆっくり見るからね。しかしベトナムの交通事情は聞きしに勝るカオスぶりで対向車線から車は飛んでくるわ人、バイクがランダムに横切るわ。そこに牛、アヒルなどが絡んできてよく人が死なないものだ。というか多分かなり死んでると思う。
以前、中学生のころに読んだ、あれはたしか遠藤周作じゃなかったかと思うのだけれど、70年代の若者が睡眠薬でラリって銀座だか新宿だかの交通量の激しい道路で、信号が赤に変わって車が動き出す瞬間の横断歩道を走って渡るという遊びというか度胸試しに言い及んでいて、これを「ベトナムごっこ」と呼ぶというのを思い出した。あれはまさしくこのことか、とDVDを見ながら合点した次第。多分こんな遊びが流行ったのは当時ベトナム戦争も背景にあったのではないかと思う。

ラマンやまだないと、の漫画が原作の映画「ラマン」を借りてみた。
オジサン三人と愛人契約する17歳の女子高生が次第に大人になってゆくという話。女子高生役の名前は覚えていないが、オジサン役には田口トモロヲと大杉漣、村上淳というキャスティング。監督は廣木隆一。とにかくこの二人がチラとも出ていない作品を探すのに苦労するほど邦画での露出度が高い田口と大杉だが、逆にこの二人がメインだからこそ借りたくなったというのもある。映画としてはそう飛び抜けたものでもなかったけれど。で、「ラマン」で映画データベースallcinemaを検索してみると、ウルトラマンとかミラーマン、ゼブラーマンから果てはラ・マンチャの男などが大量にヒットして苦笑。そうだ、少女役は安藤希だった。多分覚えられそうにない。

April 23, 2006

北野武 『TAKESHIS'』

TAKESHIS'こういう映画は評価が二分されるのが常なのだけれど、同時に観るものにもそれなりの心構えが求められる。そのときの気分によってそれに乗れるかどうかで文字通り評価が別れるような気がする。いわゆる北野フリークにはそれまでの北野作品の引用やなじみの映画文法という背景があってこそ面白みがあるのだろうと思うが、小生には少々退屈だった。平たく言えばマニアックな見方というか、大向こう受けはする作品なのだろう。ここに物語を期待して観るとすれば退屈で自己満足な作品と受け取られるかも知れない。
小生の感覚では北野の映画は初期の作品ほど面白い。皮相的な見方とは思うが、評価が高まるにつれ気負いが先行し少々観念的すぎる方向に走っているように見える。しかし北野は暴力や痛みなどのフィジカルな部分に常に繋がるところに妙味や持ち味がある作家だとすれば、例えばフェリーニの「8 1/2」や黒沢の「夢」のような作品を作るにはまだまだ若いし早いのではないだろうか。

北野の映画をみていつも思うのが独特の「間」で、映像のはざまに巧妙に置かれたこの間というものがいかにも北野らしさを生んでいる。思うにこの間と言うものを排除してきたのがハリウッド映画だろうし、ハリウッドを模倣しようとしたいわばエピゴーネンとしての日本映画やその他各国の作品が、本来それぞれの土地柄、民族性というものをスポイルしてきたというのが80年代以降の流れと勝手にも決めつけるとすれば、そういう背景のなかで北野の作品はまさしく日本的な感覚が色濃く、それこそ外国の映画祭などで高い評価を得る理由のように思う。次作にも期待したい。2005年、107分。

April 18, 2006

NHK土曜ドラマ「マチベン」とミジンコ

ここ何日か、エントリを書いて投稿をしようとすると、「問題が発生しました。直前の操作に原因があるものと思われます。」というメッセージが出てせっかく書いたエントリが消えてしまい、もう一度同じ文章を書く気が失せて結局何も書かずに泣きながら寝床へ向かう数日。問題の原因はあくまでユーザにあるというこの釈然としない決めつけに枕を濡らすこの一週間だった。と、多少サボりの言い訳も入ってますが、全然関係ないけれどこの間、中野でジャズサックス奏者の坂田明さんを見かけた。もしかしたら酷似した他人かもしれないが、そうだとすると世の中には似た人がいるものだ。いや、間違いなく本人だと思う。心の中で「ミジンコや。ミジンコのオジサンが歩いとう。」と縁もゆかりも住んだこともない播州弁でつぶやいたのは何故か。知らんわ木瓜。

さて、最近お気に入りのドラマはNHK土曜夜の「マチベン」だ。これがNHKドラマ初出演となる江角マキコが元検事の弁護士役、著名な弁護士事務所を飛び出てマチベンとなる神原弁護士役に山本耕史。マチベンとは町にある小さな弁護士事務所のことだ。変に話を引っぱらず一話完結なのが好ましいし、並行して江角が検事を辞めたいきさつが次第に明らかになってくる構成も惹かれる脚本だ。
子供を産んでも変わらないいかにも体脂肪率が低そうなスタイルの江角は、強い女というイメージそのもので結構同性にもファンが多そうだが同時に嫌いなひとも多そうなところがまさしく強い女の所以だろう。実力のある女優ではあるが小生が「もし」女性だったら逆に余り好きになれないかも。そういえば彼女、結局国民年金は払ったのだろうか。そういう話はおいといて、いまのところ2話が終わって次回が楽しみだ。

■関連サイト
- NHK土曜ドラマ「マチベン」

April 15, 2006

フォントがおかしい

ココログの機能変更が終わってからいろいろと不都合がでていたが、今度はフォントがいつの間にかおかしくなっている。サイドバーのプルダウンメニューが文字化けしている。IEではダメになっているが、Operaやネスケ系のブラウザでは表示されている。なにかが変わっているに違いない。

デザイン変えてみました。またすぐに戻すと思います。

April 11, 2006

サヨナラ三角、また来て・・・

書を捨てよ町へ出ようNHKの番組「知るを楽しむ」、火曜日は美輪明宏の「私と彼のただならぬ関係」と題した寺山修司の評伝を放送していて、第2回の今日は寺山の実験演劇を紹介していた。阿佐ヶ谷を舞台に街そのものを劇場として見立てるという趣向。ついにはおきまりの官憲も登場して70年代カウンターカルチャーの空気が阿佐ヶ谷という街にもふさわしい。
天井桟敷はこの実験演劇をヨーロッパの街角などでも公演していたと聞くがこの時代に自分がもう少し大人だったらといつも思う。今日もその一部を放映していた映画「書を捨てよ町へでよう」(71年、ATG)での「私」が観客に向かってくぐもった東北弁で語りかけるシーンが頭にこびりついて離れない。

  古着屋の古着のなかに失踪し さよなら三角また来て四角  寺山修司

テレビを見ながらふとこんな歌が思い出され、甘酸っぱいような怒りのような羞恥のようなやりきれない気分にとらわれて、この懐かしい感覚は一体なんだっけと思いを巡らせた。そうだった、たしかこれは・・・。

今日の雨で遅咲きの八重桜が随分と散ってしまったに違いない。
靴に雨が染み込んで歩きづらい。今日もなんか日記みたいで。

April 10, 2006

お茶の水から秋葉原へ

今朝久しぶりに中央線で人身事故があってお茶の水で全面停車。ケータイで通信社へ「いま新宿で電車が止まっているんですよ。」などと2駅ほどサバを読んだ連絡をして、その時間差でなんとなく秋葉原へ行き駅前の写真を数枚撮ると急に虚しくなり今日は厄日だから家に帰ろうと思ったものの、余計に虚しくなって出社。中央線は人身事故がやたらに多くて「自殺サークル」などという映画まで作られる始末。経験上、「そういえば最近、事故ないよねぇ。」などと言おうものならすかさず事故が起こるのでこれこそ言霊のなせる業か、やはりこういうことを言うのは禁句なのだろう。特に年度末前後はこういう事故が多くて、考えてみればこんなに毎日のように身近に人が亡くなっているのはよく考えると驚くべきことなのに日常に近い感覚があるのが空恐ろしい。皆自分のことを考えるのに精一杯なのだ。で、秋葉原駅の構内に神田須田町の交通博物館閉館を告知するポスターが貼ってあり、既に閉館していたと思っていたのでまだやってたのか、と少々意表を突かれた。
この博物館は子供の頃、つまり随分昔、親に連れていってもらった薄い記憶があるばかりだが、男の子だから乗り物に興味があるはずで、こういうところに連れていけば喜ぶだろうという親心を見事に裏切って、何故か全然興味を示さずに難しい顔をして帰ってきた、と今でも言われることがある。幼児の頃から特に自動車や電車などの乗り物全般、果てはデパートの屋上遊園地での乗り物遊具でさえも興味なく、というより拒否反応を起こし、本物の電車に乗れば必ず酔って周囲に迷惑を掛けた。二三才の頃、買い与えられたおもちゃの新幹線を投げつけたこともあるらしい。こんな些細な記憶から芋蔓式に沸々といろいろなことを思い出し随分親には期待に沿えないことを重ねてきたような気がした、というより事実そうなのだが、今日、この朝に秋葉原で申し訳ない気分になったのは何故か。

秋吉久美子の古い映画が最近TSUTAYAに並んでいて、もともと秋吉のようなタイプは好きじゃないのだが「さらば愛しき大地」はまだ見ていないことを思い出して捜したもののこれだけがなかった。こういう作品を外しちゃダメじゃないかと思ったが、まだこれを見る機が熟していないのだと思い直して何も借りず帰る。今日はなんか日記みたい。いつもそうか。

April 09, 2006

Flickr / pro accountの継続を・・・

しようかどうしようか考えている。今のaccountはあと2週間もすると切れてしまうのだが、もともとFree accountで始めたFlickrだし、当初から有料のサービスに登録する気はなかったものの偶々昨年の今頃、さるアメリカの女性からpro accountを頂いていまちょうど一年が経ったと言うわけだ。Flickrはもともとカナダの資本だったが、昨年買収されて今はYahooアメリカ傘下にある。ということが関係するのかしないのか、なかなか戦略的なサービスを行っていて、pro accountを持っている人が任意の友人に1つだけアカウントを贈ることが出来る、そういうキャンペーンを昨年やっていて、全く見知らぬ方からアカウントを頂いたと言うわけなのだ。(この経緯は昨年今頃にエントリしているので物好きな方はご覧下さい。)勿論、その後の収入を見込んでのアカウントばらまきキャンペーンだった訳だ。
pro accountはfreeに比較して当然のことながら大きい容量や帯域無制限であること、setという組写真の設定数に制限がないことが違うし、ほかにも写真のサイズがfreeでは自動的に縮小されてしまうことや、広告の挿入有無、そしてfreeでは200枚が上限で溢れた古い写真は消滅してしまうことなどが差として挙げられる。
1年間の契約更新には約25USドル、現在のレートでは邦貨にして約3000円弱がかかる。
この位ケチケチせずに払えという声も聞こえて来そうだが、金額もさることながら、やはりカード決済に躊躇しているというのが本音。Yahooという名の知れた資本でさえもこれを心配というのなら他にネットで何が買い物できるというのか、などという声も聞こえて来そう。それでも日本法人で過去何度も情報がモレるニュースがあったことを思い出して、なかなか踏み切れない小心者の小生なのだった。ま、freeでいいかな。

April 07, 2006

鳥の調教師 in You Tube

最近話題のソーシャル・ネットワーク「You Tube」は、動画版のFlickrともいうべきもので、毎日おびただしい動画がアップロードされている。明らかにテレビなどからキャプチャーされたものもあったりして著作権の問題も指摘されているようだが、話のタネにアクセスしてみた。少なくとも動画を扱うスキルは小生にはないのでメンバー登録はせず、専ら視聴するのみ。Flickrのようにtagが使えるのでそこから対象を絞ることもできるし、検索やカテゴリ別のディレクトリもある。
で、試しに「口琴」で検索してみると1件のみ。でも「鳥肌実」では数件がヒットした。(しかし検索語彙の貧しさよ。)
そのなかで例の廃人演説「今朝ワタクシ目を覚ましますと枕元に夏ミカンが4つ、置いてありました。オヤオヤ・・・」があって、これ、2000年末に放送されたSambaTVの録画のよう。久々に見事というほかない廃人ぶり(笑)を堪能した。もう目がイッちゃってます。しかしやはりどうしても著作権が気になるのだが、大丈夫なんだろうか?(多分問題なくはないんでしょうね。)
こういうサービスや掲示板などにしても常にこの問題を孕んでいて、ネットという亜空間はいつも既存のあらゆる枠組みの再考を迫るものだと思う。

- YouTube - Broadcast Yourself.

April 06, 2006

とろとろと午睡

Cherry0406

満開のソメイヨシノの下で午睡中。
その後、起き抜けのみやげ物屋でソフトクリームを。
もう社会復帰できません。

April 05, 2006

本屋大賞2006に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』

この間の書いたエントリの行きがかり上(笑)、一応エントリしときます。
本屋大賞2006は「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」(リリー・フランキー/著 扶桑社刊)が選ばれたようです。

- 全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 本屋大賞

しかし、書籍離れとはいえ久々に売れた本ですね。最近は読了感を読者に与えて読書の充実感を思い出させようと、出版社は用紙に「厚い紙」を使うことが多いようです。ページ数が少ない書籍でも厚さをだして、一冊読み終えたという達成感を読者に得させようというこの努力・・・、いろいろ苦労が偲ばれますが、そんななか、時代にマッチする本を的確に出せばこれだけ当たるという良い例と思います。

小生は未読ですが、実は図書館の順番待ち。
こうやってせっせと税金回収しなきゃ。

東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~

April 04, 2006

ウィトキン、伊藤高志、ブラッケージ

いっとき寒が戻ったものの今週は春らしく暖かくなって皇居の芝生で昼食に弁当を広げたい気分。というか皇居の芝生は立ち入り禁止なので多分広げない方が吉。でも楠公像の周りの芝生は入れるので昼休みに木陰で弁当アンド昼寝など楽しめる良い季節になったものだ。出来ることならそのまま2時間ほどシエスタして直帰を敢行してみたい。あれ、ズボンに芝生がついてますよ、などと言われて顔を赤らめるようなこの季節の昼寝ほど気分が良いものはない。冬に溜まった疲れが緩んで眠るほどに排出されて行くようだ。そんな昼寝のさなか中井英夫と稲垣足穂に理不尽な説教をされる夢をみた。内容は覚えていないが。しかしなんでこんな夢みたんだろう。

四谷のイメージフォーラムから出ているアートドキュメンタリー「ジョエル・ピーター・ウィトキン、消し去れぬ記憶」は随分昔に買ったビデオだが、昨日あたかもBGMのようにして見るともなくみた。ウィトキンは動物や人間の死体、奇形などをモチーフにした写真家で有名だが、4x5で撮影したネガフィルムをカミソリの刃で直接削ってプリントに独特のマチエールを醸し出すという手法を取っている。このフィルムを削るという行為でブラッケージを思い出した。彼の作品もフィルムを削り、汚し、燃やすなどした実験映画で知られるが、ネガフィルムは対象とプリントを繋ぐ不可侵の聖域という思いこみを作家というものは易々と乗り越えるものだと感心した記憶がある。

実験映画から、以前今はなき大阪梅田のシネ・ヌーヴォでみた伊藤高志「イルミネーション・ゴースト」を連想した。この作品もイメージフォーラムから出ているが、16ミリのボレックスでコマ取りをしたアナログによる超絶映像だ。デジタルではおそらく簡単にイメージを創れるのだろうが、この人力による執拗かつ計算し尽くされたイメージの連鎖は、フィルムという肌触り、コマの連鎖というアナログ的な実存から生まれたもので、それでこそ語りかけるものに力を与えている。
未見の方は一度ごらんになってください。とにかく圧倒されます。

April 02, 2006

日本ブログ大賞2006に「きっこのブログ」

今回のココログのメンテナンスでベーシックコースではサイドバーに「ココログからのお知らせ」とロゴが強制表示になった。フリーではまだしもベーシックはNiftyの会費を払っている以上、表示・非表示の選択をユーザに与えるべきと思うのだが、これはこれとして、そこに「日本ブログ大賞2006」の報せがあってそもそもこういう賞があるのを初めて知った訳だが、大賞があの「きっこのブログ」というのが興味を引いた。ブログ大賞のサイトによると応募総数は4,138件、読者投票の投票数は29,432票、この「きっこのブログ」は1,296票で読者大賞を獲得したとのことだが、この数は随分少ないのではないだろうか。3万票に満たない母数も少ないが、1位がたった千票強というのは票が対象ブログ全体に分散してしまっているからだろう。こういう賞はそもそも獲得票だけの選定ではこういう結果になるのが見えている気がする。

この「きっこのブログ」はその休みなく続く毎日50,000字程の書き込み量もさることながら、フリーのヘアメイクという割りには政治、スキャンダルなどの裏事情に精通し時にはマスコミも知り得ない情報を書くことの謎が有名すぎるほど有名でそのために様々な憶測を呼んでいる訳だが、最近では耐震偽装問題やライブドアの野口氏自殺偽装疑惑などでの驚くべき情報で目が離せないブログだ。

先々週だったか、週間アスキー連載の歌田明弘「仮想報道」でこのブログを扱っていて、これを読んでそれまで良く知らなかったもののこういうサイバースペースの虚実皮膜に久々に興味を刺激された。

で、昨日、少々からだの調子が悪く外出もしづらかったこともあってこの「きっこのブログ」をかいつまんで通読してみた。「きっこのブログ」は全く同じ内容のミラーサイトともいうべきさるさる日記の「きっこの日記」もあってこちらは2000年頃からの過去の日記も読める。

いろいろな憶測があってその先入観を差し引いても、素直に読んで感じたのはフリーのヘアメークという架空(と思われる)のキャラクタで語られる何らかの政治的な意思表示なのだろうということだ。これは印象で言っているわけだが、例えばライブドアの野口氏自殺事件で家族から来たというメールを公開する下りなどは一般人ではあり得ない設定だし、いくら人気ブロガーだからといって遺族がメールをするともどうも思われない。このあからさまなあり得ないシチュエーションで読者を振り回す作者の哄笑が聞こえてくるかのようだ。

この作者は誰なのかについてのさまざまな憶測をネットサーフしながらバーチャル空間の虚実というものを思うと、外野としてはありきたりな推理小説を読むより余程面白い。

既に多くを語られたこの話題を今更取り上げるのもどうかとも思うが、まだまだその先がありそうで目が離せない。
なお、昨日の「きっこの日記」は「きっこの正体」というような挑発的なエントリでいかにも4月1日らしい読者サービスだった。しかし何故か今日アクセスするとこのエントリは削除されている。


■関連サイト
きっこのブログ
- http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/
日本ブログ大賞
- http://www.blogaward.jp/2006/

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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