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August 07, 2005

『上を向いて歩こう』 と 『SUKIYAKI』 坂本九 / 没後20年

7時にあいまショー昨夜は寝入りばなにまた弱い地震があって、地震情報を見るためにテレビをつけた。その時に偶々放映していた番組がNHK総合の「坂本九『上を向いて歩こう』  ~世界的大ヒット誕生秘話~」だったのだが、その面白さにそのまま番組に引き込まれてすっかり目が覚めてしまった。そういえば、今年はあの御巣鷹山日航機事故から丁度20年だ。

番組は、坂本九の次女(母親は柏木由紀子)で女優の舞坂ゆき子がナビゲータとなって、父親の「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」として世界で空前の大ヒットとなる過程を、当時の関係者の証言をもとに構成したものだ。なぜ、「SUKIYAKI」という題名となったのか。大ヒットとなったきっかけとは何か。当時、極東のローカルな歌謡曲が、日本語という原語のままで全米ヒットチャート3週連続1位となり、ミリオンセラーにまで上り詰めた過程はいままであまり語られていなかった、少なくとも小生は知らなかった内容が貴重な当時の映像とともに解き明かされて行く。シングル全集

舞台はまずイギリスから始まる。ディキシーランド・ジャズのトランペッター、ケニー・ボール(KennyBall & HisJazzmen)が、丁度日本から帰国したレコード会社の社長から坂本のレコード「上を向いて歩こう」を手渡される。ヒットを予感したボールは、早速トランペットにアレンジして発表する。歌詞はなくジャズアレンジの完全なインストゥルメンタルだ。(彼のサイトでデモ演奏が聴けるので是非。) 発表の際に、一度曲名を原題の訳としようとしたが、長くなるためになにか良い名前はないかと中華の会食をしながら考えていた。そのときあの「恋のダウンタウン」で後にヒットするペトゥラ・クラークが同席していたが、ボールが知っている日本語といえば「サヨナラ」と「スキヤキ」だけだったため、誰もが好きで知っている「スキヤキ」に決めて、クラークの賛同を得たというのである。これは、番組中でボール自身が語っているので間違いはないだろう。

つまり、「SUKIYAKI」という名前は、当初イギリスにおいては歌詞を必要としないインストゥルメンタルだったからこそ、その曲想に縛られずに付けられたという見方も出来るのではないか。

一方、アメリカではどのようなエピソードがあったのだろうか。ラジオのDJ、リッチー・オズボーンは、ある少年から一枚のレコードを受け取った。日本から帰国したというその少年は、旅の記念に日本の友人と交換したというそのレコードを掛けてくれというのだ。放送すると翌日から反響があってリクエストが次第に増えていったという。当時、朝鮮戦争で疲弊したアメリカ兵は、その疲れを隣国日本で癒していた。滞在中彼らに毎日のように聴こえていた曲が、丁度日本でヒット中の「上を向いて歩こう」だった。帰国した兵士は日本での想い出をこの歌に見いだしたことが後のヒットにつながったという時代的背景もあるという。(補記;この部分、朝鮮戦争は50年-53年なので61年発表のこの曲ではつじつまが合わない。これはリッチー・オズボーンの発言だが、単にアメリカ兵が日本でのよき想い出と重ね合わせた、という意味の筆者による聞き違いかもしれない。)
そこで、イギリスで曲の権利を持っていたキャピトル・レコードが、アメリカでの配給を「SUKIYAKI」という曲名のまま始めたという。従って、アメリカでもスキヤキとしてヒットした訳だ。Kyu Chan to Parakin V.3

その少年が「上を向いて歩こう」と交換したのはプレスリーだったというのだが、奇しくも坂本がエルビスに憧れて歌手を目指したことを考えるとなにか不思議な、運命的なものを感じざるを得ない。

その後、ビルボード誌で1位を獲得しミリオンセラーとなって坂本は1963年8月に招かれて渡米。当時アメリカで人気のテレビ番組「スティーブ・アレンショー」に出演した。その貴重な映像を昨日の番組では放映していた。
坂本は41年生まれだから、当時22歳。あの表情豊かな歌唱は舞台馴れした振り付けもあわせて、その歳を考えると信じがたい程に堂々としたものだった。既に日本ではNHKの人気番組「夢で会いましょう」(司会は黒柳徹子)などで気のいいお兄ちゃんぶりを発揮しスターとなっていた彼はアメリカという檜舞台でも物怖じせず、エンタテイナーとして立派だった。今でさえ、こういうアメリカでの舞台など世界で通用する歌手が日本にどれほどいるというのだろうか。

63年は、翌年に東京オリンピックを控えて日本はこれからという時代だ。
私の家にも、この「上を向いて歩こう」と「ともだち」、「明日があるさ」のドーナツ盤があった。多分、いまでも捜せばあるだろう。もう、見つかってもプレーヤーがないので再生できないのが残念だ。

今年はあの85年の日航機事故で亡くなってから20年が経つ。この没後20年という節目であらためて再評価の機運が高まりつつあるようだ。
全ヒット集成


坂本九 Official Web Site
九ちゃんの会 by ONESTEP TO 9 長女の大島花子によるメモリアルサイト
テレビ東京『上を向いて歩こう 坂本九物語』(2005年8月21日放送)
月球儀通信 関連記事 「恋のダウンタウンが止まらない」

■最近の(でもない)カヴァー

明日があるさ ウルフルズ 「明日があるさ」

見上げてごらん夜の星を MEGUMI 「見上げてごらん夜の星を」

Ken's Bar 平井堅 「見上げてごらん夜の星を」

THE RC SUCCESSION BEST ALBUM WONDERFUL DAYS 1970-80  RC SUCCESSION 「上を向いて歩こう」


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Comments

申し訳ございません。
TBさせていただきました、on a cloudのmarojiです。
コチラの手違いで、TBが三回も送信されてしまいました。
お見苦しくしてしまい、心苦しいです。重複分、削除お願いできますでしょうか。
お手数をおかけしまして、本当に失礼いたしました。

こんにちは。トラックバック有り難うございました。早速削除しておきましたのでご心配なく。実は私も良くやってしまいます:)
そういえばスターダスト・レビューもカバーしてましたね。トリビュート・アルバム、是非聴いてみたいですね。ご紹介有り難うございます!

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