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9 posts from August 2005

August 30, 2005

ヨン様に道をふさがれる~有楽町の狂騒とラーメン

今日は丸の内に用事があって東京国際フォーラムの前を通ったのだが・・・
異常な人垣で道がふさがれ先に進めないほどだった。比較的年齢層が高い女性、まぁ一言でおばさんといってしまえばそういう方たちの群れ、群れ、群れ。なんだこれは?
近くにいた人に訊くとどうも映画のプロモーションで来日中のペ・ヨンジュンの舞台挨拶があったらしい。
つまりこの人垣は、楽屋から出てくるぺ氏の乗った車を一目見ようとして待つ、フォーラム周辺の歩道を埋め尽くすファンの群れなのだった。それにしても異常だ。これじゃ道が通れないじゃない!
こちらはラーメンを食べたくて急いでるのにどうしてくれよう。

一方、隣国韓国では今日、日本統治時代の親日人物3090人を政府が認定し、親日行為真相究明法などという法律を制定して裁こうという事態になっている、らしい。こんなに日本のおばさまたちをトリコジカケにして60年後位に親日行為などとヨン様が糾弾されないかオジサンはすごく心配だ。いや、一握りとはいえ一部の日本人をアホ化骨抜きにした功績で心配は無用かもしれないが。実際はマスコミが騒ぐ程のことはないらしい。

なんだかよくわからないが、とにかく、ラーメンが早く食べたかった訳で。

forum
信号が赤にもかかわらず、警官の制止を振り切り
公然と信号無視するファン。えーと、道路交通法違反ですよ。
撮影時、隣のファンの方に体当たりされブレる。

August 28, 2005

山川直人 / 『口笛小曲集』

口笛小曲集痛い。痛すぎる。なにがって私の胸が。(ここ笑うところじゃないんすけど)。まるで版画のようなテイストの絵柄。可愛いキャラクタで描かれるのは恋の終わりであったり、寂しい老夫婦の最後であったり、私小説風の一コマだったりする。小品だがこよない感じの作品ばかりだ。この作品を読みながら、つげ義春や安部慎一など、私小説風の漫画=「私漫画」の系譜を連想した。山川の作品をつげや安部ならこう描くだろうと考えながら読んでみたのだが、どうもかなりピッタリ来るようなのだ。画風はかなり違うが、物語が孕んでいるモチーフや終わり方、余韻にそれぞれが通じるものを感じる。コーヒーもう一杯(1)
山川の画はスクリーントーンをあまり使わず、ほとんどがペンによるハッチングのようだ。このハッチングの密度を緻密に描き分けることで生まれるグラデが版画風の趣を醸し出す理由のように思う。人物は木版画風で、背景は銅版画のエングレービングのような感じが独特だ。しかし、この画風がさらに物語をグッと来させるようなのだ。
この作品と、左の「コーヒーもう一杯(1)」が同時に出版されている。

山川直人ホームページ

August 27, 2005

河井克夫 / 『日本の実話』

日本の実話これまで河井克夫の作品を読んだことがなかった。タコシェで手にとり腰巻きで呉智英が絶賛しているのを見て即レジへ。曰く「まさかこんなところにこんな面白いものがあろうとは、開けてみるまで誰も気づかないのだ。(同書解説、呉智英より)」まさしくその通りで個人的には大当たりだった。ただし内容が内容だけに、電車のなかで広げては読めないかも。
こういう面白い本が無造作に転がっているから油断できない。

『たのしい中央線』

たのしい中央線
松田 義人
たのしい中央線中央線沿線情報をユルーく纏めたお気楽本。リリー・フランキー、みうらじゅん、西原理恵子、ゲッツ板谷などへのインタビュー、ほか銀杏BOYZ、角田光代、森三中など多彩な顔ぶれ。特筆すべきは高田渡のインタビューだ。この本は4月に買ったのだがその後急逝されて、もしかしてこれが最後の記事になるのかも知れない。吉祥寺の「いせや」で行われたインタビューは逆にインタビュアーを叱り始めるといういかにもな展開で一緒に焼き鳥を肴に呑んでいるような気分。これだけでも持っていたい。

August 22, 2005

ブッククロッシング(BookCrossing)と書籍の「草の根」流通

学生のころ、読みたいと思っていたミステリや話題の新刊が複数上梓されると友人と購入の分担を決めて回し読みしたものだった。例えば趣味が合う3人が集まれば1冊分の費用で3冊が読めるという一種の金欠互助システムだ。今でこそ仕事柄、縁のある新刊本はいわゆる見本というかたちでそれこそ発売前に読めるのだが、読みたい本は何故か仕事に関係しないというマーフィーの法則でなかなか上手くいかない。図書館にもなかなか入らないし、入っても人気の作品は順番待ちとなる。

さて、最近ブッククロッシングなるムーブメントが人々の口の端に上るようになった。

産経新聞の記事(下記)でおおよそのシステムが理解できるのだが、簡単に言うと、誰かに読んで欲しいと思った書籍を街のどこかに、例えば喫茶店や公園のような公共施設、駅のベンチなどに誰かが手にしてくれることを期待して放置し、その人から人へと渡る過程をweb上でトレースするという試みだ。つまり書籍というモノを媒介とした一種のソーシャルネットワークであり、ネットを媒介とした「回し読み」なのだ。この「街中を図書館に」「本に旅をさせる」というファンタジックな試みに参加するメンバーは前掲の記事によると世界で35万人、既に199万冊が登録されているという。これらがすべて街に解き放たれ、もしくは人の手に渡っていることになる。日本では革新的な古書籍流通を実践するCOW BOOKSが中心となって活動しているようだ。

この試みは古書籍の流通というものを考えるとき、実は一つの「事件」と言って良い程のインパクトがあると思う。
古書店、もしくは図書館の機能とは、書籍流通の過程では消費者の手に渡る前のいわばハブ=中心の役割をはたすものだ。そこに行けば目的の本に出会えるという社会共通の認識があって成立する。しかし、この運動によりその意味は根底から解体され、一般消費者間でのいわゆる「草の根」流通が「偶然」という手段で行われるということになる。そこにはなんらの経済活動が行われないことがポイントだろう。
今のシステムでは、人と書籍の「偶然」の出会いというものに何らかのノスタルジーが付与され、それにこそこの面白みがあるのだが、これを一歩進めて、本の放置を行う特定の場所、例えば個人の自宅、駅(東京メトロにいくつかの図書コーナーがあって同様の機能を果たしている。)などが設けられた上でweb上にて放置の場所情報が付与されるようになれば、それは既に偶然の出会いではなく、ひとつの書籍流通として自立したものとなるだろう。これはネットというものを抜きにして語れないものだ。

その意味で、売り物としての書籍とBookCrossingを並行して扱うCOW BOOKSの試みは非常に興味深い。
一般の古本屋、もしくは大手に押され苦しいといわれる街の新刊書店こそ、このBookCrossingのコーナーを設けることを推奨したい。一見、商売に対立するようではあるが、全体としてみた場合おそらく影響は少なく、むしろ集客効果の方が大きいのではないだろうか。というのも実際のところ、価値のある本(古書価の高いという意味ですが)が放流される確率は非常に低いと思われるからだ。

これをみて、ひと頃論争となったブックオフの是非、つまり、古書籍業界のブックオフへの反発と、実は古書籍業界は価格の低い本を見捨てており、それを活かしているのがブックオフであるという反論を思い出した。(正論を吐くことで有名なネット古書店の絶望書店「本とは何なのか!?」を参照されたし。面白いです。)この運動はまさしくこの部分を担うシステムを潜在的に備えている。

このBookCrossingという試みが今後どのような動きになってゆくのか。日本で定着するのかしないのか。まだまだすべての人がネットに繋がる訳ではない現状で、果たしてどこまで社会的な力を持ち得るか。今後の動向が楽しみだ。

BookCrossing.com 本家本元サイト
産経新聞ENAK「米国発 広がる「ブッククロッシング」 」
はてなダイアリー「ブッククロッシング」

August 10, 2005

買っちゃった・・・目玉のオヤジストラップ

medamaouaji神保町三省堂の1階でいま、可愛いくってアイクルシイ神木隆之介くん主演の映画「妖怪大戦争」の特設グッズコーナーがあって、この映画を監修している水木しげる先生にちなんだグッズが売られている。
扇子や手ぬぐいなどが並んでどれも欲しいモノばかりだったけれど・・・思わず買ってしまったのがこれ。
目玉のオヤジストラップです!

相変わらずお茶碗のお風呂に浸かって気持ち良さそうです。陶器製。
向こうに映っているオレンジ色の物体は、年季の入ったピーポくんストラップ。
古くて顔の造作がはげ落ちてます。目玉もなくなってるので、これでバランスが・・・取れるかも?

August 09, 2005

吉田拓郎 / かぐや姫 『コンサート イン つま恋 1975』 その2

ついに来ました
amazonで注文していた 『吉田拓郎 / かぐや姫 コンサート イン つま恋 1975』がっ。導入はドキュメンタリー調に会場の設営シーンから始まる。銀座街頭でのチケット売場、つま恋にやってくる人々へのインタビューなど、75年当時を伺い知れる史料として興味深い。それにしても若者のものの話し方が今とはまるで違うのが印象的だ。
フォーライフの4人が談笑するシーン。寡黙な陽水と対照的に盛り上がる泉谷が若い、若いよなぁ。
拓郎もまだ若くて笑顔が可愛らしい。当時の女性ファンの気持ちが分かるな。

これはつま恋の全曲が収まっているわけではなく、代表曲のダイジェストだ。
12時間のコンサートを2時間に納めているのだから致し方ない。
つま恋で演奏された全曲は写真集の巻末にリストアップされている。

吉田拓郎 / かぐや姫 コンサート イン つま恋 1975
まずは封を切る。当時の写真集が完全復刻で付録として付いてきます。ただし縮刷版です。拓郎は「人間なんて」を、この「つま恋」を最後にもう歌わないと言った、などのエピソードも。巻末に「FOREVER つま恋 想い出・事典」つき。

吉田拓郎 / かぐや姫 コンサート イン つま恋 1975
中身です。歌詞のブックレットと、写真集のグラビアページでシャウトする拓郎。

月球儀通信関連記事
 吉田拓郎 / かぐや姫 『コンサート イン つま恋 1975』
 ETV特集 『フォークであること』 / 映画『タカダワタル的』

August 07, 2005

『上を向いて歩こう』 と 『SUKIYAKI』 坂本九 / 没後20年

7時にあいまショー昨夜は寝入りばなにまた弱い地震があって、地震情報を見るためにテレビをつけた。その時に偶々放映していた番組がNHK総合の「坂本九『上を向いて歩こう』  ~世界的大ヒット誕生秘話~」だったのだが、その面白さにそのまま番組に引き込まれてすっかり目が覚めてしまった。そういえば、今年はあの御巣鷹山日航機事故から丁度20年だ。

番組は、坂本九の次女(母親は柏木由紀子)で女優の舞坂ゆき子がナビゲータとなって、父親の「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」として世界で空前の大ヒットとなる過程を、当時の関係者の証言をもとに構成したものだ。なぜ、「SUKIYAKI」という題名となったのか。大ヒットとなったきっかけとは何か。当時、極東のローカルな歌謡曲が、日本語という原語のままで全米ヒットチャート3週連続1位となり、ミリオンセラーにまで上り詰めた過程はいままであまり語られていなかった、少なくとも小生は知らなかった内容が貴重な当時の映像とともに解き明かされて行く。シングル全集

舞台はまずイギリスから始まる。ディキシーランド・ジャズのトランペッター、ケニー・ボール(KennyBall & HisJazzmen)が、丁度日本から帰国したレコード会社の社長から坂本のレコード「上を向いて歩こう」を手渡される。ヒットを予感したボールは、早速トランペットにアレンジして発表する。歌詞はなくジャズアレンジの完全なインストゥルメンタルだ。(彼のサイトでデモ演奏が聴けるので是非。) 発表の際に、一度曲名を原題の訳としようとしたが、長くなるためになにか良い名前はないかと中華の会食をしながら考えていた。そのときあの「恋のダウンタウン」で後にヒットするペトゥラ・クラークが同席していたが、ボールが知っている日本語といえば「サヨナラ」と「スキヤキ」だけだったため、誰もが好きで知っている「スキヤキ」に決めて、クラークの賛同を得たというのである。これは、番組中でボール自身が語っているので間違いはないだろう。

つまり、「SUKIYAKI」という名前は、当初イギリスにおいては歌詞を必要としないインストゥルメンタルだったからこそ、その曲想に縛られずに付けられたという見方も出来るのではないか。

一方、アメリカではどのようなエピソードがあったのだろうか。ラジオのDJ、リッチー・オズボーンは、ある少年から一枚のレコードを受け取った。日本から帰国したというその少年は、旅の記念に日本の友人と交換したというそのレコードを掛けてくれというのだ。放送すると翌日から反響があってリクエストが次第に増えていったという。当時、朝鮮戦争で疲弊したアメリカ兵は、その疲れを隣国日本で癒していた。滞在中彼らに毎日のように聴こえていた曲が、丁度日本でヒット中の「上を向いて歩こう」だった。帰国した兵士は日本での想い出をこの歌に見いだしたことが後のヒットにつながったという時代的背景もあるという。(補記;この部分、朝鮮戦争は50年-53年なので61年発表のこの曲ではつじつまが合わない。これはリッチー・オズボーンの発言だが、単にアメリカ兵が日本でのよき想い出と重ね合わせた、という意味の筆者による聞き違いかもしれない。)
そこで、イギリスで曲の権利を持っていたキャピトル・レコードが、アメリカでの配給を「SUKIYAKI」という曲名のまま始めたという。従って、アメリカでもスキヤキとしてヒットした訳だ。Kyu Chan to Parakin V.3

その少年が「上を向いて歩こう」と交換したのはプレスリーだったというのだが、奇しくも坂本がエルビスに憧れて歌手を目指したことを考えるとなにか不思議な、運命的なものを感じざるを得ない。

その後、ビルボード誌で1位を獲得しミリオンセラーとなって坂本は1963年8月に招かれて渡米。当時アメリカで人気のテレビ番組「スティーブ・アレンショー」に出演した。その貴重な映像を昨日の番組では放映していた。
坂本は41年生まれだから、当時22歳。あの表情豊かな歌唱は舞台馴れした振り付けもあわせて、その歳を考えると信じがたい程に堂々としたものだった。既に日本ではNHKの人気番組「夢で会いましょう」(司会は黒柳徹子)などで気のいいお兄ちゃんぶりを発揮しスターとなっていた彼はアメリカという檜舞台でも物怖じせず、エンタテイナーとして立派だった。今でさえ、こういうアメリカでの舞台など世界で通用する歌手が日本にどれほどいるというのだろうか。

63年は、翌年に東京オリンピックを控えて日本はこれからという時代だ。
私の家にも、この「上を向いて歩こう」と「ともだち」、「明日があるさ」のドーナツ盤があった。多分、いまでも捜せばあるだろう。もう、見つかってもプレーヤーがないので再生できないのが残念だ。

今年はあの85年の日航機事故で亡くなってから20年が経つ。この没後20年という節目であらためて再評価の機運が高まりつつあるようだ。
全ヒット集成


坂本九 Official Web Site
九ちゃんの会 by ONESTEP TO 9 長女の大島花子によるメモリアルサイト
テレビ東京『上を向いて歩こう 坂本九物語』(2005年8月21日放送)
月球儀通信 関連記事 「恋のダウンタウンが止まらない」

■最近の(でもない)カヴァー

明日があるさ ウルフルズ 「明日があるさ」

見上げてごらん夜の星を MEGUMI 「見上げてごらん夜の星を」

Ken's Bar 平井堅 「見上げてごらん夜の星を」

THE RC SUCCESSION BEST ALBUM WONDERFUL DAYS 1970-80  RC SUCCESSION 「上を向いて歩こう」


August 01, 2005

古着のお清め・厄落とし・厄払い

ちょっとした用事があって久しぶりに高円寺を散策した。パル商店街の先の暗渠を抜けてルック商店街までふらふらと歩いたのだが、小学生の頃この辺りの塾で毎週模試をやらされていた大昔の記憶もあって、高円寺というと今でもなんだか落ち着かない、ような気がする。そんなこともないか。しかしこの街はいつの間にか古着屋ばかりになっていて、気に入る服を捜しながら友達と歩くのはいかにも楽しそうだ。とはいっても私の歳に合うような服はなさそうだけれど。
たまに寄る古着と古書の店、見ていると潜在意識が沸々と立ち現れるかのようなかの天才絵師、市場大介画伯の「アニマル洋子」で一通り棚を眺めながら、ふと、古着を買う若い人が、買ったあとで古着を清めるとか、厄を落とすとか、そもそもそういうことが気になるものなのだろうかという疑問がふと浮かんだ。おそらくケガレと払いに象徴されるような基本的思考回路を持つ日本人の感覚としては、多分如何に若い人の間でもそういう習慣、おまじないに近いものが存在するのではないだろうかと思って、帰ってからサイトを調べてみると、そう多くはないものの、やはり気になるのだろうか、古着の前に塩を盛るとか、いつも自分が使っているコロンを振るなどの行為=儀礼が見つかって非常に興味深いものがある。(こういう気分につけ込んだ名の知られた商売人もあって気分が悪くなるばかりだがこういう手合いは無視するにしくはなし。)
そのなかで、こういう記述があった。
むかしから古着は神社仏閣の境内で、骨董などと共に売られていたのは単に人が集まる場所だからではなく、それらに染み込んでいる以前の持ち主の悪いもの、つまりケガレを払うという意味で神社仏閣という空間が必要だったのであり、実際に古着屋は仕入れた古着を店に並べる前にそこで厄落としをしていたというのである。
これにはなるほどと思わされる。
ビンテージもののジーンズなども流行っているが、その人なりの方法、つまり心の隅にある一抹の「落ちつかなさ」を決着させるための行為、がそれぞれにあるのではないかと思う。
それは盛り塩などの本格的なものでなくとも単にクリーニングであったり、陰干しであったりするのかも知れないが、一度そういう話を集めて見たい気もする。
古書を買ってもそれほど気になったことはないが、本はおそらく道具ではなくそれ自身で独立したものである一方、古着は生身の人間の纏ういわば身体もしくは思考の一部とも言えなくもなく、より感情移入し易いものだからだ。

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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