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8 posts from June 2005

June 27, 2005

第7回 『みうらじゅん賞』発表

以前雑誌「宝島」で企画されていたみうらじゅん賞が6年振りに発表されたようだ。
1996年の第1回では今では既にカルト化した映画「シベリア超特急」と「北京原人」が栄誉の受賞。98年にはソラミミスト安斎肇、99年には「にゃんまげ」とジョージ・ルーカス他が受賞。にゃんまげとルーカス・・・しかし凄い組み合わせだ。共通項はもちろん、みうらじゅんだ。

今回、第7回の受賞者は、

熊田曜子  
井筒和幸
猫ひろし
リリー・フランキー
峯田和伸
ジャガー
リチャード・ギア  の各氏。

をを、猫ひろしがっ。この月球儀通信でも以前、社を挙げて応援していたが、最近めざましく活躍されてきたのでそっと身を引いたのだが(笑)。やっぱりみうらじゅんはちゃんと押さえるところは押さえている。授賞のコメントは「…今あげとかないと!」だ。はは。ほか銀杏BOYZの峯田和伸は映画「アイデン&ティティ」の主演で。猫ひろし、銀杏BOYZと続けば、やはり次回は是非とも「水中、それは苦しい」のジョニー大蔵大臣に受賞させてあげて欲しい。
そういえば今日、高円寺で「ジョニーナイト」をやっていて、以前から気になっていた、犬の着ぐるみに足踏みオルガンの歌手「JON(犬)」が出演するので是非とも行きたかったが、急な入稿で叶わず返す返すも残念だ。
ジャガーは、ミニコミ「愛情通信」の愛読者なら知っていて当たり前の千葉が誇るロックシンガーだ。ちなみに出身地は「ジャガー星」、活動拠点は「千葉県」だ。やっぱりみうらじゅんは分かっているよなぁ。
しばらくブランクがあったが、今後も授賞を続けて欲しい。しかしリチャード・ギアにも賞状とトロフィーを渡すのだろうか?!

June 26, 2005

沢渡朔 / 『ナディア』

Natural Glow の最新号NO.39は「トキナオミ×沢渡 朔」と題して、それぞれの女性ポートレートを特集している。Natural Glowは銀塩とモノクロにこだわった読者参加型の誌面で前から気になっていたが、沢渡朔の名前を久しぶりにみて手に取った。
沢渡朔といえば1971年からカメラ毎日誌上で連載され、1973年に上梓された「森の人形館 NADIA」(毎日新聞社)、それを77年に朝日ソノラマがソノラマ写真叢書5として再録した「ナディア」をまず思い浮かべる。それとほぼ同時期に出版された「少女アリス」(73年 河出書房新社)は瀧口修造と谷川俊太郎の詩を写真のはざまに配した構成の彼の代表作の一つだ。また、寺山修司の映画「トマトケチャップ皇帝」、「ジャンケン戦争」(共に71年)のスチールを手がけるなど70年代初頭の活躍から現在に至るまで、一貫して主にコマーシャルフォト、女性タレントのポートレートを中心に活躍されている。1940年生まれというから今年65歳になる筈だが還暦を過ぎているというのはにわかに信じ難い。

書棚から朝日ソノラマ版の「ナディア」を取り出して、久しぶりに眺めてみた。
彼のポートレイトは即物的でフィジカルなものというよりむしろ一人のモデルと写真家との関係性、物語性にモチーフの中心が置かれているのが特徴だ。この手法はその後、彼に続くポートレイト写真家が好んで用いているが、実はそのオリジナルは沢渡なのではないかと考えている。

沢渡朔 Nadia
沢渡朔 Nadia


Nadia in Sicily 1971
Nadia in Sicily 1971
(蒼穹舎 2004年)

HISTERIC GLAMOUR
「"a girl" Histeric No,11」

June 23, 2005

ニコラス・ケイジからメールが・・・

「ニコラス・ケイジからメールが来たら偽物=アドレスがハイジャックされる(時事通信)」という記事が今日のYahooニュースに。ニコラスからメールが来たら、本物・・・って思う人はそう居ないんじゃないかと思うのだが、稀に「ニコラスからメールが来たわっ。あのニコラスから・・・私に・・・中身は何なのかしら。食事のお誘いかしら。もう何着て行ったらいいの?」とか思うひともいるかも知れないので、充分気をつけて下さい。重ねて言いますが、ニコラスからメールが来たら、それは偽物、ニ・セ・モ・ノです!とか意味なく力んだりして。

ニュースにはそのメールアドレスも載っていたのだが、そもそも本物のアドレスを知らないのに、信じろといわれても無理な話だ。その上、「アドレスがハイジャックされる」というのも無茶苦茶だ。何でハイジャックなのだろうか。ニコラスは客室乗務員か。

それより衝撃だったのは、ニコラス・ケイジってやっぱり実在の人間だったんだ、という発見・・・

彼の映画を観ながらいつも思っていたのだが、私にはどうしても彼が精巧に作られた人形にしか見えないのだ。彼がスクリーンに出てくると、どうしても肩と頭の辺りに操り糸がないか目を凝らしてしまう。歌舞伎に「人形振り」という所作があってつい連想が拡がってゆき、ニコラスが「操り三番叟」を踊っているイメージが頭を支配して、映画のスジを見失うこと幾たび・・・ 

そんなニコラスも息をしたり、メールを書いたりする生きた人間だったなんて、オドロキ。
このまま続けるとファンの方に怒られそうなので止めますが、実は私も大ファンで「リービング・ラスベガス」は好きな映画の一つです。ゴメンね、ニコラス。

June 21, 2005

ちょっとした疑問

帰宅時にコンビニに寄って、ほぼ毎日ウーロン茶の1リットルパックを買うのだが、毎日1リットルもウーロン茶を飲んでるのか?とかのツッコミは置いといて、それをレジで袋詰めしてもらうとき、なにも言わないと店員がストローを袋に入れてくれる。私が買うのはペットボトルではなく、牛乳などで良くある四角い紙のパックだ。
このときいつも思うのだが、この1リットルパックにストローを差し込んで直接飲む人っているのだろうか、という疑問だ。街を歩いていて、500ミリリットルのパックをストローで飲んでいるひとは偶に見かけるかもしれない。
例えば練習帰りの体育会の学生とかそういうイメージだ。

でも・・・1リットルパックにストローをブッコンで飲んでいるヤツをワシ今までみたことないだす、にゃんこ先生。

しかし、コンビニではこの1リットルパックを買うとデフォルトで特大ストローがついてくるということは、そういう飲み方をするのはフツウのことなのだろうか?ちょっと信じられないのですけれど。

などと思いながら、今日はお菓子にピーナッツを買って帰った。

ザ・ピーナッツ(参考)
シングルス~恋のフーガ~

June 19, 2005

とうとう最終巻 『新耳袋―現代百物語〈第10夜〉』

毎年紫陽花が咲く頃になるともう怪談本の何冊かは早くも書店の平台に並ぶ季節だが、とうとうシリーズ最終巻になる「新耳袋」の第十夜が発売になった。第一夜の刊行が98年だというからもう足かけ7年のロングセラーだ。
ありきたりな押しつけがましい「怖がらせ」ではなく、あくまで著者の聞き書きを元にしたちょっとした怪異をも拾っているのがリアルだ。このライトな話と夜中に用を足すのを朝まで先送りしたくなる(笑)怖ーい話の配分が実に絶妙なのだ。このセンスがシリーズの持ち味なのだろう。

なにが怖いって、何巻だったか、阪急線路脇の慰霊碑のもとにある木の怪異を読んだところで顔をあげると、まさしくその慰霊碑が目に飛び込んできたときだ。そのとき私は阪急京都線で河原町発梅田行き急行に乗っていたんです!!これは怖い。怖かったよ~。ほか近鉄奈良線の生駒トンネルに現れる幽霊の話を読んでいたときも、そのときまさしく近鉄奈良線に乗ってたんだよ~!本当です、全然作ってませんよ。このシンクロニシティは一体何なの?ユングのおっさんよ、説明してくれ!!もう怖すぎ。

今日、書店の平台で発見して即購入。これから読み始めます。いや、もう夕方だしやっぱり明日の朝から読もう。

4840112819新耳袋―現代百物語〈第10夜〉
木原 浩勝 中山 市朗
メディアファクトリー 2005-06-17


メディアファクトリー
はてなダイアリー - 新耳袋とは

June 18, 2005

フジテレビ『NONFIX/東京ニューシネマパラダイス』

子供の頃、近所の東宝映画館でゴジラの新作がかかると親に小遣いをねだっては友達と観に行ったものだったが、実は級友の母親がその小屋のモギリのパートをやっていて僕らの顔を認めると内緒でタダで入れてくれたりした。おまけにファンタの差し入れてまでもらって子供心にも申し訳ない気持ちだった。帰ると馬鹿正直に親にお金を返していたのだが、一緒に行った友人がその浮いた映画代を小遣いの足しにしているのを後で聞きコイツは自分より大人だなと思った、というより単なる悪ガキだ。
映画館ではスクリーンより客席後ろの小さな窓から放たれる光の束に惹かれていた。友人の家に呼ばれての8ミリ上映会ではリールがセットされていよいよ部屋の灯りが消されるともう既に胸の高鳴りを押さえられなかった。カタカタと映写機のレンズから光がこぼれ始めると襖が当座のスクリーンとなって少しばかりアウトフォーカスの友人が画面のなかで走り回っていた。

たぶん映画はその発祥の時点から既にノスタルジーそのものなのだろう。

6月15日深夜に放送されたフジテレビの「NONFIX」は「東京ニューシネマパラダイス」と題して映画というものに魅せられた人々を追ったドキュメンタリーだった。デジタル化が進みフイルムの要らない映写技術が現れるなかで、もう専門の技術は要らなくなったという老映写技師と、これから映写技師を目指そうとする若者。ほか活弁の山田広野やサラリーマンと2足の草鞋を履く高崎映画祭主宰茂木正男さんなど、映画に憑かれた人々を追っている。

銀座並木座もなくなり、昔京都に住んでいたころ良く通った四条大宮のスペース・ヴェンゲットもなくなってしまった。新宿シネマアルゴ、梅田シネ・ヌーヴォなど消えていった映画小屋は限りない。自分の学生時代はこれらの小屋なしにはあり得なかったし今もそうだ。タバコ臭い脇の通路で入れ替えを待つ時間は何ものにも代え難いものがある。映画は家で観るものではなく、映画館に足を運び劇場の暗闇に身を置いて観るものだ。そのプロセス、雰囲気すべてが映画という行為そのものなのだと思う。

話は変わるが、ノンフィクション番組は益々その居所を失って、このNONFIXなど深夜3時前後の枠に追いやられているし、ドキュメンタリー番組そのものが極端に少ないのは寂しい。良質のドキュメント番組をもっと放映して欲しいものだ。

June 12, 2005

変な日本語とサッカー コンフェデレーションズカップ in ハノーバー

ただいま帰って参りました。なかなか楽しい旅でした、仕事以外はねっ。特にフランスのリヨンはしばらくぼーっと滞在してみたい気にさせる街でした。なにしろドイツと違い街が明るくって料理も美味しい。あー、ぼーっとしたいな、ぼーっとね。kyoki
ところで、外国でよく変な日本語を見かけますが、例えばTシャツだったり、女の子のタトゥーだったりします。タトゥーはあとで意味が分かっても消せないやろ!と思うのですが、平気で「根性」とか入れてしまうんですね。あとで後悔しないのか他人事ながら心配になります。写真はドイツのハノーファーで一昨日拾ったネタです。狂気ですよ、狂気。もうそのまま暴走してビルに突っ込みそうな破壊野郎が乗っているとしか思えません。ちゃんと意味を分かって書いてるのかな。


もうひとつ、これもドイツはデュッセルドルフで見かけたポスター。6月16日にハノーファーで開催されるサッカー、コンフェデレーションカップ、日本vsメキシコ戦のものです。日本人が多く住むデュッセルドルフらしく、中身は日本語のみで、完全に在独日本人向けのポスターなんですね。あー、中華が食べたい、などと思いながらふらふら歩いていて偶然出くわしたので少々ビックリ。
footballwall

サッカーはあまり詳しくないのですが、在独の知人もみんなで観戦するとのことでした。この試合のためにわざわざ日本から応援にくるサポーターも多いのではないかと思います。

それでは、またこれからしょうもないエントリを書き込んで行きますのでよろしくおねがいします。

June 01, 2005

その男、旅行中につき

今日から二週間ほど旅行のため、記事投稿が出来なくなります。というか普段の投稿頻度の低さで見た目あまり変わらないかも。今回はドイツ、フランス、ベルギーを遊び回って(少しだけ仕事…)きますが、旅先でアクセス出来るようなら、モブログしてみたいと思います。それでは行ってきま〜す。(成田にて)

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  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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