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23 posts from March 2004

March 31, 2004

Movable Typeへの道 【その2】

素人がすなるMovable Type導入日記の2回目です。亀のような進み具合。

昨日は目標を掲げたところで睡魔に負けました。最近仕事中も負け続けです。もう充分すぎるほど春。

いや、まず資料集めです。お金をかけないのが前提なので解説本は買わず、なるべくネットで得られる情報で済ませるつもりですが、導入にあたりまずはこのサイトが参考になりました。おそらく有名なblogなのでしょうね。本体よりも先に日本語化パッチをダウンロードしてみます。

レンタルサーバのサイトを経巡って比較検討。某ガーリィな名前のところはMTの導入手順まで解説があり必要な環境が揃っていそうです。ここの良いところは安さもさることながら、支払がコンビニで出来、クレジットカードを使わなくて済むところです。他もそうかもしれませんが、深夜のアクセスも早いようなのでとりあえず仮決めしておきます。

次にMovable Typeのサイトに行ってアプリ本体をダウンロードしてみます。最新版はver.2.661です。
ダウンロードページに行くと、「トーシローは悪いこと言わないからType padにしときな。」と言うような意味の表示があって一瞬怯みます。まぁ本当は知識もいらずに簡単に始められるよ、というような暖かい申し出なのですが、ごめんなさい初志貫徹します、とつぶやいてFull Version with Libraries版をダウンロード。案外軽くてすぐに終わりましたよ。

今週中にレンタルサーバを借りて、週末はインストールをしようと思います。
ここから先が大変になりそうな予感です。

March 30, 2004

ゆっくりMovable Typeへの道 【その1】

というようなタイトルでいいですか? いや、やっぱりレンタルサーバにMovable Typeしかない、という気が日増しに強まってまして。だって昨日もおとといも、そして今も自分のblogにアクセスすらできないんですから。まぁ、いつまでもこんなに重いまま、ということはないと思いたいのですが、どちらにしろMovable Type=MTへの移行をいつかはするだろうと根拠無く自覚して、どうせならその進み具合をリアルタイムにメモってみようかと。まぁ、自分相手の備忘録のようなものですが、全く事前知識のないMTウブな状態からの導入なのでどうなることやら見当もつきません。

さて、まずは目標です。
1.ココログ・プラスが有料となる6月までにMTを稼働させる。
2.スタイルシートでデザインをカスタマイズする。
3.お金は極力かけない。

さて、まずは資料集めです。が、明日の仕事に差し支えそうなので今日はこれで寝ることにします。

March 28, 2004

昨日も重かったココログ

毎回、報告する必要はないんですけどね、深夜は重すぎる。せいぜい8kbのタイトルバナーでさえまともに表示されないのはちょっとなんだかなぁ、という感じです。

で、ほとんど数を数えないのに重たいばかりのカウンタとバナーも取ってしまった。いや、まだカウンタは残してあるのだが、バナーは外してしまった。返ってシンプルになってせいせいしたが、よく見ると本家@NIFTYのメインサイトも遅いようですね。Yahooなんかは個人情報は漏れる割には軽い、どう考えてもNIFTYとYahooではサイトアクセスの数量を比較すればYahooが圧倒的に多い筈なのに、NIFTYはボタンのGIFすら表示されないときがままある。

これはADSL回線業者のせいかな?と思ったけれど、ほかのサーバでは快適なんですよね。

やはりレンタルサーバでMovable Typeを本気で考えるかな...

光ファイバーを夢想した

ダイヤルアップからADSLに変えてから約半年。プロバイダのサイトを見ていたら、光ファイバーのへの変更が今なら無料、という惹句に眼が引きつけられた。業者は電話会社と電力会社の2社だ。どちらも無料キャンペーンをやっている。

いまADSLでプロバイダに払っている料金は接続料、NTT回線使用料、モデムレンタル料込みで4200円ほど。これに電話回線の基本料金約1700円で計6000円弱。

一方、どうも光ファイバーは初期工事を別にして月額3000円弱で引けるらしい。しかもキャンペーンで一戸建の我が家なら本来2万も3万もかかる工事費用が「0円」だというのだ。しかも3月一杯でキャンペーンは終了と書いてある。

これはもう変えるしかない。速度も100Mで今の数倍の早さだ。IP電話はやっていないし、光にしたら部屋の固定電話をキャンセルしてしまえば電話の基本料金もかからなくなる。電話は家にまだ1本あるし、通話は携帯でじゅうぶんなのだ。

で、早速業者のサイトで確認したら、今の住所はまだ対象地域に入っていないのだった
もう、筋肉番付のサスケの最後のロープに手をかけたところで時間切れになってしまった気分だ。古いか...
というか、最初にそれを確認しろよ、と自分にツッコミを入れたが、まぁ仕方ないのでしばらく待つほかない。

March 27, 2004

『美貌の青空』『土方巽 夏の嵐 』 / 土方巽 

渋谷のシアター・イメージフォーラムで映画「土方巽 夏の嵐 2003-1973 燔犧大踏鑑」が今日から上映されるという。いつもながらのレイトショーだが、仕事帰りに食事を済ませて行くのにはちょうど良い時間だ。早速手帖に予定を書き込んでおく。土方をモチーフとした細江英公の写真集「鎌鼬(かまいたち)」のイメージをまず思い浮かべる。

土方巽の舞踏は映像でしか見たことがない。それもほんの一部を紹介したような映像の断片だけだ。だが生の根元を想わせる強烈な肉体表現はその映像の瞬間なりに伝わるものだ。だが、私はその前に土方の書く文章に魅せられてしまった。
bibounoaozora.jpg

写真の「美貌の青空」(筑摩書房、87年)は当時新刊で購入したが、86年の逝去直後に刊行された遺文集である。2部構成となっており、前半が土方の詩文、後半が彼の死に寄せられた追悼文集だ。なお、腰巻きのポートレートはコンセプチュアルな作品で知られる山崎博による。

その冒頭、土方の「犬の静脈に嫉妬することから」は以下のように始まる。


「屋根からころげ落ちたとき、口に碍子をくわえていた。これだけの理由で故郷を追放された男の、あの風呂敷を握った掌のことを考えると、途端に真っ黒こげになってしまう。」
~土方巽「犬の静脈に嫉妬することから」昭和51年

これに続くのは詞華と呼ぶにふさわしいイメージの氾濫だ。詩人ならケレンと言うかもしれないが、これは言葉ではなく彼が舞台で翻転するとき飛び散る飛沫なのだ。これは肉体から生まれて来る言葉、だと思う。

追悼は瀧口修造、澁澤龍彦、唐十郎、池田満寿夫、加藤郁呼、人形師の土井典などこれまた絢爛である。

yaso_ankoku.jpg昔NHKの「日曜美術館」で大野一雄の舞踏を特集していた。ビデオを録っていなかったのが残念だが、土方は大野に衝撃を受けて舞踏家を志したと年譜にある。いつも思うのだが、アートが人から人へと手渡されること、その瞬間を想うと感動してしまう。大野の「私のおかあさん」「ラ・アルヘンチーナ頌」をみながら土方に手渡されたものはなんだろうかとしばし考えていた。

「夜想9 暗黒舞踏 dance review 1920-80」(ペヨトル工房・右)では大野一雄のインタビューを始め、笠井叡、田中泯、山海塾などの特集と、暗黒舞踏を概観できる数少ない資料である。これは2年ほど前に京都の古書店で均一台に並んでいたものを購入したものだ。

映画は来週あたりに行ってみようかと思う。
4月以降は大阪西九条のシネ・ヌーヴォでも上映の予定とのことだ。


March 25, 2004

鬼海弘雄 / 第23回土門拳賞受賞

写真家、鬼海弘雄が写真集「PERSONA」で第23回土門拳賞を受賞した。
この受賞作は浅草寺参道の朱塗りの壁をホリゾントとして撮られた、そこに偶々参詣した人々を被写体としたポートレートである。
作品に滲み出す存在感は一種独特で、むしろ奇怪な印象さえ受ける。写された人々の意識するしないに拘らず、浅草という時間の澱が堆積したような空間にあって、人々の奥底に持つあらわな本性が立ち現れるかのようだ。

氏はダイアン・アーバスにインスパイアされて写真を撮り始めたという。この受賞の言葉で長年の胸のつかえが取れたような気がした。
というのも、20年程前、今は廃刊となっているカメラ毎日だったか、後にこれに繋がることになる初期の作品に出会ってから、私は彼にアーバスとの共通点を思い浮かべていたからだ。

つい先頃放送されたTBSの「情熱大陸」はその撮影風景や氏の人となりを知ることができる私にとっての好番組だった。
実に気さくに「雰囲気」を持った人々に声を掛け、カメラという呪具をもって自身を投影させるのである。

この浅草での仕事は73年から始まっているという。すでに30年もの時間をこの写真に降り積もらせていることになる。

鬼海やアーバスの写真を見ていると、ポートレートというものが単なる人物描写ではなく、「存在の不可思議さ」を語るものであることがよくわかるのだ。

「土門拳賞作家 『鬼海弘雄』 補遺」へリンク

March 24, 2004

最近ココログのサーバが・・・

やけに重い。殊に深夜は重くてカウンタの cgi がロードされるのにかなり待たされることがしばしばだ。
こんな現象はここ2-3週間のことと思うが、このブログの登録者数が2万人を超えたというからサーバが過負荷になっているのだろう。
Nifty の会員は無料とはいえ実際は会費に含まれているのだろうし、ましてやアップチャージのコースも設けられた有料サービスであればなおさらのこと早期にサーバ増強を行って欲しいものだ。

March 23, 2004

結局、ココログの損得勘定

プラス、プロへの乗り換えについて、日本の比較的狭ーい範囲で侃々諤々の昨今だが、結局、どうなのか。
本家 Type Pad との比較は単純には行かないが、容量と開設可能ブログ数から考えるとUSドル-円為替を考慮しても高い訳ではない。むしろ安いのではないだろうか。本家Type Pad ではベーシックが50MB、blog1つでUSD4.95-、プラスは100MB、blog数3でUSD8.95-、プロは200MBのblog数無制限でUSD14.95-。
和風Type Padたるココログとは微妙に、というか大きくというか体系は同じだが内容が異なる。しかし、単純な比較では安いといえるのでは。

しかし、それならばレンタルサーバを借りてMovable Typeを導入したほうが安いし、デザインなどの自由度が高い。
ネーミングがガーリィなレンタルサーバ、ロリポップであれば200MBで250円/月だ。ただし初心者には敷居が高い。
さらに、複数blogがほしいなら、250円/月で新たにココログアカウントを取るという手もある。ただ、同じ250円ならレンタルサーバにたとえば私なら写真データを移す、という方法を夢想する。
しかし、どこからか

あれこれ悩む以前に、まずはコンテンツの内容が大事なんじゃないの?

とかの仮借のない正論を言われそうな気配もあって、こうしてゴミばかり書いている自分としては気が退ける思いです。

March 22, 2004

水に凝る / ガス入りミネラルウォーター

最近水に凝っている。いまさらという感もなきにしもあらずだが、いつも世の中の流行の二拍も三拍も遅れてからでないと何事も手をつける気が起こらない。流行の間は大抵かれらを軽蔑している。その癖、ほとぼりが冷めると、途端に飛びつくのだ。これはつまり偏屈ということか。将来いやなジジイになりそうだが。
rocchetta.jpg
さて、特に海外ではどこにでもあるガス入りの水が日本ではなかなか入手出来ないが、この炭酸入りの水が無性に欲しくなることがある。特に、仕事でストレスを感じると訳もなく炭酸の刺激が欲しくなる。しかし身近にあるのは甘くてベタベタした飲料だけだ。とても飲む気になれない。つまり私に取ってガス入りのミネラルウォーターは理想なのだ。

そこでいつもデパ地下の輸入食料品店でウリベートなどをまとめ買いしていた。それが最近コンビニでちらほら手に入るようになった。よく買うのは青いボトルが綺麗なこれもイタリアのロケッタだ。硬度はさほど高くないが、飲むとかなり重い感じのする水である。ロケッタはあまりマグネシウムの含有量が高くないが、たとえば突出しているコントレックスなどは別にしても、もし便秘ぎみならば、軟水より硬水を選んだ方がよい。ボルビックよりヴィッテルがあればそれを選ぶ。マグネシウムは、腸に水分を呼ぶ働きがあり、便秘に効果がある、のだそうだ。
これは今はやりの「にがり」と同じ効果だろう。にがりの主成分はマグネシウムだそうである。

しかしその日の気分で水を選ぶのも楽しいものです。

March 21, 2004

プラスでのテンプレート削除は可能

今朝書きました拙blogの、「プラス」でテンプレートが削除できない、という書き込みは私の勘違いで実際は「テンプレートの編集」画面で可能でした。ウッカリ気がつきませんでした。
間違った情報を書き込んでしまいましてご迷惑をおかけ致しました。お詫び致します。

・・・・こんな低レベルの私であれば、当面ベーシックで良いのかも。

ココログ・プラスに変更したら・・・

昨日、6月まで無料、という甘いささやきに乗せられてベーシックからプラスへコース変更してみました。
デザインのカスタマイズができる、というのが目的。それからマイフォト機能にも期待して。
これから写真をメインに考えるのであれば、プロの容量が150MBとベーシックの5倍あるのが魅力だけれど、それはコンテンツを充実させてからの移行でも遅くはないと考えて、まずはプラスへ移行してみました。

6月時点で必要ないと思ったら、またベーシックへ戻ればいいし。

で、早速デザインをいろいろといじってみましたが、あーでも無い、こーでも無いといろいろやっているうちに気がついたらテンプレートがたくさんできている!!

こちらとしては、同じ保存名で上書きしているつもりだったのですが、見てみると同じ名前のテンプレートがいくつもできているのです。

おそらく、CSSファイルがその都度作成されているのでしょうが、気がついたらゴミファイルの山、ということになっているのでしょうか!?

ファイル削除機能がまだ無いので、気持ち悪いがそのままとせざるを得ません。あとで機能付加時に削除することにして、結局、既存のテンプレートにバナーをつけただけで、昨日は爆睡。

一旦、ベーシックへ戻したら、このCSSファイルは消えてくれるのでしょうか??

【3,21,2004追記】
上記は私の勘違いで、「テンプレートの編集」画面で消すことができます。
申し訳ございません。

March 20, 2004

フレバリーティ 『さくらんぼ』

ティエの紅茶「さくらんぼ」をさる方から頂いたので早速試してみました。

紅茶の葉に赤い小さな実がブレンドしてあって、コントラストがきれい。
この小さな実はさくらんぼではなくてレッドペッパーだそうです。

いれてみると、甘い香りが辺りにひろがって気分が一気に華やぎます。
仕事中だと、ちょっと周りに気を遣うくらい、甘く強い香り。

一口含むと、

す、すごく甘い!! おいしい・・・

砂糖をいれていないのに香りのために味も甘く感じるのですね。

これって、甘いものが食べたくなったときに有効かも。

黒みつきなこソフトの誘惑

にも勝てそうな気が。

March 18, 2004

『シモンのシモン』『人形作家』 / 四谷シモン 

写真家、細江英公が「ある私風景」と題した写真の被写体が四谷シモンだった。いま、その細部を思い出すことができないのだが、私が見たのは確か玄光社の写真技法書で作例として掲載されていたものだと思う。エコール・ド・シモンの年譜によると作品は71年となっている。

娼婦のような憂愁を纏ったシモンが古い家のまえでうなだれている。広角レンズのパースペクティブが鮮烈なモノクロームに定着されていた。グラビア印刷でもクオリティの高さが分かるほどだったから、おそらくアーカイバル処理されたオリジナルプリントは恐ろしく美しいだろうと想像した。

その当時、私はその後すぐに辞めることになる会社員という名の丁稚奉公一年生だったが、出勤の際、その日が銀座の青木画廊で行われていた個展の最終日だったことを思い出し、あまり悩みもせずにその日を「休み」にした、と確かに記憶していたと思ったのだが、年譜では83年以降、青木画廊での個展の記載がない。会社員として勤め始めたのは85年だったから矛盾しているのである。では私が行った個展はいつだったのか。

ようやく私が見たのは83年に「解剖学の少年」とタイトルされた個展だったことが判明してきた。どうも休みにしたのは大学の授業だったらしい・・・記憶が錯綜しています。

青木画廊では四谷本人があたかも展示の人形が並んでいるように椅子に足を組んで座っていたのが印象的だった。それまで写真でしか見ていなかった彼の人形を眼の当たりにして、彫刻と人形とは全く異なるベクトルの芸術であることを知った。
製法や素材を知りたくて、彼の人形を置く代官山のアンティークドール店の店員に訊くと「あぁ、シモンさんのは張り子でしょう。」と教えてくれた記憶がある。

その後近所の本屋でエッセイ集「シモンのシモン」(イザラ書房、75年)を注文し、到着を心待ちにしたりした。80年当時注文して入手したのは75年の初版だった。いま、手元に眺めながらこれを書いている。

その約20年後に半自伝「人形作家」(講談社新書,02年)が刊行され、以前から知りたいと思っていた様々な疑問や背景が鮮明になってきた。これを頭に入れて大島渚「新宿泥棒日記」を観ると60~70年代にトリップできる、ような気がする。いまでは伝説となった、天井桟敷と状況劇場の乱闘事件を当事者からみたエピソードなどは、70年代フリークには眼の毒だ。(これは69年だが)

中野タコシェで買った雑誌「ヒッティ」の四谷シモン特集が最近の収穫。
四谷の弟で写真家の渡辺兼人については、別の機会に是非感想を書いてみたい。

March 15, 2004

和服が流行っているらしい

むかしテレビで永六輔が、日本人が紙といったら和紙のことなの、服といったら和服なの。わざわさ「和」と言わなければならないのはおかしいのね、と例の独特な喋り方で言っていたのを思い出した。(しかし古い話で恐縮です。)

一昨日深夜のニュース番組で、和服が若い女性の間で普段着として流行り始めた、というのをやっていたのだ。

扱うブティックでは古着を家庭から仕入れ、小物を含めても一万円程でコーディネートできるらしい。


戦後の感覚では和服は即ち晴れ着で、文字通りハレの日に着るもの、というのが普通だったと思うが、考えてみれば日本人がカジュアルに和服を着ていないのもおかしなことだ。


実は私も、休日を着流しで過ごしたい。
もっと告白すれば、着流しで会社に通勤したいくらいだ。

日本人の体型で無理してブランド物を着るよりは和服のほうが余程美しく見える、と思う。
これは単なる流行で終わって欲しくないな。

March 14, 2004

写真集 『連夜の街』 / 石内都

細身のジーンズに革ジャン、右手にはタバコを挟み肩にはカメラ、東陽町一丁目、洲崎の旧赤線を取材する石内のスナップが巻末の略歴欄に見える。クレジットは荒木経惟だ。埃っぽく死んだような街をすり抜けるようにして歩く、細身な石内は、当時私が抱いていた、いかにも写真をやりそうな女性のイメージそのままであった。

しかしこれは当時のおそらく一般的なイメージであって、現在の状況ではかなり違ったものとなるだろう。当時はアマチュアでも写真をやる女性というのはあまりいなかったように思う。いまでこそ、カメラを肩にした若い女性は極く日常的な風景となっているが、それもつい最近のことだ。

70年代~80年代にかけて活躍した女性写真家といえば、戦地に取材した大石芳野や沼田早苗、そして吉田ルイ子などが思い浮かぶが、石内は少なくとも私の中では彼女らとはかなり異質の、アンダーグラウンドの香りがことのほか強い作家として勝手に位置づけられていた。それは作家性の濃さ、という言い方をしても良い。

81年に刊行された写真集「連夜の街 endless night」では、各地の旧赤線を取材している。正確には、赤線があった場所の、その名残りのディテールの記録なのである。デモーニッシュでグロテスクな廃墟。当時の華やかさや隠微さが風化したディテールが荒い粒子のプリントに焼かれている。

この作家はおそらく、ものの持つ質感、マチエール、ディテールというものにことのほか惹かれ、こだわっているのだろうと感じた。
それを思ったのは、彼女の専攻が多摩美の写真科ではなく、織り科であったのを略歴に発見したからだ。

恵比寿の都立写真美術館でみた、出世作「アパートメント」、あるいは「絶唱・横須賀ストーリー」でも、おそらく対象物というより、暗室で醸し出されるプリントの銀塩粒子をこそ彼女は見せたかったのではないか、という気がした。

後年、詩人の伊藤比呂美とのコラボレーション「手・足・肉・体」、あるいは自分の生年と同じ人々の足を撮影した「1・9・4・7」、男性の皮膚を細部まで撮った「さわる Chromosome XY」 などコンセプチュアルな作品を次々と発表したが街や建物から生身の人間へと対象を移しているものの、みな共通してこの作家のマチエールに対するこだわりが露わだ、と思う。
朽ちかけた建物も街も人間の皮膚も、手織の布のように複雑で美しいマチエールを持っている。

ファンとしては最近の彼女の仕事を是非見てみたいと思う。


映画 『座頭市』 / 北野武

北野の映画は毎作作品レベルの振幅が激しい。それは観る側の過剰な期待による錯覚かも知れないが。
前作DOLLのスベリ具合(あくまで私的に)からすると、サインカーブがまたプラス側に振れてきた、ということだろうか。

子母沢寛の原作になる座頭市は勝新=市、というイメージが完全に定着しているなかで敢えてこれをモチーフとして制作した底に北野の意気込みが感じられる。ただ、この意気込みがともすると欧米の眼を過剰に意識してしまうことにつながるようで、特にHANA-BI以降その傾向が顕著だった。作家がなにを撮ろうがかまわないが、北野の領分はおそらくdollや菊次郎にはない。彼の本質はコメディアンなのだ。コメディアンとは観客を如何に楽しませるかという存在であり、映画にあっては作家のもつ無理のない資質で本領発揮されるのだろう。それは彼の場合、諧謔のうえに存在する暴力、なのだと思う。

今回は娯楽に徹した制作スタンスが結果的に成功だったと思う。
ガダルカナル・タカの小ギャグ(コギャルではない)も、外人に理解させようと無理していないところがよい。日本人のメンタリティに受ければ良いのだ。返ってこの方が理解されると言うものだ。

ただし、敢えて注文を言わせてもらえば、ピカレスクとしての座頭市を前面に出して欲しかったと思う。
本来座頭市は正義の味方ではない。独善的で心の底は闇なのだ。結果的に悪と対峙はするが、それはあくまで結果であって、市は決して正義を貫こうとしているわけではない。だから主人公たる市に観客は心のすべてを預けられない。そこにこのモチーフの妙味がある。それとも私は勝新のイメージが払拭しきれないのだろうか。

最後のタップは賛否両論だろうが、私は賛成。カタルシスまでをも感じた。
これは川島雄三の「幕末太陽伝」で、最後にフランキー堺が時代劇のセットのなかに飛び出してゆく開放感に通じるものがある。

March 13, 2004

写真集 『流れの歌』 / 鈴木清

70年代は、中平卓馬、森山大道に代表されるようなブレボケのいわゆるコンポラと呼ばれたスタイルが写真のシーンであり、それが時代の空気でもあった。当時小学生だった私はよく分からないながらに、なにかに突き動かされる当時のお兄さん、お姉さんたちに漠然としたあこがれをもって眺めていた。

初めて鈴木の写真に触れたのは83年頃日本カメラに連載されていた「gypsy wind(私の12冊)」だった。
極度に観念的で私的な写真のモノローグは、当時学生だった私を圧倒した。
それまで森山などの写真に惹かれてはいたが、鈴木の写真にはその底に、やむにやまれぬ業、のようなものがあった。そこにはブレボケアレの即物的なコンポラの流れとは異なるポエティークがあった。これはなんだろうか。

鈴木の写真をもっと見たいと思い書店で写真集を探したが、彼の写真集はほとんどが自費出版で書店では手に入らなかった。意を決して鈴木本人に電話をした。連絡先をどう調べたか思い出せない。後で知ったのだが、鈴木は生計のために看板書きをしながら営々と写真を撮っていたのだ。そのときは奥さんがまず電話に出たような記憶がある。

学生からの突然の電話に迷惑がることもなく、むしろ暖かく私の拙い感想などを聞いてくれた。写真を撮っているんですか。今度見せてくださいよ、とまで言ってくれた。彼の訥々とした話しぶりが今でも思い出せる。こちらがなにを話したのかはよく覚えていないのだが。今にして思うと恥ずかしい限りである。
その後日吉の学生だった私は、駅の反対側にあった横浜綜合写専で鈴木をたびたび見かけたりした。

届いた写真集は、彼の処女作である「流れの歌 soul and soul」だった。綺麗じゃないけどこれしかないから、と鈴木が言っていたように、貴重な手持ちのなかからの1冊だった。奥付にサインがある。

炭坑の町から温泉場の田舎芝居小屋、そして旅館の畳に置かれたブリキの洗面器に浮かぶ "つけまつげ"も、遠い昔の自分の記憶のように印象的である。このなかで流れてゆく彼の目は一貫して自身の内面を凝視しつづけているのだった。

このような私小説のような写真表現があり得るのだ、と当時の私は再び感動した。

その後「天幕の街」「ブラーマンの光」から80年代終盤の「夢の走り」に至るまで、彼の創作活動を注視していたが、飽きっぽい私はしばらく写真から遠ざかっていた。彼は後に伊奈信男賞、土門拳賞を受賞したことで知られる。

いま、これを書こうと思ったのは、書棚の整理をしていたおり偶々この「流れの歌」を見つけ、懐かしさからWEB検索をしたところ、鈴木がすでに物故していたことを知ったからである。

これをきっかけとして、これからしばらく写真集、写真家などについてもつらつらと書いてみたい。

流れの歌
2010年、白水社から復刊されたようです。

March 12, 2004

黒みつきな粉ソフト

本当にどうかしています。
自分が信じられません。

ダイエット中だというのにカテゴリ「グルメ・クッキング」を2件も続けるなんて。

夢遊病のように有楽町交通会館1Fの地方物産の店「むらからまちから館」(ちょっと違っているかも。)で、黒みつきなこソフトをちゃっかり食べ、夢うつつながら写真まで撮って来る自分て一体・・・

kinakosoft_s.jpg

グレープフルーツの香りでやせる、などと言ってる場合ではありません。

でもこれ、とても美味しいんです。

黒みつときな粉という密接不可分の組み合わせ。葛切りとかワラビ餅でもおなじみのこのコンビはどこの天才が考えたのでしょうか。
それをソフトクリームに逢わせるというのは、一種の危険行為ですね。

  まぜるな危険。

とか考えながら至福の時をしばし・・・


March 09, 2004

東京で地方を味わう / 紅いもキャラメルを食べる

以前から不思議と思っていることの一つに、ダイエット中に限っておいしいものと巡り会ってしまう、ということがある。

これはやはり禁忌に惹かれる心理の働きなのだろうか。それとも単に意志薄弱なのか??

ウエストの充実感を気にしつつ、やはり巡り会ってしまえばあとは自然体が流儀よ、などと思いながら、見つけたのが沖縄の読谷村産紅いもを使った「紅いもキャラメル」。

beniimo.jpg

これってば、紅いもの風味がすごく味わえるキャラメルなんですよ!ウマー!!

沖縄県限定販売ですが、東京でも買えるんです。

製造は、ものすごく地方色が濃いのになぜかKIOSKで全国区の「ボンタンアメ」とおそらく同じメーカーと思われるところ。(確認したわけではありません) 紅いもの色が懐かしいオブラートで包まれていてgood。自然な甘さでからだにもよさそうです。

会社のある有楽町は銀座の目と鼻の先。昼食がてらの散歩で、たまに寄る沖縄物産の店「わした」で発見。
この界隈は地方物産の専門店が点在して、おいしいものがいっぱいある。有楽町交通会館を始めとして、鳩居堂向かいの熊本物産の店など地方グルメをなぜか満喫できる不思議なスポットです。
しかし・・・満喫してる場合じゃないですね。

交通会館1階の地方物産の店でイートインできる「黒みつきな粉ソフト」も相当やってくれてます。


March 08, 2004

アクセスカウンタをつけてみた

ニフティのアクセスカウンタを取得して貼りつけてみました。

マイリストをリンクで新規作成しメモ欄にテキスト表示でタグを貼るだけ。案外簡単でしたよ。

ただ気に入ったデザインがあまり無かったので、あとからほかの無料カウンタに替えるかも知れません。

貼り付ける位置は悩んだけど、恥ずかしいのでトップは避けて、サイドバーの一番下でひっそりと数えさせることにしました。

あとはGoogle検索窓をつけたいんだけど、これはちょっと難しそう。

March 07, 2004

香りで本当にやせるのか

これを書いている今も喫茶店で頼まなくても良いトーストなどを頼んでしまい、そういえばもうすぐ健康診断の季節と思い出して、健診に合わせて痩せようとするのも不純とおもいつつも、なにか良いダイエットの方法が無いかをここ2週間ほど探していた。(こういう時にジョギングをするとかウエイトをやってやるとかの方向に考えが行かないのは何故だろうか。そう、楽をしたいからだ。


そんな折、1ヶ月程前の日経に「グレープフルーツの香りで痩せる」という小さな囲い記事があったのを友達が思いだして教えてくれた。早速会社の日経バックナンバーを捜すと、ありました。詳細は割愛するが、グレープフルーツの香りに中性脂肪を分解する成分が入っているとのこと.だった。


これしかない、しかも楽そうだ。そう確信して早速ダイエーでグレーフルーツを買って帰った。久しぶりに食べておいしかったのだが、あとで友人に話すと笑われた。

痩せるには、食べてはいけないのだった。


食べてしまっては逆に果糖で太るというのだ。そりゃそうだ。もともとの香りで痩せる、というエポックをスッカリ忘れてむさぼり食ってしまったよ。

教えられるままに、無印良品のエッセンシャルオイルを購入。ハンカチにしみこませたオイルを仕事中も吸い込みまくり。まるで一昔前の不良みたいだ。

まだ効果は分からないが、本当に香りで痩せるのだろうか??

健診まで3週間、とりあえず続けてみます。

Fotolog;新規登録は休止中だった・・・

遅まきながらココログのファイル削除機能がないことが分かって、写真のアップは慎重に遣やらないといけないなぁ、と思っていたところに、Fotologというblogがあるのを知り、写真のアップはこっちでやってリンクを貼ればいいや、などと考えたのですが、いまは新規登録が休止中だった。
仕方がないからNIFTYのHPに振り分けようかなどと思案中です。

写真の容量は絞っても大きいので、たとえ30MBの上限でもすぐにいっぱいになりそう。

早くココログでも削除機能が付けばいいなぁ。

しかし、Fotologによると、すでに約650万枚のアップがあり、今日だけでも3万枚の投稿があったというわけだからニューカマーは簡単に受け入れられないのもよく分かる。

March 06, 2004

untitled

kumobw.jpg

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GALLERY


  • Gangs of Kabukicho.
    渡辺克巳

    097154803X
    新潮社フォトミュゼの「新宿」が絶版となっているなかで最近刊行された渡辺克巳の最新写真集。洋書。



    先般亡くなった路上の写真家、渡辺克巳の写真集。インサイダーとして夜の新宿を流した彼の生の証はその写された人々と共に永く記憶されるべき。


    ジャパン
    倉田 精二
    4106024330
    渡辺克巳とくれば倉田精二を挙げずにはいられない。日本のウィージーと言われたストリートフォトの神髄。都市の殺伐と虚像をこれほど表現した写真はない。

    にっぽん劇場写真帖
    寺山 修司・森山大道
    4106024187
    寺山と森山のコラボレーションは「あゝ、荒野」以前にもこの作品で既に成就していた。68年刊のこの作品は強烈なコントラストとイメージで時代を色濃く表現している。腰巻きの惹句「奇才ふたりが火花を散らすイメージ地獄巡り」も凄いが、天井桟敷率いる寺山へぶつける森山の渾身の「返歌」が熱い。中平卓馬がカメラを構える有名なショットもあり。これを見ずに森山は語れない。


    奈良原の写真は既に絶版になった朝日新聞社の「昭和写真全仕事」を所有しているが、トラピスト修道院に取材した「沈黙の国」「人間の土地」「消滅した時間」などパースを駆使した知的で静謐な写真は独特の美。「無国籍地」は廃墟をモチーフにした写真集。その圧倒的な画面の構成美を。

    Cui Cui
    川内 倫子
    4902943026
    川内の作品は柔らかい光と深度の浅いクローズアップなどを多用して日常の「合い間」を独特の色調で表現している。小生の勝手な感覚ではあるが彼女の作品にはどこか「彼岸の匂い」のようなものが感じられてならない。明るく静かな日常。ふと視線を外して見上げる窓の外の空。こよないものたちの空間。この作品は家族の何気ない日常をテーマとした写真集。なぜだろう、頁をめくってゆくたびに胸が詰まってくるのは。


    この間東京都写真美術館で行われた回顧展で再び植田の仕事が再評価されている。砂丘シリーズに代表されるこのモダニズムはいつまでも古びない。

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