写真集 『流れの歌』 / 鈴木清
70年代は、中平卓馬、森山大道に代表されるようなブレボケのいわゆるコンポラと呼ばれたスタイルが写真のシーンであり、それが時代の空気でもあった。当時小学生だった私はよく分からないながらに、なにかに突き動かされる当時のお兄さん、お姉さんたちに漠然としたあこがれをもって眺めていた。
初めて鈴木の写真に触れたのは83年頃日本カメラに連載されていた「gypsy wind(私の12冊)」だった。
極度に観念的で私的な写真のモノローグは、当時学生だった私を圧倒した。
それまで森山などの写真に惹かれてはいたが、鈴木の写真にはその底に、やむにやまれぬ業、のようなものがあった。そこにはブレボケアレの即物的なコンポラの流れとは異なるポエティークがあった。これはなんだろうか。
鈴木の写真をもっと見たいと思い書店で写真集を探したが、彼の写真集はほとんどが自費出版で書店では手に入らなかった。意を決して鈴木本人に電話をした。連絡先をどう調べたか思い出せない。後で知ったのだが、鈴木は生計のために看板書きをしながら営々と写真を撮っていたのだ。そのときは奥さんがまず電話に出たような記憶がある。
学生からの突然の電話に迷惑がることもなく、むしろ暖かく私の拙い感想などを聞いてくれた。写真を撮っているんですか。今度見せてくださいよ、とまで言ってくれた。彼の訥々とした話しぶりが今でも思い出せる。こちらがなにを話したのかはよく覚えていないのだが。今にして思うと恥ずかしい限りである。
その後日吉の学生だった私は、駅の反対側にあった横浜綜合写専で鈴木をたびたび見かけたりした。
届いた写真集は、彼の処女作である「流れの歌 soul and soul」だった。綺麗じゃないけどこれしかないから、と鈴木が言っていたように、貴重な手持ちのなかからの1冊だった。奥付にサインがある。
炭坑の町から温泉場の田舎芝居小屋、そして旅館の畳に置かれたブリキの洗面器に浮かぶ "つけまつげ"も、遠い昔の自分の記憶のように印象的である。このなかで流れてゆく彼の目は一貫して自身の内面を凝視しつづけているのだった。
このような私小説のような写真表現があり得るのだ、と当時の私は再び感動した。
その後「天幕の街」「ブラーマンの光」から80年代終盤の「夢の走り」に至るまで、彼の創作活動を注視していたが、飽きっぽい私はしばらく写真から遠ざかっていた。彼は後に伊奈信男賞、土門拳賞を受賞したことで知られる。
いま、これを書こうと思ったのは、書棚の整理をしていたおり偶々この「流れの歌」を見つけ、懐かしさからWEB検索をしたところ、鈴木がすでに物故していたことを知ったからである。
これをきっかけとして、これからしばらく写真集、写真家などについてもつらつらと書いてみたい。












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