May 11, 2008
自分のサイトにコメントスパム認定される
いまコメントの返信をしようとして送信ボタンを押したのだが、なんとスパムの疑いがあるのでコメント出来ないとのことで失敗した。気を取り直して再度試みたが何度やってもスパムの疑いが解けない様子。
つれない返事はこんな感じだ。

>Your comment has not been posted because we think it might be comment spam.
>If you believe you have received this message in error, please contact the author of this weblog.
・・・Weて誰のことやねん。
もしかして気付かずにNGワードが?! などとうろたえて見直したがそれらしい言葉は見あたらなかった。
スパム認定の基準がよく分からないんだけれど、多分訊いても教えてくれないんだろうな。
しかし自分のサイトに疑われるなんて・・・(笑)。
(よく調べてみたら以前悩まされたスパムの対策で「宣伝」という言葉をNGワードに自分で登録していたのでした。アホですみません(^^; )
May 09, 2008
お稲荷さんと旅本
先週は駿河台下の太田姫稲荷、水道橋の三崎稲荷神社の例大祭があって(これは小生の勘違いでした。太田姫稲荷社は5月10日、御輿は11日、三崎稲荷神社は5月9日の例大祭となっています。大変失礼致しました。)神保町にも祭提灯やのぼりが立っていたが、以前に比べて提灯を掲げる店が少なくなったように思う。昔からの古書店がなくなって来ているからかもしれないが、そういえば美術古書の松村書店はかなりの昔になくなっているが、それがあった場所はいま上島珈琲が入っているところだったろうか、いや違うような気もする。一度無くなってしまうとそれがどこにあったのかがたちまち判然としなくなるのはどういう訳か。
稲荷といえば占星術師の松村潔の著になる「日本人はなぜ狐を信仰するのか」(講談社新書)はなかなか刺激的だったが、そういえば稲荷行者で愛媛大の中村雅彦先生のブログが昨年からずっと更新されておらず密かに心配していたが、今週から新しいブログに移行しエントリを再開されたのを知って早速ブックマークした。近刊を執筆中とのことで今から楽しみだ。以前にも書いたが、氏のサイトである「やほよろづ.com」内のコンテンツ、四国フィールドワークはすこぶる面白い。
また旅が近いこともあり、例のごとく旅本を選定中。
民俗学関係にミステリを一冊づつなどと漠然と考えているが、今週末に図書館探索を敢行予定。
May 06, 2008
松倉如子 / 『星』
ここ最近知ったばかりだがその歌声にたちまち魅了されてしまった。表情豊かな独特の声質、強いて言えば大貫妙子と矢野顕子をミックスしたような、いやこんなうた声はいままで出会ったことがない。さっそくアルバム「星」を買った。渡辺勝とのユニットで活動されているが、YOU TUBEでもいくつかライブの映像が上がっている。
下記のサイトでmp3音源を聴くことが出来るが、先ずは「星」「ともだち」あたりから。渡辺勝や高田渡のカバーやオリジナル曲がフルで聴けます。
アルバム「星」は某巨大書店でも扱っているが、何故か定価より値段が高いので小生はお茶の水Disk Unionで購入。彼女を聴きに久しぶりにライブというものに行きたくなった。
■関連サイト
- 松倉如子の歌
http://ameblo.jp/yukiko-m/
- 松倉如子の音源
http://www.voiceblog.jp/yukiko-m/
May 05, 2008
飛雄馬と夜のメロンパン
夜に水が飲みたくなって近所のダイエーに行き、南アルプス天然水をカゴに入れながらふと随分昔に店内放送していたダイエーのテーマソングを無意識に口ずさんでいて我ながら驚いた。それは多分昨日、東京MXで懐かしくも放映されていた「巨人の星」を見て、このアニメーションが放映されていたまさしく70年前後に星飛雄馬役の声優、古谷徹がダイエーに来て、観客を前に飛雄馬のセリフを聴かせるアトラクションをやっていたことを思い出していたからだ。その観客の一人が小生だった。ちょうどその頃にこのテーマソングをやっていたので記憶の深層で結びついて口をついたという訳なのだろう(どんな深層やねん)。
ちなみに、ダイエーのテーマソングはこんな感じだった。
「ダイエー、ダイエー、イェイイェイェイイェイイェイ、
ダイエーとってもイェイイェイェイイェイイェイ、
これがわたしの欲しいもの、これはあなたが欲しいもの
(途中忘れた)・・・な贈り物。
ショッパーズプラザ、ダーイーエーっ。」
イェイイェイの辺りで少々めまいがするが(笑)、この歌を毎日聴かされていた主婦も凄いが、連れられて歩く子供の心のかなり深層の、阿羅耶識の辺りにも強烈に刷りこまれていたと覚しい(笑)。
で、話は戻るが、古谷徹は巨人軍のユニフォームを着ていながらメークは花形満だった。何故かあの長く分けた髪の花形に扮していたのだった。その花形が何故か、店員が投げた球を受けながら「とうちゃん!」とか「ねえちゃん!」とか飛雄馬のセリフを言うものだから、幼い小生は何がなんだか分からなくなった。なんで花形が飛雄馬の声でしゃべっているのか?そもそもこの人は誰なのか?周りの大人はセリフが決まるたびに嬉しがって拍手するのだが、この疑問に撹乱されていたのは小生ばかりではなかったらしく、同じ年ごろの子供は皆、割り切れないような、複雑な顔をしていた。
調べてみると、古谷は1953年生まれなので、仮にこのアトラクションが70年だったとしてもまだ17歳だったことになる。
あの時のことを古谷本人に直接訊いてみたいと思いながら帰宅したが、健康診断前でダイエット中だというのに(笑)、無意識に一緒に買ったメロンパンを夜に食べてしまった。激しく後悔。
May 02, 2008
森山大道写真展 / 『森山大道展 Ⅰ. レトロスペクティヴ 1965-2005/ Ⅱ. ハワイ 』
東京都写真美術館で2008年5月13日より6月29日まで「森山大道展 I.レトロスペクティヴ 1965-2005」が開催される。
詳細については下記写美のサイトでインタビューが掲載されている。(会報「eyes」のVol.57に掲載されていたものと同じ内容)
- 東京都写真美術館 >森山大道展 Ⅰ. レトロスペクティヴ 1965-2005/ Ⅱ. ハワイ
http://www.syabi.com/topics/t_daido.html
April 30, 2008
嘘を築地の御門跡
神保町の三省堂でいましろたかしの新刊「グチ文学 気に病む」が出ているのをみて立ち読み。なんと漫画ではなくエッセイ集で思い切り意表を突かれたが、マガジンハウスの雑誌に連載されていたものをまとめたとかで、その事実すら知らなかった不覚さ。エッセイも漫画同様の脱力感がいい感じだが、巻末に著者近影があって初めてその顔写真をみた。何となく線が細くてまじめそうでこれも意表を突かれる思いだが、良く見ると17歳の時の写真と。巻末に鉛筆で書いた漫画のゲラ付き。しかしなんでゲラなのか。ちゃんと仕上げていないところがいかにも。
並びに谷口ジローの「孤独のグルメ」が新装版で復刊されていた。原案は久住昌之。なかでも万世橋の肉の万世のカツサンドの回のカツサンド(くどい)の美味しそうなこと。しかし万世ビルになんで6階が無いのかがかねてからの疑問だったが、実はここがカツサンドの工場になっているって知ってました?
NHK教育の子供向け番組「にほんごであそぼ」で、いわゆる江戸地口の歌をやっているのを見て嬉しくなる。地口とは粋な駄洒落のことで、例えば「おそれ入谷の鬼子母神」みたいな軽口のことだが、その歌の名も「たまげた、駒下駄、東下駄」なんぞという人を食ったようなもの。浪曲師の国本武春が子供と踊りながら名調子で歌うのだが、例えば「生姜なければ茗荷がある」とか、「バチが当たれば太鼓で受ける」などとお江戸の遊び人か下っ引きが片肘まくってまくしたてるような風情。
ははん、さては例の美しい日本語の先生が一枚噛んでいるに違いないと想像したが、確かに意味は判らずとも名文のリズムに子供の頃から親しむのはよいことには違いない。でもこんな軽口をたたく子供が増えるのもどうかと思う(笑)。「金太郎、お小遣いを遣るから取りに来なさい。」「お父さん有り難う。蟻が鯛なら芋虫ゃ鯨。」などと軽口を叩こうものなら坊主頭の一つも引っぱたかれるものと相場が決まっている。小生も企画会議のプレゼンでクライアントの質問に「そうで有馬の水天宮」などと受けたら多分クビだ。(でも一度やってみたい。)
しかし、国本武春の浪花節にはカタルシスがあって、一度じっくり聞いてみたいものだ。
April 28, 2008
百合の香りと夢の街

玄関に生けた百合が夜になるとことのほか香って、夜中に水を飲みに台所に行くときなどに寝室を出ると馥郁として眩暈がするほどだ。夜は戸締まりをするので昼に較べてその香りが閉じこめられて濃くなるようなのだが、夢うつつに香りを纏って再びベッドへ戻ると久しく見なかった空中を浮遊する夢をみた。
夢の中では目線ほどの高さで体を地面と並行に浮かんだり、ちょっとした跳躍で何十mも飛べたりするのだが、それが夢の中では当然のことと何故か了解している。さあこれから飛ぼうと思うと、もの凄い勢いで背中から上に引っぱられて次の瞬間には街を俯瞰している。視覚的にもかなりのリアリティがあって、その開放感は夢から覚めた後にも心地よい余韻があるほどだ。
詳しくは覚えていないが、最近やっているCMで女の子が街の上10mほどを浮かぶシーンがあるが、丁度あんな感じだ。このCMを観たときに、あ、まさしくこの感覚だ、と思ったがなにせ夢の話、他人に同意を求められないもどかしさにこんなエントリを書いているのだけれど、この夢は子供の頃によく見たが大人になってからは殆ど見なくなった。そう思いながら、以前「飛ぶ夢をしばらく見ない」という映画のタイトルを借りたエントリを書いているのを思い出した。山田太一原作のこの作品は、中年サラリーマンの細川俊之が次第に若返って行く老婆と恋に落ちる話だった。ついには5歳の少女にまで若返って行く老婆には石田えりが扮しているが、そもそもこの映画の題名は内容にあまり関係がない。強いて考えれば疲弊し事故に遭うサラリーマンの、その疲れ具合を形容したものとも言えそうだが、そうであれば、こんな夢をみるのは小生ばかりではなく、割と誰でも見ているものなのかも知れないと思った。そもそもこの映画を観たのも内容はともあれこの題名に惹かれたからだった。
夢と言えば、子供の頃によく見た夢のなかの街並みは現実の街並みとは全く違っていたが、やはり夢の中では何故かその道や建物などを知悉しており、毎回みる夢もこの街並みが舞台だった。そこには行ってはいけない禁忌の場所があり、遠目に眺めるとそこは薄暗くて恐ろしいところだったが、一方、それとは別に背景に崖を背負うようにして巨大な伽藍があってその堂宇のなかには見上げるほどの大きな仏像があった。まるでこの二つの場所が街の正と負の均衡を保っているかのようだった。また街にはこれ以上ないと思われる清冽なせせらぎがあるなど、いまでもその断片を思い出せる。当時小学校の図工の時間に、この夢の街並みを地図のような絵に描いたことがあったが、地図に描けるほどリアリティのある架空の街並みが何だったのかをいまだに不思議に思うことがある。
その夢のなかでは現実にはいない人々が現れるのだが、そのなかでいまでも記憶に残っているのは、これまでに会ったことのない同年代(当時小学生)の姉弟だ。その二人は小生になにかを助けて欲しくて懇願するのだが、その内容はよく分からなかった。しかし戦争に関係のある事柄と夢の中では何故か了解していて、どうしても助けて欲しい、二人の名前は○○だ、と具体的な名前を小生に噛んで含めるように名乗ったのが印象的で、夢から覚めてもはっきり覚えていた。あとでこの名前を母親に聞いたが、そんな名前は聞いたことがないと一蹴された。しかし何故か母親に関係する人たちという確信に近いものが当時小生にはあって、この名前も教科書の隅だったかにメモして置いたことがある。
なにかとりとめのない夢の話を続けてしまってどうかとは思うが、エントリに大分時間が空いてしまったこともあっていわばリハビリのようなもの(笑)と思っていただければ。
April 18, 2008
やくざ坊主と錆朱色
4月とは思えないほどの長雨にうんざりするこの頃、晴れない気分で乗る通勤電車内は只でさえ満員でストレス度が高まっているところへ咳、くしゃみなどを憚りもなくまき散らす非常識な輩、もちろん出物腫れ物とはいうが、口に手も当てず車内を自分の部屋のごとくに勘違いするうつけ者には紋次郎に頼んで錆朱色の長脇差(ながどす)でみぞ落ちの辺りをさっと払ってもらいたいものでござんす。
というのも最近電車の中で笹川佐保原作、光文社文庫版の木枯し紋次郎シリーズを読むのが日課となっていて、こんな雨の日は手に持つ傘も長脇差に見立てたりして。
しかし大菩薩峠とか徳川家康とかを車内で読むオヤジにだけはなりたくなかった訳だが(面白いんだけど)、剣客商売とか紋次郎を熟読する小生はもう立派な・・・いや、最近車内で驚いたのは、二十代半ばと覚しきうら若き女性が官能小説をカバーも付けずに読んでいたのを目撃したことなんだけれど、満員の車内ではかなりのインパクトがあった。これには友人との間で諸説あって、あれは新人編集者でこれから原稿を取りに行く前に一応作家先生の作品を読んでおく必要があったからとか、大学院でセクシャリティを研究する院生なのだ、修論のタイトルは「官能小説の社会学的認知と性差」で熟読するフリをしながら実は我々の反応を観察しているのだとかのどうでも良い話を荻窪の喫茶、邪宗門だったかで推理したりしたが、単純にああいうジャンルは少なからず女性の需要もあるのかも知れないと思った。しかしなんでカバーをしないのか??ものすごいタイトルと表紙デザインなんですけれど。
いそいそと借りに行った93年の映画「帰ってきた木枯し紋次郎」がなんと貸出中で茫然自失し脱魂状態のまま、代りに勝新太郎の「やくざ坊主」(1967)「続やくざ坊主」(1968、共に大映)を借りて観る。来週こそはリベンジ。
April 17, 2008
学研から8mm映写機発売 / 『大人の科学 8ミリ映写機』
大人の科学 8ミリ映写機
学研の大人の科学からなんと8mm映写機が発売される。すでにmixiなどでは早くから話題になっていたが、2008年になって8mmフィルム映写機の新製品が発売されるというのはそれがたとえおもちゃであっても朗報というほかない。しかもシングル、スーパー、ダブルまで映写でき、また簡単な編集グッズまでついているという念の入れように拍手喝采。切れ易く代替がきかない電球は使わず今時のLEDが使われているのは映写機の進化形だ。
フィルム送りは手回し。
あとは手回しかゼンマイを使ったシングルエイトカメラの発売を希求するのみ。
これももしかしたら発売されるかも知れないという噂もあって、目が離せない。
とにかく映写するフィルムがなくても小生のようにどうしても動かないジャンクのP300しかカメラがなくてもまずは買いだ。あとは何とかなる、と思う(笑)。
April 08, 2008
紋次郎、アウトサイダーアートそしてフランシーヌ
随分エントリに間が空いてしまったが、近況などなど。
それでもその間、なにもしていなかったわけではなくて、幾つかのエントリを書きかけては保存して、そんな風に下書きばかりが増えていくのみで一向に日付が更新されないという状況だったが、今日はお花祭りだし外は雨だし、甘茶ならぬ微糖の缶コーヒーを喫しながらそこはかとなく書きつくれば片腹痛くいとおかし。
■書きかけエントリ
- 「NNNドキュメント'08 「あとりえ “枠”を飛びだす鬼才アーティストたち」」
大阪の知的障碍者施設アトリエ・インカーブでは障碍者による絵画をプロデュースするというユニークな活動を行っている。これをドキュメントしたTV番組についてのエントリ。いわゆるアウトサイダーアートと括られる作品と一般芸術との「境界」とは何なのかを書こうとして下書き保存。
- 「フランシーヌの場合は」
今年は3月30日が偶々日曜日だった、というだけで思いついたエントリ。これも日を過ぎてしまい没。中身は何もない。
そういえば、佐良直美はいまどうしているのか。あれ、新谷のり子だったっけ。小生もパリの朝に命ひとつ燃やしてみたいこともあるが、単にあまりにもお馬鹿さんなだけかも。
- 「フォトイメージングエキスポに行ってみた」
3月に東京ビッグサイトで行われたPIEのレポート。煎じ詰めれば浅田真央ちゃんのお姉さん(名前思い出せない)がオリンパスブースで登場した、というだけのエントリ。
- 「木枯し紋次郎、再び」
いま中村敦夫の木枯し紋次郎シリーズに耽溺していて睡眠不足であるという内容のエントリ。子供の頃に良く見たが、今見ると改めて深い作品。よくこれだけクオリティの高い作品をTVで放映していたと感心。市川崑劇場という副題が付いていたのも今更ながら知った。DVDセットがほしい。
つづく(笑)・・・
March 26, 2008
昭和30年代の東京 / goo地図
地図サービスのgoo地図に昭和30年代に撮影された東京の航空写真が現在の地図と重ね合わせて見られるサービスを開始したとのことで早速見に行ったが、例えば有楽町付近では現在東京国際フォーラムがある場所に都庁があって、マリオンには朝日新聞社と丸い形の日劇がみえる。
神保町付近はそう大きく変わっていないが、ニコライ堂から太田姫稲荷を抜けて駿河台を下り、靖国通りを神保町交差点方面へと当時の学生気分でスクロールするのはなかなか楽しい。
拡大も可能で、それに現在の地図を重ねられるので見当が付けやすい。
この航空写真の撮影は昭和38年(1963年)にされたということで、東京オリンピック直前という高度経済成長の入り口といった時代だ。自動車や神田川に浮かぶハシケまで撮されていて楽しめる。
goo地図から古地図タブをクリックすると見られる。今のところ東京23区のみとのこと。
Yahooでも同様のサービスを開始しているが、こちらは他のコンテンツを合わせて有料会員向けのサービスとなっている。
March 24, 2008
シモンとホルガと野良猫ロック
一昨日観た映画「自虐の詩」が予想に反してというか予想通りというかの出来で早々に返却したが、最近中谷美紀は不幸な役どころばかりでこの分だと次作はどれほど不幸なのかだけが楽しみではあるのだが、その新宿TSUTAYAで若松孝二の「胎児が密漁するとき」(1966年)を借りようか最近DVDが出揃ったシリーズで未見の「野良猫ロック 暴走集団’71」(1971年)にしようか散々迷った揚げ句、結局借りずに向かいの紀伊国屋画廊で開催中のエコール・ド・シモン人形展へ流れた。先日エントリした唐十郎主演の映画版「銭ゲバ」(1971年)がそもそもビデオ化されていないのが判明して打ちひしがれた(笑)というのもあるが。さて毎回紀伊国屋で開かれるこの展覧会を観る度に、生徒の作品と師匠たる四谷シモンの作品の歴然としたクオリティの違いに、いつも一体何がこの差を生み出しているのかを思ってしまう。勿論当たり前のことに違いはないが、それは多分、止むに止まれぬ表現の欲求がついに形をなしたものを、その技術のみを以っては超えられないということなのだろうと思う。例えば写真家の蜷川実花のワークショップで蜷川調の写真を制作した生徒の作品があるとすれば、それは単に蜷川作品になってしまっているに過ぎないのと同じことだ。いや少々ずれた比喩になってしまったかも。
その後、二丁目のギャラリー蒼穹舎へ寄り村上雄大という写真家の作品展に流れたが、それは岡山の農村風景をホルガで撮影した作品だった。ノートリミングで、時折強く光線漏れした10cm角ほどの作品は、のどかで気持ちの良い微風に頬を撫でられているかのような妙に気分に合うものだった。PlaceMを経由して帰宅。
March 22, 2008
March 21, 2008
土田ヒロミ / 第27回土門拳賞に
20日、毎日新聞社の主催する2008年土門拳賞に土田ヒロミが先般写美で開催されていた「土田ヒロミのニッポン展」で受賞した。2000年の金村修など当時若手に贈られた例もあるが、直木賞に例えられるように既に実績のあり第一人者と言われる写真家に贈られることが多い。ちなみに82年の第1回受賞者は三留理男、その後民俗学者としても著名な内藤正敏と続いて、95年の鈴木清、97年には須田一政らが受賞している。
■関連エントリ
- 月球儀通信 : 小栗昌子『百年のひまわり』と土田ヒロミ『俗神』
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2006/02/post_1e92.html
- 月球儀通信 : 写美で写真展『土田ヒロミのニッポン』開催
http://azusayumi.tea-nifty.com/fragment/2007/12/post_7dab.html
March 20, 2008
ジョージ秋山『銭ゲバ』再読
いま仕事の関係も多少あって日本の戦後写真史をまとめているのだけれど、これは自分のための整理という意味合いもあり、その過程で小さな発見も少なからずあってなかなかに楽しい作業だ。そんななか、気晴らしに古瀬戸で一向に進む気配のない城戸真亜子の壁画を眺めながらお茶をして、その後三省堂へふらりと寄ったが、そこでジョージ秋山の「銭ゲバ」が文庫で出ているのを発見して懐かしくなり、思わず上下巻を買った。
ジョージ秋山といえばビッグコミックオリジナルの「浮浪雲」だけれど、小生にとっては「デロリンマン」であり「銭ゲバ」であって、特に銭ゲバは小学生にとってはなおさらのことトラウマになるような強烈なインパクトがあった。もちろん筋書きは覚えていなかったが、冒頭、病身の母親と醜い一人息子の蒲郡風太郎、通称銭ゲバを気遣う近所の青年を恩を仇で返すようにシャベルで撲殺して埋めるシーンの衝撃は、いま再読して忘れていた記憶が引きずり出されるような、当時の自分の心の動きをそのまま体験したような気がした。
それも子供には良くないと思ったのだろうと思うが読んでいる途中で親から当時掲載されていた少年サンデーを取り上げられた記憶まであって、いや、その記憶も73年頃に入院中だった時のような気もするがしかしそれでは年代が合わないのでかなり怪しいものではあるのだけれど。・・・そんな話ばかりで申し訳ありません、なにせこのサイトの副題が「記憶の現像行為」なもので・・・。
その後、それこそ銭のために何人もの人を殺しつつ自身の破滅に向かって突き進んでゆく筋書きはなかなか読ませるものがある。最後のシーンはドラマチックで衝撃的だ。これは実写でドラマ化したら面白いのではないかとも思ったが、果たして作品の発表年と同じ1970年に映画化されていた。
蒲郡風太郎に唐十郎、その少年時代を雷門ケン坊が演じているのは懐かしい。父親を殺され復讐のために敢えて銭ゲバの子を宿す兄丸三枝子に緑魔子、正体に気付き早々に殺され埋められる新星を名優岸田森が演じているのもなかなか。DVDは残念ながら出ていないが、今度ビデオを捜してみよう。
同じ幻冬舎文庫で「アシュラ」も出ていてこれも買ってしまいそうだ。










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